第1章 見習い魔法師の魔法学校 08
戦闘って難しいです(´・ω・`)
「く、黒菜さん! 本気で戦う気ですか?!」
俺が模擬戦の準備をしていると、シロが慌てた様子で言ってきた。
「まぁ、そりゃあ入ったばかりとは言え、自分のクラスメイトを馬鹿にされたら誰だって怒るだろ」
「だからって……相手はトライピースよ? 魔法師なのよ?」
魔法師。そうだ。魔法を使える。普通の喧嘩ではない。分かっている。分かってはいるが、やると決めた以上はやりきる。
「まぁ、でも何とかなるだろ」
「何とかって……まさかだけどアレを使う気?」
「アレって、やっぱシロは俺の秘密を知ってたんだな」
俺の問いにシロは無言で頷く。
「使えば一瞬で勝てるけど……使っちゃいけないんだろ?」
「そりゃそうよ。アレは国家機密すら軽く凌駕する代物なんだから」
国家機密以上の機密が、そこら辺を歩いていたらシロのような出来の良い生徒が監視に付くのも頷ける。教育係、というより監視が正式なシロの仕事だろう。しかし、それが分かったとしても今は関係ない。
「そもそもだが、アレを使って倒しても意味が無いからな。正真正銘、素手で戦う気だよ」
「素手でって……」
困惑中のシロに向け、俺は「それに」と付け足す。
「利用度ランクじゃなくて、戦術ランク。だろ? つまり、あいつが使う魔法は近接武器系魔法だ」
その言葉にシロがより驚いた表情を見せる。どうやらビンゴのようだ。それさえ分かればあとは簡単。
模擬戦は含有自然魔力人工壁を応用した、第二体育館で行い。そして、含有石を使う。含有石は、含有自然魔力人工壁とほぼ同じ役割を持ち、魔力を吸収する。だが、ほぼ同じであるため一部の機能が違う。その機能とは保存はできず、一定量まで魔力が溜まると粉々になるというものだ。
「ルールは分かってますよね?」
「含有石の破損。だろ?」
首からネックレスのように含有石をかけ、裕也の質問に答える。裕也の方は実習でも使っていたようで、準備はもう整っているようだ。
「黒菜さん……」
いざ行こうとすると、シロに呼び止められた。またさっきように止める気なのだろうか。
「その……」
しかし、いくら待ってもその先の言葉が出てこない。しょうがない。ここは俺が男らしく気を利かせよう。
「シロ。言いたいことがあるなら、はっきりと言わないといけないよ。嫌なら嫌だって、あいつにしっかり伝えなきゃ。今もちゃんと言葉にしたいなら、言葉にしようよ」
「……それじゃあ」
シロはこちらを笑顔で見つめる。
「無理はしないで、頑張ってね」
不安そうに、体を震わせながらも力強く。
「あぁ、任せとけ」
俺は裕也との模擬戦に向かった。
◇ ◇ ◇
トイレから帰ってくると、面白そうな光景が広がっていた。
「おいおい、翡翠。見てみろよ。あの樋口裕也と黒菜が模擬戦するらしいぞ」
「へぇ、それは面白そうっすね……」
模擬戦は体育館の真ん中で行われる。なので、人はドーナツ状に周りを取り囲んで見ているのだが、俺たちは少し離れた位置でそれを眺めていた。
樋口裕也といえば、親が軍部の部隊長を務めている。それ故に、傲慢で性格も歪んでおり、嫌われてはいるが、事実として強い。フォースピースやスターピースには届かぬが、トライピースの中でならば、校内一位だ。
「どうするよ。止めるか? って、どこ行くんだお前?」
質問を投げかけようと、翡翠の方向を振り向くと彼女は後ろを向いてどこかへ行こうとしていた。止めるにしても、見過ごすにしてもここから面白くなるであろうに、どこへ行くと言うのだろう。
「んー? いやいや、もう少しで休み時間が終わっちゃうっすから、人払いでもしてこようかと」
「へぇ……ってことはお前。黒菜が勝つと思ってるんだな」
普通ならば、魔法師に圧倒的にやられるであろう前に助けるのだが、人払いするということはそういうことだろう。
「さぁ、どうっすかね? ただ善戦はすると思うっすよ」
「そいつは違いねぇ」
俺たちには、その自信があった。
◇ ◇ ◇
「審判とかはいらないよな? 反則とかも目に見てわかるだろうし」
「そうですね。石が破壊されればその時点で試合も終了ですからね」
俺と裕也は向かい合う。距離は十メートルも無い程度だが、近接しか無い俺には丁度良い距離だ。
スタートの合図は簡単。六時間目開始のチャイムの音が終わると同時である。
「そろそろ鳴りますよ」
裕也が告げた。それと少し遅れて、鐘が鳴り始める。
手に汗が滲む。
喉が乾く。
周囲の視線を感じる。
足が震えそうになる。
シロの瞳がこちらを向いている。
チャイムが、止んだ。
「聖槍 ロンギヌス!」
読みが当たった。
俺は初めに裕也が言った言葉に違和感を感じていた。通常ならば、利用度ランクを告げるはずである魔法のランクを戦術ランクで言った理由。それは、先ほども言ったように近接武器系魔法であるからだ。
近接武器系魔法で生成された武器は、破壊されず、切れ味も落ちない。そして、魔力の流し方で、長さも重さも自由自在に出来るために戦術ランクが高い。しかし、利用度ランクとしてはDぐらいになるのだ。
だから、これは読み通り。
「……どうした。キミは魔法を使わないのかね?」
「お前の攻撃より後に出しても、間に合う。って思ってるからな。さぁ、来いよ」
「巫山戯るな!!」
裕也が駆けた。
単純な挑発に引っかかり、先手を取ろうとする。しかし、近接戦闘の基本はカウンターだ。相手に目測されないような、翡翠のような速度ならまだしも素人の攻撃では当たらない。
「あ……」
と、思ったが、一つ忘れていた。
「これ伸びるんだった!!」
裕也は駆けたように見せかけその場から一歩も動かずに、槍を数メートル程伸ばしてこちらに刺してくる。それを俺は身体を傾けるようにして避けた。
「あ、あぶねぇ……」
「無様だな。身の程を弁えろ!!」
伸ばした槍をそのまま、横へと殴りつけるように回す。それに対し、今度は身体を沈ませることによって俺は避けた。
「逃げ回って、私の魔力を減らさせようという考えかな? 悪いが、最大魔力量は通常より高めだからね。槍の攻撃数回じゃ、微々たるものさ!!」
確かに息切れもしていない。魔力を消費することによっての疲れは勿論。純粋な肉体的疲労も少ないようである。
ーー思った以上に体を鍛えてるようだ……けど。
「なら、さっさと終わらせてやるよ」
「ほざけ!! 逃げ回るだけのクズに何が出来る!!」
槍が再び伸びた。十メートル近くの距離をいとも容易く伸ばし、そして、その切っ先は重いはずであるのに軽々しく持っているように見える。いや、実際にに軽いのだろう。
ーー魔力の調節により、長さ、重量を変えることが出来る。ということは、この槍。切っ先が途轍もなく軽い状況の筈ッ!!
流石に体を鍛えているとはいえど、十メートルの槍を軽々しく持てる人間などどこを探してもいないだろう。なのに、相手は一切疲れを見せていない。
俺は、軽く体を横にずらして思いっきり槍の先端を蹴り上げる。
「なっ!?」
裕也のバランスが崩れた。体は盛大に反り返り、次の動作に入ることは不可能。
それを確認した瞬間に、俺は駆け出した。
「……お前の負けだよ」
勝利宣言をされた裕也の顔は、屈辱、羞恥、悲痛……沢山のものが混ざっている。しかし、それには一切構わない。確かに、模擬戦という形で会話での解決を図らず、力での解決をしたのは俺だ。だからと言って、躊躇する必要はない。相手はそれに乗り、そして、負けようとしているのだ。
だから、俺は、
裕也の胸にある含有石を粉砕した。