兄弟は似る。
兄を殺したいほど憎い。
声を出せなかった。
昨日まで平凡だった毎日が一気に壊された気がした。
今日まで育ててくれた人は血をふきだして、
頼りになっていた人は必死にその人を殺していた。
こっちを向いた兄の真っ赤な目はまるで血に染まった色に見えて。
俺の兄は父と母を殺した。
恨んでいる。
恨んでいる以上のものがあるかもしれない。
いつか俺は絶対にあいつを殺すと決めている。
兄と同じなのが嫌だ。
髪の色も、目つきも。
目の色も。
だから、髪を染めた。
目も、カラーコンタクトをつけた時期もあった。
でも、目つきは変わらない。
どう足掻いても似てしまう。
ただ一つ言えるのは兄の目は、父にも母にも似ていない、人を殺せる目だ。
中学生になって、親がいない悲しみが身に染み付いた。
参加懇談は誰かがくる事はない。
お袋の味はない。
洗濯物も自分達でしなければいけない。
兄は夜中に何処かに出かけては金を持ってくる。
もしかしたら、強盗でもしているのではないだろうか。
祖父からおくられる金で普段はやりくりしている。
それは満足とまではいかないが生きていける金額だ。
それ以上に兄は何に金を使っているというのだろう。
もう、俺も受験生だ。
兄の事は、まだ恨んでる。
でも、本当の事が知りたいんだ。
あの夜、兄は泣きながら母の上にまたがっていたのではないだろうか。
ドタドタと音がして、目を、覚ました。
兄の苦痛の叫び声で、更に目を覚ました。
思わず起き上がった俺は母の口に何かを含ませている兄がいた。
その目は、とても赤くて、とても、鋭かった。
直後母は口からドバドバと血を吐き出しはじめた。
母の苦しそうな呼吸音と、兄の笑う声がきこえた。
「うっ…」
思い出しただけで、この部屋が血の匂いがするきがして、吐き気がする。
「秋人」
ドアがあいて兄がきた。
「なんだよ…」
その姿も見たくない。
「飯。」
そう言ってコンビニ弁当をだしてきた。
「チッ。」
俺は黙ってそれを受け取った。
いつもはこれで帰るハズの兄が帰らない。
「あのさ、お前何処受験するの。」
今まで、何も気にしてこなかったのに。
「何処でもいいだろ…」
「俺のトコは来るなよ」
「は!?行くわけねぇだろ!?」
こいつは俺から受験する場所をきいて何がしたいんだ。
「で、何処いくんだよ」
「…橋方。」
「へぇ、高いな。」
「お前とは違うんだよ…」
こいつの行っている高校はわりと低い。
俺は、こいつより上を行く。
「お前、俺と似て頭が良かったんだな。」
は!?こいつ頭良いの!?
「くそっ…!!!」
「…受験、もうすぐだしあんま夜更かしすんなよ。」
見下されてる。
ムカつく。
「お前こそ夜に金なんか盗んでなにやってんだよ。」
言ってやった。
兄は少し驚いた顔をした。
「…お前に言う気はない。」
「金ならあるだろ!?ゲームかよ、権力かよ、女かよ!!」
「お前と一緒にするな!!!」
兄は、今まで見せた事ないくらい、怒った顔をした。
「うるせぇ人殺し!」
「…何とでも言え。」
相手にされない、ムカつく。
「…あの夜、お前が母さんと父さんを殺したんだろ。」
「今更何聞いてんだよ。」
本当は、兄が親を殺したなんて、信じたくないんだ。
信じたくないからこそ、聞かなくてはならない。
「母さんは俺が殺した。」
殴りたい。
今すぐ殴って、あの日の母のように血を吐かせたい。
「父さんは………。…ダルい、俺寝るわ。」
「は!?」
良いところで、きった。
でも、母を殺した事にかわりはない。
「今、お前は生きてるから。」
兄は、部屋から出て行った。
「くそ!!!!」
床を思いっきり殴る。
痛い。
何が生きてる、だ。
いつか殺すって言いたいのかよ。
結局何も聞けなかった。
「くそ…くそ…くそ…!!!」
俺が思っているよりも真実はもっと残酷なのかもしれない。
ある休日、兄は俺を無理やり連れて何処かへと出かけた。
「なぁ、何処いくんだよ!」
「何処でもいいだろ」
「良くねぇよお前と歩く俺の気持ちにもなれよ!」
嫌、というわけではない。
心の何処かで今すぐ殺されるのではないかと怯えている自分がいる。
「墓参り…」
「え?」
誰の、と聞く事は許されない様な気がする。
「お前、知ってた?母さんと父さんの墓、なかった事。」
「そうなの?」
初めて知った。
思えば親の墓参りなんて行った事がなかったのではないだろうか。
…親の死から目を背けていた。
「なんでこんな話するんだよ…」
「今から墓に行くからだよ。」
「お前今墓無いって言っただろ」
矛盾すぎる。
兄は何が言いたいんだ。
「いいから黙ってついてこい。」
俺はただ兄の後ろをついていった。
二人で外を歩く事も何処かに出かけるのも、久しぶりのことだ。
いつからこんなにも遠い存在になっていたんだろう。
目の前にいるハズなのに、遠くにいるみたいだ。
「ついた。」
ある一つの墓地。
兄の向かう場所には母と父の名前が書いてあった。
「なんで…」
そもそも無いという話が嘘…?
「俺が作った。」
「…!!!」
やっと、理解した。
きっと兄は、夜中に働いて金をためて…
でも、なんで?
お前が殺したのに。
罪償いのつもり?
「意味、わからねぇ…」
「お前はわからなくていいよ。」
いつも肝心な所ではぐらかす兄が嫌いだ。
…相手の事を思っているのを隠してしまう兄も嫌いだ。
そんなことは口に出さず、ただ目の前にある死に手を合わせた。
朝だ。
兄が部屋からでてきて学校に行こうとしている。
「いってきます。」
「あ、待って。」
俺は作った弁当を兄に渡した。
「え、どうしたの。」
兄は不思議そうな顔でこちらを見る。
いつもは自分の分しか作らないけど。
「コンビニ弁当だけだったら身体に悪いだろ。」
兄はまだ不思議そうな顔をしたままだが弁当を手にとるとカバンの中にしまった。
しかしこっちを向いた顔は青ざめていた。
「お前まさか毒仕込んでるんじゃないだろうな。」
「仕込んでるわけねぇだろ!!!とっとと行け!!!」
ムカつく。
人の好意をなんだと思っているんだ。
兄は靴を履き終えこちらを振り返らず一言言ってきた。
「…ありがとう。」
兄があの夜、なんで殺したのかはわからない。
父があの夜、誰に殺されたのかは知らない。
兄の事はまだ許せない。
でも、それでも久しぶりに兄弟になれた気がした。
ハルトはこの先も真実は話しません。
弟に嫌われていたい、とか自分だけの秘密にしたいとかではなくただ弟の中の親だけは綺麗なままでいてほしいからなんだと思います。
例え弟の中の自分が兄という存在ではなく仇という存在なんだとしても親が自分を大切に育ててくれた優しい人という概念があればハルトはそれでいいです。
アキトが本当の事に気づく事はないと思います。
でもアキトはちゃんとハルトが優しい人間だってわかってます。
この二人はこの距離感のまま生きていく事になりますが、問題はないです。
少しずつ、少しずつでいいからアキトがハルトの事を許してくれたら良いなって思ったり思わなかったり。




