十色学園の光と影
「これはまた先輩らしいタイトルの付け方ですね。どこかのラノベのタイトルをパックってる感じがさすがです」
「パックているとは失礼な奴だな。せめてオマージュと言ってくれ」
「オマージュて……、他の作品を真似ているのは否定しないんですね」
「まあな。それにオマージュでもちゃんとした理由でこのタイトルをつけている。お前だってこの高校に入学してから『ジミーズ』て言葉は何度か耳にしたことがあるだろ?」
「ええまあ、ありますけど……」
この私立十色高校は自由な校風が特徴的で平等主義を掲げているが平等なんて綺麗事はこの世の中にあるわけがなく、この学校にも当然のようにスクールカーストが存在する。
スクールカーストなんて今どき小学生でも知っていると思うが、一応念のために説明しておくと学校内の身分制度で、基本的には一軍、二軍、三軍と分けられている。
一軍はリア充共の集まりで、二軍は普通の人の集まりで、三軍は陰キャのことを指す。
そしてこの学校では三軍のことを地味な人達という理由から『ジミーズ』という蔑称で呼んでいるのだ。
僕も入学式の時、何度その言葉を聞いた。
「ジミーズだけにはならないように気をつけよぜ」
「ああジミーズになったら高校生活はもう終わりだからな」
その時は一体なのことなのかさっぱりわからなかったが、高校デビューに失敗し、実際に高校生活が終わってしまった今なら身に染みてわかる。
そしてそれは渋谷先輩だって同じだろう。
だからこそ僕は気になった。
「渋谷先輩はどうしてこのタイトルをつけようと思ったんですか?」
僕ならそんなタイトルは決してつけたりなんかしない。
だってそんなのただの自傷行為でしかないと思うからだ。自分で自分の傷口をえぐって一体何が楽しいというのだろうか。
なんてことを考えていると渋谷先輩は僕の質問に答える。
「それは日本中のリア充共に、ジミーズ(俺たち)の青春は残念で無意味なものではないと照明してやるためだよ」
「証明ですか……。先輩らしいですね」
「だろ」
と言って渋谷先輩はニヤリと笑った。
自信に満ちた笑みだった。
一体その自信はどこから来るものなのだろうか。
「俺はこの小説で今度こそ作家デビューして、そして憎たらしいリア充共に勝って見せる!」
渋谷先輩は腕を大きく掲げながらそう言う。
テンションが上がっているところ申し訳ないが、しかし先輩に言わなければならないことがあった。
「渋谷先輩。ラブコメを書くにしても一つ問題がありますよ」
「うん?問題点てなんだ?」
「渋谷先輩、アンタ恋愛したことないですよね?」
そうこの渋谷先輩はこう見て、というかどこからどう見ても恋愛経験0の童貞で、一回も人というものを好きになったことがなく、二次元のキャラを愛する人なのだ。
そんな先輩がラブコメを書こうなんて、何の特訓していないのにフルマラソンに参加するぐらい無謀のような気がした。
不安に思っていると先輩はフッと余裕の笑みを浮かべた。
「あまり俺をなめるなよ。恋愛なんて今まで何回もして──」
「ギャルゲーはノーカンですよ」
「……」
あっ急に無言になった。
アンタの恋愛経験はギャルゲーしかないのかよ。残念過ぎる……。
後輩に馬鹿され、ムキになった先輩は聞いてくる。
「そう言うお前はどうなんだ?お前だって俺と似たようなもんだろ」
「先輩と同類にしないでくださいよ。僕だって普通に恋愛したことがあります」
「なんだと⁉」
「まあ全部失恋で終わってますけど……」
「……それは、すまんことを聞いた」
申し訳なさそうにそう言う渋谷先輩。
この人に同情されるのはとても屈辱的だ……。
僕は先輩からの憐れみを振り払うように言う。
「ともかく、ギャルゲーでしか恋愛経験がない人がラブコメを書こうなんて無理だと思いますよ」
「別にラブコメを書くのにリアルの恋愛経験なんて必要ないだろ」
「でも先輩まだ一行も書けてないですよね?」
「ぐっそれは……そ、そうだ!俺はラブコメというのもが嫌いなのだ」
「……」
謎の言い訳を始めた渋谷先輩に呆れる僕。
だったらなんでラブコメを書こうとしてるんだよこの人。
「だから書けないのも仕方がないだろ」
「全然仕方がなくありませんよ。てかギャルゲーをやっているくせに何を言ってるですか」
「あれはあくまでも参考としてやってるだけだ」
「じゃあそのパソコンに入ってるエロゲーも参考用ですか?」
「そうそう、このパソコンに入ってるエロゲーも……て、なんでそのこと知ってやがる?」
「いや、前に先輩が部室でこっそりエロゲーをやっているところを見たことがあるので」
「チッ……やっぱり部室でエロゲーはやるべきじゃなかったか」
「いや、そもそも学校でエロゲーなんかやらないでくださいよ」
馬鹿なのかこの人は?
しかしラブコメが嫌いと言われて黙っていられるわけがない。僕はこう見えてラブコメが好きなのだ。
「それで一体ラブコメのどこが嫌いなんですか?」
「まずラブコメに出てくる主人公が嫌いだ。別にこれは嫉妬と言う訳ではなく、ただ純粋な疑問として、どうしてラブコメの主人公は大した魅力もないくせにあんなにモテるんだ?」
「それがラブコメというものですよ。先輩は主人公がまったくモテないラブコメがあると思ってるんですか?」
てか結局、嫉妬じゃねーか。
真面目に聞いた僕が馬鹿だった。
「だけど考えてみろ。ラブコメの主人公のどいつもこいつも鈍感野郎ばかりで、何のいい所もない。それなのにヒロインはそんな主人公になぜか惚れる。こんなのおかしいとは思わないか?」
「まあ思いますけど……」
ラブコメを読んでいて、なんでこんな奴がモテているの?と思うことは頻繫にある。
こんな奴が仮に女子からモテるのだとしたら、僕にはどうして彼女ができないのだろうかと疑問に思ったことも。
「そして主人公の次にラブコメで嫌いなのは現実味がないことだ」
「現実味ですか?フィクションに現実味を求めるのは間違ってると思いますが?」
「確かにフィクションに現実味を求めるなんて間違っているかもしれない。だけど複数のヒロインがいっぺんに主人公に惚れるなんて怪奇現象は早々起こらない」
「怪奇現象て……」
「サイコロ十個降ったら全部の出目が1になるくらいの怪奇現象だろ。お前にはまだわからないと思うが、読者を物語に感情移入させるためには共感というものが必要なんだよ。だからこそ例えフィクションでもある程度の現実味が必要で、ヒロインが主人公のことを好きになる理由もちゃんとした理由がいるんだ」
「はあ、そういうものですか……」
なんか急に評論家ぶりやがったぞ人。まだ本を出したことがないくせに。
しかしラノベ作家を目指しているだけあってなかなかの説得力である。
確かに共感性がなければ感情移入することができない。だからこそラブコメの主人公は平凡な設定が多いのだろう。その理論はわからなくはないが、でも恋愛不要論を掲げている渋谷充先輩の共感を得ることができるラブコメはこの世界中を探してもどこにもないように思えた。
「ああそういうものだ。だけど最近ラブコメはそう言うのが欠如し過ぎているとように思える。ヒロインのパンツを盗んだ主人公に惚れるヒロインとか意味が分からなすぎるだろ。現実にそんな女子いねえーよ」
「先輩、今までどんなラブコメを読んできたんですか」
凄い気になるそのラブコメ。別に読みたいとは思わないが。
僕は言う。
「なるほど。先輩がラブコメを嫌う理由はだいたい理解できました」
いや本当は全然理解できてないのだが、早くこのどうでもいい会話を終わらせたいので結論を言うことにした。
「やっぱりラブコメを書くのやめたらどうですか?」
「嫌だ」
即答だった。
まあ先輩がそういうのはわかりきっていたけど。
「どうしてラブコメにこだわる必要があるんですか?僕たち(ジミーズ)のことを題材にしたいのならジャンルをミステリーに変えたり、もっとやり方は色々あるでしょう?」
「いや、この物語はラブコメじゃないと意味がないんだ」
「じゃあどうやって書くつもりなんですか」
「うーん……そうだ。お前、此間同じクラスの女子から噓告白さて落ち込んでたよな。それを物語にするのだはどうだろうか」
「アンタ、人の黒歴史を何だと思ってるんですか」
「やっぱりダメか」
「当たり前です」
あれはもう二度と思い出したくはない過去。
あの噓告白せいで僕は晴れてジミーズの仲間入りを果たしてしまい、クラスメイトから今でも笑いものにされているのだ。
「あの噓告白さえなければ、僕だってもう少しまともな高校生活を遅れてたはずなんですよ。クソ……みんなで僕のことを騙しやがって」
「あんなのに騙されるお前も悪いけどな」
「そんなこと言わないでくださいよ。少しは慰めてあげようとは思わないんですか」
まあ、先輩に慰められてもこの傷は癒えないのだが。
そんなことを思っていると突然、腹がぎゅるぎゅると鳴り強烈な痛みが襲った。
「うっ……」
「どうした?顔色が急に悪くなったが?」
「どうやら腹を壊したみたいです……」
「牛乳の飲み過ぎなんじゃねーのか?」
「すいません、ちょっとトイレに行ってきます」
そう言って僕は腹を抱えながらドアを開け、廊下の出ようとする。
すると廊下にピンク色の何かが落ちていた。
なんだろろうと思い、それを拾ってみるとそれはお守りみたいで『縁結び』と書かれていた。これは確か京都の有名な神社のお守りではなかっただろうか?
「これ先輩のですか?確か一ヶ月前に修学旅行で京都に行ってきましたよね」
「なんだそれ?俺がそんなもん買う人間に見えるか?」
「見えませんね……」
じゃあこのお守りは誰が落としたものなのだろうか。
ここは東棟校舎四階で他の生徒はあまり来ない場所である。しかも文芸部のドアの前に落ちていたということはこのお守りを落とすのは僕か渋谷先輩、あと文芸部の顧問の目黒先生しかありえない。
だとすればこのお守りは目黒先生のものなのか?
確か目黒先生は二年のクラスを担当していたはずだから、渋谷先輩と同じで京都に行っているはずである。
あの人、いくら独身だからって修学旅行で何を買っているのだろうか……。
「そんなことよりも早くトイレに行けよ」
考え込んでる僕に先輩がそう言うと再びぎゅるぎゅると音が鳴った。
かなり限界に近付いているらしい。
僕はお守りをズボンのポケットに入れて、漏れないよう気をつけながら小走りで向かう。
1
男子トイレに入って、ゆっくり用を足していると天井に埋め込んであるスピーカーからピンポンパンポーンと音が聞こえた。校内にいる人に向けての放送である。
なんだろうかと思っているとスピーカーから聞き覚えのある女性声が聞こえた。
『文芸部部長の渋谷充君、至急生徒会室までお願いします。繰り返します。文芸部部長の渋谷充君、至急生徒会室までお願いします』
そしてまたピンポンパンポーンとなり放送は終わった。
「……」
渋谷先輩、今度は何をやらかしたのだろうか。
僕は急いで用を済ませる。まだ若干お腹が痛いが先よりも少しはマシになった。
僕は手をしっかり洗った後、文芸部に戻る。
すると先ほど生徒会室に呼ばれたはずの渋谷先輩は当然のようにまだ部室にいた。相変わらず偉そうに足を組みながら椅子に座り、パソコンの画面とにらめっこしている。
そんな先輩を見てため息を吐いた後、僕は呆れながら言う。
「先輩、やっぱり行ってなかったんですね。早く言った方が良いですよ」
「なぜ俺がわざわざ生徒会室まで行ってやらんといけないのだ。俺にそんな無駄な時間、一分一秒も存在しない。用があるなら向こうから来ればいいのだ」
「先輩て呼ばれても決して生徒会室に行きませんよね。アンタは歯医者に行きたがらない子供ですか?どんだけ秋葉原先輩と会うのが怖いんですか」
「別に怖がってなどない」
そう言ってかけている眼鏡をクイッと上げカッコつける。
しかしその姿は全然、威厳というものが感じられなかった。
この十色高校の生徒会長である秋葉原先輩と渋谷先輩は犬猿の仲と言っていいほど仲が悪く、皆からは《十色高校の光と影》と呼ばれている。
光の秋葉原と影の渋谷。
秋葉原先輩が『光』と呼ばれるのはわかるが、渋谷先輩は『影』というよりも『闇』の方が似合っているように思える。
ともかくそんな二人は試験では学年一,二をいつも争っているが、去年の生徒会選挙では渋谷先輩は秋葉原先輩に惨敗をしているのだ。いや惨敗と言ってもどうやら渋谷先輩が勝手に自滅しただけらしいが、しかし渋谷先輩が秋葉原先輩に負けたのは事実である。
だからこそ渋谷先輩は秋葉原先輩に会いたくはないのだろう。
この人、プライドだけは超一流だから。
そしてそんな渋谷先輩は生徒会に陰湿な嫌がらせをよく行う。
今回、呼び出しされたのもきっとそれが原因だろう。
僕は渋谷先輩に聞く。
「どうせまた生徒会に無茶な要求でもしたじゃないですか?」
「ああ部費を上げてくれるように頼んだ」
「部費を上げるって……ちなみにいくらですか?」
「十万」
「じゅ、十万⁉そりゃ呼び出されるに決まってますよ!」
コンクールで大した結果を残していないのに、そんな大金貰えるはずがない。
この人だってさすがにそのぐらいわかっているだろう。
「未来の天才作家への投資だと思えば大した金額ではないだろ」
ダメだ。全然、わかっていない。
こんな人が部長だと思うとこれから先、不安である。
「一応聞きますけどそんな大金どうするつもりなんですか」
「最新のパソコンでも買おうと思ってな。部室にパソコンが一台しかないとお前がいつまで経っても執筆できないだろ」
「先輩……、まさか僕のために最新のパソコンを買おうとしてくれるとは」
僕は今までこの人のことを心を捨ててしまった最低のクズやろうと思っていたがそれはそうやら勘違いしていたのかもしれない。本当は後輩想いの優しい人なのだ。
「うん?何言ってるんだお前」
「えっ?」
「俺が最新のパソコンを使って、お前が俺のお古のパソコンを使うんだぞ」
「……」
やっぱりこいつは最低のクズ野郎だった。
「どうだ嬉しいだろ」
「全然、嬉しくありませんよ。てか先輩のパソコン、エロゲーが入ってるんでしょ?そんなパソコンいりませんよ」
「なら、このパソコンは捨てるか」
「いや、やっぱり貰いましょう。勿体ないので」
べ、別にエロゲーをやりたいという不純な理由で先輩のパソコンをもらおうというしてるわけじゃないんだからね。小説を書きたいからパソコンを貰おうとしてるだけなんだからね。勘違いしないでよね。
気がつくと渋谷先輩が呆れているかのように僕のことを見ていた。
この人にそんな目で見られるのは不本意だったが、さすがにこれは分が悪い。
僕は話題を戻すことにした。
「今すぐに生徒会室に行きましょうよ。このままだと絶対に部費を上げて貰うことなんてできませんよ」
「俺は今、執筆で忙しいんだ」
「だから一行も書けてないじゃないですか」
「そんなに言うならお前が行って来いよ」
「えーまたですか。嫌ですよ」
「これは部長命令だ」
「何が部長命令ですか。だったらもう少し部長らしい行動を取ってください。今まで僕がどれだけ先輩の代わりに怒られてきたと思ってるですか」
「今回で通算五十回目だ。おめでとう」
「なんで数えてるんですか。しかも怒られる前提で」
全然、めでたくない。
生徒会長の秋葉原先輩はともかく、副会長の杉並先輩は怒るとものすごく怖い人なのだ。
先輩のせいで杉並先輩に怒られるのはあまりにも理不尽すぎる。しかし僕が嫌がっても渋谷先輩は石造のように動こうとはしないだろう。
僕はなんとか説得を試みる。
「せめて一緒に生徒会室に行きませんか。それなら先輩だって平気でしょ?」
「嫌だ」
「マジで子供ですかアンタ。はあ……わかりましたよ。行ってきますよ。どうなっても知りませんからね」
「ああ頼んだ。もし俺のことについて聞かれたらいつもみたいに、用事があって帰ってしまったと誤魔化してくれ」
「はいはい、了解です」
これもエロゲ、じゃなくってパソコンのため。
そんなことを思いながら僕は部室を出て仕方がなく生徒会に向う。
生徒会室は西校舎の一階にある。渡り廊下を歩いて東校舎から西校舎に行き、それから階段で一階まで降りる。
そして生徒会室の前まで着くと僕は杉並先輩がいた時のために制服が乱れていないか確認する。あの人、他の生徒には注意しないくせに僕だけには厳しいだよな。
それきっと僕があの渋谷先輩の後輩だからなのだろう。とんだ災難である。
そんな怖い先輩にこれから怒られると思うとまたお腹が痛くなってきた。
とても逃げたい気分になったが、逃げたところで状況は悪くなるばかりだろう。
制服を正した僕はかなり緊張しながら生徒会室のドアを二、三回ノックすると「どうぞ」と女性の声が聞こえた。「失礼します」と言ってドアを開けると黒髪ロングの美少女が立っていた。
彼女がこの十色高校の生徒会長で《十色高校の光》と呼ばれている秋葉原莉愛先輩であり、僕をあの文芸部に入部するように導いた人だ。
相変わらず美しくって可愛い人だと思う。
学校一の美少女と呼ばれているのはだてではない。
生徒会室を見渡すと他の生徒会メンバーどうやら帰ってしまったらしく秋葉原先輩しかいなかった。僕は杉並先輩がいなかったことにホッとしていると秋葉原先輩は僕に優しく微笑みながら言う。
「久しぶりね。ヒロ君」
「久しぶりです。と言っても前に会ったの一昨日ですけどね」
「あら?そうだったかしら?」
と首を傾げる。どうやら本当に忘れているらしい。
まあ僕は影が薄い人間だし、生徒会は常に多忙なのだから忘れてしまうのも仕方がないだろう。
僕はそんな秋葉原先輩に聞く。
「他の生徒会の人はいないみたいですけど、どうしたんですか?」
「杉並先輩ならヒロ君の後ろにいるわよ」
「えっ?」
咄嗟に後ろを振り向く。
が杉並先輩はいなかった。
「ふふ杉並君にまた怒られると思った?」
「ちょっと、やめてくださいよ。マジで心臓が止まるかと思いました」
「ごめんさい。少しヒロ君をからかいたくなっちゃって。みんなにはさっきに帰ってもらったの。じゃないとヒロ君とゆっくり話せないでしょ?」
秋葉原先輩は僕に優しく微笑む。
つまりそれは秋葉原先輩と二人っきりということだ。
そう思うと緊張してきた。
「ソファに座って頂戴。今、お茶を出すわ」
「いや、そんないいですよ!」
あの秋葉原先輩にお茶を淹れて貰うなんて恐れ多い。そんなこと杉並先輩にでも知られたら体育館裏でシバかれるのは確定だった。
だけど秋葉原先輩はそんな僕に言う。
「後輩が先輩に遠慮しなくってもいいのよ?今日はヒロ君がこの生徒会室に来てくれた通算五十回目の記念すべき日なのよ」
「なんで秋葉原先輩も数えてるんですか」
「いいから座って」
「それじゃ……」
どうせ杉並先輩はいないんだしと思い僕は秋葉原先輩のお言葉に甘えて生徒会室にあるふかふかのソファに座る。渋谷先輩が問題を起こすたびにこの生徒会室には来たことがあるけれど、このソファに座るのは今回が初めてだった。いつもは床に正座させられるんだよね。そんでもって土下座で謝る。
……僕、この高校に入ってから何をやっているのだろうか。
こんな高校生活を送っているのは世界中を探してもきっと僕しかいないだろう。
そう落ち込んでいるとその間に秋葉原先輩がお茶を淹れる。
あの秋葉原先輩にお茶を淹れて貰うなんて友達に自慢できそうなことだったが、残念なことに僕には友達がいなかった。
そしてテーブルにお茶が置かれる。
「熱いから気をつけてね」
「すいません、ありがとうございます」
僕はお礼を言った後、一口飲む。
すると不思議な味がした。もしかしてこれはハーブティーという奴だろうか。
試しに僕はもう一口飲んでみる。うん、美味い。
夏に入ったばかりの七月にあったかいお茶を飲むのは本来ならば嫌なことだが、お腹を壊してしまった今の僕にとってはまさに打って付けの飲み物だった。
心なしか先ほどまでのお腹の痛みが消えていくのを感じる。
「美味しかしら?そのお茶はラベンダーティーて言って、会計の品川ちゃんがみんなのために持ってきてくれたお茶でね。胃に良いお茶みたいなのよ。胃を壊しているヒロ君にはピッタリじゃないかしら?」
「えっ?どうして先輩、僕がお腹壊してるの知ってるんですか?」
「あっいや、それはほら、ヒロ君ていつも渋谷君にこき使われれるじゃない?だからそのせのストレスで胃を壊してるじゃないかと思ってね」
「なるほど」
確かにあの人いたらストレスが溜まるのは事実で、いつ胃を壊してもおかしくはない。てかもう壊している。そんなことを気遣ってくれるなんて秋葉原先輩、渋谷先輩と違ってなんて優しい人なのだろうか。
「このラベンダーティー、とても美味しいですよ」
「それは良かった」
秋葉原先輩は手を合わせて嬉しそうに言う。その仕草は結婚して欲しいと思わず告白してしまいそうなほど可愛いかった。
秋葉原先輩も自分用に入れたお茶を飲むと「うん、美味しい」と呟き、それから本題に入った。
「そういえば私は渋谷君を呼んだつもりなんだけど、もしかして今回も……」
「はい、怒られるのが怖くって僕に責任を押し付けてました」
渋谷先輩には用事があって帰ったと伝えてくれと言われたが、そんなウソどうせバレるに決まっているし、そんなことを言ってやる義理なんてない。
僕は秋葉原先輩に頭を下げて謝る。
「本当にすいません、生徒会だって暇じゃないはずなのに」
「気にしないでヒロ君。渋谷君が来ないのはわかりきってたことだから。だからこそあえて放送で呼んだのよ。渋谷君の代わりにヒロ君がきっと来るだろうと予想して」
「どういうこと意味ですか?」
顔を上げて僕は思わず聞く。
すると秋葉原先輩は「とりあえずこれを見て」とテーブルに一枚の紙を置いた。
そこにはこう書かれていた。
『文芸部の部費を十万円上げろ みつる』
僕は相田みつを風に書かれてあるその手紙を見て恐る恐る秋葉原先輩に聞く。
「えーとこれは?」
「今日、生徒会室に来たらテーブルにこんな手紙が置かれていたわ」
「うちの馬鹿部長が本当にすいませんでした!」
あの人、マジで何をやってるの⁉何で置手紙で頼んでるんだよ。しかも命令形だし。
「杉並君がカンカンに怒ってたわ」
「でしょうね……」
よかったこの場に杉並先輩がいなくって。
僕はダメもとで聞いてみる。
「あのーこんなこと言える立場ではないのは重巡承知なんですが、なんとか部費を上げてもらうことはできないでしょうか」
「部費は別に上げてもいいわよ」
「マジですか!」
「でもその代わり一つだけ頼みごとがあるの。これはヒロ君にしか頼めないことなのよ」
僕にしか頼めないこと?
そんなもんないように思えるのだが。特にこの完璧超人の秋葉原先輩なら僕なんか頼りにしなくっても一人でなんでも解決できそうだし、他に相談できる友達だってこの人ならいるはずである。
不思議に思いながら僕は聞く。
「ちなみにその頼み事というのは何ですか?」
「えっと、それはね……」
秋葉原先輩は恥ずかしそうにモジモジする。
それはまるでこれから告白でもされるような感じだった。もしかして先輩の頼み事て私と付き合って欲しいとか?いや、それあまりにも気持ち悪い妄想かもしれないがありえない話ではない。
僕は思わず身構える。すると秋葉原は少し緊張気味に言うのだった。
「渋谷君に告白する手伝いをして欲しいの」
「……」
「……」
お互い黙ってしばらく見つめ合う。
ほうほう。なるほど……。
僕は秋葉原先輩の話をしっかり聞いたうえで言う。
「告発ですか。で渋谷先輩はどんな悪事をしたんですか?」
「いや、告発じゃなくって告白よヒロ君」
「まあ、あの人のことですから憲法にかかれてある犯罪なんてもうすでにコンプリートしているはず」
「ヒロ君、渋谷君のことなんだと思ってるの?ねえ人の話聞いてる?」
「ええちゃんと聞いてますよ。とりあえず僕の知り合いに腕利きの刑事がいます。まずはその人に相談してみましょう」
「全然、聞いてないじゃない!私はただ渋谷君に告白したいだけだから」
「ああ告発じゃなくって告白でしたか」
「そうよ告白よ」
「……」
「……」
そしてお互い再び黙って見つめ合う。
どうやら本当に渋谷先輩を告発しようとしているわけではないらしい。
でも、だとしたらそんあことありえるのだろうか。確かに秋葉原先輩だっていくら完璧超人と言っても、一人の乙女なのだ。
だから好きな人がいても何もおかしことはない。
そして好きな人に告白したいと言う気持ちもわかなくはない。
しかしその相手があまりにも意外過ぎる。
僕は聞き間違えかもしれないと念のため聞いてみる。
「えーと、渋谷先輩に告白しようとしているなんてマジですか?」
すると秋葉原先輩は頬を赤らめて恥ずかしそうに黙って頷いた。
それはまるで恋する乙女そのものだった。
……そっかそっか。
「すいません、うるさくなると思うので少し耳を塞いでもらってもいいですか」
「え?ええわかったわ。これでいいかしら」
困惑しながらそう言うと秋葉原先輩は耳を塞ぐ。
そして僕はそのことを確認するとフッと笑い、叫ぶのだった。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええんえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんえええええんええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼」
──さて僕は『え』を何回叫んだでしょうか。
てそんことはクソどうでもいい。
「ちょっと待ってください!渋谷先輩に告白って秋葉原先輩、渋谷先輩のこと好きだったんですか⁉」
「ええそうよ」
「でも渋谷先輩と秋葉原先輩て犬猿の仲じゃなかったんですか⁉」
「そうね。確かに周りの人からはそういう風に見られていてもおかしくはないかもね。お互い顔を合わせてもいがみ合ってばかりだもの。だけど私は別に渋谷君のこと嫌ってなんかいないわよ。むしろその真逆で彼のこと愛しているわ」
「そ、そうなんですか……」
愛している、と平然と言い切った秋葉原先輩に思わずたじろぐ。
そんなこと普通なら恥ずかしくって誰も言えないだろう。でもそんなことをただの後輩である僕に堂々と言えるなんて秋葉原先輩が渋谷先輩に対して思っていることはどうやら本物だった。
マジか……もしかしたら秋葉原先輩と付き合えるかもしれないなんて淡い期待をしていた自分が恥ずかしくなる。
「ええそうよ。私は渋谷君のことが好き──その気持ちに一切の偽りはないわ。渋谷君は私のことどう思っているかわかないけど」
きっと渋谷先輩は秋葉原先輩のことを嫌っているだろう。
それは生徒会選挙で負けたからという理由ももちろんあるけれど、《十色高校の光と影》とみんなから呼ばれているように秋葉原先輩と渋谷先輩は正反対の人間なのだ。
渋谷君は友達のいないボッチで、彼女もいない童貞の典型的な非リア充。
それに比べて秋葉原先輩はたくさん友達がいて、ほぼ毎日のように男女問わず告白されているリア充なのだ。
そして渋谷先輩はなによりリア充を嫌っている。
だからこそ渋谷先輩が秋葉原先輩のことを嫌っているのは大いに想像できた。
そんな相手に告白するなんてとても困難のように思えるし、そもそもラノベ作家を目指している渋谷先輩の場合は例え好きな女子から告白されたとしても断るのは目に見えていた。本来ならば渋谷先輩なんかに断る権利なんてないのだが、でも渋谷先輩はそう言う人なのだから仕方がない。
こればかりはいくら先輩の頼み事でも断るべきだろう。
僕はできるだけ秋葉原先輩を傷つけないように言葉を慎重に選びなら言う。
「えっとそれで告白を手伝ってほしいと言ってましたが、さすがにいくら先輩の頼みでも無理があるというか、何というか……」
「ダメかしら?」
子犬のような純粋な瞳で見つめる秋葉原先輩。
普通の人だったら彼女の魅力に陥落して思わず頼み事を引き受けていただろう。
だけど僕はクラスメイトから噓告白されてたお陰でそう言うのには耐性ができているのだ。そんな風に見つめられたとしても、こんな無茶で無謀な頼み事を簡単に受け入れることができない。
いや、僕だって本当なら尊敬する秋葉原先輩の頼み事はできるだけ協力したいと思ってはいるよ?秋葉原先輩にはかなり迷惑をかけていると思うし。
だけど頼み事の内容がどうしても気に食わないのだ。
秋葉原先輩が誰を好きになろうともそれは秋葉原先輩の自由だが、しかし人間のクズと言ってもいい渋谷先輩に告白しようとしているだなんてそれはやっぱり後輩として止めべきで「あんな奴に告白するのはやめて僕と付き合いましょう」とそう言ってあげるべきだろう。
しかし童貞の僕がそんな告白じみたこと言えるはずがなかった。
「わかりました。この僕が先輩の恋のお手伝いをしましょう」
やっぱり僕はどうしようもないお人好しらしい。
結局僕は、秋葉原先輩の頼み事を引き受けてしまった。
ああ、なにをやっているのだろうか僕……。
噓告白されてあれだけ傷ついたのになんも成長してなかった。
でも学校一の美少女と呼ばれている秋葉原先輩に子犬のような純粋な瞳で見られてしまっては断ることなんて渋谷先輩みたいなクズ野郎にしかできないだろう。
「本当に⁉ありがとうヒロ君‼」
秋葉原先輩は笑顔で僕の手を握る。
「でも僕でいいんですか?あまり頼りにならないと思いますが……」
「別にヒロ君に私の代わりに渋谷君に告白して欲しいて言ってるわけじゃないわ。ヒロ君には渋谷君と仲を取り持って欲しいの」
「仲を取り持つ?……ああなるほど。そう言うことでしたか」
先ほど秋葉原先輩が言っていた僕にしか頼めないことの意味をようやく理解する。
交友関係が少ない渋谷先輩と同じ文芸部に入ってる僕は唯一、渋谷先輩と秋葉原先輩の仲を取り持つことができるのだ。
だからこそ秋葉原先輩は僕に頼んだのだろう。
しかしだとてしても疑問が生じる。
「でもコミュニケーション能力がある秋葉原先輩なら、僕なんていなくっても渋谷先輩と仲良くすることは可能なんじゃないですか?」
「いいえ、それができないからこそヒロ君に仲介役を頼みたいのよ」
「どういうことですか?」
「実は渋谷君とは同じクラスなんだけど、全然話したことがないのよね。いや、そもそも渋谷君が誰かと話してるところなんて見たことがない。休み時間はいつも自分の席で小説を読んでいて話しかけずらい雰囲気を漂わせているのよね渋谷君」
「まあ先輩、友達一人もいないですし仕方ないですよ。あまり言わないであげてください」
渋谷先輩のプライドが傷ついちゃうから。
しかし渋谷先輩、想像通りの高校生活をしているな。僕も似たようなものだけど。
休み時間、自分の席で小説を読むという行為は周囲に自分は今、小説を読むことに集中しているから誰も話しかけて来るなよ、という目に見えないATフィールドを張っているのだ。
たまにATフィールドに気づかずに話しかけ来る奴もいるけれど、でもかなり効果がある。僕や渋谷先輩みたいな友達がいないぼっちなら誰しもがやっていることだろう。
なんてことを考えてると秋葉原先輩が聞いてくる。
「友達が一人もいないって、ヒロ君と渋谷君は友達じゃないの?」
「うぇ……」
まさか秋葉原先輩にそんな風に思われてたとは心外である。
「冗談でもやめてく出さないよ。渋谷先輩とは同じ部活の先輩後輩ではありますが友達なんかじゃありませんよ」
「本当に?私が羨ましいくらいと思うぐらい仲良さそうに見えるけど」
「何を見たらそう思うんですか。僕たちはかなり仲が悪いですよ。この前だって今期アニメのキャラクターで誰が一番可愛いのかでケンカしたぐらいなんですから」
「いや、普通に仲良いじゃない。友達同士でする会話じゃない」
秋葉原先輩は呆れながら突っ込んだ。
「ともかく、私もこのままじゃいけないと思って勇気を出して何度か渋谷先輩に話しかけたことがあるんだけど緊張して上手く話せないのよね。どうしても渋谷君のペースに巻き込まれてしまうていうか、ついていけないというか」
「ついていけない……」
つまりオタク特有の会話についていくことができないのだろう。
渋谷先輩、相手が誰にも関わらずそう言った話をする典型的なオタクだから、非オタである秋葉原先輩が困るのも仕方がない。
でもだとすれば仲介役としてこれ以上ないくらいやりやすいことはないと僕は思った。
僕は秋葉原先輩に言う。
「わかりました。そういうことなら僕に一つ考えがあります。僕に任してもらえませんか」
「本当にいいの?ヒロ君に任しても」
「僕のことを信じてください!僕が絶対に秋葉原先輩の告白を成功させて見せます!」
「ええ、もちろんヒロ君のことは信じてるわ。でもヒロ君がそこまで張り切る必要なんてないのよ?だってこれは元々、私の問題なのだから」
「そんなこと言わないでくださいよ。秋葉原先輩にはいつもお世話になっているんです。先輩の恋を応援させてくださいよ」
「ヒロ君……ありがとうね……」
秋葉原先輩は申し訳なさそうに言う。
そんな秋葉原先輩を見て、先輩の為にも頑張ろうと思った。
秋葉原先輩だけは幸せになってほしい。
「それじゃあ……」
と作戦について話そうとした時、キンコンカンコーンと鳴った。
最終下刻時間のチャイムだった。
「詳しい作戦は明日、話しますか?」
「それよりも今スマホ持ってる?LINE交換しましょうよ?そうすれば家に帰ってからでも作戦会議できるでしょ?」
LINE交換?LINE交換て何だっけ?
ああそうだ思い出した。みんながよく使っている連絡アプリだ。僕も一応、やってるけど連絡取ってるのは家族以外誰もいないんだよね。渋谷先輩はそもそもLINEやってないし、クラスのグループLINEあるらしけど僕だけなぜかハブられてるし……。
いや別に入りたいとは思わないだけどね。
思わないだけどね!
ともかく、僕は家族と文芸部の顧問である目黒先生以外LINE交換したことがない。それも一つ上の先輩だとしても女子とLINE交換だしたことがなかった。三十路を超えている女性とはLINE交換したことあるが。
僕は思わず聞く。
「いいんですか?僕なんかとLINE交換しても?」
「もちろんじゃない。ほら早くスマホ出して」
「ええわかりました」
僕は秋葉原先輩に促されるままズボンの後ろポケットからスマホ取り出す。
でもLINE交換てどうやるんだ?したことがないからやり方がわからない。
戸惑っているとそんな僕を見て秋葉原先輩が「スマホ貸して」と言った。
スマホを渡すと画面をいじり、そして両手にスマホを持ちマラカスのように振り始めた。
突然の先輩の奇行に困惑する僕。
「えっ?なにやってるんですか」
「何ってLINE交換だけど?」
そんなのでLINE交換できるの?
全く知らなかった。
しかし、秋葉原先輩がスマホを一生懸命振る姿は馬鹿っぽかったが、普段は真面目な人だからこそギャップで可愛く見えた。
交換が終わると秋葉原先輩はスマホを僕に返す。
「はい、交換できたわよ」
「ありがとうございます」
ともかく、こうして僕は生まれて初めて女子のLINEをゲットしたのだった。
よっしゃー!
2
家に帰り自分の部屋に入ると僕はカバンを机に置き、ベットに倒れ込んだ。
そしてポケットからスマホを取り出すと、秋葉原先輩から『よろしくね』とLINEが来ていた。しかも、白クマのスタンプも付きで。
何だこのスタンプ……可愛いな……。
僕も早速LINEを送る。
『よろしくお願いします。十時ぐらいに作戦会議を始めましょう』
そして僕はスマホをベットに置き、目を閉じて考える。
つい勢いに任せて先輩の頼みを引き受けてしまったが、いくら秋葉原先輩でも今の渋谷先輩に告白しても成功はしないだろう。
無理ゲーにも程がある。
でも無理ゲーだからこそ攻略方法はとてもわかりやすい。
僕は目を開け、立ち上がる。
「あっそういえば……」
思い出したかのようにそう呟きながら、僕はズボンのポケットから部室で拾ったお守りを取り出す。
結局このお守りが目黒先生のものなのか聞き忘れてしまった。
まあでもこのお守りの持ち主には悪いがしばらくこのお守りは僕が持っていよう。
先輩の告白を成功させるためにも。
僕は再びポケットにお守りを入れた。