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「――さっきの発言は忘れてください間違いです」

上書きしました(2022/6/30)



「先輩、こんにちはっ!」

「うげっ、またかよ! お前友達いないの!?」

「ええっ、いますよぉ!」


 昼休みも放課後も関係なく、絢香に会いに来る楓に舞が会いに来て、絢香そっちのけで騒ぐのが日課になっている。あまりの喧騒にクラスメイトたちも早々に教室から出て行くほどだ。迷惑が過ぎる。


「毎日毎日、そろそろ飽きろ! そして諦めろ! 俺は絢ちゃんに会いに来てるのっ」

「飽きませんし、諦めません! 先輩の彼女の座はあたしのものですから!」

「ちーがーいーまーすー!」


 ゆっくりと帰り支度をしていた絢香の所へ、今日も飽きもせず二人はやってくる。うるさいのでいつ来られるのも嫌だが、とりわけ今は来てほしくなかった。


「ねえ、それより、絢ちゃん、」

「それよりってなんですか!? 先輩の彼女はあたしなのに!」

「だから違うって言ってるだろ!? じゃなくてっ!」


 座ったまま動かない絢香の隣でしゃがんだ楓は、下から顔を覗き込んでくる。


「絢ちゃん、なんか顔赤いよ?」

「……気のせいでは」


 ないと思う。朝起きた時に感じた身体の違和感は、じわりじわりと一日かけて大きくなった。二人の声は頭に響くので、心から来ないでほしかった。

 覇気のない絢香の返答に、楓はなにも言わなかった。ただ立ち上がって、その間もずっと騒いだままの舞を見下ろす。


「相沢、今日は一人で帰れ」

「嫌です! 今日こそは先輩と帰るんです!」


 今日こそ、なんて舞は言うが、なんやかんやで彼女も一緒に下校している。舞は、絢香と楓が分かれる半分ほど手前までは同じ道だ。

 まあ舞が言いたいのは、あくまでも楓と二人きりで、という意味だというのは絢香にだってわかる。でも楓が絢香の前に現れて以来、よっぽどの理由がない限り絶対に絢香の後をついてくる。

 だから舞の言い分が通ることは絶対にないのだと、絢香は心のどこかで思っていたらしい。


「ああもうわかったわかった! 一回だけなら帰ることを検討してやってもいいからとにかく今日は一人で帰れっ!」


 頭を勢いよく掻きむしった楓に驚いたのは、舞だけではなかった。

 緩慢に頭を持ち上げ、二人の顔を見上げる。

 絢香には決して向けたことのない苛立たしげな表情の楓と、パッと喜びに表情を明るくさせた舞はひどく対照的だった。


「絶対! 絶対ですよ!?」

「わかったからっ!」


 何度も念押しして、そしてなにを思ったか絢香に勝ち誇った顔を向けてようやく舞は教室を出て行った。背中からでも喜んでいることがわかる。


「やっと行った……。さて、あやちゃ……っ!」


 珍しく深いため息を吐いた楓が絢香を見下ろし、絢香も何の気なしに彼に視線を移す。

 何故か、楓の頰がポッと赤く染まった。


「……なんですか」


 その唐突さに、眉をひそめる。なんだかろくでもないことを言いそうな気がした。


「か、」

「…………か?」

「か、可愛いっ! お持ち帰りしたい!」


 そうですか、頭沸きましたか。

 クラっとしたのは体調が悪いせいであった方がよほどマシだった。絢香はなんだか泣きたくなる。体調が悪い日くらい静かに過ごさせてほしい。


「絢ちゃん、」

「……なんですか」

「その顔、マジでヤバい。……食べちゃうぞ!」


 見たこともない真剣な顔で言うことではない。絶対に。


「何処の狼でしょうか……」

「え、本当に食べてい」

「いいわけないでしょう調子に乗らないでください」


 目元を手で覆って、ここ最近で一番深いため息を吐いた。同時に身体の力も抜けそうになって、机に肘をつく。

 ようやく舞を強引に一人で帰した理由を思い出したらしい楓が、再び絢香の隣にしゃがみこんだ。上から降ってきていた声が、横から聞こえる。


「あわわわわわそうじゃん絢ちゃん、体調悪いんでしょ!? 大丈夫!?」


 指の隙間からそっと彼の様子を窺う。眉尻を下げた情けない顔は、心から絢香を心配している。舞に向けた苛立ちの欠片もない。

 勝ち誇った舞の表情が、絢香の脳裏から離れずにいる。


「どうして、一回くらいならいいとか言ったんですか」


 自分でも驚くような、弱い声だった。


「えっ?」

「貴方が好きなのは、私じゃないんですか……」


ぽかん。口を開けた間抜け面で、楓が動かなくなった。

 指の隙間からそれを見ていた絢香は、途端に恥ずかしくなった。目元だけを覆っていた手で、顔全体を隠す。今度は隙間もないほどきつく指を閉じた。

 散々痴漢だのストーカーだの盗撮魔だのと言ってきたのに、気付けば。こんな。


「――さっきの発言は忘れてください間違いです」

「絢ちゃん」


 心臓が縮こまるほどに、優しい声だった。

 顔は見えない、見れない。でも向けられると胸がざわっとする、あの笑みを浮かべているのではないかと思った。


「俺、絢ちゃんが好きだよ。相沢と付き合うなんて絶対ない。それにさっきのは検討してやってもいいであって、二人で帰るとは言ってないから!」


 軽々しく好きと言うなと言い伏せた時以来、楓はどうしてこのタイミングで、と思う時にばかり伝えてくる。正しく、絢香が言葉を失ってしまう時ばかり。そういう察しだけはいいのが腹立たしい。

 でもそれに安堵してしまった自分の気持ちから目を背けるのは、やっぱりそろそろ難しいのかもしれない。



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