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村に勇者を名乗る弱っちい女がやってきた


勇者とは。魔王を打ち倒す存在だ。


伝説の女勇者、ユーフィリア。


彼女の偉業は永遠に語り継がれ、彼女を愛する気持ちは永劫受け継がれる。


***


都からは遠い遠い片田舎。

周りには森や川しか存在しねえ。


目新しいものなんてありゃしないし、どいつもこいつも生まれたときからの知り合いで、性格までバッチリ知っている顔見知りばっかりだ。


そんな小さな村に、真新しくて奇妙で頭のおかしい女がやってきた。


「今日こそ、勝ってやるわ!コーダ、勝負よ」


ほらな。

今日も来た……。


頭のおかしい女、ユーフィ。


こいつは森で血だらけで倒れていたところを村にいるカル兄ちゃんが拾ってきたんだ。

見た目だけで言えば、オレとそんなに変わらない年のように見える。その上、サラサラの金髪、透き通るような肌、不釣り合いなほど多い生傷や古傷。

きっと彼女はどっかの貴族様で、虐待されているところを逃げ出したんだろう、と村人は勝手に想像していた。

貴族なんて見たこともない村人は皆、右往左往しながらなんとか手当てして看病して……。


まあ、一言で端的に答えを言っちまうと。

意識を取り戻して、元気になった女は貴族なんかじゃなかった。

ただの変人だったのだ!


「こら、聞いているの?!今日こそ、この村最弱のあんたを倒して私の強さを証明してやるんだから!」

「オレのこと最弱って言ってんじゃねえか。最弱のガキを倒したところで、強さの証明になんかなるかよ。ただの弱いもの虐めだろうが」


ああ、自己紹介が遅れたな。

オレの名前はコーダ。

この周りには何にもねえ田舎村に生まれて、今年で11歳になる。

ただのガキだ!


この村にいるオレよりも年下のやつ(ガキ)は、5歳と3歳の妹分達だけだ。

さすがに、そんな年端もいかない子供は最弱とはカウントしないらしく、ユーフィも喧嘩を売りには行かない。


「大人に勝てねえからって子供相手にムキになってんじゃねえよ。お前、一応自称21歳なんだろ?」


というか、21歳の女なら、子供を産んでいたっておかしくない。

村にいる3歳のマセガキの母親は今22歳のはずだ。


……そう思うのに。


この女(ユーフィ)はどこかおかしい。


「自称なんかじゃなく、私はれっきとした21歳よ!18の頃には魔王討伐の旅に出て、3年かけてやっと倒したのに」

「あー、でたでた。はいはい、お前の妄言はもう聞き飽きたっての」

「妄言じゃないわよ、このガキー」


そう。

ユーフィは残念なことに、虐待の影響か、森で倒れたときに頭を打ったのか記憶が混濁して妄想癖に取り付かれているらしい。

つうのも、目覚めた時ユーフィは自分の名前を名乗ると、魔王はどうなったかと開口一番にそう聞いてきたらしいのだ。


ユーフィの看病をしてくれていたおばさんが村の大人達と可哀想に、って哀れんでいたのを見た。

きっと虐待の事実を思い出したくないから、倒れた衝撃で記憶が変わってしまったんだろうって。


オレはその話を盗み聞きして思わず笑いそうになったね。

だってよ。魔王(・・)だぞ?!

魔王なんて今いるわけないっつうのに。

500年前にあの気高く、伝説として未だに語り継がれる勇者が倒した魔王以来、魔王なんて再来したことないんだから。


「なんでもいいから、とにかく勝負よ!」


その上、ユーフィの妄想を笑えるものにしているのは、ユーフィが子供のオレよりもよっぽど弱いという事実だ。


「はあ。ユーフィに怪我させるなって神父様やカル兄ちゃんに言われてるからやりたくねえんだけどなあ……」


男女差を考慮しても、ユーフィは弱すぎる。

だって、ユーフィのレベルは51だ。


「怪我なんてしないわよ!」

「そりゃ毎日オレが手加減してやってるからだろうが」


オレのレベルは105。


だけど、オレなんてまだまだだ。

だって、成人として認めてもらえるのはレベル150になった時だ。

村の女だって、非力ながらに150以上はある。

男なら日々狩りに出かけるから300を超える人だっている。


「ああ、もう!この時代ってホントどうなってるのよ!過去最強と言われた私が、こんなただの子供にすら勝てないなんて」

「はいはい。最強だな、お前は最強だよ、うん」

「適当に流されてる!屈辱よ」


頭がおかしいことを除けば。

ユーフィは気取らないし、喋りやすい。

まあ、本人は21歳って言ってるけど大人って感じじゃねえから、感覚としては同年代か妹分って感じだな。

こいつが童顔である上に弱すぎるせいかもしれないけど。


「さあ勝負よ。どっからでもかかって来なさい!」


ユーフィはオレの返事なんか聞く気もないのか、どこかで拾ってきたらしい長い木の枝を構える。


それを見て、オレは深くため息をついた。


……なんだかんだで、ユーフィの立ち姿には隙がない。

まあ、隙がないにしても弱かったら意味ないけどな。

オレならそのまま何も考えずに突っ込んでも、力業でユーフィには勝てる。戦略云々言う以前の問題だ。


「はあ、しょうがねえな。一戦だけだぞ」

「やった!」


引く気のないユーフィに、オレは諦めから肩を竦める。

怪我させないように手加減するのって、気を遣うから面倒なんだよな。


「頼むから神父様やカル兄ちゃんに、オレに負けたってことバレないようにしろよ!」

「どうして、私が負ける前提なのよ!?」


だってよ、毎日、毎日。オレが勝って、こいつが負けるんだぜ。そりゃ負ける前提で話をするだろうが。

……こいつ、被虐の趣味があるんじゃねえか?


「どうせお前の方が弱いんだから初手は譲ってやるよ。魔法も使っていいから、好きに来い」


ユーフィがどんな魔法を使ったとしても、その木の枝をどんなに振り回しても、どうせオレには届かない。そのくらい、ユーフィとオレの間には隔絶された力の差がある。


だから。オレは構えることすらせずに、ユーフィにそう伝える。

オレが身構えちまったら、こいつに怪我させちまうからな。


構えないことは、オレなりの配慮だって言うのに。ユーフィはそんなオレを見ると顔を赤くして怒り出すんだ。この女は、ホントによく分からねえ。

オレにも構えさせたいとか、自分が怪我することを希望してるって言ってるようなもんだからな。どんな変態だよ。


「いつもいつも私のこと舐めやがってー。今日こそ私が勝つんだから」


ユーフィはその隙のないフォームを崩さずに、その場から地を蹴った。


***


一言で勝負の内容を言うと。

瞬殺だった。


枝を剣のようにして走ってきたユーフィが、走るのと同時に放った魔法で目くらましをしてきた。

オレは蚊を払うように、その魔法を軽く振り払い。迫り来る枝を真っ二つにして、ユーフィの勢いを殺さずに足を払っただけだ。


地に伏せるユーフィ。

服には土がついちまっているけど、怪我はさせてねえから大丈夫だ。


……きっと。

怪我、してねえよな……?盛大にすっころんだだけだから、平気だよな?


「うむうむ。今日もお前さんは元気なようだな。こうして最初の大怪我も治り、動き回れるようになったようでよいことじゃ」

「うげっ、神父のおっちゃん!」


倒したユーフィを横から見下ろしていると、いつから見ていたのかニコニコ笑っている神父様がいた。


今この瞬間、オレが会いたくなかった人だ。


あのおっちゃん、怒ると怖いんだよな……。なんたって、あのおっちゃんは神父として隠居するまでは村一番の狩人だったのだ。

レベルだって、村の誰よりも高くて強い。

ただのげんこつを地面に打ち込むだけで、地が揺れるんだからその威力は相当だ。


「コーダも、魔法攻撃を素手で振り払えるくらいには成長しておるようで喜ばしい限りだ」

「っお、おう……」


神父のおっちゃんが笑顔で、オレの評価を述べる。

それが逆にオレには恐ろしい。


「まあ、それはそれとして」


オレの目には映らない速度で振りかぶられた神父のおっちゃんの腕。

オレは防御をする暇すらなく、その拳を頭に受けて衝撃が体を駆け巡る。

「ッ痛ってえな!」

「コーダ。ユーフィはアルル並に弱いのだから怪我をさせるなと言ったよな?」


アルルっていうのは、この村にいる3歳のマセガキのことだ。


「怪我させねえように加減してんだろ?今回はただ足かけただけじゃねえか。言っちまえば、ユーフィは勝手に転けたのと変わらねえだろ?」

「アルルだって転べば膝を擦りむくじゃろうが。ユーフィは軟弱なのだから、転べば膝の皮膚が傷つくんだ」

「嘘だろ?!転けて擦り傷ができるなんて子供だけじゃねえか!」


オレは驚きのあまり、目を丸くする。

普通、成長と共に。正確にはレベルが伸びるにつれて。

皮膚は勝手に丈夫になり、簡単には傷つかなくなる。


オレだって、擦り傷なんて出来たのはいつが最後だったか記憶にないくらいだ。最近のオレの怪我は、魔物の爪が掠ったときについた浅い切り傷くらいだ。

ユーフィのレベルだと、皮膚は擦り傷できるくらい柔いのかよ。

嘘だろう?もっと手加減してやらないといけないのかよ……。


「おお。忘れておった。ユーフィリア、大丈夫か?血は出ていないかの?」


神父のおっちゃんは、倒れたままのユーフィを軽々と抱き上げる。


ユーフィはというと……。


な、泣いている、だと?!

おいおい、本当に膝擦りむいてるし。

泣くほど痛かったのか?!


「痛むのか?コーダに虐められたのだな。うむうむ。儂が懲らしめておいてやるから安心するがいいぞ」

「って!最初に突っかかってきたのはユーフィの方だからな」


忘れてたけど。

そもそもオレはユーフィに付き合ってやっただけだった。

まあ。怪我させちまったし、泣くほどやっちまう気はなかったけどよ……。


「……す」

「うむ?どうした?」


神父のおっちゃんがユーフィを立たせてやると、俯いたユーフィが小声で何か言った気がした。

おっちゃんも同じように感じたのか、屈み込んで耳をユーフィに近づけた。


「好き勝手言いやがってー!私は強かったのに。今は3歳児と同等の扱いを受けるなんて……。転んだら怪我するのが普通でしょう!なんで、今の人間は怪我しなくなってるんだよ。認めない、絶対に認めないんだからー!」


ユーフィは拳を握って、そう叫ぶと元気に逃げ去った。

あんだけ走れるなら、膝はそんなに問題なさそうだな。良かったぜ。


……ということは、あいつ明日も同じように勝負だって来るかもしれねえな。

懲りないやつだからな。なんたって変人だし。


「あ、しんぷさまー!いたー」


オレと神父様が呆然とユーフィの後ろ姿を見送っていると、背後から舌っ足らずんな高い声がした。


「おお、アルルか。どうしたのじゃ?」


ぽてぽてという効果音のつきそうな足取りで、アルルはおっちゃんの元へ駆け寄ってくる。

腕を広げたおっちゃんに飛び込んだアルルは、瞳を輝かせてお強請りをした。


「アルルね、ゆうしゃさまのおはなしききたいの。しんぷさま、きかせて」

「良いぞ、話してやろう。アルルは伝説の勇者様の話が好きじゃのう」

「うん、すきー」


伝説を言い聞かせてくれる神父のおっちゃんのことが大好きなアルル。

物語そのものも好きなようだから、500年前の勇者に憧れるアルルは3歳なのにレベルを上げるべく日々地道な努力をしている、らしい。

まあ、3歳に出来ることなんて高が知れてるけどな。


「あっ、あのねあのね。ユーフィねえちゃんがゆうしゃのこといってたから、ユーフィねえちゃんもきっとすきなんだよ。こんどいっしょにおはなしきくの」

「そうか。なら今度アルルと一緒に話を聞くか、ユーフィリアに尋ねておいてやろうかの」


おっちゃんに抱き上げられたアルルはご機嫌な笑顔だ。


「コーダへの仕置きはまた今度じゃな」

「げっ。それはするのかよ」

「カルの小僧にも言いつけてやるから、そっちからも仕置きされてこい」


楽しそうに笑ったおっちゃんは、アルルをつれて歩き出す。


「カル兄ちゃんからも何かされるのかよ……。最悪だ」


カル兄ちゃんは若いのに実力は折り紙つきだ。この村の中でも上から数えた方がいいほど強えんだ。

カル兄ちゃんはユーフィのこと好きっぽいからな。ユーフィを拾ってきた日からカル兄ちゃんの様子が今までとはだいぶ変わったし。

怪我させたのを知ったら、お仕置きと称してえげつない訓練を課されるのが目に見えている。


元はといえばユーフィがこの村で一番弱いオレに勝とうと躍起になってるのが悪いんだっていうのに。


「勘弁してくれよな……」


ユーフィがやって来てから。

あの弱っちい変な女がやって来たから。


オレの災難な日々は、まだ終わりそうもない。



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