約束
叙勲式が終わった後は晩餐会が開かれ、美味しそうな食事と歓談を楽しむ時間となった。仲のいい貴族同士で仲を深めたり、騎士達が共に上を目指すべく戦術の話に花を咲かせている。
ラニカの所にも既に何人も来ていた。貴族達は、退屈な話に混ぜて私兵への勧誘をしに来た。兵士達からは戦場で助けてもらった礼を言われ、魔法使い達からは『不死の大亀』を倒したレーザーの魔法について詳しく説明を求められた。貴族のことを除けばそこそこ楽しめたと言ってもいいだろう。
ジェイスも先程、兵士達と話している時に来た。「先日は兵士達を助けてくれて感謝する。再び共に戦えることを楽しみにしている」とだけ告げて去っていったが、兵士達はジェイスが喋った所を見たことが殆どないらしく驚いていた。
今は少し落ち着いて、果実水を飲みながら休憩中だ。
「ラニカ様、疲れてはいませんか?」
イフリートが果実水の入ったグラスを持ったまま心配そうに声をかけてくる。今飲んでいるものもイフリートが持ってきてくれたもので、イフリートが持っているものも私の為のものだろう。
「大丈夫。私はもういいから、それはイフリートが飲んで。結構美味しいよ?」
「ありがとうございます。季節の物なだけあって、とても美味しいですね」
この果実はこの季節にのみ採れるもので、赤い小さな実が幾つも集まって実る。甘味と酸味が取る時期によってバランスが変わってくるので、1年で数回味が変わる果物とも言われている。
「今日ノハ少シ甘メの味ミタイネ。私ハモウ少シ酸味ガ強メノ方ガ好キナンダケド」
「貴方は、フロナ親衛隊長様」
今日のフロナはいつもの制服ではなく、ドレスを着ている。青を貴重としたドレスがとても良く似合っている。金の髪はまとめ上げて髪留めで留めてある。頭の左右に束ねられている髪は、とある円状の甘いお菓子を連想させる。この世界にはそんなお菓子はないが。
「フロナデイイワ。貴方ニ王女様ガオ話シガアルソウヨ。一緒ニ来テクレル?」
「わかりました」
「コッチヨ」
フロナに案内されるままに、会場を後にした。
案内された部屋は、どうやら王女の私室のようだった。部屋もそこに置かれた調度品もかなりのものだ。中央に置かれた丸テーブルにはポットとティーカップが置かれ、ポットからは湯気が出ている。
「良く来てくれました。こうして話せる時を楽しみにしていたのです。レイア・オル・アジェラーナです。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
フロナに促されるがまま席に着き、王女自らティーカップに紅茶を注いで出してくれた。
「どうぞ。私のお気に入りなんです」
紅茶をあまり飲まないラニカでさえ、これはかなりのものだとわかってしまう。口に含むと香りがゆっくりと広がっていく。そしてずっと残って邪魔することもない。
「……美味しい」
「気に入っていただけて嬉しいです」
空になったカップに王女がまた紅茶を注ぐ。ポットを置いて王女も一口紅茶を飲むと、口を開いた。
「私の親衛隊に入っていただけませんか?」
栄えある親衛隊に王女自らが誘ってくれる。
それだけでも他の人であれば卒倒するほど嬉しいものだろう。親衛隊に入れば地位も名誉も約束され、かなりの収入を得ることが出来る。
しかし、ラニカの頭の中には別に興味を惹かれるものがあった。
──冒険者だ。
各地を旅し、未知を探し求める。ダンジョンへ入り、宝を手に入れる。
そんな夢の様な職業につきたいとラニカは考えていた。
「ごめんなさい、親衛隊には入れない。私は冒険者になりたいから」
「……そう、ですか」
落胆する王女。フロナもどことなくそう見える。
「でも、もし王女が助けて欲しいなら……。その時は、絶対に助けに行く、何があっても」
王女の姿を見て、何かしてあげたいと思った。でも、自身の冒険者への憧れは捨てきれない。だからピンチの時は助けに行く、それで許して欲しい。
王女から見たラニカの瞳からはそう言っているようにしか見えなかった。
「約束ですよ? 破ったら許しません」
「わかった。」
「友達との約束……です」
「約束……ね」
王女とラニカは指切りをした。二人の笑顔とそれを見守るフロナは、まるで太陽と月、そして穏やかな海のようであった。