6話
「…さっきの話だけど」
「ん?」
魔王は口に運びかけたティーカップを置いてこちらに目を向けた。
「メイドが言ってた、自分の力で姿をとどめてるってどういうこと?」
「ああ」
そのことかという風に頷くと、一度置いたティーカップをまた口へ運ぶ。
「実はそれも話そうと思ってたんだ」
「………」
「順を追って話そう。僕が先代の勇者だってことはお分かりいただけたと思うけど」
「…ちょっと待って」
「なんだい?」
「百歩譲ってあんたが魔王だってことは認めるわ」
「百歩も譲るんだね」
「でもよくよく考えてみたらあんたが勇者だって証拠がないじゃない」
「………ああ確かに!」
間抜けな声が聞こえた。
そう。
確かにこいつは強い。
魔王と言われても頷ける強さはある。
だが勇者というのはまた話が違う。
「もしあなたが勇者であるのなら、その証があるはずなんだけど」
「…刻印のこと?」
「そうよ」
勇者として選ばれた者には、生まれた時から神に刻印を体のどこかに刻まれ、勇者の加護を授けられる。
「残念ながら、刻印は魔王になった時に消えてしまったんだ」
「…じゃあ証明できないわね」
口では何とでも言える。
勇者の証である刻印がなければ、ただの人だ。
「うーん…魔法とか魔術をやって見せるのではダメかな?」
「魔法?」
「そう。代々勇者に伝わるものなら、少しは信憑性があるかなって」
「…別にいいわよ」
「よし。じゃあバルコニーに出ようか」
すぐさま立ち上がって向かう様を見ると、どうやら自信があるようだ。
何をやるつもりなのかは分からないが…、見れば本物かどうかは一目でわかるだろう。
「今日もいい天気だなあ」
白いレースのカーテンを開けると強い陽射しが部屋に差し込んだ。
掃き出し窓の向こうにはバルコニーがあり、そこからは荒涼とした荒れ地と殺風景な山々にどこまでも広がる青空という、素敵な眺めになっているようだ。
「危ないから、部屋の中から見ててね」
「………」
敵の安否を気遣う魔王がどこにいるんだこのバカ。
言いかけた言葉をグッと飲み込み、静かに様子を見守る。
「いくよ………白き刃の聖裁!!」
唱えた呪文がこちらに響くと同時に、遠くの空が白く輝いた。
遠くの山々や大地が強く照らされ、得体の知れない何かが空の下、空中で強く神々しい光を放っている。
薄目でようやくその様子を捉えると、どうやら剣の形をした白い発光体が10本前後、山上で浮遊しているようだ。
それが浮かんでいると認識したのも束の間、それは光のような速さで山に突き刺さったかと思うと、爆発。
轟音と地響きが鳴り響き、爆風が収まるころには山がひとつ消し飛んでいた。
「………」
何が起きたのかを理解するのに頭が追いつかず、言葉が出てこない。
「ふう、どうかな…。現役時代に比べるとだいぶ鈍ってるとは思うんだけど」
何ともなかったかのようにバルコニーから声がかかる。
「………」
ホーリーエクスキューションというのは勇者が扱う聖属性の初級魔術であり、結晶化した魔力を剣の形に変えて相手を貫くのだが、そもそもこの魔術は爆発しないし、山も消し飛ばない。
つまりは出鱈目である。
「…いいんじゃない」
「え?」
「勇者だって認めるわよ」
「あ、ホント?よかったあ」
「はあ………」
安堵する魔王。
色々と規格外過ぎてもうどうでもよくなってきた。
「じゃあ、さっきの話に戻ろうか」
そう言ってテーブルに戻る二人。
「君はなぜ魔王を倒しても復活するのか、疑問に思ったことはない?」
「それは…ほかの魔族からまた魔王が選ばれるからでしょ?」
魔王を倒しても、またどこかで魔王が生まれる。
魔族を皆殺しにしない限りはいつまでも魔王は生まれ続ける。
「僕も子供の頃からそう教えられてきたんだが、本当は違かった」
「…?」
「魔王は選ばれるのではなく、乗り移るんだ」