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勇者の私が今じゃ子供にすら勝てない


私は誰よりも強かった。

これは驕りなどではなく、ただただ事実としてそうだった。


誰もが私にはついてこれなかった。


至高の獲物を狩るべく挑んだ魔王戦。

運良く打ち勝つことができたが、魔王やつの死に際の一撃は時空を歪め、私は時空の狭間に身を投じた。


「我はいつかきっと其方を倒してやろう--」


狭間に身を投げ打たれる際、血を吐いた魔王の最期の言葉がなぜか耳にこびりついた。


時空の狭間であっても敵は沸く。

来る日も来る日も敵と戦い、どれだけの時間が過ぎ去っただろう。


魔王戦で傷つき流れた血は癒えることなく。

新しく増える傷でボロボロであったが、私は敵を屠るのを止めるわけにはいかなかった。


それは私の血となり肉となるのだから。

誰の所へも行かせはしない。

全て私のもの。私が倒すのだ。

そう思ったからだ。


ある日、暗い時空の狭間に急に光が差した。

私はなすすべもなく、その光に飲み込まれ……。



***



「なんでよ、おかしいわよ!」


今日も今日とて私は地面にひれ伏して、泥だらけになりながら掠り傷を増やす。


納得できない。

どうして?どうしてよ?!

なんで、私がこんな風に手も足も出せないわけ?!


「おかしくねえっつうの。むしろおかしいのはお前の頭だろ?毎日、毎日なんで負けるって分かってて挑んでくんだよ」


ため息を吐きながら、呆れ顔を隠そうともしないのは、今年御年11歳の少年、コーダ。

くそ生意気な悪戯小僧だ。


「この時代の人間は強すぎるのよ!」

「時代のせいにすんなよ。お前がとびっきり弱っちいんだっつうの」


コーダの言い分はおそらく正しい。

というか、私も納得せざるおえない。


だって、私はコーダに勝てないけれど。

コーダはこの村の中じゃ一番弱いのだ。

力のない子供にすら負ける私。泣きたい……。


「ホント、森の中で倒れてたお前をカル兄ちゃんが見つけてくれて良かったよな。そのままじゃ間違いなく森で死んでたぞ」

「確かにね。カルさんには感謝しているわ」


魔王の最後の攻撃によって時空の狭間に囚われた私。

そのまま、あの空間で戦い続けたけれど。ある時、光に飲まれたまま気を失った。


次に目が覚めた時にはこの村で治療をしてもらっていた。

倒れた私を見つけて運んでくれたのは、この村のカルさんという好青年だったらしい。


意識がないままに魔物に襲われたなら、私はきっとそのまま死んでいたのだろう。

まあ、そうじゃなくても。この時代は相対的に全ての生き物のレベルが高くなっているせいで、私は何も抵抗できずに食い殺されたに違いない。

……ああ。自分が今の時代じゃ子供にすら勝てないくらい弱いという事実に心が打ちのめされそう……。情けなくて泣きたい……。


「というか。どうしてこんなに強くなってるのよ!私と肩を並べて戦えるようにしたいって、もうとっくに私を追い越しちゃってるわよ。むしろ私が足手まといよ!」


つい先日、この村の子供と一緒に聞いた伝説の勇者の物語。

500年前になってしまった私のお話。

むずがゆいし、居心地悪いしで悶えたくなったわよ。

美化されまくって、誰のこと言ってるのよって感じだったわ。


そもそも私が魔王を倒しに行ったのだって、魔物のお肉は美味しいって教えてもらったからなのに。魔物の王様なら、今までのお肉以上の美味しさに違いないって思ったからなのに。

町を襲う魔物を倒したのだって、食料だわってはしゃぎすぎちゃっただけなのだ。

倒した魔物の肉は自分のものでしょう?さすがに一人じゃ食べきれないほど倒したときには、それを町の皆で分け合うこともしていたけれど。

そんなことを繰り返していたら、いつの間にか勇者って呼ばれるようになって。あれよあれよと祭り上げられただけなのよ。


美味しいご飯のために一人で魔物を屠り続けた結果、誰よりもレベルが高くなっただけなの。孤高を謳ってなんかいないし、それに何か寂しさを感じた事なんてないから。

一人に押しつけてただなんて、本当にそんな事実はないっていうのに。私、内心で一人でお肉を独占できてラッキーくらいにしか思ってなかったわよ。


「この前、オレお前に勝負挑まれてるせいでカル兄ちゃんに怒られたんだからな」

「それは……悪かったわね」

「悪いと思うなら明日はオレのとこに来ないでくれよな」

「それは無理ね」

「なんでだよ?!」


だって、私が勝てるとしたら最弱のコーダしかいないからだ。

村の大人は軒並み私よりも高レベル。

コーダも私よりもレベルが高いけれど、大人に比べれば低いし。力試しの相手にはうってつけなのだ。


「ユーフィリアさん。ここにいたのですか?」

「あら、カルさん」

「うげっ!」


立ち上がって土埃を払っていると、背後から優しげな声がした。

ちなみに、焦ったような声を上げたのは目の前のコーダだ。


「オ、オオレ、今日の仕事があるからもう行くからな!じゃ、じゃあなっ」


どもりながら。コーダが走って逃げていく。

変な子。

それにしても、足が早いな……。私じゃとても追いつきそうもない。

これも高レベルの恩恵かっ!く、悔しい……。


今の弱い私のままじゃ、美味しいお肉になんてありつけないわ!もっと強くなってお肉を確保できるようにならなくっちゃ。


「今日もコーダに虐められたのですか?まあ、ユーフィさん弱いですから、毎日毎日虐められても仕方ないでしょうね。それにしても、分かっていてコーダのところへ行くのは、もしかしてわざとですか?それとも学習能力がないのですか?」

「そもそものところ、私は虐められてはいませんよ?」


カルさんは私のことを心配しているらしい。言葉だけを額面通りに受け取ると、なんだか嫌みっぽいけど。

でもカルさんったらいつも、私の全身をすごく心配そうにチェックしているんだもの。今だって私に話しかけるのと同時に、私の左手を自然に取って怪我の有無を確認を始めたし。

だからきっと、口ベタな人なんだろうなって思っている。こんなに行動で心配を顕わにしているのだからね。


左手のチェックが済んだのか、次は右手の検分に入っている。

そして急に、キッと軽く睨み付けるように私の顔を見上げた。


「この指のささくれはコーダにやられたのですね」

「いえいえ、ただ乾燥しているだけですよ」

「……今度クリームを渡しましょう。全く脆弱ですね」

「ありがとうございます?」


人差し指の爪の横の小さなささくれ。むしろそんな些細なものをよく見つけたなと思う。

それに、たったそのくらいのものに対してクリームを貰ってもいいのかしら?と、ちょっと迷いながら頭を下げた。


「まあ、そんなことよりも。さっき森で大物を仕留めたのです。一人じゃ食べきれないほどのご馳走が作れるでしょう」

「大物ですか。すごいですね!ご馳走いいなぁ……」

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。きっと一人じゃ食べきれないほどの量が作れると思いますよ」


たくさんの料理。

私の感覚としては、つい最近まではそんな食事ばかりしていたのよね。

単純明快なことに、たくさん獲物を狩れればたくさん食べられる。


ああ、想像したら涎が……、じゅるり。


「くっ。そんな顔しないでください。……食べに来ますか?」

「いいんですかっ?!あっ、でも……私が行っては迷惑では?」


ご馳走という甘美な響きに思わず頷きそうになるけど、なんとか理性でそれを押しとどめる。

きっとカルさんだって自分で仕留めた大物は、自分だけで食べたいだろうしね。独り占めするお肉がすごく美味しいことを私は知っている。


「今のユーフィリアさんが遭遇したら即死でしょうが、僕ならあのくらいの魔物難なく倒せる程度ですから。別に迷惑ではないですよ」

「そ、そういうことならっ。お邪魔してもいいですか?」

「っく。どうぞ」


カルさん、私のこと助けてくれたし。私にご飯を食べさせてくれるし。ご馳走がつくれる獲物を狩れるほど強いし。

なんていい人なんだろう……。口ベタだけど。


本当にカルさんって優しい!こういう人を勇者って呼ぶべきだわ。

私みたいにご飯のことばかり考えてるようなのとは大違いよ。


「あっ、ユーフィねえちゃんいたー」


感動していると、この村で一番幼いアルルが向こうで大きく手を振っているのが見えた。


ぽてぽてという音が聞こえそうな足取りで、見ていると癒やされる。

しゃがみ込んで待っていると、アルルは短い足で走って私の胸に飛び込んできた。


「しんぷさまが、ねえちゃんのことさがしてたよー」

「分かったわ。ありがとうね」

「どういたしましてー」


可愛くて思わずアルルの頭を撫でる。

ああ、目を細めて笑ってる姿は天使ね。本当に可愛いわ。

アルルは将来、決して私みたいに食い意地ばかり張った女性にならないでね、と内心で願いを呟く。


私は勇者というよりも、ただの食いしん坊。こんな残念な女にはならないでね、とほほ。


「夕方にカルさんの家に伺いますね。私、神父様のところへ行ってきます」


名残惜しく思いながらも、アルルから手を離す。

そしてカルさんにそう残して私は教会へ向かうことにした。


きっと、私が神父様にお願いしていた勇者の資料の話がしたかったのだろう。

この500年で、私のことをどれだけねじ曲げられて伝えられているのか興味があったのよ。……どれだけ美化されているのかと考えると恐ろしくなるわね。


今じゃ、伝説の勇者は村の子供にすら敵わないっていうのに。

美化されればされるほど、今の私がダメ人間だと感じるからやめてほしいわ……。


思わず出たため息は、今の私の諦念の証だ。


***


「カルにいちゃん、ユーフィねえちゃんがすきなのー?」


ユーフィリアを見送った後。

残されたカルとアルル。


アルルはいつまでもユーフィリアの後ろ姿を見送っているカルに話しかけた。


「そっ、そんなわけないでしょう」

「かくさなくっていいんだよ。じぶんにすなおにならないとね」

「……どこでそんな言葉を学んだのですか。あと、僕は本当にユーフェリアさんに好意などっ!」


全然説得力のない動揺ぶりで、3歳児につっかかる大人の男性。

端から見れば完全に危ない場面だ。


「じゃあカルにいちゃん、ユーフィねえちゃんのことどうおもってるの?」

「僕は」


カルはそこで一区切りをつけたあとで、大きく息を吐き出した。

すこしだけ冷静な色が瞳の奥に宿る。


「まあ、どうせ3歳が何か言ったところで誰も信じませんしね。いいでしょう」


カルは、声をわずかに潜めて囁いた。


「僕は彼女を倒すのですよ」

「たおすー?コーダにいちゃんが、ユーフィねえちゃんよわいっていってたよ?」

「今度会ったらコーダには何かお仕置きをしておきましょう」


コーダ少年の知らぬところで、彼の過酷な未来が一つ決定した。


「まあ、確かに今は相対的に弱く見えますがね。でもいつか必ず倒すと決めていたのです。昔にそう宣言したのです」


それは遠い昔、カルが放った最期の言葉。


「それがっ--」

「それが?」

「なんなのですか、あの弱さ、あの脆弱さ。あの可憐さ!庇護欲をそそるというのは、ああいうことを指すのですか?!あの時はそんなこと感じもしなかったのに」


カルの独白は止まらない。

むしろやや暴走気味だ。ノンストップである。


「さっきだって、弱いということを嘲笑うつもりだったというのに。クリームを渡すことと、家でご馳走を振る舞う約束をしてしまいました」


小さく頭を振ったカル。


「何がどうなって計画が崩れてしまったのでしょう」

「それがこいよ」

「そんなはずないでしょう!……全く、本当にどこでそんな言葉覚えたのだか」


カルは本気で不思議そうにしているが、アルルがカルを見ながらキャッキャッとはしゃいでいる。

女はどんなに幼くとも女である。恋バナが好きなのだ。



さて、カルがユーフィリアへの気持ちの名を自覚する日はくるのだろうか。

そもそも、カルがユーフェリアに正しく嫌味を伝えることはできるのか。勝てる日はやってくるのだろうか?




*****


いつの時代であろうとも。

ユーフィリアは、勇者である。


勇者とは。どのような形であれ、魔王を打ち倒す存在だ。




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