第1章 見習い魔法師の魔法学校 06
迷宮。お伽話や小説、漫画の題材によく使われそうなソレが現代の世界にはあった。より正確に表すならば採掘場というのが正しい気もするのだが。
迷宮はこの世に沢山とある。しかし、その深さ、大きさ、全てが同じものはない。近いところで言うならば壁外に地下十層になる迷宮がある。それで迷宮とは何をするところなのかというと、先ほども言ったように採掘をする。
採掘されるものは魔力が込められた魔石。採掘するために行うのはモンスター討伐。世界の中心。つまりマントルだが、これに近づけば近づくほど魔力濃度が濃くなると言われている。その証拠に地下には魔力から突然変異したモンスターが沢山住み着いている。
そして、その壁外の迷宮であるが。ほんの二日前にとある災害が起きたのだ。それは……
◇ ◇ ◇
チャイムが鳴った。
「これで午前授業は終了っすね」
と、俺に教科書を貸していてくれた翡翠が伸びをした。一応、念のため言っておくが、見せていたのではなく、貸していたのだ。そう、つまり翡翠は全授業爆睡ののちに昼休み始まりの鐘で起き上がったのである。
本人に起きなくていいのか、と質問した際には「忍者は夜行性なんすよ。あ、どうせなら今晩黒っちの部屋に忍び込んでみるっすか?」などと言っていた。取り敢えず、昼は寝て、夜に活動するのが主らしい。なので、俺の手元には何故か翡翠の教科書があった。
「よう、黒菜。昼飯の時間だ食堂行こうぜ」
翡翠を観察していると、後ろから蒼の声がしてきた。どうやら昼ご飯のお誘いらしい。
「そうだな。翡翠も行くか?」
「着いて行くっすよ」
と、言うわけで早速昼食を取るために食堂へ向かうことになった。勿論の話だが、時間割の関係で初等部と中等部はもうご飯を済ませている。今は高等部の生徒だけが食堂に行く時間になっているため、混雑は……
「蒼。これはすごいな」
「あぁ、これが戦場だ」
かなりしていた。寧ろ、今朝よりも酷い。昼休みの時間が始まって五分もたっていないのに席は満席である。
「こん中で一体何を購入しろと……」
「自分はあんぱん買って来たっすよ」
「「は?」」
項垂れると、すぐ横で翡翠があんぱんを口一杯に頬張っていた。
「い、いつの間に……」
「自分、忍者っすから」
左手でピースサインを作って翡翠がドヤ顔をする。何という説得力。これが忍者の実力か……。
俺も急がなければ、何も食べないで午後の授業を受ける羽目になってしまう。
「おい黒菜! 急がねぇと、残るのは精進料理定食と鮭定食だぞ!!」
必死な顔で列……その列がどこに存在しているのかすら不明な程に入り乱れた列なのだが……に並ぶ蒼。だが、俺はその言葉の中に聞き捨てならないものを聞いてしまった。
「鮭定食余るんなら、俺はそれで問題ないぞ」
「………………」
蒼が固まった。
「黒菜よ……」
そして真剣そのものの顔でこちらを見る。
「裏切ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「裏切ってねーよ」
結局俺は人が少なくなるのを待ち、その後余裕で残っていた鮭定食を押した。その後に精進料理定食を押していた蒼が居たのだが、それはまた別の話だろう。
「というか、何で鮭定食は人気無いんかねぇ……」
「そうっすね。何であんぱんは人気なんすかね」
「お前ら、会話するなら会話を統一しろ」
会話、というがこれはどちらかと言うと俺の独り言に翡翠が変な反応をしただけである。俺のせいではない。
「そうそう、翡翠と蒼なら知ってると思うけど午後の授業って一体何やるの?」
午前は国語、世界史、数学、魔法史であったのでその他に何をやるのかをそれとなく聞いておく。授業前に翡翠が勝手に教科書を置いてくれるので問題無いのだが、このままでは時間割を覚えられないので、先に聞いておくこととしたのだ。
「午後は実践練習だ」
「実践……ってことは、魔法?」
「まぁ、実践って言っても体育みたいなもんだよ。魔法なんか放てるやつなかなか居ないんだから、運動してるのが一番さ」
確か、高校二年生の現在でトライピースになっている人間は三割にもみたないらしい。つまりは、その三割が実践。魔法を使い、俺たち残りの七割は運動をしていろという訳だ。
「確か、今回の実践授業はAクラスと合同っすよ。CDEクラス担当の先生が休んでるらしいっすから、Aの担当がついて見てくれるらしいっす」
Aクラスといえば……
「シロのいるクラスか……」
「シロ? それって、今朝いたお前の教育係か?」
それ。と、俺は答える。
「シロさんっすか。フォースピースの方と何で知り合いなんすか?」
「黒菜の教育係だからだろう」
「いや、そもそも何で教育係に任命されたんすかねぇ。うちのクラスのクラス委員長じゃダメだったんすかね?」
そう言われればそうだ。クラスも違うため、クラスでの教育は不可能。性別も違うために学生寮でも勿論場所が違う。不便で仕方がないはずだ。
そして第一にフォースピースという実力者である彼女がこんな雑用のようなものに任命された理由がはっきりとしていない。
「結局のところ、あおっちじゃ役不足だった。ってことすかね?」
「待て、何かいつの間にか俺が侮辱されてる。そして、俺はあおっちじゃなくて蒼だ」
役不足。というわけでもないだろう。実際シロ自身もクラスでのことは蒼に聞けと言っていた。ということは、考えられるのは校長が言っていた言葉。
「無関係では無い……か。なぁ二人とも二日前の災害について聞きたいことがあるんだけど、良いか?」
冗談を言い合っていた二人の表情が冷静なものに変わる。流石は魔法師見習い。どちらも良い対応速度だ。
「二日前、ってことは壁外の迷宮のことだな?」
「そうだよ。まだ、きちんと話ししてなかったけど、俺は元壁外民。ついでに言うとその迷宮の近くに住んでた」
その言葉に蒼は、なるほどな、と頷く。自分の住むところが災害にあえば、気になるのも当然か。といった反応だ。
「だが、悪いが俺にはちょっとわかんないな。翡翠のやつがトライピースだから現場に向かったらしいが……」
「災害の影響が強すぎて、一部の生徒と軍の人間しか結局迷宮内には向かえなかったっす。ちなみに、一部の生徒にはシロさんも含まれてるっすよ」
合点がいった。無関係ではない。か。
ーーシロは確実に俺の秘密を知っている。
「そか、翡翠でも分からないなら後でシロに聞いてみるよ。二人ともごめんな。急に変な話をして」
両者共、大丈夫、と肩をすくめたが、その表情は先ほどより張り詰めたものであった。そういう俺もキツイ表情をしているはずだろうが……。
「俺は、あの災害が何故起きたのか。防ぐことはできなかったのか。それら全部を知るためにここに転入してきたんだ……だから……」
俺の独り言は、昼休みの喧騒の中に消えていった。