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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

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第九話:後継者

第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

「ユルサヌ……オロカナ人間ドモォォオオッ!!」


 憎悪に染まった咆哮が、燃え盛る村に木霊する。悪魔と化したルーシェの赤い双眸が、聖騎士団の指揮官ゲーズを明確な殺意と共に捉えた。

 次の瞬間、彼の姿が掻き消える。常人の動体視力では捉えきれぬほどの速度で、ゲーズとの間合いを一気に詰めていく。

「な、なんだこいつは……! これが、これが悪……まぁぁあああああーゲボラギグァッ!」

 ゲーズの隣にいた兵士二名が、何が起きたのか理解する間もなく絶叫した。ルーシェは彼らの存在など意にも介さず、通り過ぎざまに鉤爪で鎧ごと身体をズタズタに引き裂く。返す刀で、左の――天使の掌から迸る漆黒の炎が、瀕死の兵士たちの身体を骨の欠片も残さず燃やし尽くした。

 そして、一切の淀みない動きで回転すると、その勢いのまま、本命であるゲーズに悪魔の爪を振り抜いた。


 ガキィィンッ!

「ぐっ!?」

 ゲーズは辛うじてその手に持った剣で一撃を受け流すが、人知を超えた凄まじい衝撃に腕が痺れ、身体ごと後方へと吹き飛ばされる。

「く、ぐぁっ……!」

 膝をつき、必死に体勢を立て直したのも束の間。目の前には、憎悪の炎を滾らせるルーシェの赤い瞳が、既に迫っていた。その距離、わずか数センチ。

「なん、だとっ! 貴様は一体、何者だァァ……」

「キエテナクナレェェェェッ!!」

 絶叫と共に振り抜かれた悪魔の鉤爪が、ゲーズの分厚い鎧を紙のように貫き、その腹部を深々と抉った。

「ゲボラグガァァ……! ば、馬鹿な……この俺が……。ディ、ディビラァァ……さまぁ……」


 腹部と口からおびただしい量の血を逆流させながら、ゲーズはその場に崩れ落ちる。その目は大きく見開かれたまま、二度と動くことはなかった。

 指揮官の、あまりにも呆気ない死。

 その光景を目の当たりにした生き残りの聖騎士団員たちは、完全に戦意を喪失した。

「お、おい……ど、どうするんだよ……ゲーズ指揮官が、一撃で……」

「にげろ! 逃げるんだ! こんな化け物、聞いてねぇぞ!」

 彼らは恐怖に顔を引きつらせ、蜘蛛の子を散らすように一斉に森の奥へと逃げ出そうとする。


 だが、ルーシェがそれを許すはずがなかった。


 バサッ、と黒と白の非対称な翼を大きく広げ、空へと舞い上がる。そして、逃げ惑う兵士たちの上空から、死の宣告を下すかのように急降下した。

 鉤爪が閃くたびに、魔弾が炸裂するたびに、聖騎士団の兵士たちが悲鳴を上げる間もなく命を散らしていく。

「やめっ……! 助けてくれ! お、俺は命令で仕方なく……!」

 燃え盛る家屋の陰で、聖騎士団の最後の一人が震えながら命乞いをした。三本角の悪魔を前に、そのプライドも忠誠心も、とうに消え失せていた。


 ルーシェは、その哀れな男の前にゆっくりと降り立つ。

「タスケロ、ダト……?」地を這うような、低い声が響く。

「ムテイコウノ村人タチヲ、スキカッテニ殺シテオイテ、自分タチガソノ立場ニナッタラ……助ケテクレ、ダト……?」

「ひいぃぃぃっ! ち、違うんだ! 悪かった!本当に悪かった! あんたら悪魔を、もう二度と……!」

 男は腰を抜かし、恐怖に引きつった顔で、ただただ許しを請う。


 悪魔は、しばし黙っていた。そして、静かに告げた。

「……ワカッタ……」

「ほ、ほんとか!? 助けてくれるのか! ありがとう! ありがと――ァガグゲバボギャッ」

 安堵の表情を浮かべた男の首を、ルーシェは悪魔の爪で容赦なく刎ね飛ばした。

 血飛沫を浴びながら、ルーシェは静かに呟く。

「コレデ、ワカッタ……。悪魔ト人間、ドチラガ本当ニ、コノ世界カラ滅ビルベキ存在ナノカガ」


 彼は、天に向かってひと際激しい咆哮を上げた。

「グゥゥオオオオオオオオオオオッ!!」


 凄まじいまでの魔力の波動が空気そのものを震わせ、衝撃波となって村全体に広がる。その圧倒的な力の前では、猛威を振るっていた炎すらも無力だった。家屋を、畑を、水車を燃やしていた全ての炎が、その咆哮一つで一瞬にして掻き消された。


 村には、暗闇と、死体だけが転がる不気味な静寂が戻る。

 月明かりの下、悪魔は三本の角を天に向け、復讐の誓いを新たにするかのように、もう一度、咆哮を上げた。

「ウケテタトウ……。人間、ソシテ……我ガ兄、ギルシェ……!」

 そのあまりにも禍々しく、そして神々しくもある光景に、息を殺して見守っていた村人たちが、徐々に固まっていた身体を解いていく。

 ステージの上では、コルネとアークが呆然と座り込み、ジャイムは斬られた足の痛みを堪えながら、その一部始終を見届けていた。


 やがて、生き残った村人たちに支えられ、ジャイムがルーシェの前へと進み出た。そして、悪魔の姿となったルーシェを前に、何のためらいもなく深々と膝をつき、頭を垂れた。


 その行動に、ルーシェだけでなく、コルネたちも目を見開く。

「その、天を衝く三本の角……。全てを焼き尽くすかのような、赤き瞳……。そして、闇と光を同時に宿す、漆黒と純白の非対称の翼……。伝承に伝わるお姿と、寸分違わぬ。……間違いないじゃろう」

 ジャイムはゆっくりと顔を上げ、ルーシェの赤い瞳を真っ直ぐに見据え、厳かに、そして歓喜に満ちた声で告げた。

「伝承の通り、我らが悪魔族、これよりあなた様へと忠誠を誓います。悪魔領へのご帰還、永きに渡りお待ち申し上げておりました……」


 そして、その場にいる全ての悪魔たちの心を震わせる、一言を紡いだ。

「――我らが王の、後継者様」

「……後継者……?」

 ジャイムから放たれた、あまりにも突拍子もない言葉。ルーシェは、その意味を理解できず、戸惑いの表情を浮かべた。後継者? 俺が? 悪魔の王の?


「グァアア!?」

 その瞬間、激しい頭痛がルーシェを襲った。額の赤い単眼が不規則に明滅し、彼の身体を漆黒の闇にも似た光が包み込む。角が、翼が、鉤爪が、まるで幻だったかのように消えていく。

 光が収まった時、そこに立っていたのは悪魔ではなく、元の――メルスキア第二皇子ルーシェの姿だった。

「お、俺が……後……継者……」

 それが、彼の意識が保てた最後の言葉だった。力を使い果たした身体は糸が切れたようにバランスを崩し、ルーシェは静かに地面へと倒れ込んだ。

第十話:『伝承の王』に続く。

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