空蝉 その3
「お前の母親は死んだぞ」
扉の外から声が聞こえた。
機能が低下した頭の中で、その言葉の意味を反芻する。
は・・・はおやが・・・し・・んだ・・・はは・・・おや・・・が・・・。
お母さんはもういない・・・。
事実を知った時悲しさだけが溢れ、涙は出なかった。
(ヒュドラの母親は閉じ込められた息子を助ける為に訴え続けたが、やがて憔悴しそのまま死んでしまった)
最早生きる気力もなく、ベッドに横たわり終わりのない日々を過ごした。
次第に罪の意識が生まれる。
私などいなければこのような事にならなかったし、母親は生きている。
父も子供も調査員も、何事もなく生きていたはずだ。
私の目の前で人が死ぬ光景、幼い心でも思いおこせば恐怖はやってくる。
そして絶望がまとわりついた。
誰も彼も死んだ、私も死んだ方がいいに違いない。
食事で出されたスプーンの柄を喉に当て、思いっきり押し込んだ。
痛みと苦しみ、血が湧き出しているのが分かる。
「あっ・・・あっ・・・」
息が出来ない、苦しい、早く、終わってくれ!
しかし死ぬことはできなかった。
気が付けば黒くなった血の跡と腐食したスプーンが落ちていた。
喉の傷は跡形もなく、血がこびりついている。
身体が穴の開いた肉を元に戻す時刺さったスプーンを押し出したのだ。
数回繰り返したが結果は同じ、死ぬことは許されなかった。
これが地獄の始まり、自分ではどうやっても死ねない、安息など訪れなかった。
外から声が聞こえる。
「噂によるとこの町には怖ろしい怪物がいるらしい」
「触れただけで死ぬんだって、俺の知り合いがその現場見たらしい」
私は気が付いた、もしかしたらこうしているのは私のせいなのかもしれないと。
もしこれを肯定してしまえば私は人を殺したことになる、父親もそして母親も。
考えないようにした。
何もかも、生きている事死ぬこと全てを。
時間だけは過ぎていく。
考えなくても思い出す、どうすればいいのだろう。
月の光だけが心を癒してくれる。
また時が過ぎれば地獄がやってくる。
人の噂が広がるのは早く、また外から声が聞こえてくるのだ。
繰り返す苦痛、食べる事を止めれば死ねるかもしれない。
だが何をやっても無意味だった。
心は壊れる寸前、いやもう壊れていた。
気がついた時には轟音の中
誰かの叫び声
泣き声と悲鳴
気がついた時には箱の外
数多くの住人
亡骸その姿
各地で起こる火種、蜂起はヒュドラのいる町にも飛び火し破壊と殺戮を繰り返した。
この頃戦争が悪化しどの町でも略奪など非人道的な行為が増えていた。
ヒュドラは運が良いのか悪いのか、砲弾で破壊された箱の壁から転げ落ちた。
渇望していた外、目に飛び込む光景は前に見た時とは違い見知らぬ瓦礫が積まれている。
喜びはなく、ただただ灰色の空を見つめていた。
もちろんそのまま放っておくことはなく、すぐ役人が来て拘束された。
気がついた時には血で染まる
全てが己から出た悪魔
地獄の再演
噂は噂を呼んだ。
ヒュドラの持つ特別な力、超回復力そして全てを腐らせる血。
蜂起は戦争へと発展し、噂を嗅ぎつけた狡猾な人間達はヒュドラの血を欲した。
これさえあれば勝つことが出来る、蹂躙できると。
彼らはこれを実用化するための実験を始める。
幾度となく採取される血は枯れることなく再生し、その代わりにヒュドラの思考は更に無くなっていく。




