光と影と僕の失恋
「ちゃんと秋葉原先輩に言われた通り、書き主が誰なのか一切バレることなくラブレターは無事、渋谷先輩に渡せました」
「本当に?ありがとうヒロ君」
家に帰宅すると僕は秋葉原先輩に電話かけて、報告した。
当然のことだが、僕が秋葉原先輩を裏切ったことは伝えなかった。こんなことを言えた義理ではないことはわかっているが、せめて秋葉原先輩は何も知らずに安心して告白に望んで欲しい。
そんなこと思っていると、
「ヒロ君なんかあったの?元気なさそうにみえるけど?」
と秋葉原先輩が聞いてきた。
相変わらず鋭い人である。
僕は出来るだけ悟られないように言う。
「いえ、少し疲れただけですよ。秋葉原先輩の方こそ大丈夫ですか、終業式とかの準備もあって疲れているじゃないでか?今日は早めに寝た方がいいですよ。明日の告白のためにも」
「それもそうね。それじゃおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
そして電話を切ると、僕は電池が切れたかのようにベットに倒れ込んだ。
明日、渋谷先輩は必ず体育館裏に来るだろう。一度、ラブレターを受け取ってしまった以上あの人は逃げたりなんかしないだろう。
あれでもプライドだけは超一流なのだ。
だからこそ僕は散々渋谷先輩を煽ったわけなのだが。
「俺は今まで一度も秋葉原から逃げたことはない」
その宣言通り、渋谷先輩は逃げたりなんかしない。
そこまではいい。
問題はその後のことだった。
きっとあの人は秋葉原の想いを知った上で、それでも自分の野望を優先するはずである。
あの目は、そういう目だった。
なんとか渋谷先輩に自分の野望を捨てさせようと説得したが、あんな渋谷先輩をあの目を見てしまっては、そんなことできるはずがなかった。
つまり、この告白は百パーセント失敗する。
秋葉原先輩は確実に振られる。
そう思うと僕を信じてくれた秋葉原先輩に申し訳なかった。
やはり、今からでも止めるべきなのではないだろうか?もう一回、秋葉原先輩に電話をかけてアナタの告白は失敗すると現実を突きつけてやるべきではないだろうか。
そう思ってスマホに触るが、出来なかった。
僕は部屋の天井を見つめながら呟く。
「チクショー……、これじゃあ僕も渋谷先輩と同じじゃねーか……」
渋谷先輩もきっと人を傷つけることが怖かったのだろう。
僕はなんとなくズボンのポケットから前に拾った恋愛祈願のお守りを取り出す。
情けない話だが、あとはもう奇跡を願うしかない。
秋葉原先輩も無策で渋谷先輩に告白するわけではなさそうだし、ここから先は僕の出番なんてない。
仲介役としての役目はもう終了したのだ。
だから僕はもう何も考えない。
僕は再び部屋の天井を見つめていると、僕のスマホにLINEが送られてきた。なんだろうと思い見るとそこにはこう書かれていた。
『明日の朝、職員室に来い』
そのLINEは文芸部の顧問の目黒先生からだった。
1
次の日、僕はLINEで言われた通り職員室に向かった。
そういえばよくよく考えてみたら目黒先生とは同じ学校にいるはずなのに、てか文芸部の顧問のはずなのに一ヶ月以上も会ってなかった。
まぁ僕は、目黒先生苦手だから出来るだけ会いたくはないのだが。
でも文芸部の顧問なのに全然こないのはどうなのかと疑問に思う。まぁ来たところできっとやることなんてないのだろうけど、しかし顧問なのだからもうそう少しちゃんとして欲しかった。
まったくいい加減な人である。
昨日だって目黒先生から送られてきたLINEに『どうしてですか?』と送ったのにも関わらず、普通に既読無視しやがったし。
そんないい加減なところが僕はとても苦手で、そして結婚できない理由だと思う。
そんなことを言ったら僕は殺されるので言わないけど。
僕は職員室の前までたどり着くと、ドアを何回かノッした後開ける。
「失礼します。一年A組の──」
「おう、ヒロ!こっちこっち!」
と自分の名前を名乗ろうとしたところで、まるでファースドフード店で待ち合わせしてきた友達が来たかのように大声で僕のことを呼ぶ目黒先生。
ここは職員室なのだからもう少し落ち着いて振る舞えないものだろうか。
大声で名前を呼ばれた僕がなんだか恥ずかしくなる。
ただでさえ職員室という場所は、生徒は立ち入り禁止みたいな雰囲気があって苦手なのだ。頼むからやめていただきたい。
そうなんことを思いながら僕は目黒先生がいる席に近づくと、目黒先生は椅子を回転させて僕の方を見て言う。
「よう、相変わらずつまんねー顔してやがるな。元気してたかよ」
「ええそこそこ元気です。目黒先生も相変わらずですね」
教師だと言うのにダボダボの黒ジャージ姿、体育の教師ならまだいいかもしれないのだが目黒先生が教えている科目は現代文である。威厳を感じさせないその姿は他の教師からは当然反感を買っているが、生徒からはなぜか人気があらしい。とで不思議である。これは余談なのだが、目黒先生は秋葉原先輩と渋谷先輩がいるクラスの担任である。この人が教師でいられるのはもしかしたら《十色高校の光と影》と呼ばれている二人の存在があるかもしれない。
メイクはめんどくさいからという理由でしていないが、顔立ちは中の上でそこそこの顔をしている。普通にしていれば結婚できそうだが、問題なのはやはりいい加減な性格だろう。
僕はなんとなく机を見ると、プリントでかなりごちゃごちゃしていた。てかプリントに紛れてゲーム機が置いてある。しかも電源がついたままで。この人、もしかして仕事中に隠れてゲームやっていたのか?
ともかく僕は目黒先生のことを思って忠告する。
「机、片付けた方がいいですよ」
「いや、生徒からそんなこと言われるとは思わなかったぜ。そんなことを言うお前はどうなんだい?ちゃんと片付けているのかい?」
「うん?どういうことですか?部室ならそこそこ片付けてますけど?」
「違げーよ。私が言っているのは自分の部屋のゴミ箱のことだ。溜まったティッシュのは親に見つかる前に早めに捨てた方がいいぜ」
「アンタ、僕のことをなんだと思ってるですか?」
そんなもん先生に言われなくってもちゃんと捨てている。
て、そうじゃない。
「いい加減なことを言わないでくださいよ」
「なんだ?お前だってクラスメイトの女子をおかずに毎晩、溜まりに溜まった性欲を発散させてるはずだろ?」
「クラスメイトの女子をおかずになんかしていませし、毎晩はやってはいません。勝手に決めつけないでください」
「嘘つくじゃねーよ。ちなみに私はお前らのことを妄想しながら毎晩発散している」
「生徒を勝手におかずしないでくださいよ」
「昨日は渋×杉で発散した」
「まさかのボーイズラブ!」
できることなら目黒先生が腐女子だってことは永遠に知りたくなかった。それと渋×杉はあまりにも気持ち悪い組み合わせだ。想像しただけで悪寒が走る。ただでさえあの二人は火と油みたいなコンビだし。
「何言ってるんだ?火と油みたいコンビがさらに燃える上がるじゃねーか」
僕の思考を読み取った目黒先生はそう力説した。
しかしそんなことを力説しても、目黒先生の性欲の発散に使われるのはあの二人だって絶対に嫌だと思う。てか教師がするべきことではないと思う。
「目黒先生もう少し包み隠して生きていきましょうよ。そんなんだからいつまで経っても結婚できないですよ」
「あん?今、なんて言った?」
あっやべ、思わず口を滑らせてしまった。
目黒先生は片手で僕の頬を鷲掴みながら言う。
「今、この口が何を言ったのかな?」
顔は笑っていたが目は決して笑っていく、殺気を放つ。
先生も三十路を超えてかなり気しているようで、結婚のことについて言われるといつもこんな感じになる。気にしてるなら、もう少しちゃんとしろよと思うがそんなことを言うと本当に殺されてしまう。
僕は頬を鷲掴みされたまま言う。
「ふえ、なむもいってましぇん(いえ、何も言ってません)」
「よしろしい」
と言って目黒先生は手を離した後、真面目な顔で言う。
「私だってな、別に結婚できないわけじゃないだ。ただ結婚しないだけなんだ。親からはいい加減に結婚しろって言われてるけど、でも焦る必要なんかないと思ってるだ。例え周りの友達が結婚しても私は焦らない。私は私のペースで結婚をしようと思っている。そこをわかってくれよ」
なんかありふれた言い訳だった。
例えるなら私だって働きたいのに、どこの会社も雇ってくれないから働くことがでかないと言っているニートと同じ言い訳だった。
そんなことを言うと私を社会不適合者と一緒にするなと怒られそうなので何も言わない。
ともかくこんな不毛会話はさっさと終わらせて本題に移るとしよう。
「それで朝から呼び出した理由はなんでしょうか?また渋谷先輩がなんかやらかしたなら、僕は無関係ですよ?」
「いや、今回はそうじゃない。実は生徒会から文芸部の部費をもらってな」
「そうなんですか」
部費をもらうのはもう少し時間がかかると思ったのだが、こんなにも早くもらうことができるとは思わなかった。
さすが秋葉原先輩、仕事が早い。
感心していると目黒は言う。
「部費で新しいゲーム機でも買おうかと思ったが、生徒会長に止められてな」
「それは当たり前ですよ。文芸部の部費をなんだと思ってるですか」
「うん?お前らの部費は私のものだろ?」
「どんなジャイアニズムですか?ただの横領じゃないですか」
「うん、生徒会長にもそう言われた。仕方がないからお前らのために新しいパソコンを買ってきたんだ。ほらそこに置いてある」
と指した方向にはかなり大きな箱が二つ置かれていた。おそらく先生が買ったのはノートパソコンではなく、ディスクトップパソコンだろうと推測する。平べったい箱にはきっとモニターが入っていて、もう片方の箱にはキーボードなどが入っているのだろう。
文芸部に置くパソコンにしてはあまりにも十分だった。
ぜひ新しいパソコンを使ってみたが、このパソコンは渋谷先輩が使う予定なので非常に残念である。僕が説得しようとしてもあの人は決して可愛い後輩に新しいパソコンを譲ったりはしないだろう。
どうやら僕は渋谷先輩が今、使っているノートパソコンで我慢するしかないみたいだった。まぁでも例え、先輩のお古のノートパソコンだしてもこれでようやく僕も小説を書くことができる。まぁ別に書きたいなんて思ったことは一度もないのだが。
そんなことを思っていると目黒先生はドヤ顔で言う。
「私に感謝しな」
「ゲームを買おうとしていたアンタに感謝する必要性はどこにあると言うですか?」
「そんなこと言うなよ。私はこう見えて褒められて伸びるタイプなんだぜ」
「先生が言う台詞ではないですよ」
「でもパソコンを買ってきたのは私なんだぜ。感謝すべきだと思うぞ」
「……まぁ、それもそうですね。ありがとうございます」
本当は自分達で選びたかったのだが、それは言わないでおこう。そんなことを言ったら、目黒先生は拗ねてしまう。
「それでこのパソコン、部室に持ってけばいいですか?」
「ああそうだ。そのためにお前を呼んだ。本当は、お前達に内緒で部室にパソコンを設置して驚かせようと思ったんだがな、職員室にパソコンを運んだら急に面倒臭くなってやめた」
「面倒臭くならないでくださいよ。あとは部室に運ぶだけじゃないですか。目黒先生はもう少し強い意志を持った方がいいですよ」
「そんな能書きはいいからさっさと運べや、邪魔で仕方がねぇ」
そんな横暴な先生に僕は呆れながら「わかりましたよ」と言って、僕はモニターが入っている箱を持っていこうとするが、とても重かった。これは流石に二ついっぺんに持っていくことなんてできそうになかった。
でも、職員室と部室の間をわざわざ往復するのはとても面倒臭くさい。面倒臭いだなんて台詞は目黒先生みたいで少し嫌悪感を覚えるが、意外に職員室と部室は距離が離れているのだ。
僕はダメ元で目黒にお願いしてみる。
「目黒先生、すいませんがもう片方の箱持ってきてくれませんか?」
「えー面倒だから嫌だ」
「そんなこと、言わずに。あとでジュースを奢ってあげますから」
「はぁ、仕方がねぇな。それならやるしかねぇか」
「……」
先生が生徒にジュースを奢ってもらおうとするなよ……。
2
僕は鍵を使って、部室のドアを開ける中に入る。そして僕たちはパソコンが入ってある箱をテーブルに置く。それから僕はスマホで時間を確認すると、あと数分で終業式が始まる時間だった。
「時間もないですし、パソコンの設置は放課後にやりますか」
「うん?終業式なんてサボってやればいいじゃねーか」
「教師が生徒にサボることを促さないでくださいよ」
「ちなみに私はサボるつもりだぜ」
「でしょうね」
すると目黒先生はまるで友達のように肩を組みながら言う。
「なぁ一緒にサボろうぜ。一人だとつまんねーし暇なんだよ」
「暇なら、パソコンを設置してくださいよ」
「嫌だ。面倒」
目黒先生はきっぱり断ると近くにあった椅子に腰をかけた。
そして言う。
「私はお前がサボると言うまでここを動かない」
「子供ですかアンタは?うちのクラスの担任、遅刻とかサボったりするとものすごく怒るんです。だから終業式にはちゃんとでますよ」
「あー確か、お前の担任て荒川て言ううるさいジジイだっけ?」
「ジジイって……確かにそうですけど、先生よりも荒川先生の方が遥かに年上なんですからもう少し言い方を考えましょうよ。アンタには人を敬う心はないですか?」
「敬う心?そんなもん処女と一緒に捨てちまったさ」
「なるほど、どうやら羞恥心も捨てたみたいですね」
唐突な下ネタに僕は冷静に突っ込む。
この人の下ネタに過敏に反応すると尽かさず突っかかってくるので要注意なのだ。出来るだけ無反応で対応をしないと「この童貞め」と馬鹿にされる羽目になる。
僕も最初の頃は、この人に馬鹿にされたのもだ。
まぁ文芸部に入部してから三ヶ月も経ってばそれなりにこの人の扱いにも慣れるものだがだけどそれは、この人と仲良くなってしまっている感じがあって少し嫌だった。
目黒先生とは出来るだけ距離を離して接したい。
教師と生徒という適切な距離を保っていたい。
それは特に理由なんてないのだが、僕の本能がそう言っていた。
しかし例え僕がそう思っていたとしても目黒先生は関係なしに友人のように距離を詰めてくるのだろう。
それは僕にとって厄介でしかなかった。
だから僕はこの人が苦手なのだった。
深いため息を吐いてから、僕は椅子から微動だにしない目黒先生に言う。
「さぁ駄々をこねてないでそろそろ行きますよ目黒先生」
「チッつもんねーの。お前はいつからそんな真面目ちゃんになっちまったんだよ」
「僕はいつも真面目ですよ。不真面目だったことなんて一度もありません」
「ふーん、真面目な奴が校内でエロゲーなんてやらないと思うがね」
「ちょっと待って!それは誰から聞いたんですか⁉︎」
「うん?生徒会長からだけど?」
「だとすればそれは大きな誤解です!エロゲーをやってたのは僕じゃなくって渋谷先輩ですよ!僕は無実だ!」
僕はそう叫んだ。
チクショー、渋谷先輩のせいで僕まで巻き添えを食らったじゃないか。
一生許すマジと思ったが、渋谷先輩を恨む前に確認しときたいことがあった。
「あの、そのことは誰かに言いましたか?」
「うん?とりあえず、笑い話として教室で披露したが?」
「……」
渋谷先輩、クラスで公開処刑されていた。全然、笑い話になっていない。
こればかりは流石に同情する僕。まぁ、校内でエロゲーをやっていた奴が悪いのだが。
しかし、目黒先生がバラしたせいできっと校内中に文芸部はエロゲーをやっている集団だと認識されたことは間違いないだろう。
「あぁ僕の真面目なイメージが……」
「そんな落ち込むなよ。仕方がねーな、それじゃあお前にとびっきり良い情報を教えてやるよ。荒川の髪、実はヅラなんだぜ。どうだ驚いたか?」
「そんなの学校中の人間が知ってますよ」
「マジかよ。ならパパ活しているてのはどうだ?」
「それ、今アンタが勝手に作った噂ですよね?」
「なぜバレたし」
なんてくだらない会話をしているとキンコンカンコーンてチャイムが鳴った。
今から急いで教室に戻っても遅刻は確定だった。そして怒られるのも確実だった。
「仕方がない。僕もサボります」
もし終業式をサボったところで、荒川先生とはしばらくの間は会う機会なんてない。だったら遅刻して怒られるよりもいっそのことサボってしまった方がいい。
それを聞いて目黒先生は嬉しそうに言う。
「おっマジか!それじゃあ何やる?トランプでもやるか?」
とジャージのポケットからトランプを取り出す。
「なんでトランプなんか持ち歩いでるですか?トランプなんかしませんよ。せっかくなのでパソコンを設置します。アンタは一人でソリティアでもしててください」
そう言って僕はパソコンが入っている箱を開け、取り出す。
目黒先生はそんな僕を見ながら不服そうに言われたとおりソリティアをやり始めたが、今まで見たことないくらいに真剣に表情で取り組み始める。
普段もそのくらい真剣に取り組んでもらいものだと思いながら、僕はケーブルを適当に繋げてみる。説明書なんてもちろん見ない。説明書なんて見なくってもこう言うのは感覚でなんとなくわかるものなのだ。
順調にパソコンを設置していると目黒先生はどうやらソリティアに飽きてしまったみたいで、今度はトランプで神経衰弱をやり始めるがそれもすぐに飽きてしまったみたいで、トランプでピラミッドを作り始める。
テーブルを揺らしたら怒られるだろうなと思いながら慎重に作業していると目黒先生は唐突に聞いてくる。
「そういえば、部費の交渉てお前らがやったのか?」
「ええそうですよ」
「ふーん、でもケチくさい生徒会がよく部費をくれたもんだ。私が何回も交渉しても一円もくれなかったくせに」
「そりゃ部費でゲームを買おうとしている人なんかに大切な学校の資金をあげようとは思いませんよ」
「だとしてもだ。あの生徒会が今さら部費をくれるのはおかしすぎるだろ。なんか裏があるとしか思えない」
「裏ですか……」
僕は独り言のようにそう呟く。
決して表には明かされない裏の物語を知っている僕にとって、先生が言っていることはあながち間違いではないと思った。
「その反応……、お前何か知ってるのか?」
なんとことを考えていると目黒先生は僕のことを睨みながら聞いてくる。
秋葉原先輩といい、どうして僕の周りにはこんなにも観察眼が鋭すぎる人が多いのだろうか。まったくもって油断できない。
僕は出来るだけ動揺しないように気をつけながら誤魔化そうとする。
「いえ、そんなことはないですよ。僕もちょうど目黒先生と同じように、生徒会は何か企んでるじゃないかと思ってたところなんです。いや、奇遇ですね」
「知ってるなら早めに言ったほうが身のためだぜ」
「……はい、わかりました」
目黒先生に虎が獲物を見つけた時のように睨まれてあっさり白状する僕。
こういう時のこの人に逆らったら、本当にどうなるのかわかったもんじゃない。もしかしたらグランドに埋められる可能性だってあり得る。そんなの僕はごめんだ。
秋葉原先輩が渋谷先輩に告白しようとしていること、そして僕は部費のあげるかわりに告白に協力することにしたことやそのことを渋谷先輩にバラしたこと、そして渋谷先輩は秋葉原先輩を振ろうとしていること、この数日間で起こったことを一切の嘘偽りもなくそのまま伝えた。
それを聞いた目黒先生の感想は、
「くだらね」
たったそれだけだった。
これにはさすがにムカついた。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ。本人達は至って真面目なんですよ」
「いや、お前がなんて言うとくだらねぇーよ。お前、よくそんなもんに協力してるな。いくら賄賂をもらったからって」
「賄賂て言い方はやめましょうよ」
確かに部費をくれるかわりに協力しているのは事実で賄賂というのもあながち間違いでは無いのだが、そんな言い方をされると罪悪感を感じる。
そう思っていると目黒先生は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「あの生徒会長が自分の事情のために権力を利用するとはな。それは少し驚いたぜ。こんなことバレたら生徒会長を下ろされるのは確実だな」
「ちょっと目黒先生、アンタまさか秋葉原先輩を脅迫するつもりじゃないでしょうね」
「しーねよそんなことは。お前は、私をなんだと思ってやがる」
「他人の恋愛沙汰を僻むことしかできない永遠の独身女」
「オッケー、表に出ろ。校庭に埋めてやるよ」
「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
僕は先生をなだめる。
この人、怒ると杉並先輩よりも怖いからできるだけ逆鱗に触れないように気をつけらなければならない。まぁ僕はそれを知った上でその逆鱗に触れているのだが、それはもうほとんど嫌がらせみたいなものだった。
「チッ、お前て奴は他人を見下すことしかできねのか?渋谷によりもたちが悪いーよ」
「それは心外ですよ。僕は他人を見下してるもりなんてないですよ。そして渋谷先輩よりも僕の方がまともだと思いますが?」
「どうだか」
と吐き捨てるようにそう言って目黒先生はトランプのピラミッドを順調に組み上げていく。気がつくとあとはもう頂上のところを作るだけだった。目黒先生は慎重に、カードを載せようとする。
だが、最後の最後でトランプのピラミッドは崩れた。
テーブルにトランプが散らばる。
せっかく積み上げたのにゼロからのやり直しだった。だけど目黒先生はもう一度やり直すことはなく、は天井を見上げてしばらく黙り込んだ。
そしてしばらく黙り込んだ後、
「うん?ちょっと待ってよ?」
と不思議そうにそう言った。
「どうしたんですか?」
「お前、本当になんでこんなことに協力してるんだ?」
「なんでって、言ったでしょ?部費をくれるかわりに協力することにしたんですよ」
「ちげーよ。そういうことを聞いてるじゃねーよ。お前がこんなことに協力するメリットなんて何一つねーじゃーか。部費で買ったパソコンだって別にお前が使うわけじゃなくって渋谷が使うだろ?」
「まぁそうですけど、でも僕は渋谷先輩が使っている古いノートパソコンをもらう予定なんです。十分、メリットになっているはずですよ」
「いや、全然メリットになってねーよ。だってお前、別に小説を書きたいわけじゃねだろ?だったらパソコンもらったてなんの意味もねじゃねーか。例え、ノートパソコンの方に入っていたエロゲーをやりたいからて理由でもやっぱり不十分だ。だってノートパソコンに入っていたエロゲーは生徒会長に消されちまったんだろ?まぁそんなもんはまたダウンロードすればいいだけの話だが、そんなことはお前しないだろう。生徒会長に嫌われるような真似なんて。なぜならお前は──」
目黒先生は僕の思考を先読みするかのように言う。
そして目黒先生は確信をつくのだった。
「なぜならお前は生徒会長のことが好きだからだ」
3
「だがそれだと益々わけがわからなくなる。どうして、生徒会長のことが好きなはずのお前が生徒会長の儚い恋に協力しているのか」
「ちょっと待ってくださいよ。勝手に僕が秋葉原先輩のことが好きな前提で話を進めないでくださいよ」
僕は慌てて止める。
すると目黒先生は首を傾げながら聞いてくる。
「うん?違げーのか?私はずっと前からそう思ってたんだが」
「勝手に決めつけないでくださいよ。僕は秋葉原先輩のことを尊敬はしていますけど、別に恋愛対象として見たことなんてありません」
「でも生徒会長のことが好きだからこそ、この文芸部に入ったじゃねーのかよお前」
「ち、違いますよ。僕が文芸部に入ったのは秋葉原に誘われたからですけど、別に好きだったからとかいうわけじゃなくって困っていたからですよ。ほら前にも言ったでしょ?僕はお人好しなんですよ」.
「お人好しねー、確かに好きな人の恋を応援しているお前はお人好しだよ。いやこの場合は大馬鹿野郎て言ったほうが正しか?」
不敵な笑みを浮かべながらそういう目黒先生。
いくら否定しようと、僕が秋葉原のことが好きだという間違った認識は覆らないようだった。そんなことあるはずがないというのに。
僕は対応に困っていると目黒先生は続けて言ってくる。
「ひょっとしてお前もわかってねーじゃねーのか?どうして自分は生徒会長のことが好きなのに、こんなことに協力しているのか」
「……」
「なるほど、納得した」
黙り込む僕を見て目黒先生は静かにそう言った。そしておもむろにテーブルに散らばっているトランプを片付け始める。
一体、何に納得したというのだろうか?
僕は全然、納得できていないのに。
ずっとモヤモヤしているのに。
「……先生、僕が秋葉原先輩の告白に協力しているのは心の底から応援しているからなんですよ。それだけ本当です。僕に何かメリットがあるかどうかなんて関係ないです。僕が秋葉原先輩のことが好きかどうかなんてどうでもいいです。他人を見下すことしかできない僕ですが、秋葉原先輩は初めて尊敬できる人だったんです。信頼できる人だったんです。そんな人の告白を応援することは一体何が悪いというですか?」
「別に悪くわねぇさ。だが中途半端な気持ちでやるのは悪いことだぜ。そして自分の気持ちを大切にしないのはもっと悪いことだ」
「自分の気持ちですか……そんなの忘れてしまいました」
他人の気持ちを優先しているうちにいつのまにか、自分の気持ちを失くしていた。
自分は一体どうしたいのか?何がやりたいのか?
わからない。知らない。
いや多分きっと初めっからそんなもんないのだろう。
だからこそ、やりたいことがある人を見るとものすごく羨ましいと思う。そして羨ましいと思うからこそ僕はそういう人達を見下してしまうのだろう。
ラノベ作家になりたい渋谷先輩。
彼氏が欲しい豊島さん。
本当は結婚したいと思っている目黒先生。
僕は彼らのことをずっと見下し続けてきた。
だけど秋葉原先輩は別だった。
初めて秋葉原先輩と会ったあの日、この人は自分の夢よりも他人の夢を優先して応援することができる人だなと思った。
それは僕なんかには到底できないことだった。
そんな秋葉原先輩だからこそ僕は……。
「先生、僕はこれからどうすればいいですか?」
僕は目黒先生に聞いてみた。
すると目黒先生は答える。
「知らねーよ。それはお前が決めることだ」
「ですが……」
僕は悩む。でも答えなんて出て来るはずがなかった。
「ウジウジ悩むな乙女か。しゃーない。迷える仔羊のお前のために一つゲームをしよう」
目黒先生はそう言って二枚のトランプを伏せた状態でテーブルに置く。
「片方がハートのエースもう片方はジョーカーだ。ハートのエースを引いたら、告白を止めに行け、ジョーカーを引いたら生徒会長のことは諦めて素直に応援しろ」
「いや、こんなことで自分の気持ちを決めてもいいですか?こんなのただの運じゃないですか?」
「ったく面倒くせーなお前は。いいだよ、運で自分の気持ちを決めたって。ずっと悩み続けて時間を無駄にするより遥かにマシだ」
終業式が終わるまであと少し。
時間なんてほとんど残されていなかった。
なのに気持ちの整理なんて全然つきそうにもない。
秋葉原を応援するにも、止めるにしても。
このままでいいはずがなかった。
「どうするだ?やるかやらないのか?」
「わかりましたやります!」
先生の問いかけに僕はそう答える。
他の誰でもない僕が決めたことだった。
だから悔いなんてない。
そしてテーブルに置かれいる二枚のトランプから一枚引くと、ゆっくりとそのトランプを確認する。
僕が引いたカードは……。
4
パソコンを設置して僕は部室から出ようとした。
今頃みんなは終業式を終えて教室で帰りのホームルームをしていると思い、先に体育館裏に行って秋葉原先輩が来るのを待とうと思ったのだ。
部室のドアを開けて廊下に出ようとしたその時、見覚えのあるものが落ちていた。
それはこの前拾った恋愛祈願のお守りだった。
あれ?もしかして僕のものだろうか?と思い、自分のポケットを確認してみるとそこにはちゃんとお守りが入っていた。
それじゃあこれは一体誰のだ?
僕は落ちていたお守りを拾う。よくよくみたらこのお守り、かなり長い間使われていたみたいでボロボロだった。とてもじゃないけど効果があるようには思えない。
「このお守り、もしかして目黒先生のですか?」
「なぁ⁉︎お前、どこでそれを‼︎」
「いや、普通にここに落ちてましたが?」
「返せ!それは私のものだ!」
「えっ!ちょっと待って⁉︎」
目黒先生はいきなり飛びかかってきた。
反射的に避けようとするが、あえたく取り押さえられ目黒先生の得意技である十字固めを食らう僕。
「痛い!痛い!痛い!離してください目黒先生!」
「お前が離せ!」
普段の目黒先生なら苦しむ僕をみて笑っていながら十字固めをするのだが、そんな余裕はないみたいで力尽くで奪い取ろうとする。
ヤバイ、このままだと腕が折れる!
「ギブ!返しますから!やめてください!」
僕は必死にそうな叫びながらお守りを離すと、十字固めをやめてすぐさまお守りを拾う。
そして安心した表情を一瞬だけ浮かべた後、倒れている僕をみてハッとなる。
「すまん、取り乱しちまった」
この人が素直に謝るなんて珍しい。
僕はそのことに少し驚きつつも言う。
「いくら結婚したいからって、暴力に出るほどこのお守り大切なんですか?」
「違げーよ。言っただろ?私は別に結婚したいだなんて思ってねーて。このお守りは、私の大切な宝物なんでよ。だから誰にも触れて欲しくはないだ」
「宝物なんですか。でもずいぶんボロボロなんですね」
「まぁ中三の時にある人からもらった物だからな。ボロボロなのは当然のことだ」
「へー、ルフィの麦わら帽子的な感じですか?」
「そんな大層な代物じゃねーよ。まぁこのお守りは私がこうして教師をしている理由でもあるから一概にはルフィの麦わら帽子とは言えなくもないけど、ともかくあまり乙女の過去を詮索しないでくれよ」
「いや先生はもう乙女と呼べる年齢ではな、ぐはぁ!」
腹を殴られる僕。
でもそんな中、僕はあることを考えていた。
先程、拾ったお守りが目黒先生のものだと言うなら、僕のズボンのポケットに入ってあるこのお守りは一体誰のものだろうか?
僕は一層のこと聞いてみることにした。
「先生、実はこの前部室でそのお守りと全く同じ物を拾ったんですが、このお守りは先生のじゃあありませんか?」
目黒先生は僕が持っているお守りを凝視した後言う。
「いや、これは私のじゃないな。私が持ってるお守りはこれだけだし、それにいくらなんでも新品すぎる」
「それじゃあ、このお守りは誰のだろう」
「新品ていうことは修学旅行に行った奴だよな。だとすれば渋谷じゃねーのか?いや、でもアイツはこんな物買う奴じゃねーか」
「そうですね」
渋谷先輩は恋愛不要論を唱えている。
そんな人がこんなお守りなんか買うはずがない。
「だったらお前のか?」
「なんでそうなるですか?だとすればこんなこと聞いていませんよ。どんな叙述トリックなんですか。いくらなんでも荒すぎるでしょ」
「だけどよ文芸部の部室に来るのは、私かお前か渋谷にしかいないだろ?私と渋谷が違かったら残るのはお前しかいねーじゃねか」
「だとしても違いますよ。大体の僕は高一なんで修学旅行になんか行っていませんし、小学校と中学校の修学旅行はどっちも京都ではないので僕がこのお守り買うことはできません」
「じゃあ誰なんだよ」
「さぁ?」
僕達は考える。
しかしこのお守り落とすような人なんて誰も浮かばない。
修学旅行に行っている人で、文芸部に来る人で、そして何より恋愛祈願なんてお守りを買うような人。
あまりにも条件が絞られすぎている。
そんな人物なんて他に誰かいるのか?
「あっいや、一人いるかもしれない」
と目黒先生はそう言った。
僕は「誰ですか?」と聞くと目黒先生は言う。
口にしたのはあまりにも意外すぎる人物だった。
5
「えっヒロ君?どうしてここに」
放課後になり体育館裏で待っていると、秋葉原先輩は本来いるはずのない僕を見つけてとても不思議そうにそう言った。
確かにこの場に来るのは渋谷先輩であって僕ではない。
ガッカリさせてしまっただろうかと思ったが秋葉原先輩は少し嬉しそうに聞いてくる。
「もしかして応援しにきてくれたのかしら」
「まぁそんなところですよ。安心してください。渋谷先輩はちゃんと来ますから。今はちょっと目黒先生に足止めをしてもらっているだけなので」
「足止めて、どういうことなの?」
「少し秋葉原先輩と話がしたかったからですよ。今とりあえずこれ秋葉原先輩に返します」
「これって……」
僕はお守りを秋葉原先輩に渡すと静かに受け取った。
そしてしばらく間を置いた後、聞いてくる。
「どこでこれを?」
「部室のドアの前に落ちてました」
「そうなんだ。実はこのお守りずっと探してたのよ。ありがとうねヒロ君」
秋葉原先輩は優しく微笑む。お礼に抱きしめてくれたっていいですよと思ったが、そんな冗談を言える状況ではないことはさすがに理解している。
この恋愛祈願のお守りは先生の言う通り秋葉原先輩のものだった。
秋葉原先輩は渋谷先輩と同じように修学旅行に行ってるし、そして秋葉原は渋谷先輩に恋をしていてこれから告白をしようてしている。だから、修学旅行でこの恋愛祈願のお守りを見つけて買ったとしても何も不思議はない。
だけど一つだけ問題が残る。
秋葉原先輩は文芸部の部員ではないのにどうして文芸部のドアの前にこのお守りが落ちていたのか。文芸部の部員以外の人なんて来るはずがないのに文芸部のドアの前に落ちていたのはあまりにもおかしいすぎる。
しかしそれは簡単に説明がつく。
「秋葉原先輩、そのお守りを落としたその日、もしかして文芸部のドアの前まで来てたんじゃないですか?来た理由は文芸部の部費について渋谷先輩と話すためでしょ」
「ええそうよ」
秋葉原先輩は頷くいた。
そう、前に秋葉原先輩が渋谷先輩と部室で昼飯を一緒に食べようとしても恥ずかしくって部室に入れずにドアの前でウロウロしていたことがあった。そして秋葉原先輩がお守りを落としたその日もきっと同じようにドアの前でウロウロしていたのだ。
でもだからこそ僕はどうしても聞いてみたいことがあった。
「もしかして、僕たちの話聞いてましたか?」
「どうやら隠しても無駄みたいねヒロ君。本当は聞くつもりなんてなかったのだけれど、ドアが閉まっていた状態でも聞こえてきてしまったの」
「だったら秋葉原先輩が渋谷先輩に告白しようと理由て、まさか渋谷先輩にラブコメを書かせるためなんですか?」
それはあまりにも馬鹿馬鹿すぎる理由。
そんなのはラノベの世界でしかありえないことだ。
だけど秋葉原は、
「ええそうよ。私はそのために渋谷君に告白しようとしているわ」
と言い切った。
どうやら本当に秋葉原先輩は渋谷先輩にラブコメを書かせるためだけに、告白をしようとしているらしい。
確かに渋谷先輩はラブコメを書こうとして書けずにいた。
それは渋谷先輩が恋愛経験ゼロの童貞だったからだ。
だから僕はラブコメなんてやめた方がいいと渋谷先輩に忠告したのだが、あの時の会話をドア越しで聞いていた秋葉原先輩は渋谷先輩に告白して付き合うことで恋愛経験を積ませようと考えてたのだ。
そんなことで告白をしようする人は、きっと秋葉原先輩だけしかいないだろう。
僕は思わず聞く。
「どうしてそこまでして渋谷先輩にラブコメを書かせようとするですか?」
「まぁ渋谷ことが本当に好きだからて言う理由も当然あるけれど、もっと簡単に言ってしまえば、渋谷君が書く小説が好きだからよ。ファン第一号て言ってしまってもいいわね。だから渋谷君の夢を応援したくなるのは当然のことじゃない?──私はラノベのことなんて全然わからないけど渋谷君には才能があるて信じてる。いつかラノベ作家になるとそう思っている。だからこそ私は渋谷君にラブコメを書かせようと告白しようとした」
「だけど、それには問題があったんですよね?」
「ええそうよ。渋谷君とうまく喋ることができなかったり告白なんてどうやればいいのかわからなかったり、色々問題はあったけれど、一番の問題だったのは渋谷君のプライドだった」
渋谷先輩はプライドの塊みたいな人である。
そんな先輩が、もしもラブコメを書かせようと告白しようとしていることに気づいたら渋谷先輩のプライドがそれを許したりはしないだろう。
きっとラブコメを書くのをやめてしまう。
秋葉原先輩はそれを警戒したのだ。
「そしてそのためにとった策が、僕に仲介役として協力してもらうことだったんですね」
「そうよ。渋谷君、意外と後輩に甘いところがあるもの」
「そうですか?あの人、普通に僕に厳しいですが?」
「そんなことはないわよ。だって、パソコンを買おうとしたのもヒロ君のためだったもの」
「だけど、渋谷先輩は新しいパソコンを自分のパソコンを使うつもりですよ。代わりに僕は渋谷先輩が使っていた古いノートパソコンを使うことになりました。これのどこが優しいと言うですか?」
「でも、その古いパソコンを貰ったおかげでヒロ君はやっと小説を書くことができることになったんでしょ?多分だけど、それが渋谷にとっての精一杯の優しさだったんでしょう。ラノベで言うところのツンデレキャラね」
「……」
いや、絶対に違うと思うのだが。
それに僕は別に小説を書きたいだなんて言った覚えないんてないし、思ったことすらない。なのにあの渋谷先輩がパソコンを用意するとはとても思えなかった。
秋葉原先輩、渋谷先輩をいくらなんでも過大評価しすぎてないか?
なんて思っていると秋葉原先輩は話を続ける。
「ともかく渋谷君の後輩であるヒロ君に協力して貰えばバレる可能性は減ると私は思った。それにヒロくんが協力してくれれば、他の問題も問題じゃなくなる。だからヒロ君の協力は必要不可欠だったの」
「事実を伝えなかったのはやはり渋谷先輩にバレるのを防ぐためですか?」
「ええ、ごめんなさい。本当は事実を伝えたなかったけれど、でもヒロ君嘘が苦手そうだったもの」
「秋葉原先輩が鋭すぎるだけですよ」
「そうかもね。実際にヒロ君が裏切っていたことは気づいていたし」
「バレてたんですか」
「うんバレバレだったわよ」
だったら僕と渋谷先輩が部室で交わした一体なんだったのだろうか。いや、もしかしたら秋葉原先輩はそうなることを予測していたのではないだろうか。
──期限を夏休みが始まるまでにしたのも。
──部室の前でウロウロしたのも。
──秋葉原先輩が渋谷先輩に部室にはもう行かないと宣言したのも。
──ラブレターを書くのに時間をかけたのも。
すべて、僕が裏切るように仕向けていたのではないだろうか。
僕はこの人の手のひらで踊らされていただけではないだろうか。
──もしかしたらお守りを落としたのだって。
だとすれば秋葉原先輩は渋谷先輩よりもたちが悪かった。
「ヒロ君、もしかして怒ってる?」
「いえ、怒ってませんよ」
「嘘つき」
秋葉原先輩はほくそ笑みながらそう言った。
そんな秋葉原に僕は、
「いえ、秋葉原先輩ほどじゃないですよ」
と返事をした。
だけど、いいように操られていたとしても秋葉原先輩のことを決して嫌いになれないのだから不思議だった。
それはきっとお人好しとか関係ないのだろう。
そう思った。
僕はポケットからスマホを取り出して時間を確認すると言う。
「さすがに渋谷先輩そろそろくると思うで僕は帰ります」
「えっ?帰っちゃうの?できればいてくれた方が私的には安心するのだけれど……」
「いや、僕がいたら渋谷先輩だって気が散ると思うでさすがに帰りますよ。それに今日はこれから用事があるですよ」
「そう、それならしかたがないわね……」
と言った。きっと嘘だと見抜いた上でそう言ったのだろう。
「告白、頑張ってください」
「ええ頑張るわ。必ず成功して見せるわ」
「何か作戦あるですか?」
「もちろんよ。言ったでしょ?私にもちゃんと作戦があるって」
「そういえばそんなこと言ってましたね。でその作戦て一体なんですか?」
「それは秘密よ」
と笑いながら言う秋葉原先輩。
かなり自信があるようだった。
ならきっと秋葉原先輩は大丈夫だろう。
「それじゃあ僕は失礼します」
「結果はLINEで伝えるわね」
「ええ楽しみにしています」
そして僕はその場から離れた。
校門から外に出て、いつの帰り道を歩く。だけどその足取りは決して軽くなかった。
それは真夏の暑さが原因なのだろうか。額から汗が零れ落ちる。
空を見上げると太陽が照らし出す光がやけに眩しかった。
できるだけ僕は影あるところを歩くことにした。
僕はきっと日向よりもきっと日陰のほうがお似合いなのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると僕は自動販売機を見つけた。自動販売機に硬貨を入れて、僕は試しに渋谷先輩がいつも呑んでるブラックコーヒー買ってみた。
一口飲んでみると、やっぱり苦かった。
僕はブラックコーヒーの味を噛みしめながら思う。
今頃、秋葉原はどうしてるだろうか。
告白は成功しているのだろうか?それとも失敗したのだろうか。
例え秋葉原先輩に何かしらの作戦があったとしても、あの渋谷先輩が相手だと一筋縄ではいかないだろう。
だけど、成功しているといいなと僕は心の底から願った。
「あーちくしょう……本当、僕って奴はお人好しだよな……」
僕はそんな愚痴を漏らしてから一気にブラックコーヒーを飲み干した。
そして僕はまた失恋をした。