秋葉原の影響力
作戦会議を終えた次の日。
普段の僕ならホームルームが始まるギリギリに登校するのだが、今日は一時間以上も早く来てしまった。
それは作戦に必要な道具を秋葉原先輩に渡すため。
僕はその道具が入っている紙袋を握りしめながら秋葉原先輩との待ち合わせ場所である体育館裏で待つ。
体育館の中ではどうやらバスケ部が朝練をしているみたいでドリブルをしている音が聞え、とてもうるさい。校舎から死角になっているこの場所ならば誰にも見つかることなく秋葉原先輩と会うことができると思ったのだがでもそれは失敗だったかもしれない。
そんなことを考えていると「もう来てたの?早いのねヒロ君」と秋葉原先輩が来た。
予定していた時間よりも五分早かった。
さすが秋葉原先輩。どうやら常に五分前行動を心掛けているみたいだ。
渋谷先輩だったら堂々と遅刻をする。しかも謝らないのだから質が悪い。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
「いえ、僕もさっき来たところですよ」
「あら?そうなの?」
と言った後、体育館の方を見る。
「それにしてもバスケ部、今日も頑張ってるわね。感心感心」と二回頷いた後「この調子なら全国大会優勝できるかしら?」と言った。
そういえばこの十色高校は自由な校風で有名だが、ここ最近はそれとは別に有名になりつつあるものがあり、それが部活である。
元々は弱小高校でどの部活もただのお遊び程度でしかなかったが、秋葉原先輩が始めた《部活革命》によってそのイメージは百八十度覆された。
地区大会一回戦で常に敗北していたバスケ部やサッカー部は全国大会を果たし、去年まで部員が足りなずに大会にすら出れなかった野球部は今年はなんと甲子園に出場した。他の部活も同様で、弱小から成り上がった強豪高校となった。
それもこれも秋葉原先輩がした《部活革命》のおかげだろう。
経った一年でここまで変えてしまうなんて秋葉原先輩凄すぎる……。
「そういえばヒロ君は中学生の時は部活に入ってたの?」
「一応、卓球部に入ってました」
「あーなんかわかる」
「……」
なんか納得されてしまった。
すると秋葉原先輩が聞いてくる。
「高校では卓球やらないの?」
「やりませんよ。今は文芸部に入ってますし」
「別に部活の掛け持ちしてはいけないなんて校則はないのよ?私だってテニス部とバスケ部、それに軽音楽部と書道部を掛け持ちしているわ」
「四つも掛け持ちしてしているんですか?」
さすが完璧超人の生徒会長。
だったら文芸部にも入部して欲しいと思う。
「ヒロ君も今から卓球部に入部してみたらどう?」
「いいですよ。そんなに強かったわけですし、それに文芸部だけでも大変なんです」
いや大変なのは文芸部の部活内容ではなく、渋谷先輩の後始末なのだが……。
「だから今さら卓球部に入るつもりなんてありません」
「そうなの?勿体ない」
秋葉原先輩は残念そうに言う。
《部活革命》を掲げている秋葉原先輩にとって、少しでもいいから力になれる人材が欲しいのだろう。
だからこそ秋葉原先輩は僕を廃部寸前の文芸部に誘ったわけだし。
今から思えばどうしてあの時、先輩の誘いに乗ってしまったのだろうかと後悔している。
まあ、あの時のことはあまり思い出さないようにしよう。恥ずかしいので。
「ともかく秋葉原先輩、これが昨日言っていた例の物です」
僕はそう言って手に持っていた紙袋を渡す。「例の物」だなんて危ない取引感を出してみたが、でも中身は全然大したことが物である。
秋葉原先輩は紙袋に入っている中身を見て言う。
「これが昨日言ってたライトノベルなの?」
紙袋に入ったのは数十冊のライトノベル。通称ラノベだった。
紙袋から一冊のラノベを取り出すと、表紙に描かれている服がはだけてる女の子の写真を見ても引くことはなく「あら可愛い絵ね」と言う。
僕はそんな秋葉原先輩を見て聞く。
「本当にラノベ知らないですね?」
「昨日も言ったでしょ。私はそういう知識は疎いの」
「本当ですか?」
「どうしてヒロ君はそんなに疑うの?」
「それはまあ……」
名前が秋葉原だから。とはさすがに言えない。
いくらオタクの聖地と一緒だからってそれはあまりにも勝手なイメージである。
そんなのテレビのニュースに映っている犯罪者と同姓同名だからって犯罪者扱いしていじめをする小学生と同じ発想だ。
だから僕は曖昧にごまかす。
「秋葉原先輩ならなんでも知っていそうなので」
「私はなんでもは知らないわよ。知ってることだけ」
いや、オタクじゃないのになんでその台詞知ってるんだよ。
もし偶然だとしたら、二度使わないで欲しい。怒られるから(作者が)。
秋葉原先輩手に持っているラノベのページをペラペラめくり、閉じた。
「へーなかなか面白いわね」
「えっ?」
「でもこの主人公の相手の能力を奪う能力て少し強すぎないかしら?まあそれがこの作品の面白い所なのだけれど」
「もしかして速読ですか?」
「ええそうよ」
「……」
さすが秋葉原先輩だった。
僕は思わず関心していると秋葉原先輩は聞いてくる。
「一つ聞きたいことがあるんだけど、この主人公て何のために戦ってるの?それがわからないから物語にイマイチ感情移入ができないのだけれど」
「いやー秋葉原先輩わかってないですね。それがこの物語の醍醐味なんですよ。主人公はどうして傷ついてまで敵と戦うのか、その理由を考えながら読むのがこの作品の面白い所なんです……て僕は別に秋葉原先輩とこんな話をするために読んだわけじゃないんですよ」
僕は秋葉原先輩にライトを渡したのは別に秋葉原先輩とラノベについて語りたいからというわけじゃない。いや、そうなってくれたらそれはそれでまあ嬉しいのだけれど。そんなことを気軽に話せる友達なんていないし。
だからと言ってこんな無駄話をしている暇なんてないのだ。
僕は秋葉原先輩に言う。
「このラノベを読んで渋谷先輩との話題作りにしてください」
渋谷先輩はかなりのオタクである。
それこそ超が付くほどの。
そんな渋谷先輩と仲良くなり、しかも告白するためには秋葉原先輩もオタクになるしかないのだ。
僕が言ったことに「わかったわ」と頷く秋葉原先輩。だけど少し不安になったのか「でも本当にこんな作戦で成功するの?」と聞いてくる。
僕は秋葉原先輩を安心させるために言う。
「絶対とは言い切れませんが効果的であることは確実ですよ」
「渋谷君のことをならなんでも知っているヒロ君がそう言うならきっとそうなのね」
「なんでもは知りませんよ。知ってることだけです」
て思わず言ってしまった!一生の不覚!
てか僕は別に渋谷先輩の専門家ではない。
やはり秋葉原先輩は僕と渋谷先輩の仲を勘違いしている節があった。
1
「それじゃあお昼休み、文芸部の部室で会いましょう」
そんな約束をしてから僕と秋葉原先輩と別れて、自分の教室に向かう。
でも朝のホームルームが始まるまでまだ時間があった。
これは僕にとってかなり不都合だった。
本当だったら図書室や学食あるいはトイレで時間を潰したかったのだが図書室や学食はまだ開いてないし、トイレは時間を潰せる場所ではない。用を足す場所だ。
こんなことなら秋葉原先輩との会話をもう少し楽しめばよかったと後悔する。
覚悟決めて自分のクラスである一年A組の教室のドアを開けるとまだ朝のホームルームが始まるまで時間があるというのに何人か来ていた。
僕が入ってきたことでみんなの視線が僕に集まる。
普段、ギリギリに登校してくる僕がこんなに早く来たことに驚いているのだろう。あるいは別人ではないかと疑っているのかもしれない。
そんなこを考えていると僕に噓告白してきた中野愛菜さんと目が合う。
ショートヘアで黒縁の眼鏡。性格は大人しめの女の子でまさに僕の好みのタイプ。
これでメイド服でも着てくれたら僕は本当に彼女のことが好きになっていた。
なんて言うと僕がメイド好きの変態と思われてしまうが、別にそういう訳ではなく僕は純粋に中野さんにはきっとメイド服が似合うだろうと思っているだけである。もし中野さんがメイド服を着て僕のことを「ご主人様」と呼んでくれたら僕は死んでも構わないだろう。
ともかく、このクラスの女子の中で一番気になる存在であることは確かだった。
だからこそ僕はまんまと中野さんの噓告白に騙されてしまったわけなのだが。
中野さんは気まずくなったのかすぐに視線を逸らす。
……まあ当然の反応だよな。
僕は何も言わずに窓側にある自分の席大人しく座ると、鞄からイヤホンが刺さっているスマホと一冊のラノベを取り出す。そしてイヤホンを耳につけて最近ハマっているボカロを聴きながらラノベを読み始める。
これが僕の教室でのスタイル。
名付けて『完・全・防・御・形・態』。
こうなったら誰も僕に近づけない。いや、そもそも近づこうとする人間なんてほとんどいないんだけど。
ともかく、自分の視覚と聴覚を遮断することで自分の身を守っているのだ。
まさに最強のATフィールド.
でも残念なこの完全防御形態が通じない人間がいる。(全然、完全じゃねぇ)
「あれぇ?アンタがこんなに早く来るの珍しいじゃん」
イヤホンをしていても聞こえるムカつく声。
チッ……めんどくせえな……。
無視してやろうかと思ったがそういう訳にもいかないだろう。
イヤホンを取って目の前にいる人物に僕は言う。
「何か用か豊島さん?」
豊島美鈴。見た目は金髪のギャルで無駄に濃い化粧や風がパンツが見えそうな短すぎるスカートの丈はまるで「私はイケてる女子校生ですよ」とそう主張しているようだったし、実際に彼女はスクールカーストの一軍に所属している。
そしてこの豊島さんは、中野さんに噓告白するように命令し僕をジミーズに貶めた張本人でもある。まあ、こいつに貶められなかったとしても僕はきっといつかはジミーズになっていたのだろうけど、しかし人の恋心をモテ遊んだのはやはり許せない。
あの噓告白以来、僕はコイツと出来るだけ顔を合わせないようにいつもギリギリに登校しているのだが、コイツはしつこく僕に話しかけてくる。
それはきっと自分のクラスでの地位を守るためなのだろう。この腹黒女め……。
はあ……なんでこんな奴に目をつけられてしまったのだろうか。
しかもコイツと席が隣だというのだから本当に最悪である。
そんなことを思っていると豊島さんはにやけながら言う。
「いつもギリギリに来るアンタがこんな早く来るなんて珍しいじゃんて言ったのよ。どうせ聞こえてたでしょアンタ」
「スイマセン ヨクキコエマセンデシタ」
「Siri風に言わないで」
「いや本当に聞き取れなかった。ここは日本なんだから日本語で喋ってくれよ豊島さん」
「私はちゃんと日本語で喋ってるわよ!」
「ソリー、キャンユースピークジャパニーズ?」
「英語で話さなくってもいいわよ!人を馬鹿にするのもいい加減にして」
いつも僕のことを馬鹿にしてくる癖に何を言っているのだろうかコイツは。
コイツとの会話にもそろそろ飽きてきたところなので僕は言う。
「僕は今、君と喋っている余裕なんてないんだ。頼むからどっか行ってくれないか?」
「それはこっちの台詞だっつーの。アンタがどっかに行きなさいよ。アンタがこの教室にいると、私にもキモオタがうつるんですけどー」
「なら僕に話しかけてくるじゃねーよ」
そして僕は何も言わずに再びイヤホンをする。
そんな僕を見て馬鹿にするように「フッ」と嘲笑うと彼女はいつも話している友人達のところに戻っていった。
邪魔者いなくなって僕はラノベの続きを読み始めようかと思ったが、どこまで読んだのか忘れてしまったのでラノベを鞄の中にしまった。
そして僕はまだの外を眺めながら改めて考える。
考えることはもちろん昨日こと。
実は昨日の秋葉原先輩との作戦会議中にこんなことがあった。
2
「夏休みに入る前に渋谷先輩に告白したいって本気で言ってるんですか?」
作戦会議は電話ではなくまさかビデオ通話。
僕の画面にはピンクのパジャマを着ている秋葉原先輩が写っている。
制服姿もいいが、パジャマ姿もなかなか良かった。
先輩のパジャマ姿をいつまでも脳裏に焼き付ていたかったが、そんなことよりも秋葉原先輩の唐突な発言にさすがの僕も思わず目を丸くした。
「言いそびれてしまってごめんなさい。でも私はどうしても夏休みが始まるまでに渋谷君に告白したいの」
夏休みが始まるまでと言っても、今日を除いてあと十日しかない。
あのプライド塊と言ってもいい渋谷先輩に告白するにはあまりにも短いすぎる。
「えーそれどうしてですか?別に焦る必要はないと思いますけど……」
「理由は色々あるのだけれど、私が夏休みが始まるまでに渋谷君に告白したい理由は二年生の夏休みは実質、高校生活最後の夏休みだからよ」
「……?いや何言ってるんですか、三年生でも夏休みはあるじゃないですか」
「確かにそうね。でも三年生は大学受験や就職活動がある。渋谷君はどうするのかわからないけど、私は大学に行くつもりなの。だから吞気に遊んでられる余裕なんてなのよ」
「はあ、そういうものですか……」
中学時代、高校受験があるというのに吞気にゲームをしてしまうような僕にはそれはよくわからない感覚だったが、でもきっとそういものなのだろうと無理矢理納得する。
「本当は一年の時に渋谷君に告白するどころか友達になることすらできなかったのよね。せっかくの夏休みも無駄にしちゃった」
「だからこそ夏休みが始まる前に、告白して渋谷君と付き合いたいわけですか」
秋葉原先輩は「うんそうよ」と頷くと続けて言う。
「渋谷君と海に行ったり花火大会に行ったり、そんな楽しい夏休みを送りたいの、青春を送りたいの。私は今までそんな青春を送ってこなかったから」
──してこなかったから。
と秋葉原先輩は寂しそうな表情で行った。
一体秋葉原先輩が今までどんな学生生活を送ってきたのかわからないけど、でもきっと僕にはとても想像できないほどの努力をしてきた人なのだろう。
そんな先輩だから、人並みの青春を送りたいのだろう。
僕はこんな表情をする秋葉原先輩を渋谷先輩にも見てほしいと思った。
まあ、あの人は同情で簡単に女子と付き合おうとする人ではないのだけれど。
「でもあと十日で渋谷先輩に告白するのはさすがに無謀ですよ」
それはとても言いずらいことだったが、しかしそれが今の現状。
百パーセント振られるのは目に見えていた。
だけどそれでも秋葉原先輩はなぜか自信満々に言う。
「それは安心して、私にもそれなりに考えがあるから」
そして秋葉原先輩はほくそ笑んだ。
何か企んでいそうな悪い笑みだった。
3
その日の作戦会議はそこで終わったわけなのだが、しかし色々疑問が出てくる。
秋葉原先輩は三年生は受験とかで忙しいから二年の夏休みは実質最後の夏休みと言ったが、でもそれはやっぱりおかしく過ぎる発言だった。
渋谷君と学年末テスト一、二を争う秋葉原先輩なら推薦だって貰えるはずである。
だから秋葉原先輩にとって二年生の夏休みは全然、最後の夏休みではないのだ。
三年になっても普通に夏休みをエンジョイできる人間なのだ。
それなのにどうしてそこまで焦る必要があるのか?
いや、違う。そうじゃない。
焦らされているのはきっと僕の方なのだ。
僕は別に秋葉原先輩が渋谷先輩にするタイミングはいつでもいいと考えていた。とりあえず、二人の仲を取り持てばいいと思っていた。
でも秋葉原先輩にとってそれは不味いことだったのだろう。
そして秋葉原先輩は夏休みが始まるまでに告白したいと言い出したのだ。
だけどそんなことして何の意味がある?
本当に秋葉原先輩は渋谷先輩と付き合いのか?
一体、秋葉原先輩は何を企んでるんだ?
わからない。秋葉原先輩が何を考えているのか全くわからない。
渋谷先輩も何を考えているのかわからない人だが、秋葉原先輩はそれ以上に何を考えているのかわからない人だった。
まあ、他人の思考をすべて読み取ろうとするなんて傲慢でしかないんだけど。
それに僕が考えすぎなだけなのかもしれない。
秋葉原先輩は完璧超人ではあるが、渋谷先輩みたいに悪意で他人を騙したり、裏切ることができない人だということを僕はよく知っている
ともかく僕は何も考えずに秋葉原先輩の告白を手伝えばいい。
──まるで意思のないロボットのように。
──今までしてきたように。
そんなことを改めて決心した僕はなんとなく窓の外に視線をやる。
一年の教室からはグランドが見える。ちょうど二年生が体育の時間みたいで体操着袋の二年生が集まっていたが男しかいなかった。
男の体操着姿なんかどこにも需要がねぇ……。
何人かサッカーボールで遊んでいる人がいるのを考えると男子の種目はサッカーで、おそらく女子は体育館でバスケットボールかバレーボールでもしているのだろう。
……フッ、女子がいなければグランドの外を見る必要なんてないな。
朝のホームルームが始まるまで僕は居眠りでもしようとしたが、グランドのど真ん中にいる人物にふと視線が留まる。
その人物は秋葉原先輩が告白しようとしている渋谷先輩だった。
《十色高校の影》と呼ばれている癖に異様に目立っている。
てか渋谷先輩はなんでグランドのど真ん中、一人で突っ立っているのだろうか。しかもポケットの中に手を入れてカッコつけている。
どうして秋葉原先輩はあんな渋谷先輩を好きになったのだろうか。
渋谷先輩なんてラブコメの主人公みたいに良い所なんて一つもないだろうに。
全くわからなかった。
それなら直接本当に聞けばいいだけの話だと思うし、実際に昨日の作戦会議の時も僕は聞こうとしたのだが、結局、僕はそんな肝心なことを聞くことができなのである。
それは多分、あまり知りたくない情報だったからかもしれない。
どうして知りたくなかったのかはわからないが、一つだけ言えることはあの秋葉原先輩に好きになってもらった渋谷先輩がとても羨ましくって、妬ましいかった。
渋谷先輩になんか不幸なことが起こってくれないかなと願っていると。
「うん?あれは……」
僕は渋谷先輩から少し離れたところに集団に気がつく。
集団と言ってもそれは五人だけの小さな集まりだったが、体が溢れ出すオーラで一軍の人間であることは想像できた。そして彼らは数十メートル離れている渋谷先輩を見て馬鹿にするようにクスクスと笑いながら地面にサッカーボールを送く。
すると一人がボールから一歩一歩、距離を離す。
そしてある程度距離が離れると狙いを渋谷先輩に定めてボールに向かって一気に走り、ボールを蹴り上げる。
蹴り上げたボールは見事な軌跡を描き、渋谷先輩の頭に直撃した。
ナイスシュート!
4
作戦開始の昼休み、僕は秋葉原先輩との待ち合わせ場所である文芸部の部室に向かおうとすると。
「ねえ、ヒロ。アンタ、下の自動販売機でジュース買ってきてよ」
と隣の席に座っている僕の天敵──豊島さんが不機嫌そう言ってきた。それにつられて彼女の取り巻きも「あっじゃあ私はコーラ」「私は薄―いお茶で」「それじゃ私はメロンパンとクリームパン、それと焼きそばパン」と言ってくる。
当然僕は反発する。
「いや、僕これから行かないといけないところがあるんだけど。それに欲しいものがあるなら自分で買ってこいよ」
てか最後の奴、頼みすぎだろ。食いしん坊かよ。ダイエットしろ馬鹿。
でもそう言われて引き下がらないのが彼女達である。
「ヒロ癖に生意気ー」
「そうだそうだ!」
なんかジャイ●ンとス●夫みたいなことを言ってくる。
ドラ●もんがいてくれたら、今すぐにでも秘密道具で成敗してもらいたかったが現実にドラ●もんなんていない。おそらく未来にも。
そしてドラ●もんがいないのび●君はジャイ●ンに搾取されるしかないのだ。
「チッわかったよ。行ってくればいいんだろ」
「ひゅー!ヒロ君、優しいー。きっと女子もモテるよ!」
豊島さんの取り巻きの一人、足立紫穂はそう言った。
絶対にそんなこと思ってないだろ。馬鹿にしてるだろ。
こんな奴らの頼み事も引き受けてしまう僕は救いようもないお人好しだった。
先輩を待たすのは後輩としてあるまじき行為だと思うが、秋葉原先輩には少し待ってもらおう。それに秋葉原先輩は少し遅れただけで怒ったりしないはずである。
「買いに行ってくるけど金は後でちゃんと払えよな」
「えー、ヒロ君のおごりじゃないの?そんなんじゃ女子からモテないよー」
「男にたかろうとする女子にモテたくなんかねーよ」
僕はそう言って教室のドアから出ていこうとする。
とちょうどその時、ドアから顔を出し教室を見渡している秋葉原先輩がいた。右手にはおそらく弁当が入ってある可愛らしい巾着袋が握られてある。
秋葉原先輩は僕を見つけると「あっヒロ君」と安心した表情する。
「いくら後輩の教室でもやっぱり、緊張するものね。でもよかったはヒロ君がまだ教室にいてくれて。入れ違いになってたらどうしようかと思っちゃった」
「ちょっ!先輩、なんでいるんですか!文芸部の部室で待ち合わせのはずでしょ!」
呑気なことを言う秋葉原先輩に僕は周りの人に聞こえないように小さな声で言う。
すると秋葉原先輩も僕と同じように小さな声で言う。
「ごめんなさい。でもヒロ君よくよく考えてみて、私と渋谷君は同じクラスなのよ?それなのに文芸部の部室に向かったら、確実に渋谷君と二人っきりになってしまうわ。ヒロ君は、死地に私をひとりぼっちにさせるつもりなの?」
「だからって僕のクラスに来なくってもいいじゃないですか!」
案の定、秋葉原先輩が教室に来たことでざわついていた。
一年の教室に二年生が来ているだけでもおかしなことなのに、その人物が生徒会長であり、みんなから《十色高校の光》と呼ばれている秋葉原先輩なのだから驚くのは当然である。
「とりあえず文芸部の部室に行きましょう」
これ以上騒ぎにならないように僕は先輩の背中を押しながら言う。
「えーもう少し居させてよ。ヒロ君が教室でどんな風に過ごしてるのか気になるわ」
「なんで母親みたいなことを言うんですか⁉ほら行きますよ!」
急に駄々をこね始めた秋葉原先輩。
クソ、全然びくともしねぇ。
そんな僕たちに豊島が話しかけてくる。
「えっちょっと?ヒロと生徒会長て……」
「ああもしかしてヒロ君のお友達?いつもヒロ君がお世話になってます」
「だからなんで母親ヅラをするんですか!」
それにそいつは友達なんかじゃね。
豊島さんも同じことを思っているようで嫌そうな顔をしていたが、さすがの豊島さんでも母親ヅラをする秋葉原先輩には何も言い返すことをができないみたいだった。
「とにかく悪いけど自分達で買いに行ってくれ。それじゃ!」
豊島さん達にそう言った後、僕は秋葉原先輩を連れて教室から逃げるように出ていく。
あとでみんなに説明するのがめんどくさいなと思いながら。
5
「ヒロ君てやっぱり女の子からモテるのね」
文芸部の部室を目指している最中、わけのわからないことを言ってきた。
僕がモテる?スクールカースト最底辺のジミーズに所属している僕が一体、いつ女子にモテたというのだろうか。
そんなのことあるわけがなかった。
秋葉原先輩のジョークに声を出して笑いそうになったが、つい先ほど教室でクラスメイトの女子に囲まれていたことを思い出す。
それを見て秋葉原先輩は勘違いしてしまったのだろう。
本当はパシらされそうになっていただけだというのに。
「別にそんなんじゃないですよ」
「謙遜しなくっていいわよ。それで、どの子が好きなの?」
「だからなんで母親みたいなことを言うんですか?」
ニヤけながらそんなことを聞いてくる秋葉原先輩は、まさに迷惑なタイプの母親だった。
頼むからほっといてくれと思うのだが、秋葉原先輩は余計な推測をする。
「私の予想では教室の端っこにいたショートヘアで眼鏡をかけている女の子」
「なっ!もしかして中野さんのことですか⁉」
「ふーん、中野ちゃんて名前なんだあの子」
し、しまった!うっかり口を滑らせてしまった。
「教室を出ていく時に、ヒロ君一瞬だけ中野ちゃんの方を見ていたからもしかしてと思っていだけど当たりだったみたいね」
えっ?中野さんのこと見ていたのか僕。わからないが、もしかしたら無意識に中野さんのことを見ていたのかもしれない。
僕の一瞬の反応を見逃さないなんてなんて人なのだろうか。秋葉原先輩と一緒にいる時はできるだけポーカーフェイスを心掛けるようにしなければ。
「それで中野ちゃんのどこが好きなの?」
秋葉原先輩はなぜか楽しいそうに質問してくる。
「なんでそんなこと聞いてくるですか?絶対にそんなこと言いませんよ」
「いいじゃないの。実は普通の女の子みたいに恋話するのが夢だったのよね」
「秋葉原先輩だって恋話する相手ぐらいいるじゃないですか?友達のいない渋谷先輩じゃあるまいし」
「そんなことないわよ。本当は私もお友達と恋話をしたいのだけれど、でもみんな私がそういう話をすると嫌がるのよね」
なぜかしら?と秋葉原先輩は頬に手を当てて不思議がる。
僕もどうしてだろうか?と疑問に思ったが、その疑問はホームズみたいな天才的推力がなくってもすぐにわかることだった。
秋葉原先輩は学校一の美少女であり、前にも言ったように秋葉原先輩はほぼ毎日のように男子から告白をされているのだ。
そんな人物と恋話するのは、やはり嫌なことだろう。
そんなもん下手をすれば嫌味にしかならない。
まあ秋葉原先輩のことだからきっとうまく話すことができるかもしれないけど。でも例えそうだとしても学年一の美少女である秋葉原先輩と恋話をするのは、やはり避けたいものだった。
「ともかく、いいから私に話して見なさいよ」
だけど秋葉原先輩の追求は終わったりなんかしない。
「中野ちゃんのどこが好きなの?胸、それともお尻?どっちなの?答えなさいヒロ君」
「なんでその二択なんですか」
その二択ならもちろん、ほどよく実った胸と見せかけて実はあのキュートなお尻。そしてもっと詳しく言うと中野さんの触り心地が良さそうなあの太ももと回答するがさすがに声には出さない。
どうやら秋葉原先輩は恋話になると少しだけセクハラオヤジぽくなるみたいだった。もしかしたら友達に恋話するのを嫌がられるのはそのせいもあるかもしれなかった。
そんな秋葉原先輩は再び鋭い観察眼で推測してくる。
「ちなみに私の予想だと胸……と見せかけ実はお尻。もっと言えば膝枕されてみたいあの太ももじゃないの?」
「ぐっ……」
また当てられた!しかもコアな部分まで!
「どうしてわかったんですか。もしかしてまた無意識のうちに僕は中野さんのあの太ももを見てたと言うんですか?」
「いいえ、単純に私の好みを適当に言っただけよ。まさか当たるなんて思ってなかったわ」
「……」
そんな偶然で、僕の性癖が秋葉原先輩に知られることになるとは……。
全てを見透かされて悔しいし、恥ずかしい。
「恥ずかしがることなんてないわよ。中野さんの太ももは多分、百年に一人の逸材よ。あの太ももに膝枕されて見たいのは誰しもが思うことよ」
「秋葉原先輩は太ももマスターかなんだかですか?」
「実は書記に板橋古都音ちゃんていう子がいるんだけど、生徒会長の仕事で疲れた時なんかに古都音ちゃんに膝枕してもらっているのよね。太ももがとても柔らかくって寝やすいのよね」
本当に太ももマスターだった。
「どう?ヒロ君も一度、古都音ちゃんに膝枕されてみる?疲れとれるわよ」
「ありがたい話ですが、遠慮しておきますよ」
「そうよね。そんなことしたら浮気になっちゃうもんね」
苦笑いで断った僕に秋葉原はからかうようにそう言った。
浮気って……、僕は中野さんと付き合ってすらいねぇよ。
中野さんのことが好きだと秋葉原先輩に勘違いされたままなのは不味い気がする。
「違いますよ。中野さんはそういうんじゃありませんよ。実は中野さんに告白されたことがあるんです。まあ噓告白でしたけど……」
「噓告白?何それ?」
自虐ぽくそう言った僕に、秋葉原先輩は首を傾げた。
「聞いたことないですか?そのまんまの意味で、好きでもない人に嘘の告白をする悪質な悪戯で、陰湿ないじめですよ」
「へーそうなの、初めて聞いたわ」
まあ秋葉原先輩はまるでラブコメのヒロインのように毎日、男子から告白されている人なので知らないのは仕方がないのだろう。そしてそういう人は基本的に他者の気持ちがわからないものである。
だから秋葉原先輩は純粋に聞いてくる。
「そんなことして何の意味があるのかしら」
「同感です、と言いたいところですがそんなことをする理由は複雑な理由があるんですよ。先輩でもわからない理由が。──そうですね、それじゃ秋葉原先輩に一つだけ質問をしますけど中野さんが噓告白をするような極悪外道な子に見えますか?」
秋葉原先輩にも僕らジミーズのことを知ってもらうために僕はそう聞いた。
すると秋葉原先輩はじっくりと考えた後、言う。
「うーん、中野さんのことを詳しくは知らないけど、でもパッと見た感じだととてもそんなことをするようには思えないわね……」
「ええそうです。この場に百人にいて今と同じ質問をしたらきっと百人中百人が秋葉原先輩と同じことを言うでしょう。それなのにどうして 中野さんは僕に噓告白をしたのか、それは空気ですよ」
「空気?」
「中野さん、クラスメイトから僕に噓告白するように命令されてたです。秋葉原先輩みたいな人ならきっとそんなこと命令されても断ることができたのでしょうが、でも中野さんは気弱な女の子なんです。例えそれが人を傷つける命令だったとしても中野さんは断れなかったんですよ。もし断ってしまえば今度は私がいじめのターゲットになってしまう。そんな目に見えない空気に中野さんは負けてしまったです」
「だからと言ってそんなことをするなんて許されないことよ」
「まあそう言わないであげてください。確かに噓告白をすることは悪いことですが、でも百パーセント彼女が悪いわけではないですし」
悪いのは噓告白をするよう中野さんに命令した豊島さん達である。
それにもしも逆の立場だったら、僕だって中野さんみたいに嘘告白していたはずである。そう考えるとやはり中野さんに厳しことを言えるはずがなかった。
そんな僕を見て秋葉原先輩は聞いてくる。
「騙されたはずなのに随分と中野ちゃんの肩を持つね。やっぱり中野ちゃんのことが好きなのかしら?」
「だから違いますよ。そう言う訳じゃありません。勝手な思い込みですが僕と中野さんは似ているような気がするんですよ。特に周りに流されてしまうところとか……、だから、何というかほっとけないと言うか……」
そう言うと秋葉原先輩は優しく微笑みながら言ってくる。
「ヒロ君て優しいのね」
「ただお人好しなだけですよ。それなのに女子から全くモテないのが本当に不思議で仕方がないですよ」
「本当はいるかもよ?ヒロ君のことが好きな女子が」
「冗談はやめてくださいよ」
「もしかしたら中野ちゃん、本当にヒロ君のことが好きになっている可能性だったありえるわよ」
それこそタチの悪い冗談だった。
そんなことありえないと思いつつも、淡い希望を抱いてしまうのが僕と言う人間である。
あまり僕の心をかき乱さないで欲しかった。僕は秋葉原先輩と一緒にいるだけでも心が揺さぶられるというのに。
例えその可能性がゼロだとわかっていたとしても。
「とにかく秋葉原先輩は僕の恋よりも自分の恋を心配してくださいよ」
「ええ、ちろんわかってるわ」
そして僕たちは文芸部の部室の前まで辿りついた。
渋谷先輩はいつものようにここで昼飯を食べているだろう。あの人、一緒に昼飯を食べる友達がいないから。まぁそれは僕も同じなのだが……。
僕は部室に入る前に秋葉原先輩に聞く。
「渡したラノベはどのぐらいまで読みましたか?」
「六冊しか読めなかったわ」
「短時間で六冊も読めれば十分ですよ」
そして僕は秋葉原先輩に「心の準備はいいですか?」とまるでボス戦前に出てくる台詞を言うと秋葉原は一瞬だけブレザーのポケットの方を気にしたのだが、何事もなかったように僕の目を見てうなずく。
こうして作戦は始まった。
6
「なんでコイツがここにいるだ?」
テーブルに置かれてあるおにぎりやサンドウィッチを見るとどうやら昼飯を食べている真っ最中だったらしく、渋谷先輩はいきなり入ってきた僕たちに少し驚きつつも不機嫌そうに言う。
不機嫌なのは静かに一人で寂しく食べているところ邪魔してしまったからというわけではなく、渋谷先輩の天敵である秋葉原先輩が一緒にいるからなのだろう。
やはり渋谷先輩の秋葉原先輩に対する好感度は最悪だった。
まぁ渋谷先輩がそういう態度を取ることは予想できていたけど。
だからこそ対策はしっかり考えてある。
「実は部費についてしっかり話し合うためにも秋葉原先輩にわざわざ部室まで来てもらったですよ」
「だからってお昼休みにわざわざ来なかったていいだろ」
「放課後だと渋谷先輩、逃げるじゃないですか。それに、たまには人と一緒にお昼を食べるもいいじゃないですか」
「嘘つけよ」
渋谷先輩は呆れながらそう言う。
そんな渋谷先輩を無視て、僕は椅子を引いて秋葉原を渋谷先輩の隣に座らせようとする。
「さあ秋葉原先輩どうぞ座ってください」
「いえ、私はこっちに座るわ。その方が話しやすいでしょ」
しかし秋葉原は正面の席に座った。テーブルを挟んで渋谷先輩と秋葉原先輩が向かい合っている状態。
うーん、僕的には隣に座ってもらいたかったのだが、まぁ秋葉原先輩がそう言うなら別に構わないだろう。
仕方ないので僕が渋谷先輩の隣に座る。
そして全員が椅子に座ると渋谷先輩は話しを切り出す。
「それで部費は当然上げてくれるだよな?」
渋谷先輩はいつもみたいに上から目線でそう言った。
どうやら早く会話を終わらせて、僕たちをこの部室から追い出す算段らしい。
そうはさせるか。
「まあまあ渋谷先輩、そんなに慌てなくってもいいじゃないですか。せっかくですし昼飯を食べながら話し合いしましょうよ。お昼休みは昼飯を食べるためにあるわけですし、ですよね秋葉原先輩」
「ええそうねヒロ君」
僕の言葉に秋葉原先輩はうなずく。
そんな僕たちを見て渋谷先輩は明らかに怪しんでいた。
渋谷先輩だって馬鹿じゃない。僕たちが何かを企んでることは、すでにバレていると言ってもいいだろう。
でもむしろそれがいい。
もっと怪しめ、もっと疑え。
誰も信じずに、自分さえも不審に思え。
──それが僕が考えた作戦の第二段階目である。
渋谷先輩が確実に僕の作戦にハマっているのを感じながら僕たちは昼飯を食べようとする。しかし急いで教室を出て行ったせいで自分の昼飯を持ってくるのを完全に忘れていたことを今さら気づく。
僕は教室に戻ろうと席を立ち上がる。
「すいません──」
「あらヒロ君、もしかしてお昼ご飯忘れたのかしら?仕方ないわね。私のお弁当を少し分けてあげるわ」
「えっいや……」
違いますと言おうとしたのだが、秋葉原先輩の目がそれを言わせなかった。
どうやら秋葉原先輩も僕が昼飯を教室に忘れたことに気づいたらしい。それでも僕を引き止めたのは、きっと僕が教室に戻っている間、部室で秋葉原先輩が渋谷先輩と二人っきりになってしまうからだった。
それは本来であれば秋葉原先輩にとって好都合であるはずなのだが、さすがの秋葉原先輩でも好きな人と二人きりなるシチュエーションはハードルが高すぎたみたいで秋葉原先輩の目が訴えかけていた。
私を置いて行かないで!
さすがにそんな目をする先輩をほっといて教室を出て行くわけにはいかないだろう。
渋谷先輩と二人っきりにしてみたいという意地悪な気持ちも多少はあるけど、それをしたら秋葉原先輩に嫌われると思うのでやめとく。
「すいません、ありがとうございます……」
僕はそう言うと秋葉原先輩は、お弁当の蓋に自分の昼飯を取り分けた。白飯に卵焼き、タコさんウィンナー、ブロッコリーが次々と置かれる。
そして僕にくれたのだが、でも考えたら食べるための箸がない。
どうやって食えばいいのだろうか。
インド人みたいに手で食うしかなさそうだった。
確か左手は不浄とされていているから、右手で食べるんだっけ?
そんなことを考えていると秋葉原は箸がないことに気づく。
「そういえば、箸がないわね。どうしましょうか……。そうだ、私が食べさせてあげましょうか?」
「いや、さすがにそれは不味いですよ」
「だったらヒロ君は、どうやってご飯を食べると言うの?もしかして手で食べるつもり?日本人ならちゃんと箸を使って食べなきゃだめよ」
「だけど……」
秋葉原先輩の提案に躊躇する僕。
女子に食べさせて貰うなんて男子なら一度ぐらいは憧れるシチュエーションだと思うし、僕も学校の中庭でそんなことをしてイチャついているカップルを見るたびに、目から血涙を流して悔しがったのだが、あのリア充に隕石よ落ちてくれと願ったのだが、いざ自分がその立場になるとかなり躊躇する。
いかにも童貞の反応だった。なんて情けない。
しかしあの秋葉原先輩に昼飯を食べさせて貰うだなんて、恐れ多すぎる。
でもここで断っても簡単に引き下がろうとする秋葉原先輩ではない。むしろ、よりしつこく昼飯を食べさせようとしてくるだろう。
てかこれ渋谷先輩に変な勘違いをされないだろか?
これから秋葉原先輩は渋谷先輩に告白するというのに、ここで渋谷先輩に変な勘違いをされてしまっては告白の成功確率は下がってしまう。
鋭い考察力を持っている秋葉原先輩だってそれぐらいわかるだろうに。
一体、どういうつもりなんだ。
困惑する僕。
「これを使え」
そんな僕に渋谷先輩が割り箸を差し出してきた。
まさかこの人が、こんな気遣いができる人だなんて。まぁ先輩のことだから多分きっと目の前でイチャつかれたくなかっだけかもしれないが、僕は一応お礼を言う。
「ありがとうございます。でも渋谷先輩、この割り箸どうしたんですか?先輩、おにぎりとかサンドウィッチしか買わないじゃないですか」
「コンビニの店員がなぜか入れてくれたんだよ。あの店員、多分新人だろうな。サンドウィッチを温めますか?て聞いてきたし、揚げ物を買ったわけじゃないのにソースが付いてきてるし、おしぼりもほらなぜかこんなに……」
とコンビニ袋から五個ぐらいおしぼりを取り出す。
おっちょこちょいにも程があるだろ。大丈夫か、そこのコンビニ。
まぁでも、おっちょこちょいのコンビニ店員おかげで助かった。
僕はありがたく割り箸をもらうと「なんだ残念」と秋葉原先輩は呟いた。もしかしたらこの人は僕のことをからかいたかっただけのかもしれない。
頼むからTPOを弁えてくれ。僕は秋葉原先輩のために協力をしているのだから。
ともかくこれでようやく昼飯を食べることができる。
さぁ楽しい食事会の始まりだ。
7
そんなことを思っていた時期が僕にもありました。
始まったのは決して楽しい食事会などではなく、息が詰まりそうな食事会だった。
「……」
「……」
無言で食べ続ける秋葉原先輩と渋谷先輩。
なんで二人ともこんなに静かなんだ?頼むから何か喋ってくれ。
僕は心の中でそう願うが、二人は何も喋ろうとしない。黙々と昼飯を食べ続ける。
渋谷先輩が無言になるのはわかる気がするけど、どうして秋葉原先輩も喋ろうとしないのだろうか?もしかして緊張しているのか?確か、緊張して渋谷先輩とうまく話せないことを言ってだけど、まさか一言も喋れなくなるとは思わなかった。
これではせっかくの食事会が台無しである。
ここで渋谷先輩と多少仲良くなっておかないと次のチャンスはもうないだろう。
仕方がないので助け舟を出す。
「えーと、それで部費のことなんですけど一応上げてもらえるんですよね?」
「えっ?ああそうね」
いきなり話を振られたことで、一瞬戸惑うがいつもみたいな調子で喋る。
「部費を上げることは確かに可能よ。《部活革命》をかがげている私にとって、運動部だけではなく文化部にも頑張ってほしいと思っているわ。だからそこ部費は出来るだけ平等に分配するとつもりよ」
「良かったですね渋谷先輩」
「フッ……」
渋谷先輩は気に食わなそうに鼻で笑う。
気に食わないのはきっと秋葉原の態度なのだろう。どこまでもひねくれた人である。
すると秋葉原先輩は聞いてくる。
「でも十万円なんて大金、何に使うつもりなのかしら?貴重な学校の予算を渡さないといけないのだから当然聞かせてもらえるわよね?」
「……」
何も言わず黙る渋谷先輩。
「ちょっと渋谷先輩、なんか言ってくださいよ」
「お前が言え、元々はお前のためなんだからよ」
クソ、渋谷先輩め。意地でも秋葉原先輩と喋らないつもりだ。
何がお前のためだよ。自分が新しいパソコンを使うつもりのくせに。
別に僕が代わりに言ってあげてもいいのだが、それだと意味がない。この食事会の目的は少しでもいいから渋谷先輩と秋葉原先輩を仲良くするためにあるのだ。
だからここは心を鬼にする。
「ダメです。ここは先輩から言ってください。じゃないとアンタのパソコンに入ってあるエロゲーのことを秋葉原にバラしますよ」
「ヒロ、てめぇ……」
さすがに渋谷先輩でもエロゲーのことをバラされるのは嫌みたいで恨むように僕のことを見た後、諦めたかのように言う。
「新しいパソコンを買うつもりだ。パソコンが一台しかないと、コイツが小説を書くことが出来ないからな」
「なるほど、そういう理由ならあげても構わないでしょう」
秋葉原先輩がそう言うと渋谷先輩は再び不機嫌そうに「フッ……」と鼻で笑う。
どうやら部費を上げてもらうだけでは渋谷先輩の秋葉原への好感度は上がらないらしい。
普通ならお礼を言うべきなのだが、この人にそんことを求めるのは馬鹿がすることである。このプライドの塊みたいな人が誰かにお礼なんて言うはずがない。
だから渋谷先輩の代わりに僕が「すいません、ありがとうございます」と頭を下げた後、僕は秋葉原に聞く。
「でも大丈夫なんですか?文芸部はまだ何の成果も残せてないのに部費を上げても。先生たちや他の生徒会のメンバーから何か言われたりしませんか?」
「それぐらい平気よ。今の私はみんなから信用されている。多少は何か言われるかもしれないけだど、でも何も問題はないわ。それに文芸部いつか成果を出してくれるはずでしょ?ねっ渋谷君」
そう聞かれて、今度はちゃんと渋谷先輩は返事をする。
「当たり前だ」
「楽しみにしてるわ」
そして渋谷先輩のなんの根拠もない台詞に微笑みながら期待するように言った。
少しいい感じの雰囲気になっている二人に僕は安堵する。
なんだかんだで秋葉原先輩、ちゃんと渋谷先輩と会話できるじゃないか。
僕はこのままいい感じの雰囲気でこの食事会が終わってくれたらいいと願っていると、秋葉原先輩はにこやかな顔で余計なことを言うのだった。
「それでエロゲーてなんのことかしら?」
8
僕たちはなんとかごまかそうとしたのだが、そんなこと秋葉原先輩に通用するはずがなく渋谷先輩のパソコンにエロゲーが入っていることが簡単にバレしまい呆れた顔で怒られた。
「学校の備品でエロゲーなんてやらなように」
正論で何も言い返せなかった。
僕たちは正座で十分ぐらい秋葉原先輩に説教を受けた後、というかエロゲーのセリフを音読させられた後(地獄の時間だった)当然エロゲーは消去された。
そのせいで渋谷先輩にも怒られる。
「お前のせいだぞ」
これは絶対に僕のせいではなかった。
元々は学校でエロゲーなんてやっている奴が悪い。
ともかくこうして第一回目の食事会は終わった。次なんてもがあるかどうかはわからないけど、でも第一回目にしては上出来だったと思う。最後を除けば。
僕は教室に戻ろうとしたが、先ほどの教室の出来事を思い出すと戻る気になれず図書室に逃げ込んだ。
図書室はいつも人がいなくって静かで、一休みするには丁度いい場所である。しかもこの図書室にはラノベが置いてあり、まさに僕や渋谷先輩みたいなオタクにとっては砂漠の中のオアシスと言っていいだろう。
しかしそのオアシスはどうやら干からびてしまったらしく、いつもなら人がいないはずなのだが今日はたくさん人がいた。図書室にある全ての椅子はもう座られていて、何人か立ち読みをしている人までいる。
普段なら絶対にあり得ない光景だった。
僕は何事かと思いつつラノベのコーナーを見ると棚が空いていた。他のジャンルの本棚は空いてるくせになぜかラノベのコーナーだけは何もない状態だった。
マジで何があった?
困惑していると僕は横から声をかけられる。
「どうやら秋葉原の影響みたいだな」
それは渋谷先輩だった。
渋谷先輩も僕と同じでラノベを読みに来たらしい。
僕は渋谷先輩に問う。
「秋葉原先輩の影響てどういうことですか?」
「あいつ、何故か教室でラノベを読んでいたんだよな。そんな秋葉原を見て、他の奴らもラノベを読みに来たらしい」
「んな馬鹿な。秋葉原先輩がインフルエンサーだというつもりですか?」
「ああそうだよ。現にタピオカだって流行っているだろ」
「あれも秋葉原先輩の影響だったんですか⁉︎」
学校だけでは収まりきれない、日本中にイフルエンサーを巻き起こすとんでもない人だった。
「まったく、困ったもんだ。これじゃあ休まる場所なんてないな」
「ですね」
珍しく渋谷先輩と意見が同意した。
僕は仕方がないので教室に戻ろうとすると渋谷先輩は聞いてきた。
「なぁヒロ、秋葉原と手を組んで一体何を企んでいやがる」
もしかしたら渋谷先輩は、僕にそのことを聞くためにこの図書室にやってきたのかもしれない。僕がいるかもしれないと予想して。
僕は不敵な笑みを浮かべて言うのだった。
「それは後のお楽しみにというヤツですよ。せいぜい楽しみにしてください」
まるで夏休み前の子供のように。