5話
さっきの話のせいであまり食べ物が喉を通らないような気もしていたが、料理を一口、口に入れるとそのあまりの美味しさに食欲がとどまることを知らなかった。
「…君の料理をとても気にいったみたいだよ、アイヴィー」
「はい、光栄でございます」
この女がこれを作ったのかと思うと少し癪なところもあるのだが、食材に罪はない。
「…もう少しゆっくり食べたらどうです。人間」
少し呆れたように指摘するアイヴィー。
「…私にはハルって名前があるの。人間って呼ばないでよ」
「ハル…珍しい名前ですね」
「ほかの国の人からすれば、そうかもしれないわね」
「じゃあこれからは、「人間・ハル」と呼びますね」
「何でフルネームみたいになってるのよ。普通にハルって呼びなさいよ」
「ははは、君たちの会話は面白いなあ」
何が面白いのかはわからないが、そんなカオスな会話を繰り返しながら私達は昼食を全て平らげた。
カチャカチャと皿を片付けながら侍女は食後の飲み物を持ってくると言い、テーブルの上をきれいにしてまたどこかへとカートと共に去っていった。
至福の満腹感。
昼過ぎの陽射しが部屋に陽だまりを作り、暖かな陽気は魔王城にいることを忘れさせるほど心地よい。
「…あなたたちって、いつもこんなに良い物を食べてるの?」
ふとした疑問。
不毛の荒れ果てた地で、どこにあれだけの食材を隠しているのか?
辺りには田畑も見つからないし、ほかに考えられるのは…、略奪?
「うーん…食事に関してはアイヴィーに任せっきりだから僕も実際のところよく知らないのだけど、どうやら食材とかは魔族の領主たちがいろいろとくれてるみたいだよ?」
「え………」
不毛の大地と呼ばれる魔族達が棲まう土地。
そこにこんな美味しい食材が生まれるというのか。
「昔は食糧がないから人間の村とかを襲ってたらしいけど、今は平和なもんだよねえ。ほら、もう人間の領地で魔物も見かけなくなったでしょ?」
「………それは、まあ」
確かに。
私が小さな頃は、町を出れば魔物や魔族がいるから出るなと脅されてとても怖かった。
それに、小さな村や町は、略奪のために襲撃されることも多かった。
…が今はめっきりそれがない。
そのせいか皆平和ボケしていて、魔王の存在すら忘れている人すらいる。
「僕らの頃は毎日みんな、死と隣り合わせで…。僕らが旅に出て魔王城に向かう時も、昔は移動手段なんてなかったし、魔物や魔族もそこら中にいたから大変だったよ」
遠い目をしながら、魔王は「ははは」と小さく笑った。
「でも、その分戦いの経験値を積めたし、今ではよかったと思える。…じゃなきゃ魔王にも勝てなかったしね」
「………ふうん」
昔と今では時代が違って、今は少し平和すぎるのかもしれない。
安心と安全はいつもそばにあって、誰かがいつも守ってくれていて、自分の命を心配することもなくなった。
魔物や魔族との戦いもめっきり減ったし、命を取り合う真剣勝負なんて、このご時世経験する機会もない。
きっとこいつと私には、圧倒的な経験値の差があるのだろう。
「…君は若いからまだまだ成長できるはずさ。僕でよければいつでも相手するよ」
見透かしたように、そう言って目を細める魔王。
その余裕な表情にイラっとするが、それよりも自分の力のなさに腹が立つ。
「…余計なお世話よ。あんたも少しは自分の心配したら?」
「はは、ありがとう。精々精進するとするよ」
そう言って魔王はニコッと微笑む。
「………ほんとあんたって魔王らしくないわよね」
「え、なんだい?」
「魔王って、もっとデカくて、鬼みたいなやつが出てくると思ってたわ」
実際、こいつには負けてしまったが、こんなひょろひょろな弱そうなやつが出てくるとは夢にも思わなかった。
「ああ、普通はそうみたいだよね」
「え、そうなの?」
「うん。大体皆化け物みたいな姿になるらしいね」
「…じゃああんたは何でその姿なのよ」
「あはは………。まあ色々と訳ありでね」
「魔王様はご自分の力でその姿を留めておられるのです」
「っ!!!!」
例によっていつの間にか背後に(略)。
「あんたその急に背後に出てくるのやめなさいよ!!!!」
「あははは」
「お茶の用意ができました」
右手のトレーの上にはティーセット。
「本日はトレント地方の茶葉でございます」
「ああ、ありがとう」
「話聞きなさいよね…」
私の声だけが届いてないのか、気にせずティーカップにお茶を注いでいく侍女。
ゆったりとした動作で目の前に置かれたカップからは優雅な香りが漂う。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って侍女はまた部屋を去っていった。
あいつなんなんだろう本当に。
「…うん、おいしい」
「………」
そして味がちゃんと美味しいのがむかつく。