2.それでも、どうしても。
短編から出したかった子が出せたので、少し話が動きます。
あの海の出来事……彼に振られてからもう1週間位経ったと思う。実際はどれ位時間が経ったのかなんてわからないし、知らない。あの日からどうしても、何をする気にもなれなかった。心にぽっかり穴が空いたみたいで、気力が湧いてこない。
夏休みの宿題はとっくに終わらせていたから、やる事もない。ただ、部屋に閉じこもってベッドに横たわっていた。天井をぼうっと見ながら彼との想い出に浸りながら。時折こみ上げてく切なさと苦しさに耐えきれず、嗚咽を漏らし涙を流して。
「入るよ、椿来! 」
ドア越しに鋭い声が響いた、次の瞬間。部屋のドアが大きく開け放たれた音が耳を叩いた。涙をまばたきで飛ばし、そちらに目だけを動かす。そこには、唯一親友と言える少女が厳しい顔をして立っていた。
「……なんて顔、してんのよ」
「かお、るちゃん……どう、したの? 」
久しぶりに声を出したから、掠れて途切れ途切れになってしまった。でもなんとか音にすれば、此方に近づいて来た彼女の顔が苦しげに歪んだ。
「椿来のお母さんから、電話があったの。椿来が、部屋からほとんど出てこないって」
ベッドの横に座りこんで、寝たままの私に目線を合わせるようにし、微笑んで右手を伸ばすとゆっくり頭を撫でられた。
幼い頃から変わらない、慰め方。私に何があっても無理には聞いてこない。ただ、側にいてくれる。そんな薫ちゃんの優しさは、私にはありがたいものだった。頭に乗っている彼女の手を握り、体を起こす。
「あのね、薫ちゃん。この間……翼君に、フラれたの」
「……そう、なの」
「へへ。自分で急かした癖に、こんな辛くなるなんて馬鹿だよね」
軽い調子で、へらっと笑ってみせる。彼女に翼君関連の事で、心配かけてはいけない。心配性な彼女の事だ、自分の責任だったと苦しんでしまう。私の自業自得なのにもかかわらず。
「好きだったんだから、仕方ないって」
「うん……まぁね」
「だからさ。無理して、笑わないで」
驚いて目を見開くと、彼女は呆れたようにため息をついた。切れ長の瞳が少し責めるような色になる。
「私が気づかないとでも、思ったの?」
「……ほんと、薫ちゃんには隠し事が、出来ないなぁ……」
「全く、しょうがないな」
「薫ちゃ……」
一瞬忘れかけた涙が、また溢れ出しそうになれば彼女は優しく私を抱きしめた。
その温かさにもう我慢が出来なくなって、何度目かわからないけれど、瞳から止めどなく涙を零した。変わらずに、ずっと側にいてくれている彼女の優しさに感謝し、申し訳なく思って。
*****
「ごめん。ごめんね、椿来」
「薫ちゃん……? どうしたの? 」
なんとか泣き止めた時、頭上から降ってきた言葉の意図が掴めなくて、顔を上げる。辛そうなのを堪えているような、どこか悔しそうな表情をしていた。
「あのね、椿来。本当は話しちゃいけない事かもしれない。だけど、私は貴女は知っているべきだと思うの」
「う、うん……」
「翼は……」
彼女が何かを言いかけた時、荒い足音が聞こえてきた。すると、開いたままのドアから短い茶髪の男の子が慌てた様子で入ってくる。そのまま座り込むと荒い呼吸を繰り返しながら、こちらをみた。
「あのなぁ……俺を……はぁ……置いてくなってば……」
「あら? 心外ね、蒼。あんたが遅いのが悪いのよ」
「それは、何も、言い返せないが……」
「でしょ? あと、丁度私がこの子にあれを話すって時に乱入してくるなんて……このKY! 」
まだ息が整ってないまま、話せるなんて凄いと感心している間に彼女は蒼君を怒鳴りつけていた。隣で聞いていて耳が痛い位の音量に思わず耳を塞ぐ。そこまで怒る事ないのに。
「それを、止めにきたんだよ! 」
「はぁ? 」
「いいから、それは言うな! 」
「嫌よ、この子を放っておく訳にはいかない! ……あんた、どーせ翼に言われたんでしょう。蒼なら私を止められると思って! 」
「翼君、がどうかしたの? 」
耳から手を離し、言い争う二人につい口を挟んでしまった。あの事が一体どんなことなのかはわからないけど、翼君に関係するなら聞きたかった。
今にも掴みかかりそうだった薫ちゃんは、少し表情を沈めて言ったのだ。
「……翼、10月に転校するのよ」
「……うそ、でしょ? 」
「本当なの。この間決まったんだって言ってた」
もう、フラれたから翼君とは何の関係もない。そんな事は分かっているけど、視界が歪んで軽い目眩に襲われた。それ程ショックだった。ベッドにまた倒れこみ、うずくまる。
「もう、帰ってくれないかな……? 一人に、して」
「椿来、まだ話が」
「いいから! ……お願いだから帰って」
顔を見せずに叫べば、それ以上彼女は何も言わなかった。また辛い顔させちゃってるんだろうな。
「明日から、新学期だ! って事でまた俺ら迎えに来るからな! 」
「…………こいつが馬鹿でごめん」
「ちょ、酷くない? 」
空気を読めない蒼君の声を最後に、二人は帰っていった。
好きな人から直接転校する事が聞けなかったのがどれだけ悲しいか、付き合った事がない薫ちゃんにはわからないかもしれない。でも、彼女が知っているのに私に教えてくれなかったって事は、彼が好きになったのは……。
そこまで考えてしまってから、シーツを強く握りしめて考える事を止めた。
親友まで失って生きていける自信が、湧かなかったから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。