2話
連れられた場所は、魔王城なりに小綺麗にした小さな茶室であった。
椅子が3つと、クロスが掛けられたテーブル。
その上にはティーセットといくつかの焼き菓子。
「やあやあやあ、早く座って」と魔王は手招きする。
「………」
メイドに導かれるままに、魔王と対面にある椅子へ。
「ただいま、お茶を用意してまいります」
「ああ、頼むよ」
「………」
「あ、紅茶飲めるかな?珈琲もあるけど、どっちがいい?」
「………紅茶で」
「だそうだ。アイヴィー」
「承知しました」
メイドは頭をペコっと下げると、どこかへと消えていった。
「お腹空いてないかい?この焼き菓子はみんなアイヴィーが焼いてくれたんだ。遠慮しないでお食べ」
「あ、どうも…」
テーブルの上に並べられた焼き菓子の数々。
どれも見た目は美しく、そして美味しそうに見える。
「…って食べるわけないでしょ」
「…?」
「敵が出す食べ物食べるやつがどこにいんのよ」
「…あはははは!なるほど!これは一本取られたな!」
何が面白いんだ。上手い事一つも言ってないのに。
「そうかあ…。凄い美味しいのになあ」ポリポリ。
「………」
確かに腹は減っている。
が、何が入っているか分からぬ物に手をつけるわけにはいかない。
「ああ、これも美味しいなあ。チョコが入っているのかあ」ポリポリ。
「…!?チョ、チョコなんて高級な物、なんで」
「ああ、知らないのかい?こっちの方ではよく出回ってるんだよ」
「へ、へえ…知らなかったわ」
「食べるかい?」
差し出された皿には、まだまだ焼き菓子が残っている。
「…ゴクリ」
いやいや、ないないない。
ダメでしょ、どう考えても。
皿を押し返すんだ、私。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…行儀が悪いですよ、人間」
両手で焼き菓子を貪るように食べる私を見て、メイドは蔑んだ目をこちらに向けた。
「うっさいわね、こっちは腹減ってんのよ」ポリポリ。
「大層気に入ってくれたみたいだよ。やはり君の焼き菓子が一番だな」
「…勿体無いお言葉です」
お茶をカートに乗せて運んできた彼女は、ポットからそれぞれのティーカップへ器用に注いでいく。
湯気が昇ると同時に、花のような香りが辺りに広がった。
「うん…。やっぱりこの時期の茶葉が一番だな」
「左様でございますか」
紅茶や珈琲なんて、王国の貴族でも滅多に飲めないのに、こいつらどうやって…。
「さて、冷めないうちにいただこうか」
「………」
「毒は入ってませんから、大丈夫ですよ」
「べ、別にそんな心配してないわよ」
…この女、思考でも読めるのか?
見透かされているようで居心地が悪い。
「せっかくだから、アイヴィーも座ったらどうだい?」
「一応、お客様がいますので…」
「そうか」
「一応ってなによ」
「はははは」
魔王の笑い声が響く。
辺りには紅茶の甘ったるい花の香りと、午後の気怠い空気。
太陽の日差しが窓から差し込んで、適度な陽気が気持ちいい。
平和な時間…。
「まてまてまてまて」
「ど、どうしたんだい」
「どうしたもくそもないわよ!なに優雅にお茶しばいてんのよ!」
「ご乱心ですか、人間」
「私は至ってまともよ!おかしいのはあんたら!」
「まあまあ、落ち着いて…」
私は柄に手をかけ、鞘から聖剣を抜いた。
「剣を抜きなさい、魔王」
「………」
「…魔王様、ここは私が」
静かに腰に差したレイピアを構えるメイド。
「………アイヴィー、下がりなさい。彼女は僕をご指名のようだ」
「魔王様…」
「…ふん、やっとやる気になったようね」
レイピアを構えていたメイドは魔王の後ろに下がり、魔王は椅子から立ち上がった。
「本当はこんなことはしたくないんだが…」
「なに余裕ぶっこいてんのよ。後で命乞いしても助けてあげないわよ」
「…場所を変えよう。部屋を傷つけたくない」
「別に構わないわ」
「…次元転移」
魔王はボソッと何かを呟くと3人の足元に魔法陣が瞬く間に広がり、少しの浮遊感のあとに、気づけば広い草原に移動していた。
「ここなら大丈夫かな」
「………」
見渡す限り、草原の緑と空の青。
人影らしきものもなく、民家も見当たらない。
ここなら最上級殲滅魔法も使えるか…。
「じゃあ…さっそく始めようか」
「…あんた、剣は持ってないの?」
「ああ、そういえば。城に置いてきたかな?僕はこのままでも構わないが」
「後悔しても知らないわよ…」
「その時はその時だ。それに剣はあまり好きじゃなくてね」
「あ、そ…」
その余裕ぶった顔が腹立たしい。
「僕はいつでもいいよ」
「…じゃあ行くわよ」
手加減はしない。
最初から全力で叩きのめしてやる。