エピローグ
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【七月二十五日】
『──これは冴えない僕達のラブコメ』
その小説はそんなありきたりでなんの捻りもなく伏線なんて期待させないそんな面白みもない冴えなくって地味な一文から始まった。
だけどそんな一文でもテンポよく書き始める渋谷先輩。
どうやらスランプからは抜け出せたらしいが、それは別に秋葉原先輩から告白されたからと言うわけでもないし、恋人として付き合い始めたからと言うわけでもない。ただ新しくいパソコンにテンションが上がっているだけだった。
しばらくしたらきっと再びスランプ状態なってしまうのは十分にあり得る話だった。
僕はそんなことを思いながら、昨日秋葉原先輩から送られて来たLINEを見る。
秋葉原先輩は予想通り渋谷先輩に振られたらしい。
やはり渋谷先輩は秋葉原先輩と付き合うよりも自分の野望を優先したのだ。ラノベ作家になってリア充を倒すと言う馬鹿らしい野望を。
だけど秋葉原先輩はそれを逆手に取った。
秋葉原先輩は渋谷先輩に条件をつき尽きたのだ。
ラノベ作家になったら私と付き合ってほしいと。
そしてそれまでは私と友達でいて欲しいと。
これにはさすがの渋谷先輩でも断ることができなかったらしい。すでに告白で一度断っている以上。渋谷先輩はその条件を断ることができなかったのだ。
どうやら秋葉原の狙いは最初っから渋谷先輩と恋人になることではなく、友達になることだったのだ。
「……」
まぁあえて多くは語るまい。それはいくらなんでも邪推というものだ。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば、
「死ねばいいのに渋谷先輩」
「どうしたいきなり」
恨みがましい声でそう言った僕に渋谷先輩は反応する。
「いえ、なんでもないすよ。良かったですね生まれて初めて友達ができて。ぼっち卒業、おめでとうございます」
「言い方にトゲがあるぞ、お前」
「それで秋葉原先輩と友達なってから連絡とか取ってんですか?」
「ああ、今度遊園地に行こうて誘われた」
「へーそうなんですか」
死ねよと思ったが、でも順調みたいで何よりだった。
そんなことを思っていると渋谷先輩は逃げるように話題を変える。
「そんなことよりもお前もささっと書けよ。文化祭が始まるまでに小説を完成させないといけねーだ。そのためにこうして夏休みでも学校に来て小説を書いてるだろうが」
「そう言っても、全然アイデアが思い浮かばないですよね」
僕は先輩からもらった古いノートパソコンの画面を見ながら言う。
そこにはまだなにも書かれていない白紙の画面が写っていた。
意外と小説を書くのって難しい。さっきから一文字も打てずに、この白紙の画面と睨めっこしてばかりだった。
すると渋谷先輩は先輩らしく偉そうにアドバイスをしてくる。
「アイデアが思いつかないなら自分の体験談を書いたらどうだ?」
「体験談ですか?」
「ああそうだ。例えば、今までしてきた失恋のこととか」
「馬鹿にしてるですか渋谷先輩。絶対に嫌ですよ」
僕の失恋なんて、とてもじゃないけど書くにあたらない冴えなくって地味なものばかりだ。そんなもん文化祭に出したくない。
僕は頭を抱え込みながら必死にアイデアを振り絞ろうとする。
そんな僕を見て渋谷先輩は言う。
「まぁ夏休みはまだ始まったばかりなんだ。焦らずに書けや」
「そうですね」
そう、渋谷先輩の言う通り夏休みまだ始まったばかり。
だけど残念なことに僕の夏休みの予定はこのパソコンの画面と同じようにまだ白紙だった。




