空蝉 その4
初めて読む方は以下の本文を読む前にあらすじ等を見てください。
今回はちょっと今後の重要な内容が含まれます。
第七章の「空蝉」自体アレですが、この内容を知らない方が第一章から第六章までは楽しめると思います。
なにとぞよろしくお願いします。
ヒュドラは元々は別の名前があったのだがそれはもう自身さえ忘れてしまっている。
ヒュドラと名付けられたのは神話の中の怪物にちなむ。
かの英雄ヘラクレスはニ番目の難行でこの魔物を倒した。
ヒュドラの血を利用したヘラクレスはその後、毒である血により苦しみ自ら死を選んだ。
神話はともかく、まさに彼はヒュドラの生まれ変わりだという具合だ。
誰が言いだしたのかは分からない、他に名乗る名前も知らないまま今も使っている。
実験は長引き、もう少しで利用できるという所まできたが、対立する相手に攻め入られ実験そのものが中止となる。
ヒュドラはいきなり荒野に放り出された。
生きる屍しかし死ぬことは出来ない、人目を避けるように町を去った。
行くあてなど無い、ただこの場から居なくなりたかった。
その後戦争は終焉をむかえ平和な時代が訪れる。
どれくらいの月日が経ったのだろうか、ヒュドラの噂は最早誰の記憶にも無く戦争があった事さえ昔話な程に。
気がついた時には森の中にいた。
姿はあの時と同じ子供で歳をとってはいなかった。
町を出てから今まで生きてきた時の記憶は無い。
「ここはどこなのだろう?僕はどうしたら」
それから数日間、町へ出る為さ迷い続けた。
しかし辿りつけず、木の上で眠りについた。
五感が敏感になっている、血のにおいで目が覚めた。
その場所へ行くと一人の老人が座り込んでいた。
よく見ると老人は息も絶え絶えで怪我をして、周りには四人の倒れた男がいる。
老人はヒュドラが近づいていることに気づくと驚いた表情をしていた。
ヒュドラは確認すると俯き立ち去ろうとする。
「待て」
老人は呼び止める。
振りかえるヒュドラ、老人は痛みに耐えながら語りかけた。
「やっと見つけたぞ・・・ヒュドラだな?」
老人の目は遠くを見るように半分閉じた状態だった。
何かを思い出すような、疲れ果てたような。
不意を突かれたヒュドラは身構えるが、相手に敵意はない事は分かっていた。
「あの時と同じ姿をしているのか、流石の私も驚いたぞ。夢ではないのだな」
見た事のない人間、話す事は出来ず声の出し方を忘れていた。
「あ」と嗚咽だけが出るだけだった。
「何も話さなくてもいい。私は君に渡すものがあるのだ、さぁ受け取ってくれ」
老人の首から下げている袋、中から石を取り出した。
「私の家に伝わる宝石だ。とはいっても欠けているがね」
老人の手のひらに小さな欠片がある、それは太陽の光を反射して不思議な色に輝いていた。
見た事のない、吸い込まれそうな。
ヒュドラは何か言葉に出そうとしたが詰まってしまった。
「聞いたことないかねこの宝石にまつわる話を。そうだろうな、知る機会さえ無かったのかもしれないな。
この宝石には不思議な力が宿っている。私もこの力のおかげでこうして生き長らえる事ができている。
ヒュドラよ、君があの町を去ってからもう百年以上の時間が経っている、流石の私も疲れてしまったよ。
どうにかして助けてあげたかったが私の立場では無理だったんだ、恨んでいるかい?
私は許してくれとはもう言えない」
老人は語り出す、私は調査員の一人でありヒュドラを箱の中に入れるきっかけを作った人物だと。
彼は子供であったヒュドラを上官に引き渡したあと、ヒュドラの母親の姿を見かね解放しようと努力していたのだ。
しかし全ては無駄な事だった。
救い出すための手は何も無く、ただ後悔だけの日々を送っていた。
戦禍でヒュドラが居なくなった後に彼はずっと探し続けていたのだ。
そして今発見し目の前にいる、周りに倒れた人は盗賊であり老人を襲って返り討ちにしたが深手を負ってしまったと。
老人の持つ欠片は今エモ達と行動し探し求めている宝石の欠片そのものである。
「私には長生きとして影響を与えたが、この石はお前を狂わせるかもしれない。どうなるかも私には分からない。
君の苦痛は計り知れないだろう、少しでも楽になればいいと私は思う。
どうか受け取って欲しい、そして私に見届けさせてくれないか?」
何を言っているのか分からないが、老人の持つ欠片が何かしらの影響を及ぼすというのだ。
受け入れる必要はない、だが、もし何か変わるとしたら・・・。
ヒュドラは老人の手から宝石をつかんだ。
「そうだ、いいぞ。そのまま胸へと近づけるんだ・・・そう・・・そうだ・・・」
老人の意識は薄くなる、ヒュドラは言われるまま欠片を胸に押し当てる。
するとどうだろう、欠片は皮膚を通り越し埋まっていくではないか。
「うっ」と、ヒュドラはうめく、取り出そうとももう遅く、欠片が沈んでいった場所に小さな傷を残した。
ヒュドラは体中が熱くなるのを感じた。
苦しくもあるが、安らぎに似たものも混ざっていた。
それ以上の変化も起こっていない。だが欠片は体内に取り込まれてしまった。
「ありがとう・・・これで私の使命は終わったのだ・・・この鞄を持って行け、君に神のご加護があらんことを・・・」
老人は目を閉じそのまま逝ってしまった。
ヒュドラは鞄を開け行動をした。
漠然とした希望、今までに感じた事のない衝動がヒュドラをつき進めた。
欠片がヒュドラの胸に消えていった後、身体は変化をし止まっていた成長が再び始まった。
ヒュドラ「戻ろう、あの時とはもう違うのだから」
甲板から部屋に戻るヒュドラ、扉の前にはエモが立っていた。
エモ「あれ?何やってんの?」
ヒュ「お前こそ早く部屋戻れ」
エ「何か目が醒めちゃって」
ヒュ「そうか、それじゃ久しぶりに話をしようか」
エ「いつも話してるじゃん、どうしたのさ?」
ヒュ「たまには二人っきりでもいいだろ?」
エ「んーやっぱ眠くなっちゃった、お休み」
ヒュ「おいおい・・・まぁいい、俺も寝るか」
月の光は船の進む道を照らしている様に見えるが、それは見た人によってとらえる印象が違う。
下弦の三日月は笑っている様に見えた。




