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秋葉原先輩のラブレター

 

 それからしばらく秋葉原先輩と直接会うことはなく、そして文芸部の部室にも行くことはなく時間だけが刻々と過ぎていき、気づけば終業式はもう明日だった。

 授業の合間にある十分休み、教室では陽キャ達が「もう少しで夏休みだ」とか「なあ夏休みが始まったらみんなで海でもいかね」「女子も誘おうぜ」「それいいな!それじゃあ誰を誘うぜ」「それはもちろん、胸が大きい足立さんだろ」と盛り上がっている。

 それを聞いてアイツらサメにでも食われねーかなと思う。

 僕の夏休みはきっと家でゲームをしているだけで終わることだろう。

 なんて虚しい夏休みなのだろうか。

 ともかく明日を逃せば告白するタイミングはもうないのだが、一向に秋葉原先輩からの報告が来ない。さすがに心配になり僕は『ラブレターかけましたか?』とメッセージを送るとすぐに既読が付き返事が返ってきた。

『ごめんなさい、書けたわ。今日のお昼休み、生徒会室に来てくれないかしら』

 僕はそれを見て一安心していると横から「はあ……」と不快なため息を漏らしている女がいた。その女は机に肘をつき、不幸なオーラー垂れ流している。


「はあ……」


 そしてまたため息を吐く。

 これはどうかしたのか?と聞かなければならないだろうだろうか。いや、本当なら僕はこいつと口も聞きたくないだろうしこいつも同じことを思っているのだろうけど、しかしいい加減に不幸なオーラーを垂れ流すのはやめてほしい。こっちまで不幸なオーラーが移りそうになるじゃないか。

 痺れを切らして僕は聞く。


「あの豊島さん?ため息なんかついてなんかあったのかい?」


  すると豊島さんは気怠そうに僕の方をチラッと見た後、何も見なかったかのように視線を戻した。

 この態度にはお人好しの僕もイラっとする。


「おい、いくら僕と話したくないからって無視するなよ」

「別にアンタには関係ないでしょ。ほっといて」

「お前が構って欲しそうに不幸なオーラーを垂れ流してるからわざわざ聞いてやってるんだよ。マジで鬱陶しいから何があったのか話せよ」

「……」


 それでも豊島さんは何も言わない。

 こうなると意地でも何があったのか聞き出したくなるのが僕という人間である。


「何があった?体調でも悪いのか?」

「別になんでもないってば」

「もしかして生理か?」

「死ね」


 実にシンプルで適切な台詞。

 だけどまだ僕は諦めないし、めげない。


「わかった。さてはお腹空いてるだろ。よし、じゃあ売店でなんか買ってきてやる。何がいい?クリームパンか?カレーパンか?」

「別にいらないわよ」

「あっそうだった。確か豊島さんはメロンパンが好物だったな」

「だからお腹なんて減ってないってば!」


 そしてついに根負けし「もうわかったてば、言えばいいんでしょ!」とイラつきながら言った後、何があったのか話す。

「ほら、もうすぐ夏休みが始まるじゃない?結局夏休みが始まるまでに彼氏を作ることができなかったなて落ち込んでたのよ」

「うわぁ、悩み事が思ったよりもくだらなくってガッカリだわ」

「聞いておいてそれはなくない⁉︎」

 でも不幸なオーラーを垂れ流すほどでもない。

 まさしく聞いて損したが、しかし豊島さんと秋葉原先輩の思考回路が似ているとは少し驚きだった。

 やはり青春を謳歌しようとしている人なら誰しもが思うことなのだろうか?

 なんてことを考えていると豊島さんは独り言のように愚痴を漏らす。


「あーあーどっかにいい男はいないかな……」

「なら男紹介してやろうか?年は一つ上なんだが……」

「余計なお世話だし。それにアンタの知り合いならどうせその人、キモい陰キャでしょ。そんなの絶対嫌。そんなのと付き合うぐらいならナマコと付き合ってた方がまだマシ」


 まだ会ったことがない人のことをそこまで言うなんて酷すぎると思ったが、豊島さんの憶測通りなので何も言えない。

 残念だったな渋谷先輩。どうやらアンタはナマコ以下らしい。

 まぁ渋谷先輩だってこんな腹黒女と付き合うだなんて絶対にお断りだろうが。

 僕は興味半分で聞いてみる。


「それじゃあどんな奴がタイプなんだ?」

「それはもちろんイケメンでー、優しくってー、頭が良くって、お金を持ってる人」

「お金を持ってる人て完全にたかるつもりじゃねーか」

「当たり前じゃん。彼氏と書いて財布と読む」

「読まねーよ」


 さすが腹黒女。そんなんだから彼氏ができねーだよ。

 と軽蔑していると豊島さんは嫌味たらしく言ってくる。


「アンタだってどうせ、虚しい夏休みを送ることになるじゃないの?」

「そんなことはないぞ。スーパのバイトも週五で入ってるし、秋葉原に行ったりコミケに行ったりするからそこそこ忙しいだぞ」

「フッ」

「あっ!今、鼻で笑ったな!人の夏休みを馬鹿にしたな!」

「いやアンタの夏休みの予定を知ったら、私の夏休みはまだ全然マシだなと思えてきたわ。ありがとうね」

「お礼を言われても全然嬉しくねーよ!」


 ともあれ豊島さんは少しだけ元気を取り戻したのだった。


 1


 お昼休みになり、僕は生徒会室に向かった。

 生徒会から呼び出された時みたいにドアをノックしたが返事はない。まだ来ていないのかなと思い生徒会室に一応入ってみる。


「あれ?やっぱりいない?」


 生徒会室はもぬけの殻。

 先に来ていると思ったのだが、仕方がない。秋葉原先輩が来るまでソファーに座って待っていようと油断していると背後から、


「だーれだ」


  と急に視界が真っ暗になった。

 どうやら誰かに目隠しをされらしい。

 もう誰が目隠しをしたのかわかっているのだが僕は一応、言う。


「えーと、その声は秋葉原先輩ですよね?」


 てかそれしかないよな?

 生徒会の人間でこんな悪戯をする人は秋葉原先輩しかいない、声もまさに秋葉原先輩そのものだったのが、目隠してきた人は惚け始める。


「さぁどうかしら?もしかしたら杉並君かもしれないわよ」

「あの人はこんな乙女チックなことしませんよ。きっとチョークスリーパーをします」

「そんなことはないわよ。杉並君、生徒会室でゴキブリが出た時女の子みたいな叫び声をあげてたし、趣味はお菓子作りと裁縫だったり、意外と乙女な一面もあるのよ?他のみんなには内緒にしてくれて言われてるけど」


 意外すぎる一面だった。

 というかそんなことできることなら知りたくなかった。


「てかそんなことを秘密を暴露してる時点で、杉並先輩じゃないですよね」

「それもそうね」


 すると目隠しをやめる。

 振り返るとそこには案の定、秋葉原先輩がいた。


「ヒロ君を少しだけからかってあげようとずっと隠れてたのに思ったよりも反応が薄くって残念だわ」

「それはすいません。ちなみにどういう反応すると思ったですが?」

「少し戸惑った後「この匂いはもしかして莉愛ちゃんでしょ⁉︎もう驚かせないでよ。チョーびっくりしたんですけどー、マジ卍」て女子校生風に言ってくれると期待してたわ」

「そんなの期待されても困ります。先輩の中で僕のキャラどうなってるですか?」


 色々ツッコミどころがあるがとりあえず声ではなく匂いで人を判断する変態キャラであることはわかった。いくら前にスカートの中を覗こうとしたからってちょっとこれは普通にショックである。

 僕は女子に優しい紳士キャラで売りたいと思っているのに。

 ガッカリしていると秋葉原先輩は言ってくる。


「あっそうだ。さっき言ったことは内緒ね。じゃないと杉並君に怒られちゃうから」

「それならなんで言ったんですか?」

「だって杉並君の可愛いところみんなに知ってもらいたいじゃない」

「……」


  おそらくだけどこの人、僕だけじゃなく他の人にも杉並先輩の秘密をきっとバラしているだろう。杉並先輩に同情しそうになったが、いざとなったらその秘密を盾にしてやろうと思った。

 ともかく僕は本題に移る。


「それでラブレターは書けたですよね?」

「ええ、時間がかかってしまってごめんなさいね。でもそのおかげで納得がいくラブレターが数枚書いたわ。でもどれが一番いいのか私にはわからないから、ヒロ君が決めてくれないかしら」

「なるほど、わかりました。僕に任してください」


  と思わず啖呵を切ってしまったが、かなりこれへ責任重大な役目である。

 作戦としては匿名のラブレターで渋谷先輩を体育館裏に呼び出し、そして告白することになっている。でも渋谷先輩のことだから例えラブレターを読んだとしても、校舎裏に来ない可能性だってあり得るのだ。

 だからこのラブレターには作戦の全てがかかっていると言ってもいい。

 そしてそんな作戦を提案した僕だからこそ安易に引き受けていいものではないのは十分にわかっているのだが、でも秋葉原がどんなラブレターを書いたのかとても気になるし、やはり一度確認しておくべきだろう。

 とりあえず僕たちはソファーに座り、秋葉原先輩のラブレターを確認することにした。

「それじゃあ最初はこれよ」

  と取り出したラブレターには達筆な字でこう書かれていた。


『拝啓

 酷暑の候、ますますご健勝にお過ごしのことと存じます。

 さて本日は、私の想いを渋谷様に伝えたく手紙を書かせていただきました。 唐突なことでさぞ驚かれていると思いますが、実は私は渋谷様のことが以前からずっと好きでした。

 つきましては明日の放課後、体育館裏に来て返事を聞かせていただけないでしょうか?

 敬具

 秋葉原莉愛

 渋谷充様』


 僕はそんな秋葉原先輩らしいラブレターを読んで感想を言う。


「なんかこれ硬くないですか?もう少し軽めな文章でもいい気がします」

「ええ、私もそう思ってこんなのを書いてみたわ」


 すると別のラブレターを取り出す。

 そのラブレターはカラーペンやマスキングテープでデコレーションされており、丸字でこう書かれていた。


『ヤッホー、渋谷君!元気してる?実は、君に伝えたいことがあって手紙を書いただけど、でもこれめっちゃ恥ずかしいわー。だから明日の放課後、体育館裏に来てくれない?そこで君に伝えたいことを言うよ。

 絶対に来てね!来てくれないと私泣いちゃうかも。ピエン。

 それじゃあまた明日!』


「軽すぎるますねこれじゃあ。多分このラブレターじゃあ渋谷先輩は来ませんよ」

「やっぱりヒロ君もそう思う?」

「あとこれ本当に秋葉原が書いたんですか?カラーペンとかマスキングテープが使われていますし、字が先程と全然違うように思えますが」

「私なりに色々調べて色んなラブレターを書いたのよ」

「そうなんですか。でも『ピエン』なんて流行りの言葉を使うのは秋葉原先輩のキャラじゃないでしょ。さすがに自分のキャラは守ってラブレターは描きましょうよ」

「ピエン」


 と返事をする秋葉原先輩。少し可愛かった。

 そういえばさっきついスルーをしてしまっていたが『卍』て言葉を使っていたな。もう、今じゃ死語になっているのだが、もしかしたら秋葉原先輩はそう言うのにハマっているのかもしれない。

 頼むから変に影響されないでほしいと思っていると秋葉原先輩は次のラブレターを取り出し、テーブルに置く。

「これは作るのに苦労したわ」

 と言って僕はそのラブレターを手に取り見る。


『明日のホうカゴ、タイくかん裏に来イ』


 それはなぜか新聞の切り抜きで作られたラブレターだった。

 とても事件性を感じる。もしも明日、体育館裏に行ったら殺されそうなそんな怖さがあり、こんなラブレターを貰ったらすぐに110番するのは確実だった。

 僕は恐る恐る聞く。


「えーと、これは?」

「筆跡で書き主が誰なのかバレないようにしようと思って」

「いや、別にバレてもいいですよ」

「あらそうの?でももしもの時のために出来るだけ証拠を残さない方がいいと思うのだけれど?」

「もしものためてなんですか?ただ告白するはずだけでしょ?」

「もちろん告白するわよ。でも渋谷君の返事によっては……」

「じょ、冗談ですよね?」

「もちろん冗談よ。そんなに怖がらないでよ」

「そうですよね。ハハハ」


 僕は苦笑いでそう言う。

 冗談と分かっていても普通に怖い。

 ホッとしていると僕の手に持っているラブレターを抜き取りながら秋葉原先輩言う。


「まあともかくこれでヒロ君の指紋がついたから安心ね」

「あれ?先輩、僕に濡れ衣を着せようとしてません?」

 冗談ですよね?ねぇ?僕は信じてますよ!先輩はそんなことをする人じゃないって!

「それじゃあ次のラブレターはこれよ」


 秋葉原先輩は僕を無視して別のラブレターを取り出す。


『果たし状

 明日の放課後、体育館裏に逃げずに来い』


  「果たし状て、別に決闘するわけじゃないですからやめましょうよ」

「いえ、この告白によって十色高校の光と影の十年以上にもわたる長き因縁にやっと終止符を打つことができるかもしれない。だから決闘というのはあながち間違ってはいないのよ」

「先輩達の因縁てそんなに壮大なんですか?」


 だとすれば僕はとんでもないものに巻き込まれてしまった。

 今からでも逃げる事は可能だろうか?

 しかしそんなこと今更できるはずもなく、


「さて次のラブレターはこちら」


 ラジオ風にそう言って、新たなラブレターを取り出す。


『                            』


 しかしそこには何も書かれていなかった。

 もしかして馬鹿には読めないラブレターとかそんなことを言い出すのではないだろうか?と思ってくるの秋葉原は言う。


「あぶり出して知ってるかしら?」

「えっと確か、後ろから火であぶると文字が浮き出てくるやつですよね?」

「ええそうよ。実はインクにみかんの絞り汁や砂糖水を使うとそういうことが起こるだけど、それをラブレターに応用してみたわ」

「そんなの応用しないでくださいよ」

「もしも他人にこのラブレターを見られたとしてもあぶり出しで書かれてあるとは気づくことはないと思ったのだけれど」

「これじゃあ渋谷先輩も気付きませんよ」

「そう?ダメかしら?渋谷君、こういう好きそうに見えるけど」

「確かに好きそうですけど、でもいらなですよ。こんなギミックは」

「それじゃあ次はこんなのはどうかしら?」


 秋葉原先輩はノリノリでまたラブレターを取り出す。


『                         』

 

  だけどそれはまた先程と同じ白紙の紙だった。


「なんですかこれ?またあぶり出しですか?」

「残念、私は同じネタを二度使ったりしないわ」

「とうとうネタていちゃったよ秋葉原先輩!悪ふざけでやってることを認めちゃったよ!」


 いや、三つ目ぐらいから完全に悪ふざけでやっている事はわかってたけど。

 僕は呆れながら言う。


「あの秋葉原これは大喜利じゃないですから、ボケるのはやめましょうよ」

「いいじゃない。こう言うのも必要でしょ?」

「全然必要じゃないですよ」


 そう口では言いつつ、それでもちゃんとノッてあげる僕はとても優しいと我ながら思う。

 そんな僕のお人好し加減に呆れながら秋葉原先輩に聞く。


「それであぶり出しじゃないなら一体なんですか?」

「これで書いて見たわ」


 と胸ポケに刺してあったペンのを取り出す。それはいたって普通のペンだったがどうやらペンの蓋の部分にライトみたいなものがあるみたいだった。


「そのペン、もしかしてシークレットペンですか?」

「ええ正解よ」


 シークレットペンというのは赤外線を当てないと見えない特殊なインクが使われていて、僕も小学校の頃そのシークレットペンを使って色んな場所に落書きをしていたことを今でも覚えている。うわぁー超懐かしい。

 と思い出に浸っていると秋葉原はペンの蓋についてある赤外線をつける。

 するとそれに反応して薄らと文字が浮き出てきた。


『実は前から渋谷君のことが好きでした。

 明日の放課後、体育館裏に来て返事を聞かせてもらえないでしょうか?

 渋谷君が来るまでずっと待っています』


 先程の奴と比べて全然マシなラブレターだったが、それはシークレットペンで書かれていなければの話である。


「てかこれ、さっきのあぶり出しと同じで渋谷先輩気付きませんよ」

「しまったわ。私としたことがヒロ君に同じツッコミをさせてしまうだなんて、不覚……」


 いや、反省するところはそこじゃない。

 目に見えないインクで書くのをまず反省して欲しい。


「それで次はどんなラブレターなんですか?」


 僕はとうとう自分から聞く。

 すると秋葉原先輩は別のラブレターを取り出して言う。


『 』


「馬鹿には読めないラブレターよ」

「いつか来ると予想していましたよ。馬鹿には読めないラブレター。──だけどこれもさっきのラブレターと同じで渋谷先輩が読めないですよ」

「ヒロ君、前から思ってたけど渋谷君の扱い酷すぎない?」

「そんなことないですよ?一応、先輩ですからちゃんと尊敬はしてはいますよ」

「そうなの?」

「ええゴキブリと同じぐらい尊敬しています」

「それ全然尊敬していないじゃない」


 秋葉原先輩は呆れたように言う。

 でも尊敬するべきとこのなんてどこにもないのだからどうしようもない。


「さて次のラブレターはどんなですか?」

「いえ、残念だけどこれでネタ切れよ。ボキャブラリーが少ないのも困りようね」

「まぁ先輩はあまりボケキャラじゃないですしね」


 しかしやっと終わってくれたことに一安心していると秋葉原先輩は聞いてくる。


「ちなみにヒロ君はもしも渋谷にラブレターを渡すとしたらなんて書く?」

「なんですかその想像するだけで悍しい質問は?とりあえず赤いペンで『殺』て書きますよ」

「なるほどあえて冷たい態度を取ってから告白する。いわゆるツンデレという奴ね」

「全然違います」


 おそらく僕が渡したラノベでツンデレをというものを学んだみたいだが、あきらかに間違って覚えていた。

 ともかくテーブルに並べれた様々なラブレター。(そのうち三つは白紙)

 この中から選ばないといけないと思うと、苦笑いするしかなかった。


「どれにしましょうか?」

「何言ってるのヒロ君?それはさっきも言ったみたいにネタよ?渋谷君に渡そうとしている本命のラブレターはこっちよ」


 とちゃんとした封筒に入っているラブレターを取り出す。

 だったら先ほどまでの時間はなんだったのだろうか?本命があるならまず最初にそれを見せて欲しかった。


「あの一つ聞きますけど、この数日間連絡が来なかったのはまさかさっきのネタを考えてたからじゃないですよね?」

「えっそうだけど?」

「……」


 この人、貴重な時間を何に使っているのだろうか?


「まぁとりあえず、中を確認しますね」

  と封筒の中を見ようとすると「あっちょっと待って」と止められる。

  そして秋葉原先輩は申し訳なさそうに言うのだった。


「ヒロ君に協力してもらっているのにこんなことを言える立場ではないことはわかっているのだけれど、封筒の中身は見ないで欲しいの……」

「えっどうしてですか?」

「ほら、やっぱり恥ずかしいじゃない。人にラブレターを見られるのは……」


 恥ずかしそうにそう言った先輩を見て、今までのラブレターはもしかしたらただの照れ隠しかもしれないと思った。そしてこのラブレターにはそれだけの先輩の想いが詰まっているのだろう。

 だとすれば僕はこのラブレターを読むべきではない。


「そういうことならわかりました。でもだとしたらどうして僕を呼び出したですか?」

「ヒロ君にはこのラブレターを渋谷君に渡して欲しいの。もちろんと書き主が一体誰なのかバレないように」

「あれ?でも作戦ではラブレターを渋谷先輩の机に置く手筈だったじゃないですか」

「ええだけど問題が起こってしまって……」

「問題てなんですか?」

「渋谷君、全然机から離れてくれなくってラブレターを置く隙がないのよ。今日の朝、いつもより早く登校してもすでに渋谷君いるし、お昼に。なっても渋谷君、最近は部室じゃなくって自分の席でご飯を食べるし、これっておかしくないかしら?」


 さすがの秋葉原でも渋谷先輩のいつもとは違う行動は疑問に感じたらしい。

 いつもの渋谷先輩なら僕と同じで朝のホームルームが始まるギリギリに登校するだろうし、それに他人の会話でうるさい教室ではなく誰もいない静かな部室で昼飯を食べるはずだ。一人で寂しく。

 確かにいつもの渋谷先輩ならありえないことだろう。


「なんかまるでこっちの作戦がバレているような……」


 秋葉原先輩は不安そうに言う。

 それを聞いて作戦がバレてるとはとても適切な表現だと思う僕。

 とりあえず秋葉原を安心させるために言う。


「多分、それはきっと秋葉原先輩のことを警戒しているだけだと思います。ほら、僕たちあえて渋谷先輩が怪しまれるようにしたでしょ?だから何も心配は要りませんよ」

「そうなの?でもそれにしては私の行動を読まれているような気がするのだけれど……」

「放課後、渋谷先輩に渡しますよ。もちろん書き主が一体誰なのかバレないように」

「ええ、お願いねヒロ君」


 そして秋葉原先輩は僕を信じてラブレターを渡した。


 2


「渋谷先輩これ、秋葉原先輩からです」


 放課後になり部室に向かった僕。そして先日、約束通りに部室で待っていた渋谷先輩に僕は秋葉原先輩ががいたラブレターを直接渡した。

 渋谷先輩は無言でそれを受け取り、封筒を乱暴に破ったりせずに慎重に開けて手紙を取り出し、読み始める。

 そして秋葉原先輩の想いが詰まったラブレターを読み終えると聞いてくる。


「なぁヒロ、どうしてお前は俺にこのことを教えてたんだ?秋葉原はお前を信じて協力をお願いしたはずじゃないのか?」

「これが一番のいい手だと思ったからですよ」


 僕は悪い笑みを浮かべながらそういう。

 そう、僕は僕のこと信じてくれた秋葉原先輩を裏切った。


「でも一つだけ言い訳させてくださいよ。僕もできることなら秋葉原先輩を裏切りたくはなかったんですよ?これは本当のことです」

「じゃあどうして?」

「秋葉原先輩が思ったよりも弱い人だったからですよ」

「秋葉原が弱いだと?」

「ええ。まぁこれは僕があの人のことが代表かし過ぎてたせいでもありますが、渋谷先輩に告白するには秋葉原はあまりにも弱すぎました。僕が間に入らないとまともに好きな人と会話することができなくって、好きな人と昼飯を食べようと部室に入ろうとしても緊張して一歩踏み出すことができなくって、ラブレターを書くのに何日もかけてしまうそんなどこにでもいるかよわい女の子なんですよ秋葉原先輩は。そして秋葉原が部室にはもう行かないと渋谷先輩に伝えた時、僕は秋葉原先輩を裏切ることを決めたんですよ」


 裏切ることを決めたその日、僕は電話で渋谷先輩に事実を伝えた。

 秋葉原先輩が渋谷先輩のことを好きだということ。

 秋葉原先輩が渋谷先輩にラブレターを書いていること。

 秋葉原先輩が渋谷先輩に告白しようとしていること。

 何もかもすべてを伝えた。

 そのことを秋葉原先輩が知ったら僕はもう二度と口を聞いてもらえなくなるだろう。でもそれでいいやと思う。

 もう何も考えたくない。

 すべてがどうでもいい。

 だけどそれを許さないかのように渋谷先輩は聞いてくる。


「本当にそれだけなのか?秋葉原を裏切った理由は?」

「さすが渋谷先輩、鋭いですね。確かに秋葉原先輩が弱すぎるからという理由では、まだ不十分すぎますね。ええ、もちろんそれだけではありませんよ。一番の理由、それは──アンタが気に入らなかったからですよ」

「……」


 そう言われて渋谷先輩は黙ったまま僕を見つめる。

 だけど決して気に入らないと言われて傷ついたわけじゃないだろう。

 この人はそんな弱い人ではない。

 だから僕は話を続ける。


「渋谷先輩、秋葉原先輩のことを嫌っていましたけど本当は最初っから秋葉原先輩が自分に好意を抱いていることに気づいてたじゃないですか?だからこそ嫌っていた。本人の前ではあからさまにそういう態度を取っていた。まぁ秋葉原先輩はちっとも自分が嫌われていることなんて気づいてなかったみたいですが、そういう行動を取ることで秋葉原先輩と距離を取ろうとしたんです。つまりアンタは秋葉原先輩から逃げていたんですよ」

「逃げていただった?俺はアイツから一度も逃げたことなんてない。それにお前がいっていることはすべて憶測だろ。なんの証拠もない」


 渋谷先輩は僕の挑発に反応する。

 でも僕は引き下がるつもりなんてない。


「ええ確かに憶測でしたよ。だからこそ気に入らなかった。なんとかしてこのモヤモヤを晴らしたい。でないと頭がどうにかなりそうだった。だから僕は試すことにしたんですよ渋谷先輩」

「……あの時の電話か」

「ええそうです。僕が渋谷先輩にすべてを教えたあの時の電話です。そして案の定でした。僕が事実を伝えたらアンタは驚くことなくそのまましばらく黙り込んだ後、何も聞くことはなく「わかった」と言ってから電話を切りましたよね。僕はそれですべてを悟りましたよ。いくら僕達が怪しい行動をしていたとしても何も聞き返してこないのはおかしいすぎる。渋谷先輩はやはり最初っから知っていたてね」


 すると渋谷先輩はフッと嘲笑った後、反論してくる。


「いいだろう。仮にもし俺がすべてを知っていたとしよう。でもそれがどうしたって言うだ?秋葉原は俺に好意を抱いていた。それを知っていたところで俺が動じないことはお前だってしているだろ?」

「ええ知っていますよ。アンタがどれだけ冷徹な奴なのか」

「なら──」

「だけど本当に冷徹な人なら、例え告白されても断ることだってできますよね?渋谷先輩はなぜそれをしようとしないですか?なぜあえて嫌われような行動取るですか?」

「それは……」


 と言って黙り込む渋谷先輩。

 僕はそんな隙を見逃すことなく畳み掛けるように言う。


「どうしたんですか?何か言ってくださいよ。まぁプライドの塊の渋谷先輩が言えるわけがありませんよね。いや渋谷先輩が秋葉原先輩の告白を断るのは予想していましたが、こればかりは予想外でしたゲーム─」


 どうして僕は渋谷先輩が秋葉原先輩の告白を断るのかわかっていたのかというと、それは別に渋谷先輩が秋葉原先輩を嫌っているからというわけではない。

  渋谷先輩にはラノベ作家を目指している。

 だけどそれはすべてリア充を倒すというくだらない野望のためにあり、そしてだからこそ渋谷先輩は秋葉原先輩と付き合うわけにはいかなかったのだ。

 もし秋葉原先輩と付き合ってしまったら、その時点で自分はリア充と同じ人間になってしまうからだ。

 今まで散々、嫌い憎み怒り蔑み恨み呪い嘲笑ってきたリア充と同じ人間に。

 渋谷先輩にはそれが許せなかったのだ。

 ぼっちのままでリア充を狩る。

 陰キャのままでリア充に勝つ。

 冴えないままでリア充を殺す。

 ジミーズのままでリア充に倒す。

 それが渋谷先輩の信念であり、そしてそのために渋谷先輩は今までずっと犠牲にしてきたのだ。リア充に馬鹿にされても、笑われても、自分の野望のために戦ってきた。

 リア充を倒すため、ただそれだけのために。

 だからこそ今さら終わるわけにはいかなかった。

 夢を諦めるわけにはいかなかった。

 野望を捨てるわけにはいかなかった。

 きっと誰にも理解できないことだと思うが、この人はそういう人なのだ。

 しかしそういう決めつけがあったからこそ僕は完全に見落としていた。

 そんなくだらない理由で告白を断ろうとしている人が、まさか──


「まさか、渋谷先輩が女子の告白を断る勇気がないとは思いませんでした」


 渋谷先輩はそう指摘されて何も答えない。

 黙って手に持っているラブレターを見つめる。

 渋谷先輩がいつから秋葉原先輩の好意に気づいていたのかわからないが、きっと渋谷先輩なりに今までずっと考え続けてきたのだろう。

 一体、どうやって告白を断ればいいのか。

 恋愛経験のない渋谷先輩のことである。まさか自分が告白をされると思ってなかっただろうし、どうやって断ればいいのか思いつかなかったのだろう。

 そして秋葉原先輩を嫌うという冴えないやり方しかできなかったのだ。

 それが渋谷先輩の精一杯だった?

 でもそれがどうしたというのだろうか?

 それなら秋葉原先輩の一体想いはどうなる?ふざけるじゃねー。

 僕が一番気に入らなかったのはまさしくそこだったのかもしれない。

 他人の気持ちを踏みにじり、自分を守ろうとしている渋谷先輩に僕は腹を立ってているのだ。

 だから僕は渋谷先輩に言う。


「渋谷先輩、中途半端は一番よくないですよ。アンタだってそれぐらいわかっているはずでしょ?自分の野望のために冷徹な人間になろうとしているならちゃんと最後まで演じ切ってくださいよ。自分の野望を優先するなら、女子の告白を断るぐらいやってみせてくださいよ。それができないならそんな野望捨てちまえ!」


 そう野望なんて──夢なんて──所詮は叶わないものである。

 なら、いっそのことすべて諦めてしまえば楽になれるじゃないか。

 僕と違ってアンタは幸せになれるじゃないか。

 だったらそれでいいじゃんか。

 それ以上、何を望む必要があるだよ……。

 僕はだんだんと心が苦しくてなっていくのを感じた。

 それはきっと渋谷先輩だって同じなんだろう。

 だからこそ渋谷先輩はぼやくように言った。


「それができたら、苦労はしねえよ……」

「……ええそうでしょうね」


 今まで犠牲にしてきたものがすべて無駄になってしまうから止められない。

 止めらないからこそ渋谷先輩は苦しんでる。

 だとすればそれを止めてあげられるのは後輩である僕だけなのかもしれない。


「だけど渋谷先輩、例え心の底からリア充を嫌っていたとしても別にリア充と同じ人間になってもいいじゃないですか。例えアンタが秋葉原先輩と付き合ってリア充になったとしても、多少の逆恨みはあるかもしれませんがそんなもんすべて無視すればいいじゃないですか。だからこんなこともう終わりにしましょうよ」

「……終わりだと?いや、絶対に終わられたりしねぇ!」


 そう言って渋谷先輩は僕を睨む。

 それは全てを覚悟をしている人の目だった。

 この人は決して自分の野望を捨てたりなんかしない。

 そう思わされた。


「俺にとってリア充を倒すことが、ラノベ作家になることがすべてなんだよ。それを失ったら、なんの意味がねーだよ!俺じゃなくなるだよ!だからこそ終わらせたりしねぇ!」

「いや、終わりなんです!アンタはその手に持っているラブレターを読んで秋葉原先輩の想いをすべて知ってしまった!もう逃れることはできないです!決断する時なんです!」


 そして僕は続けて言う。


「さぁ渋谷先輩、選択してくださいよ。恋愛を取るのか?それとも自分の夢を取るのか?期限、明日の放課後。アンタが本当に今まで一度も秋葉原先輩から逃げたことがないっていうなら証拠してください」


 それでは、と言って僕は部室から出ていく。

 部室に取り残された渋谷先輩は今も考えているのだろう。

 自分は秋葉原先輩の告白になんて答えればいいのか。

 それは渋谷先輩とって今まで一番難しい問題なのかもしれなかった。


 


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