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「……軽々しく好きとか言わないでください」

上書きしました(2022/6/30)



「絢ちゃんってば今日も可愛いねっ!」


 昨日読み始めた本が予想以上に面白くて、絢香は続きをゆっくり読む為に普段より早く登校した。この時間なら人なんてほとんどいないだろうから静かに読めると思って。

 自分の教室に行く為には楓のクラスの前を通らなければならない。でもどうせまだ誰もいないだろうとそのまま普通に通り過ぎようとして、予想外にかけられた明るく陽気な声と肩にかかる重みに、絢香の肩がびくっと跳ねる。


「……いちいち首に巻きつかないでください。暑苦しいですし、本が読みたいのに字が読めなくなったらどうしてくれるんですか」

「まさかの馬鹿菌扱い!? そんなに嫌がらなくてもいいのにっ」


 飛び退くように離れた楓を一瞥し、絢香は小さく嘆息した。


「……早いですね」

「俺はいっつもこれくらいだよー? 絢ちゃんこそ早いね! あっ、もしかして俺に早く会いたかったからとか!」

「断じて違います。調子に乗らないでください」


 楓は校則違反ギリギリの茶髪をいつもワックスで軽く整えている。ワイシャツは一番上のボタンが開いていて、袖は肘のあたりまで腕まくり。見た目だけならチャラい系だけど清潔感はそこそこあって、誰とでもすぐ仲良くなれちゃうモテ男。

 見た目だけなら朝が弱そうに見えるというのに、まさかだった。


「あーやちゃーん?」


 わざわざかがんで下から覗き込んでくるなにも考えてなさそうな呑気な顔に一発かましたくなる。やらないけれど。


「私は読書がしたいので邪魔しないでください」

「今日も絢ちゃんってばつれないんだから!」


 これ以上相手にするのも時間の無駄かと、絢香は止まっていた足を動かした。しかし彼は騒ぎながら後ろをついてくる。


「あーやーちゃーん、無視しないでよーっ」

「五月蝿いです」

「ひどいっ! でも俺はどこまでもついて行くっ」

「迷惑です」


 結局そのまま教室の中までついてきて、前の席に図々しくもこちらを向いて座った。絢香が本を開いて読み始めれば、勝手に机に頬杖をついてじっと見つめてくる。

 その視線を鬱陶しく感じて文句を言うよりも先に、彼女の顔を凝視していた楓が口を開いた。


「絢ちゃん、昨日夜遅くまで本読んでたでしょ」

「はい?」

「目の下にクマ、できてるよ?」


 自分の目の下を指して、「絢ちゃんの可愛い顔にクマなんて似合わないよ!」なんて喚いている。

 絢香は左手で目の下をなぞって、呟いた。


「クマ、なんてありますか?」


 確かに昨夜はいつもより遅くまで起きていて、正直今も少し眠いくらい。けれど朝自分で鏡を見た時はなにも思わなかった。


「うん、あるね」

「……自分じゃわかりません」

「俺にはわかっちゃうんだなぁ。なんででしょう!」


 問いかけてはくるが絢香に答える気が一切ないことは承知の上なのだろう。彼女がなにか言うよりも先に自分で答えを口にした。


「だって俺、絢ちゃんのこと好きだもん」


 頬杖をついたまま、楓はあまり見せないような顔で、ふんわり笑う。いつもの無駄に明るい印象を与えるようなものではない、顔だ。


「……軽々しく好きとか言わないでください」

「いたっ!」


 左手で目の前の頭に手刀を落とす。力なんてこもってないのに、彼は大袈裟に痛がっていたわるように頭部を撫でた。


「前にも絢ちゃんに同じこと言われたから、ここぞって時だけにしてるのになー」


 本気なのにまだ軽々しく聞こえるのかーと拗ねた顔をするのを無視して、本へと視線を落とす。続きが気になって仕方がないはずなのに、どれだけ文字を追いかけても文章として頭には入ってこなかった。


「そんなの、知りません」

「えぇー? ホントなのにー」

「知りません。そろそろ教室に戻ったらどうですか」


 本はほとんど読めないまま教室には続々と生徒たちが登校してきていて、廊下もざわざわと騒がしい。

 楓が座っている席の持ち主であるクラスメイトもリュックを下ろしながら歩いてきた。


「あ、ここ席? 勝手に借りちゃって悪いねー」

「いや、まだ使ってくれてていいよ」

「もう教室戻るから大丈夫」

「そ?」


 机にリュックを下ろしたクラスメイトに軽い口調で手を合わせ、楓は椅子から立ち上がって席を譲った。


「じゃあ俺戻るね?」

「さっさと行ってください」

「また来るねー!」


 本から視線をあげない絢香を気にした風もなく、へらりと笑い手を振りながら去って行く。すれ違い様、女子の何人かに「楓じゃん。今日も懲りずに平松さん?」と話しかけられて「そだよー。そっちは彼氏と順調?」などと返している。

 振り返ることはなく扉から出て行ったその背中を、本を読んでいるフリをしながら横目で絢香が見ていたことを、彼は知らない。



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