互いの条件
藤宮を最強の美少女にしてやる! なんてさも簡単に言い切った訳だが、今の状況には頭を抱えたくなるぐらい苦悩している。
「さて、とりあえず第一目標は決まったわけだがここからどう先手を打てばいいんだ。藤宮」
「それを私に聞くんですか? 何か考えがあったんじゃないんですか!?」
半ばあきれ顔の藤宮を品定めするように俺は顎に手を当て考える。確かに考えはあるが、そこまで細かな作戦を立てていたわけではない。俺は勝負師でもなんでもないからな。先が読める訳でもニュータイプでもない。至って平凡な男子高校生。
「大雑把だがな。とりあえず藤宮には師匠なる者が必要なんだ。つまり個性を伝授してもらう相手のこと」
「は、はあ…」
分かっているような分かっていないようなリアクションを取りながら藤宮は中途半端に首を傾けた。理解出来てないな。端から見れば俺の発言頭おかしいもん。
「そんで肝となるのがその相手だ。俺が標的に捉えているのは、青葉、峰岸の二人で彼女らの類いまれなる才能を譲り受けようというのが俺の目論見」
「は、はい!」
俺の発言を受けてピシッと手を上げた藤宮に続きを目線のみで促した。藤宮は言っていいかどうかの判断に迷っているのか口を開けては閉め開けては閉めを、繰り返しやっと決心がついたのか話しだした。
「話半分ですが何となく里中さんの言いたいことは理解しました。だけど一番大きな問題があります。青葉さんと峰岸さんは私の恋敵となるんじゃないんですか?」
藤宮の問いに俺は頷く。青葉と峰岸は藤宮の意中の相手の悠人が好きだ。つまり自然とこの三人は敵対関係に陥ってしまう。もしもその事を伝えたら二人は協力なんてしてくれないだろう。
「そこなんだよなあ。ったく! 盲点だったぜ。完璧と疑わなかった俺の計画にヒビがはいっちまうなんてな」
「盲点でもなんでもない気がするのですが……やっぱり里中さんもどこか抜けてますよね」
藤宮の失礼な発言は聞かなかった事にして再び意識を集中させ考えを巡らせる。こちらにリスクがないというのが最大のリスクかも知れない。ならば交換条件を持ちかけるのはどうだろうか?
その条件ならどちらが有利というわけではないし、考えうる限り最良な選択だろう。ただ見合う条件が思いつかない。代わりに悠人とデート1日券なるものはどうだろうか。いや、それでは何かの間違いで仲が進行してしまう恐れがある。
それでは本末転倒だ。なにより悠人をダシに勝負を持ちかけるというのが俺のプライド的に許さない。倫理的に駄目だろう。
「廊下でブツブツ呟いてなにやっているんだ?」
「ん? って! 峰岸かよ!?」
タイミングがタイミングなだけあって露骨に驚いてしまった。俺の不審な態度に峰岸は訝しげな視線を俺に向ける。
「そこまで驚くことないだろ。廊下で一人言を呟いていたから人が心配してやったというのに」
「そうなのか……。悪いな。ちょっと考え事しててさ」
「なんだ? 何か悩みでもあるなら私が相談に乗るぞ?」
峰岸は厳しい家系で育ったこともあり、責任感が非常にある。もし剣道部の主将を務めてなく、更に剣道に集中させたい意向を峰岸家が全面に出していなかったら生徒会長は峰岸だっただろう。
「悩みって言っても直接的に俺に関係するもじゃないんだけどな」
横で峰岸の威圧感に圧倒されて俯きがちの藤宮を見る。峰岸は何やら強者独特のオーラをまとっているらしく、初対面やあまり関わりのない生徒は峰岸に近づこうとしない。決して彼女が嫌われていると言うわけではなく、皆が雲の上の人物と見てしまっているのだ。
「彼女は? 里中の彼女か?」
「なわけあるか。相談相手みたいなもんだよ」
藤宮に聞こえないよう耳打ちで俺に伝える峰岸。なんだかくすぐったい上に峰岸の良い匂いが間近に感じられて鼓動が早くなった。離れた瞬間に峰岸が企みを含んだ笑みを見せてきたからからかわれたのかもしれない。
「して彼女の悩みというのは?」
やっぱりそういった流れになっちまうよな。藤宮に伝えてもいいかとジェスチャーを送ったが本人未だに峰岸に縮こまっていて答えられそうにない。ならば勝手だが自分から話しを進めてしまおう。
「あんま驚かないでほしいんだけどな。実は藤宮は悠人の事が好きなんだよ」
「さ、里中さん!」
「ほお……」
我に返り俺を止めようと藤宮は一歩前に慌てて出たが、異彩を放ったキレ目の峰岸に見つめられまた立ちどまってしまった。あの目は見覚えがある。
剣道で相手と向きあった最中に必ず見せる威嚇。相手を徹底的につぶすと決めた時に見せる表情だ。つまり今この瞬間に峰岸は藤宮を敵と認識した可能性が高い。
焦りで汗が吹き出す。万が一の為と俺は藤宮と峰岸の間に割って入り笑顔を造る。
「ま、まあそんな感じなんだよ。だけど藤宮は見た目通り普通の女の子だろ? だから悠人がまったく振り向かないからどうしようかって話になったんだよ。そこにちょうど峰岸が表れてくれたわけだ」
「私が表れたからなんだというんだ。弔い合戦をお望みか?」
なんでそうなるんだよ。っていうかどうして右手が竹刀袋に伸びてるんですかね? つーかさも当たり前のように学校で竹刀を持ち歩くな。学校で優秀な生徒だからって学校甘すぎだろ!
「誰の弔い合戦だよ。違くて、峰岸に剣道を教わって藤宮を少しでも変えたいってことだよ」
勿論剣道を教わって剣道が上手くなるようになることが目的なわけではなく、その間に、峰岸とふれあって藤宮が峰岸から何かを感じ取れればいいって戦法だ。割りと画期的だろ。俺だって考えなしに進んでるわけじゃない。
「勿論、俺達だけ得するなんて不公平だから峰岸の言うことは何でも聞くぜ。 悪い話じゃないだろ。スポーツマンシップに乗っ取ってるはずだ」
俺の発言に形の良い眉をひそめ、少し思案顔を浮かべる峰岸。あれだな。美人って本当に何しても似合うんだな。
「悪くない条件だな」
「だろ? 損はないはずだ」
「ただ、スポーツマンシップならばこちらの条件も呑んでもらおうか? そうだな……剣道勝負で私から一本でも取ればいいというなら条件を飲むぞ。もちろんそっちは一本無しでいいぞ」
「え?」
峰岸の突然の提案に俺も藤宮も難色を示す。いくら一本がないと言っても峰岸は日本でも有数の実力者。天と地がひっくり返ったとしても素人の藤宮が敵う筈がない。スポーツはそんなに甘くない。ビギナーズラックなんてありえないのだ。
「いや……でも藤宮は見た通り部活にも所属してないし無理だろ」
無茶な条件を突きつけるなんて峰岸らしくない。彼女は正々堂々をモットーにしているほどまっすぐな女の子だ。そんな意地悪な提案をするはずがないのに。
それとも藤宮が悠人に好意を持っていると知って怒っているのだろうか。
「なにを言っているんだ?」
「えっ?」
様々な思惑を巡らせていた俺に何故かすっとんきょうな声音を出す峰岸に俺も首を捻る。
「私はお前と勝負したいと言っているんだぞ。里中」
峰岸はさも同然とばかりに俺に竹刀を突きつけた。ええー真面目にっすか!