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「平松先輩はずるいです」



 抱えていた本は五冊。それをすべて本棚のあるべき場所に戻し、絢香は空いた手を自分の頰に添えた。火照っていた頰はすっかり冷め、おそらく赤みも引いている。

 坂下の言葉を自分の中で反復した。


『平松さんも彼のことが好きだよね?』


 自覚があるとはいえ、人に言われるのは恥ずかしい。はっきり自分の気持ちについて人に訊かれたのは初めてだった。

 心の中を隠すように両手で顔を覆って、深く息を吐き出す。

 その時、ガラッと扉が開く音が聞こえた。スリッパがパタパタと床を叩く音が近づいてくる。

 顔から手を離した絢香は利用者の邪魔にならないよう司書室へ戻ろうとして、足を止めた。見知った人が本棚で挟まれる狭い通路を塞いでいる。


「こんにちは、相沢さん」

「平松先輩はずるいです」


 絢香を責めた舞の声は低く、その表情は険しい。図書室の本来の利用目的である、本を読みに来たわけではないことは一目瞭然だった。

 だが脈絡もなく開口一番に責められ、絢香の眉間にもしわが寄る。


「……ずるい、ですか?」

「ずるいですよ! 楓先輩の好意にずっと甘えてばかりで! 平松先輩は楓先輩をどう思ってるんですか!?」


 声が大きいとは思ったが、それを指摘したところで聞き入れられないだろう。廊下に出ることも考えたがそれも難しい気がする。

 絢香は背筋を伸ばし、彼女と正面から向き合った。他に利用者が来たらすぐに引き上げる心積もりで。


「それを貴女に言う必要がありますか?」

「っ、好きじゃないなら、邪魔しないでください!」

「私が貴女のなにを邪魔したと言うんですか」


 絢香に会いに来る楓のあとを追ってくる舞を追い返そうとしたことはない。楓との会話を妨害したこともない。絢香はいつだって二人の大騒ぎに巻き込まれる側だ。

 彼女に向ける視線は、我ながら冷えたものだった。


「先輩がそうやって曖昧な態度を取るから……!」

「……川本君が自分を見てくれないのは私のせい、とでも?」


 濁した言葉の先をはっきりと口にされ、舞は頰をカッと赤くする。

 誰しもが楓や舞のように自分の気持ちを声高に口にできるわけではない。思いのまま行動できるわけでもない。その素直さや行動力は確かに長所にもなり得るけれど、他人にまで同じように求めるのは間違いだ。ましてや他人を責める理由にしてはいけないと、絢香は思う。


「私たちの関係がどうなるとしても、私が気持ちを伝えるべきは貴女ではなく川本君本人です。貴女に対して言うことはなにもありません」


 顔を歪めた舞の震える唇からは、もうなにも出てこなかった。



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