主人公は俺じゃない
俺の周りには女の子がたくさんいる。それも学校で間違いなく上位に位置している程に華やかな容姿を持った女の子達が。
毎朝、通学路を歩きながら楽しく会話をする幼馴染や才色兼備で学校のアイドルと称されている金髪の美少女。自堕落だが美人で巨乳な教師。そんな個性を持ち合わせた人達が俺の周囲を渦巻いている。
現実では「ねーから」とバカにされてしまうだろうが残念ながら全て現実で起こっている。
ただしその女の子達を渦巻く中心・発生源は残念ながら俺ではない。俺もその渦巻いている中の一人に過ぎない。
筑見悠斗つくみ ゆうとは、言うならばギャルゲ主人公の様な存在だ。
童顔で身長もそれほど高くなく、だからといって運動神経がある訳ではない。
客観的な事実として言うなら俺の方が圧倒的にイケメンだ。身長も180を越えているし。
だが俺、里中珪さとなか けいに彼女達は一切目もくれない。
「悠斗」
「悠斗君」
「ゆう君」
いつも側で名前を呼ばれるのは悠斗だ。俺の存在は添えもののような扱いで悠斗がいない時に
「悠斗どこにいる?」
「ゆう君いますか?」
話しかけられる程度。お母さんか何かですか俺は。あんなモテ男に育てた覚えはありません!
長々と語ってしまったが簡単に言えば俺は『主人公の友達』ポジションでもっと辛辣に説明するならばモブだ。
そんな理不尽な青春を送っている俺だが悠斗を恨んでいるかと聞かれれば「それはない」と即答出来る自信がある。俺と悠斗は幼馴染だ。恨んでいるならとっくの昔に縁を切っている。
そんなポジションだと自覚していながら俺が悠斗の側にいれるのはやはり悠斗の人間性と一つの恩があるから、と言っておこうか。
◇◇◇
「おはよっ! 悠斗!」
鮮やかな茶色に染まった長髪を左右に振りながらパタパタと駆け寄ってきた女の子は、青島青葉あおしま あおば。俺と悠斗の幼馴染だ。
「俺に挨拶はねーのかよ」
「起きた時にメールで言ったでしょー」
「俺がお寝坊さんのお前を気づかって目覚まし代わりにしたメールでな! なに一人でちゃんと起きれましたみたいな顔してんだコラ」
素っ気ない顔で俺に背を向けた青葉は俺のしかめ面を気にもせずに笑顔で悠斗にピンク色の何かを手渡していた。
「あ、ありがとっ」
「いいのいいの! 私が好きで作ってきてるんだし」
お礼を言う悠斗に笑顔で青葉はぶんぶんと顔の前で手を振る。青葉が手渡したのは手作りのお弁当だ。学校がある日は毎日悠斗の為に青葉は料理を作っている。
それはどうしてか。青葉は悠斗の事が好きだからだ。実際に口にしてはいないが態度や表情を見ていれば長年近くにいる俺なら分かる。
彼女は悠斗だけにとびきりの笑顔を見せる。見ればおそらく誰もが顔を赤くして目を背けてしまう様な笑顔を。
今しがた俺に見せていた素っ気ない表情も悠斗を見た瞬間には消えていた。彼女は悠斗が側にいれば幸せなのだ。笑顔になってしまうのだ。
たが、残念なことにその笑顔を俺は正面から見たことはない。
「っていうかお前ら家が隣同士なんだから一緒に登校すればいいじゃねーか。いつも遅れる青葉を待ってたんじゃ効率悪いしよ。俺じゃなくて悠斗が起こせばいいだろ」
「えー……」
俺が悠斗に仏頂面で言うと、悠斗は不満気に唇を尖らせた。
「今までのスタイルを崩すのは嫌なんだよね。僕が待ち合わせ場所に一番先に来て次に珪。暫く会話して少し遅れて青葉。このローテーションは小学校から続けてきてたじゃん」
「そりゃ、まあ。そうだけどさ」
頭をガリガリと掻きながら俺は悠斗の言葉に肯定した。確かにそこから1日のリズムが始まっていたからいきなり変えるとなると抵抗感は沸いてくるか。
「でもさあ……」
「なにかな? 珪?」
「いや、なんでもない。そろそろ行くか。ただでさえ青葉のせいで始業時間迫ってるしな」
「ちょ、ちょっと! なによ。その私が悪いみたいな言い方っ!」
「お前が悪いんだよ!」
もはや恒例となっている口喧嘩を校門前まで繰り広げた俺達だが悠斗が仲裁に入ったおかげで休戦となった。
悠斗と青葉と別れて教室に入った俺は喧嘩の疲れもあった為わき目もふらずに窓際にある自分の席へと腰かけた。ダランと両手を下げて全ての力を抜くと、自然とため息が溢れた。
悠斗に言おうとして止めた言葉が胸の中でつっかえている。
――俺は、悠斗と青葉の邪魔になっているんじゃないか。
そんな言葉が俺の気分を憂鬱にさせた。
◇◇◇
「悠斗君、食事中に悪いが少し時間をもらっても構わないか?」
「ああ、峰岸さんか。うん、大丈夫だよ? それで用件はなにかな?」
俺と悠斗は学食に来ていた。俺はパンをほうばり悠斗は青葉手作り弁当を食べていた。そんな時に一人の女の子が話しかけてきた。
峰岸みねぎしあかり。岩郷いわさと学園の生徒会長で容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀の非の打ち所がない女の子だ。彼女は基本的に生徒とは話さない。
住む世界が違うと周りから評価されていて、裏ではファンクラブが作られているという話だ。話しかけようとした者は後に痛い報復を受けるとかなんとか。そのせいか彼女に話しかける勇気のある者は誰もいないのだ。
峰岸も性格からか誰かに話しかける様な姿勢はしないため彼女の周辺にはいつも人がいなかった。そんな峰岸が唯一、自分から話しかける人物が悠斗なのだ。
「いや、用件というか……その、渡した紙の感想を聞きたくてな……」
「あ、ああ……うん。それか。その返事だったら放課後にちゃんとするよ」
「そうか。返してくれるなら問題ないんだ! それでは、わたしはこれでっ! 邪魔したな」
去っていく峰岸に軽く手を振って峰岸が見えなくなると悠斗は小さくため息を吐いた。俺はそんな悠斗を見ても何があったのかは聞かない。
言わなくても分かっているからだ。悠斗は峰岸にラブレターを手渡されているのだ。しかもおそらく何度もだ。
そんな悠斗も律儀に何度も直接断っているのだろうが、峰岸は諦めないのだろう。やれやれ主人公っていうのも楽じゃねえな。
俺は何となく後ろを向く。気配というか視線めいたものを感じ取ったからだ。ここ数日似たような現象が起きるのだが決まって後ろに同じ人物がいる。
その人物は髪をセミロングにまとめて目は大きくもなく小さくもない。容姿を評価するならば、青葉や峰岸には遠く及ばないものの普通よりは少し上といったところ。視線の原因は間違いなくこの娘だろう。
そんな彼女が見つめていた先は当然悠斗だろう。そんなに好きなら悠斗と話すキッカケを与えてやろうかとも考えたがやめておこう。
彼女は絶対に悠斗とは付き合えない。
なぜなら、青島青葉や峰岸あかりと違って彼女はどうしようもない程に普通なモブキャラだったからだ。