見えない友達の友達、千絵ちゃん【2000文字】
「菜津帆ちゃんがいつも言っている『千絵』ちゃんって誰のことか、沙良ちゃん知ってる?」
クラスの子にそう訊かれて、私は曖昧に笑った。
「ここにいるよって言うんだよ。なんか気味悪いよね」
千絵は突然現れた菜津帆の友達だった。
小学2年生の遠足の時、駅のホームで電車を待っていた。
私は菜津帆と手を繋いでいた。
みんなも2人ペアで手を繋いでいて、動物園楽しみだねと言い合っていた。
そこに急いでいたサラリーマンが通って、菜津帆とぶつかった。
運の悪いことに、菜津帆だけが線路に落ちていった。
私は、手を離してしまった。
その時の菜津帆の顔は今でも忘れられない。
擦り傷だけで済んだが、念の為に菜津帆は数日学校を休んだ。
5日目にお見舞いに行って、菜津帆は私を見るなりに笑顔を向けてくれた。
「沙良、来てくれたの?ありがとう」
「ケガはどう?」
「もう大丈夫だよ。今ちょうどね、千絵も来てくれていたんだよ」
「え?」
「千絵、この子は沙良だよ。私の友達」
菜津帆は窓に向かって喋っていて、嬉しそうに紹介した。
「沙良も初めましてだよね。この子は千絵って言うの、私の友達なんだ」
その笑顔に現実味がなかったことだけは覚えている。
部屋には私と菜津帆しかいなくて、私には何も見えなかった。
『千絵』が生まれたのも、菜津帆がおかしくなったのも、私のせいだ。
私が手を離さなければこんなことにはならなかった。
それからは『3人』で遊ぶことが多くなった。
千絵はいつも菜津帆といるし、菜津帆はいつも千絵に話しかける。
最初はただ不思議がっていた他の子達も、次第にと寄り付かなくなった。
沙良ちゃんも一緒にいるのやめたらいいよ、と言われたけど、私はそばを離れなかった。
日を追うごとに菜津帆は千絵への信頼を増していくし、その存在が色濃くなっていく。
それでも私は菜津帆と千絵と過ごした。
「沙良ちゃん、ごめんなさいね」
遊びに行った時、菜津帆ママは悲しそうな顔で私に謝った。
「もし一緒に遊べなくなっても、それは沙良ちゃんのせいじゃないからね」
菜津帆ママは泣きそうな顔で笑っていて、たぶん私も同じ顔をしていた。
そして、とうとう事は起こってしまった。
「菜津帆ちゃん、気持ち悪いっ!千絵が千絵がって、お化けの話ばっかりしないでよ!」
葵ちゃんが手を払うようにして菜津帆を突き飛ばしていた。
私が、掃除道具を片付けに行っている間のことだった。
もちろん、千絵が菜津帆を抱き止められたりはしなかった。
「お化けじゃないよ!千絵は私の友達だもんっ!」
「そんなのどこにいないし、誰にも見えてないんだから変なこと言わないでよ!」
「変なことなんか言ってない!」
掴み合いに発展して、私は慌てて2人の間に入った。
千絵は見ているだけで手伝ってくれない。
「やめてよ、2人とも」
「千絵に謝ってよ!」
「謝らないよ!だっていないもん!」
葵ちゃんはキッと菜津帆を睨むと、私にも怒鳴った。
「沙良ちゃんも言ってよ、そんな子いないんだからやめてよってさ!沙良ちゃんがほっとくから菜津帆ちゃんが変なんだよっ!」
菜津帆の動きがピタッと止まった。
私が振り向くと、生気を失った顔の菜津帆が、私をじっと見ていた。
その目が焦点が合っていなくて、思わず手を伸ばしそうになった。
「菜津…」
呼び終わる前に、菜津帆は教室を飛び出した。
千絵も一緒に出ていく。
葵ちゃんと私はぽかんとして、私だけが先に意識を取り戻して、その後を追いかけた。
「菜津帆!」
まだ帰りの会が終わっていないのに、川沿いまで走ってきていた。
「菜津帆、待ってよっ!」
「来ないで!」
菜津帆は立ち止まると、こちらを向かずに叫んだ。
影が踏めるほどそばには千絵がいた。
「どうせ沙良も気持ち悪いって言うんでしょ!?」
悲痛な叫びに、私の体が引き裂かれそうだった。
なんとかしないと、菜津帆も一緒にバラバラになっちゃうと思った。
「葵ちゃんも奏ちゃんも実くんもそう!ママもパパも!みんな千絵がいないって言う!」
叩きつけるみたいに、菜津帆は大声で続けた。
「千絵はここにいるもん!どうして私の友達を馬鹿にするの!」
「私だって、菜津帆の友達だよ…!」
千絵に負けた気がして、悔しくて叫んでいた。
ようやく菜津帆はこっちを向いた。
「…沙良だって、気持ち悪いって思ってるんでしょ?」
「千絵はいるよ」
「いいよ、…嘘つかなくて」
「いるよ。こういう時に何も言わないくせに、ちゃんとして欲しい時は冗談ばっかりだから、私困ってるもん」
私には見えないけど、千絵が顔を近づけて睨んでくる。
「本当…?沙良は千絵がいると思う?」
「いつもいるから、菜津帆と2人で遊べないのがイヤ」
「…じゃあ、今度は家で待っててって言わなきゃ」
肩の力が抜けたのか、菜津帆の片目からポロリと一粒涙が落ちた。
「…戻ろうよ、ランドセル置いてきちゃった」
「…そうだね。千絵も一緒に行こう」
私は菜津帆と、千絵も菜津帆と手を繋いだ。
私たちは、『3人』で並んで歩いた。
了
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