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I'm a loser

I'm a loser

作者: KoKo

道徳が欠如している話です。一応ハッピーエンドのつもりですが、ハッピーな感じではありません。

昔から人と争うのが苦手だ。


一年前、会社を辞めた。


同僚の横領に気づいたけれど、密告することも同僚を問い詰めることもできず、怖くなって逃げ出した。


甘ったれの負け犬。


姉はそう罵ったけれど、義兄に相談して職を紹介してくれた。


今は、義兄が経営するバーの雇われ店長をしている。


オフィス街の一等地にあるので、店はわりと繁盛している。


勉強して、一通りのカクテルを作れるようになったし、お酒の種類にも詳しくなった。


このまま店長としてやっていこうかと本気で考え始めた頃、元彼が客として来店した。


元彼、久住涼はまるで別人になっていたので、向こうから声を掛けてこなければ、気づかなかっただろう。


茶髪は黒い短髪になっていたし、ピアスもつけていなかった。


スーツを着て眼鏡をかけている姿は学生時代の涼とはかけ離れていた。


「霧子だよな」


カウンター越しに話し掛けられた時はすごく驚いた。


涼と私は、大学一年から二年間付き合っていた。


別れた理由は、涼に好きな人ができたからだった。


元々、涼は、気の多い男で、いつも複数の女の子と付き合っていた。


本命を作らず、私も大勢いる遊び相手の一人だった。


大抵の子は、一、二回遊んでお終いにするか、涼の浮気性に愛想を尽かして去って行った。


多分、涼と一番長く関係を持っていたのは私だろう。


私は遅れて来た初恋に浮かれていた。


大勢の内の一人でもいいから、涼の傍にいたいと本気で思っていた。


でも、大学三年の秋、涼がとうとう本命の子を見つけたので、私はふられた。


涼を好きだったけれど、本命の子と争う勇気なんてなかった。


それにちょうどその頃、私と姉を育ててくれた祖母が病気で倒れたので、私は大学を休学した。


同情されるのは嫌だったから、私の居場所や連絡先を涼に言わないよう友人を口止めした。


祖母が営んでいた料亭の手伝いやら祖母の看病やらをしているうちに一年休学してしまい、大学に復学した時、涼はもう卒業していた。


七年ぶりだろうか。


ぽかんとしていたら、涼が小さく笑った。


「お前、変わんないな」


「そう、かな」


口の中で呟いた時、カウンターの端に座っていた常連の横田さんが私を呼んだ。


「霧子さん。おかわり」


「はーい。注文決まったら、声掛けて」


物言いたげな涼から離れて、横田さんの席の前に移動する。


シェイカーをシェイクしている間中、涼の視線を感じていた。


じっとりと絡みつくような視線。


涼は、変わった。


外見だけでなく、中身も。


横田さんと少し談笑した後、涼のところに注文を取りに行く。


「ウォッカ。強いの」


「飛ばすね。ま、いいけどさ」


ロシア産のウォッカをグラスに注ぐと、涼は一気にあおった。


涼は、低い声で呟いた。


「ボトルごと置いといて」


「これ高いんだけど」


「かまわない」


「霧子さ~ん」


ほろ酔いモードの横田さんがおいでおいでと手招きしている。


「行けよ。呼んでるぞ」


「う、ん」


様子のおかしい涼に一抹の不安を感じつつ、横田さんの方に向かった。


三時間後、不安は現実のものとなってしまった。


涼は、人気のないカウンター席に突っ伏していた。


なんとか涼を動かそうとしたけれど、私の力では無理そうだ。


バイトの室町君を先に帰したのは失敗だった。


さっき確認した時、涼の姿は見えなかったからもう帰ったのかと思ってたのに。


「涼、立って。ねえ、起きてってば」


何度も揺さぶっているうちに涼が目を開けた。


とろんとした目で私を見上げる。


「キ、リコ」


「店仕舞いだから、帰ってよ。私も早く帰りた・・・」


ふいに腰に腕を回されたと思うと、ぐいっと引き寄せられた。


ぎゅうぎゅう抱きしめられて、私は大きく喘いだ。


「やめて」


突き飛ばそうとしても物凄い力で封じ込められてしまう。


身体が宙に浮いて、カウンターの上に押し倒された。


涼がもがく私を乱暴に押さえつける。


泣き叫んだけれど、涼は止めなかった。


私のシャツを引き裂いて、タイトスカートを捲り上げる。


「どうして俺から逃げた」


涼が吼える。


「お前が消えた後、事情を聞かされた時の俺の気持ちがお前に分かるか」


怒りに喉を震わせる。


かつて何度も私を包んでくれた体温が、今は私を閉じ込める。


涙で視界がぼやけているから、涼がどんな表情なのか分からない。


痛い。身体も心も痛い。


揺さぶられているうちに何もかも感覚すら分からなくなった。


「ごめん、霧子。俺は、」


意識を完全に手放す前に重要なことを言われた気がした。


「霧子さん、霧子さん」


肩を揺さぶられて目を覚ますと、バイトの室町君が立っていた。


「店に泊まりでこの時間まで寝てるなんてよっぽど疲れてますね」


室町君の呑気な顔を見たら、昨夜のことが夢のように思えたけれど、私の身体はじくじくと痛み、事実を伝えていた。


「ごめん。一旦家に帰って、シャワー浴びてくるから、お店頼んでいい?」


「いいっすよ。月曜の早番なんて客来ないから、俺一人で充分っす」


室町君は、八重歯を見せてニッと笑った。


「ありがと。なるべく早く戻るから」


帰宅してシャワーを浴びた後、景気付けにビールを呑んだ。


泣いてなんかいられない。


泣いたところで何も解決しないし、誰も助けてくれない。


お気に入りのパンツに白いジャケットを合わせて、ばっちり化粧した。


涼は、きっと私に会いにくる。


言い訳だろうと謝罪であろうと聞いてあげよう。


そしたら、七年前の気持ちを伝えよう。


めちゃくちゃされて、初めて気づいた。


私は、もっと自分を大切にするべきだった。


身体は守れなかったけれど、せめて恋心くらいは大切にしたい。


涼は、会いにきた。


ひどい顔をしていた。


七年前、私が姿を消した時も同じ顔をしていたのだろう。


二年もずるずる関係を持っていた女と別れた後、女の微妙な事情を聞かされて、謝ろうと思い、連絡取ろうとしても連絡先も分からない。


罪悪感で苦しんだにちがいない。


「警察に突き出せよ」


開口一番、物騒なことを言う。


「ううん」


涼は、首を横に振る私を驚いたように見る。


私は、本当のことを話した。


「七年前、涼に別れてほしいって言われた時、本当は別れたくなかった。遊び相手でもいいって自分に言い聞かせていたけど、そんなの嘘。涼の一番になりたかった。いつか私のことを好きになってくれるって思い込んでた。涼が別の人を好きになったって聞いた時、自惚れていた自分が死ぬほど恥かしくなった。恥ずかしくて逃げてるうちにお祖母ちゃんが倒れて、何もかも手遅れになった。ごめん。私、涼のことすごく好きだったから、同情されるのは嫌だった。私がつまらない意地を張っていたせいで、涼に罪悪感を持たせちゃったんだよね。本当にごめんなさい」


「俺は、」


涼は絞り出すような声で言った。


「お前がいなくなった後、田川弓に何度も頼んでやっとお前の実家の住所教えてもらった。会いに行ったけど、お前はいなかった」


「お祖母ちゃんが死んだ後、家を売って料亭も閉めたんだ。色々あり過ぎて、誰とも会いたくなくて、弓にもしばらく連絡できなかったから、行き違いになったんだね」


笑おうとしたのに涙が零れた。


「あれ。ごめん、ごめんね。平気なんだよ。ホントに大丈夫だから」


泣くのはずるい。


被害者ぶってるみたいだ。


私は涼を傷つけて、涼も私を傷つけた。


喧嘩両成敗だから。


拭っても拭っても涙が出てくるから、カウンターの下にしゃがみ込んだ。


「あ、ちょっとちょっと。お客さん」


室町君の困惑した声が聞こえた後、力強い腕が私を背後から抱き込んだ。


「俺を殺してくれ」


「いっそ殺してくれ。これからお前を守る権利を与えてくれないなら。お前を好きでいることを許してくれ」


濡れた頬を手の甲で拭われる。


額に落ちる甘い感触が戦いの始まりを告げる。


付き合って二年。


離れて七年。


争いの準備に九年も費やしてしまった。


長い争いになるだろう。


私達は、互いに残りの一生を懸けて争い続けるのだ。


タイトルはビートルズの曲名を借りました。

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