1歩が踏み出せない
屋上と言われて連想するのは告白だ。女の子に呼び出されたら普通の男子高校ならそういった妄想でテンションが上がってしまうのだろう。
だが、今の俺はむしろ憂鬱でこれから起こる事態を想像して更に気が滅入ってため息が自然と出てしまう。さすがに余計なお世話だったのだろうか。
食堂で視線が交錯した瞬間に彼女は俺の意図に気づいたのだろう。
俺なりの親切だったのだが、心の準備も無しに想い人の意中の相手を聞きたくはなかったのかもしれない。だから俺はこれから藤宮ちえりに言われるのだろう。
――正直言ってありがた迷惑です。筑見君には自分から告白をするので今後一切あの様な行為はやめてください。
なんて冷たい眼差しで咎められるのだ。確かに俺はデリカシーというか相手の気持ちを上手く理解できない節がある。
昔一緒に住んでいた親に喜ばれるだろうと散らかっていた部屋を隅々まで掃除したのだが「勝手なことをするな。どこに何があるのか分からないじゃないか」と説教されたことがある。
これに関しては一概に俺だけが悪いわけでは無かったのだが、その頃の俺は親とは仲良しであるべきだと考えていたためひたすら自分を叱咤するしかなかった。
今となっては笑い話だけどな。笑えねえけど。そのせいで俺は小学校に入る迄には完璧にひねくれて『信頼』や『友情』なんて存在しないと疑わなくなっていた。悠斗と青葉に会うまではな。
その悠斗は四人の美少女に拐われるように先に下校していた。おそらく一直線に帰ろうにも帰れず、また近くの喫茶店やらで女の子達と会話をする羽目になっているかもしれない。
「二人だけっていうのは新鮮だな」
「あっ! さ、里中君お疲れ様です!」
屋上の扉を開けて、すぐに藤宮の後ろ姿が見えたので気さくに声をかけると肩をビクリと上げ慌てて振り向いた藤宮が俺に45度ぐらいの角度のお辞儀した。お前は新入社員か何かか。
「ここに呼び出したのは悠斗に関して言いたいことがあったからだろ?」
「……え? あっはい。そうですね。確かにそうなんですが」
曖昧な発言を返す藤宮に俺は片眉を上げる。話しは悠斗だけじゃないといった感じの態度だ。
「俺が軽はずみな対応をしたからそれを注意する為に呼び出したんだろ? なら安心しろよ。俺はもう首突っ込まないからさ」
「い、いえそんな。私は別に里中君を非難する気はないですよ? 確かにどうして悠斗君にいきなり好きな子を聞いたのかは気になりますが」
両手をバタバタと振る動作は必死に誤解を解こうとしているように窺える。つまり今の藤宮の言葉に嘘はないって事だ。
しかし改めて間近で藤宮を見たが、やはり彼女の容姿や性格は地味だ。キッチリと上まで閉じられたボタンに一切の校則違反のない身なり。ふわっとした黒髪のセミロングが横に揺れて、それを抑えるように髪を触った手は俺の手よりはるかに小さい。
くりっとした大きな瞳は小動物めいていて可愛らしいのだが振る舞いも小動物でせっかくの大きな瞳が伏し目がちになってしまっていて魅力半減だ。自分に自信のない現れだろうけれど、客観的に見て容姿は中の上なのだからもう少し自信を持ってもいいと思う。
だが、彼女が自信を無くしてしまうのも仕方ないのかもしれない。いつも眺めている悠斗の周りには信じられないぐらいのデタラメなスペックを持った美少女や下手したら芸能人よりもかわいい顔をした幼馴染が常に側にいるのだ。
そんな光景を毎日眺めていたら自信が持てなくなるのもしょうがない話だろう。
「なんであんな行動を起こしたかって言われると、簡単に言えば藤宮にチャンスを与えたかったからかな」
「え?」
「だって、お前悠斗の事を見つめてるだけで一向に話しかけにいこうとしないだろ? だから俺が背中押してやろうと思ったんだよ」
俺がそう言い切ると、藤宮は小さなため息を吐いた。自分の消極的な態度を自覚していたのか悲壮な表情を浮かべている。
「あんなかわいい女の子達といつも一緒にいる筑見君に話しかけるなんて無理ですよ」
スカートの裾をはためかせ藤宮が手を後ろに組みながら俺に笑顔を見せる。悲しい笑顔だと俺は内心思ってしまった。
「いいんですよ。私はただ見ているだけで。楽しそうな筑見君を見ているだけで私も幸せで――」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
言葉を遮るつもりなんてなく、むしろ藤宮の気持ちを尊重しようとさえ先程まで考えていたのに自然とそんな台詞が口から出てきてしまった。
「見ているだけで幸せ? 嘘付くなよ。自分の心の痛みを隠す為に虚言で傷を塞ぐなよ。幸せなわけねえだろ。ならどうしてお前はそんなに悲しい笑顔を作れんだよ」
熱くなっていた。まるで自分を見ているようで嫌になった。悠斗と青葉が仲良く寄り添っているのを後ろで見て、これでいいんだなんて思っていた自分を見ているようで腹が立った。
俺の豹変に藤宮は目を見開いて視線を外した。それでも俺は藤宮を逃がさないように結構な力で肩を掴んだ。
「そりゃ悠斗はモテるよ。一番近くにいる俺がそれは保証する。しかもとびきり美人だ。先生だって悠斗を気に入ってる。地味な藤宮はそりゃあ不利だよ」
体全体が熱い。藤宮が肩を振るわせているが、それでも止まらない。
多分俺と藤宮は同じなのだ。嘘つきで装って自分を守っているのだ。
誰もが恋を友情を賛美する。けれどそれは勝ち得た者だけだ。敗北や失ってしまった者のことをを誰も気にも止めない。ただ、それでも怖じ気づかずに前へ進む一歩が大切なんだ。
惹かれたって引かれたっていいだろ。前進出来たと自分に胸を張れるのならば。今の下を向いてばかりの現状よりはよっぽどいいだろ。
「相手が半端なくかわいいからってそれで果たして負けると思うか? ふざけんな。人間は外見じゃねえ。俺を見ろ。イケメンだと周りからは称されるがただそれだけだ。自慢じゃねえが全くモテねえ」
リングに上がらなきゃ結果なんて分からないんだよ。藤宮。
どうだ? 伝わってるか? 駄目か? 俺の言葉めちゃくちゃになってるもんな。
「ようするにだ。俺はお前に協力する。悠斗が振り向く素晴らしい女の子に藤宮を鍛え上げてやる」
「え?」
話が理解できないのか藤宮はパクパクと口を開くがそこから一向に言葉は出てこない。まだだ。ならもう一言付け加えてやる。
「俺がお前を最強の美少女にしてやるよ!」
メインヒロインじゃないからなんだよ。主人公じゃないからなんだよ。んなもん頑張ればいくらでもIfなりで主役張れるっつーんだよ。
責任を取るどころか無責任の上塗りになる可能性大の俺の言葉に、藤宮ちえりはまっすぐに俺の目を見て、決意を示すように胸の前で左右の手をしっかりと握りしめて答えた。
「お願いします」
か細い声だがそれでも節々に力を感じて俺は
「よく決意した。お前は頑張ったよ」
と軽く藤宮の頭を撫でた。