No.7
No.7
「ーーービンゴ!」
「先輩? ーーーッ!?」
葵が小袋に手を入れる。
しかしその小袋の容量よりも葵の手が入っていく。手首。肘。肩まで行き。「ん? 入れそうだな…」と言って上半身。下半身と入り。葵の体はすっぽりと小袋の中に入ってしまった。
小袋はパサリと地面に落ち。残された万亀子は何が起きたのか分からず混乱する。
そして葵が取り込まれた小袋に手に触れようとした瞬間。小袋からにゅっと手が突き出てきた。
「ひゃああああああ!?」
「どうした。なんかあったか?」
「どうしたもこうしたもありません! いきなり先輩が小袋の中に取り込まれたかと思えば、その小袋から手がいきなり手が突き出てくれば驚きもします! いったい何なんですか、それは!?」
珍しく蛇神後輩が興奮するように声をあげている。
外側からどう映っていたか分からんが、悪いことをしたな。
「すまん。驚かせたようだな」
「驚きました。で、その小袋は何ですか? 先輩の体が取り込まれましたが」
「外側からだとそう見えたのか……。これの説明だな。正確に言えば違うんだろうけど、こいつはゲームなんかでお馴染みの『アイテムボックス』だな」
「アイテムボックス? 仮想空間に物品を仕舞うことが出来るアレですか? ですがあれらは大概生きた生物は入れられないのでは?」
「だからこの中が空間が拡張されてたんだって。ぱっと見てきたけど、ちょっとした日本庭園みたいになってたぞ」
「それってアイテムボックスって言いますか?」
「俺はそれ以外どう表現して言いか分からないからなんとも言えん。おっとそれよりもだ。すみませーん。そこの美人なお姉さん」
葵は女性兵士に声を掛ける。男達の行動に呆れ返っていた女性達であったが。それでも『美人』などと言われたら反応もしよう。
「「「「なにかしら? ちょっといま美人って呼ばれたのよ。ブスは下がるべき、誰がブスだ! あぁん!!」」」」
……なんかよく分からんが、自分のせいでこちらも、ものすごく殺伐とした雰囲気になってしまった……。って!? なに剣抜いてるんだ!?
「すいません! すいません! そこの人! そこの人来てください!」
俺が適当に近くにいた人を呼ぶことにする。あのままなら確実に斬り合いが始まっていたことだろう。
俺に呼ばれた女性兵士は剣を納めると、高原の花畑にいる少女のように、鼻唄混じりにスキップしながら来る。その様子に他の女性兵士の人達が忌々しそうに「チッ!」と、思いっきり聞こえる舌打ちをして。「自分の方が美人なのに……」と、怨嗟に満ちた声を出して俺を睨んでいたので、俺はそ知らぬ顔をしてスルーすることにした。
「はーい❤ この美人なお姉さんに何かご用?」
自分で美人って……自己主張が激しすぎないか、ここの人達は?
「……はぁ、その、売れそうなものが見つかったので、これって買取りできます?」
俺は15センチ程の一本の水晶を見せる。
「これ、結晶樹の枝ね。この大きさなら、そうね。銀貨五枚。5万リーンぐらいが大体相場になるわよ」
よし。四人分の入門税は確保できるな。
「じゃあこれを売りますんで、それで入門税にしてもらえますか?」
「構わないけど。一度換金してこないといけないから少し時間が掛かるわよ」
くっ……まだ時間が掛かるのか……。はっきり言ってあっちの野郎共の方が、そろそろ死人が出てるんじゃないかって言うような感じになってきてる。早めに納めないと……ええーい! 仕方がない!
「釣り銭とかそう言うのは一切要りません。すぐにでも入れるように出来ないでしょうか。女性兵士の中で一番の美人なお姉さん!」
「あら❤ そう。わかる~❤ 任せて! 一番の美人なお姉さんがすぐに通してあげるから!」
女性兵士はそれだけ言うと、百メートルを九秒台で走る勢いで詰め所の方へ走っていった。
よし! 上手くいった。だがなんかやっちゃいけない手段を使ったような気がするのは、気のせいだろうか?
「先輩ー! 鳳せーんーぱーい!」
「ヒャッホー! そこだ! ジャブだ! アッパーだ! ストレートだ! ん? なにかねー! 葵君!」
男達の乱闘を狂喜乱舞するかのように見ていた鳳先輩に大きな声を出して気がついてもらう。俺の声に気がついた鳳先輩は手に持っていたパンツを旗のように振って応える。
「もうすぐ手続きが完了します。中へ入れます!」
それだけ言うと鳳先輩は頷き。乱闘をしている男達に向かって。
「終了! しゅう~りょうだあ~!」
その言葉を聞いた男達は乱闘を止め。鳳先輩を見る。
鳳先輩も鳳先輩で男達に説明するかのように話す。
「今回は私達が入門税を得るために致したこと。それが得られた以上は金銭を得る必要がなくなった」
しかしそんな説明で欲望に滾っている男達が納得出来る訳がない。「売ってくれ!」「金なら払うから!」と、いまだ目を血走らせ、興奮した状態であった……のだが。鳳先輩が更にこんなことを言い始めた。
「うむ。この下着がそれほどまでに価値かあると言うことが分かったことは皆のお陰。売って上げても良いのだがーーー」
鳳先輩は花も恥じらう乙女のような仕草をしてパンツを握り。
「流石に見ず知らすの男性達に私の下着を売ると言うのは憚れてしまうな」
「「「「………………………」」」」
男達から得も言えぬ。なんとも言い難い沈黙が流れてきた。
しかしそれでも男達の中に居た強者が意を決するように声を出した。
「……だってそれは、そこの美少女の……」
「私はこれを虎徹君の下着だとは一言も言った覚えはないぞ?」
「でも、【無音脱がし術】ってスキルを……」
「出来るが、使ったとも言ってないな」
「じゃあ俺たちは、あんたのパンツを手に入れるために、競りをやっていたのか?」
「そもそも私は競売に賭けたつもりはないぞ。私は『このパンツがいくらだ』と聞いただけだ。勝手に競りを始めたのは君達だな。その上この乱闘騒ぎ。いやはや、これからの君達の処遇はどうなることやら」
にやにやと笑いながら男達に無慈悲の刃を振り下ろす鳳先輩。それに対して男達は唖然とし。愕然とし。そして絶望した。
争いを止め。鳳先輩の言葉を聞いた男達は一人。また一人と、よろよろとゾンビの様にさ迷い歩きながら仲間達のもとへと戻っていく。
しかし仲間達からは、お前の戻るべき場所は最早ないと言うように、冷たくあしらわれていた。
「…………詐欺だ。どう考えても詐欺にしか思えない」
「失礼だな。私は詐欺を行ったつもりはないよ。彼らが私の話をきちんと聞いていれば、このような事態にはならなかったのだ。おおそうだ! そこの君。君が一番このパンツに高額買値を出していたね。入門税は何とかなったが、やはり先立つものはなにかと必要だ。どうだね? このパンツ。先程言った値段で買わないかね?」
まるで私は悪くないと言い放った鳳先輩は、一人の絶望した男にそんな言葉を掛ける。
酷い仕打ちだ……絶望させてた上に更に追い討ちまで掛けるとか。ああぁ、見ろ。「テメェの小汚ねぇ下着なんかいるか!!」と、泣き叫んで走っていった。あ、でも途中で女性兵士の人達に捕まった。得るものはなく。失うものしかなかった可哀想な人達だ……。
「あっはっはっはっ! お金は手に入らなかったが、うむ。まあ良しとしようか。……時に葵君は、このパンツ。いるかね?」
「俺が女性用の下着を持って何をしろと!?」
「ナニをしても構わないよ?」
「するかあああ!!」
☆★☆★☆
「我々はついにやって来た! 冒険者集う町、ヴァンガードへ! うっはっはっは!」
「鳳先輩! 大きな声ではしゃがないでください! ほら町の皆さんが奇異な目でこっち見てるじゃないですか!」
なんとか町に入門できた俺達。行ったことがないから想像でしかないが、ヴァンガードの町並みは古い石造りのヨーロッパ風の家々が立ち並んでいた。
そして道のど真ん中で、高らかに笑いあげる鳳先輩に、その、なんと言うか、皆さん気の毒そうな人物を見るような表情でこちらを見ていた。
「なに、皆我々を歓迎しているのだろう。我々は新たに冒険者になりに来た者だ! よろしく! よろしくー!」
「止めましょう。手なんか振らなくていいから。おいこら! マジやめろ! こっちが恥ずかしいって言ってんだよ!」
町の住人に愛想よく手を振ったり声を掛けようとしている鳳先輩を押し止め。別の場所へと移動していく。
「……ハァ、異世界来てテンション上がるのは解るけど、もう少し大人しくしてくださいよ……」
「ほほう、あの耳の長さは、もしやエルフ! ちょっとあの耳をさわらせてもらえないだろうか?」
「だから人の話聞けってっの! ああもう! しょうがねぇな!」
好き有らば好奇心の赴くままに勝手な行動を起こそうとする鳳先輩。
なあ、一応再確認で言っておくけど、この人うちの学校の生徒会長やってたんだぜ。信じられないだろう。どこの幼稚園児だって言いたいよ。
そんな鳳先輩の行動を止めるのに仕方なく手を繋ぎ移動する。移動先は冒険者ギルド。そこに行って冒険者登録をすれば身分証が発行できる。もっとも他の方法でも出来るらしいが、鳳先輩が「我々は冒険者になる!」と、どこぞの海賊王を目指す人みたいな言い方で、断固として譲らなかった。
他の二人も異論はないようなので、俺一人が反対してもしょうがないと、渋々冒険者ギルドに向かっている。
「とりあえず今日中にすることは、ギルドへ行って冒険者になって、宿を確保して。ああくそっ、宿に止まるんなら金がねぇじゃんか。さっきの女兵士の人に、釣りは要らねとか言うんじゃなかった……」
先程の行動に少し後悔しながらも、小袋を何処に仕舞ったか探しながら、小袋の中にはまだ何か売れるものがないだろうかと考えると。
「先輩。こちらの小袋には、こちらの世界で売れるものはもう無いと思いますよ」
そう言って小袋をこちらに渡してくる蛇神後輩。
「あれ? 俺持って行かなかったか?」
「出てきてすぐさま駆け出して、小袋はそのままでした。なので私が回収しときました」
「そうだったかのか。サンキューな。でもなんで売れるものがないって分かるんだ?」
「置いて行ったあとに私も中に入って確認してみました。中は庭園風で出入口の部屋は東屋ですね。一通り見てみましたが、先輩が持っていった水晶以外はこれと言って金銭になるようなものは無いと思われます。手紙にもそう書いてありましたから」
「なんの話?」
蛇神後輩と小袋を持ち上げて話していると、白南風が興味を持ったのか話に加わってきた。
「ん、ああ、この小袋なんだけど。こっちに来る前に蒼竜に貰ったやつなんだ。使い方の説明とか何にもされなかったんだけど。さっきの入門の時にアイテムボックスじゃないかと思って手を突っ込んだら、この小袋の中に入れたんだよ。で、中が庭園になってて、中に入ってすぐの部屋のテーブルに、水晶と手紙があって。その手紙に「金銭に困ったらこれを売りなさい」とか言ってあったから、俺はその水晶だけ持って戻ってきた。そのあとを蛇神後輩が調べてくれたみたいだ」
「不思議な小袋があるんだね。庭園ってどんな感じなの?」
不思議って、それだけでいいのか? まあスキルとかの意味も知らんようだったから、驚きとかは無いのかな?
それから白南風は中の庭園の中を見てみたいと言うので、蛇神後輩案内で『ふしぎな小袋』と、命名された小袋の中に入って行った。
外から見てると小袋の中に人が入って行くと言う奇妙な現象にビックリした。
「外から見るとこの小さな袋の中に人が入ると言うのは、一種異様な光景だな……」
しかしこの小袋が燃えたとか。池に落ちたとかしたらどうなるんだ? やっぱ中に居る奴も燃えたりするのか?
そうなると、必ず誰かが外で見張ってないと駄目ってことなのか?
うわぁ! そう考えるとこの小袋、一人の時じゃ使えねぇ。
あの蒼竜、俺を人違いで異世界に送るようなポンコツそうな性格だったからな。本人も言っていたけど。便利とか役立つとかじゃなくて、本当に要らないからと言う理由だけで渡してきたんだろう。
それでも他の三柱よりは、まともそうなものを物をくれたからありがたいと思ったけど。感謝するべきか判断に迷うな。
等と他人から貰ったものの評価をしていると、ふと一人やたらと静かにしている人物が気になった。
本来であればこうしたファンタジーグッズを目にしたら、いの一番で「私も同行しよう! なんだか楽しそうだからね!」とか言って、白南風達と『ふしぎな小袋』の中に入っていきそうなのだが。そんな人物が先程からそこに居ないと言うくらいに静かであった。
いやそんな筈は、だってほら、俺こうして鳳先輩の手を握ってるし。体温感じるし。まさか某世界をまたに駆ける三代目の怪盗のように偽物の手を握らされていて、「あばよ葵く~ん! まったなぁ~!」とか言って逃げられていたり……。
「ーーー鳳先輩! ………はいるな」
後ろから付いてきているであろう鳳先輩を確認すると、逃げられているとかはなく。素直に付き従っていた。
しかしなんだろう? 鳳先輩は握られた手を凝視するように。いやどちらかと言えば呆然とするかのように見つめていた。
「先輩? 鳳先輩?」
「………」
反応がない。何か思考の海に没入しているかのようだった。
俺は仕方なしに一度立ち止まる。そうすると鳳先輩も立ち止まったので、もう片方を手を鳳先輩の肩に置き。揺さぶるようにして声を掛けた。
「鳳先輩!」
「ひゃい!? え!? え? あ、葵君ッ!?」
今度は聞こえたようで反応があった。
しかしなんだ。鳳先輩か「ひゃい!?」とか言う、女の子のような声を出したのは初めて聞いたぞ。
「何か考え事をしていたようですけど、いくら手を引いているとは言え危ないですよ」
「……ごめんなさい」
……………………誰この人? 俺の知ってる鳳先輩じゃないぞ。
え? あの人なら「私が考え事をしていようとも、葵君が手を引いていてくれているのだ。私の身に何かあれば進んで盾役を申し出てくれるんだろう? んん?」とか言いそうな気がするんだけど。素直に謝る? 間違ってもそんなことをする人じゃないだろう。つまりはーーー。
「すみません。あなたによく似た、他人に迷惑しか掛けられない。鳳先輩は何処に行きましたでしょうか? 取っ捕まえて今度は手じゃなくて。首に縄を掛けておきます。本当にご迷惑をお掛けしました」
俺は握っていた手を離し。目の前の鳳先輩によく似た人物に深々と頭を下げ謝罪する。
まったくあの人は! いつの間に自分とよく似た人物を捕まえて入れ替わりなんぞしたんだ? 全然気がつかなかったぞ。
「…………葵君。君が普段から私の事をどう思っているかわかる言動だな。まあ私も普段の言動が人からどう見られているかは理解しているが、それはあまりな態度とは思わないかね。んん?」
…………おかしい。目の前の人は鳳先輩のそっくりさんの筈なのに、今度の言葉は鳳先輩そのものであった。
頭を上げ目の前の人物を見ると、腕を組。そっぽを向いて膨れっ面をした鳳先輩がいた。
「まったく。私とて間違った行動をしていれば謝りもするぞ。それをなんだね君は、ちょっと謝っただけで私を別人扱いか」
怒っていると言うよりは拗ねていると言った態度の鳳先輩。
そんな鳳先輩を見て。変に素直に謝られた姿よりは、こっちの姿の方がらしい姿と妙に納得してしまった。
「聞いているのかね? 私は大変ご立腹だ!」
「ハイハイ。すみませんね。鳳先輩の態度がいつもと違ったんで別人かと思っただけなんです」
「なんだね!? その態度は! まるで謝る気がないな君は!」
「歩きながらでも謝りますんで、とりあえず先行きましょう。はい」
俺は先程と同じように手を握って鳳先輩を誘導するように手を差し出す。
「なんだねその手は?」
「うろちょろされたり。迷子になったりしたら大変でしょう。さっきと同じように手を繋いでいきますから手を出してくださいってことですよ」
「私は幼稚園児かね!?」
「似たような……いえ何でもないです。とにかく手を出してください」
「そこまで言ったら最後まで言うのが筋であろう!? くうっ……あぅ……」
差し出した手に狼狽して、目を泳がせる。鳳先輩らしからぬ態度に訝しんだ。
あちこちささ迷わせていた目が何かに気がつき。
「そ、そう言えば虎徹君や万亀子君はどうしたのかね? も、もしかして彼らは迷子かね?」
それはあたかも今気がついたかのような言葉だった。
「いや迷子な分けないでしょう。二人はこの『ふしぎな小袋』の中に入ってますよ」
「ん? そんな小袋に二人が入れるわけがないだろう? 葵君。私をからかうにしてももう少し面白味のあるものあるものの方が私は好きだぞ」
俺が掲げて見せた『ふしぎな小袋』に訝しむ鳳先輩。
ええっとこの人もしかしてさっきのやり取りまったく聞いてなかったのか?
俺はそう思い。説明をしようとしたときに『ふしぎな小袋』の出入り口で良いのか? の部分から白南風の頭だけが飛び出てきた。
「大変! 大変だよ辰巳くん!」
「……どっちかって言うと、今のお前の方がなんか大変な絵面になってるぞ」
なんだよ生首だけの登場って。確か昔に植え木鉢から生首生えてくる美少女ゲームが在ったよな。
「この中に人が居たんだよ!」
「はあ? なに言ってんだ?」
次回は11月4日の更新となります