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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲

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第七十話:希望

最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲

『――愚かなり――愚かなり――愚かなり――!!』


 目の前に佇む異形の怪物、『天魔神葬』から呪詛のような声が響き渡る。その声は空間を振動させ、聞く者の精神を削り取るように不快だ。

『――愚かなり――愚かなり――愚かなりぃいいいいいい――!!!』

 瞬間、その巨大な質量からは想像もつかないほどのスピードで距離を詰めてくる異形の口が、ルーシェとコルネにその無数の牙を向けて迫ってくる。

封呪思魂(ふうじゅしこん)円方陣(まどかほうじん)!」

 咄嗟に前に出たコルネが、高速でその手に印を結ぶと、たちまち現れた幾何学的な光を放つ円形の巨大なシールドが、その牙を真正面から受け止め弾き返した。


「ルーシェっ!!!」

 コルネが叫ぶ。

「らあぁああああああ!!!!」

 その声に呼応するように、ルーシェが高く跳躍し、空中で回転しながら落下エネルギーを剣に乗せ、『天魔神葬』の巨大な口を真っ向から斬り裂いた。そして着地した瞬間に振り向くと、休む間を与えることもなく怪物へとその刃を向け、神速で踏み込んでいく。

「メルスキア剣術が一刀・虚空七式皆伝こくうしちしきかいでん――絶落迅円(ぜつらくじんまどか)!!」

 ルーシェの身体が光の粒子となり、円を描くような剣閃が空間そのものを切り取った。その範囲の全てを一瞬同時に、塵になるまで粉々に斬り刻むような神速の連撃。

 まるで空気全てが鋭利な刃となったかのように、その不可視の剣の嵐が『天魔神葬』の身体を斬り刻んでいく。


『――グゴォガアアアア――愚かなり――愚かなりぃいいい――!!』

 全身を斬り刻まれた異形の口は、尚も呪詛のような言葉と咆哮を繰り返しながら、まるで痛みを感じていないかのように不気味に身を捩っている。

 『天魔神葬』に刻まれた傷は深く、その身体を抉り取っているかのように見えた。だが、怪物の動きは鈍ることなく、すぐに振り向くと、ルーシェへとその醜く巨大な拳を無造作に振り抜いてくる。

 まるで重力波のように重く深い一撃。

「っ!!」

 ルーシェは咄嗟に後方へと跳躍し、剣を横にして身体の前へと構えた。だがその衝撃を殺しきることはできず、吹き飛ばされていく。

 『天魔神葬』は大ジャンプすると、そのままその巨体でルーシェを押し潰そうと落下してきた。

「封呪思魂・砂偶傀儡(さぐうくぐつ)!』

 コルネの叫びと共に、ルーシェの目の前にどこからともなく砂嵐が巻き起こり、砂で形成された巨人が現れると、そのまま飛び込んでくる『天魔神葬』へと突っ込み、その身を挺して勢いを相殺する。

 砕けた砂の欠片が雨のように降り注ぐ中、ルーシェは体勢を立て直し、その場から離れた。

「コルネっ! ありがとうっ助かった!!」

 ルーシェはコルネの隣まで戻ってくると、剣を構えながらそう声をかける。だが、その表情は険しい。


 先ほどルーシェが放った必殺の剣技は、確かに『天魔神葬』の身体に無数の致命傷を与えたはずだった。

 だが、その傷口からはシュウゥウウウという不快な音ともにどす黒い煙が上がり、見る見るうちに何事もなかったかのように修復されていっているのだ。

「傷をつけることはできる……だが、あの回復力は異常だ。どこかにコアみたいなものがあるのだろうか」

 ルーシェは砂の欠片を振り払い、ぬるっと立ち上がる『天魔神葬』を見据えながら頭をフル回転させる。

「斬っても斬っても再生されるんじゃジリ貧だ……コアがあるにしてもすぐに再生されちゃ、そこまで刃を届かすことは難しいだろう……」

「……粉々にするしか、ないのかな?」

 隣のコルネが静かに、しかし確信めいた声で呟く。

「……だが、こちらの手数では再生する前にやつの身体を完全に粉々にするのは難しい。悪魔の王の力をもってしても、一瞬のうちにあの巨体全てを塵にするのは……」


 ルーシェが尚も思考を巡らせる中、コルネが目を瞑り、何かを決心したかのようにゆっくりと話し出した。

「ルーシェ……それ、その剣……フレインさんから預かった剣、だよね。スクロニアの魔法剣……」

「魔法……あぁ。確かにフレインは言っていた、この剣にはいくつもの魔力が宿っている、と」

 ルーシェは構えたスクロニア家宝の剣の、美しく輝く刀身を見る。柄にはめ込まれた大きな宝石が微かに脈動している。

「ルーシェ……少しの間だけ、時間を稼いでほしいの」

 コルネがルーシェへとしっかりと目を合わせて、凛とした声を出した。

「私たちだけの力じゃ、『天魔神葬』を一瞬で粉々にするなんてできないけれど……みんなの力を借りれたら、もしかしたら」


 その言葉にルーシェが少しの沈黙をおいて「どういうことだ?」と尋ねた。

「その剣に納められている魔法石。それを通じて外界の、世界中のみんなへと私が声を届けるわ。世界中のみんなの想いを、その魔法石に込めることができたなら……きっと思いもよらない程の力がその剣に宿ると思う……希望の力が……」

 コルネの言葉に驚きと戸惑いを見せながらも、ルーシェは彼女の瞳を見て答える。

「できる、のか?」

「やってみる……ううん、やる! 私は、そのためにここにいるんだもの」

 コルネが力強く答えた。

 その決意に満ちた横顔を見ながら、ルーシェは少しだけ優しく笑みを浮かべると、「わかった! 信じるよ」と短く答え、再び体勢を立て直した『天魔神葬』へと、たった一人で距離を詰めていく。


 ルーシェの背中を見送りながら、コルネは自分に言い聞かせるように呟いた。

「大丈夫。できるよ。私は災厄を封じるための巫女だもん」

 コルネは目を瞑り、両手を胸の前で組んだ。

縁解四方陣(えんかいしほうじん)展開! 届けて……私の声を、世界中のみんなへと! 思魂天声(しこんてんせい)、声を……高らかに!!」

 コルネの全身から、まばゆいばかりに輝く光の柱が立ち昇り、異空間の天井を突き抜け、世界の空へと広がっていく。

 その光はルーシェの持つスクロニアの剣に納められし魔法石を経由しながら、時空を超え、人間領、悪魔領、世界の全てを優しく包み込む、人々の心に直接響く「声」となっていく。

 戦場にいた兵士たち、城で待つ仲間たち、遠く離れた町の人々。全ての者が空を見上げ、その声を聞いた。


「繋がった!!!」

 コルネがそっと目を開いた。その瞳は神秘的な光を湛えている。


『私はコルネット・アンゼリカ・メイデン! この世界を混沌とせしめる災厄『天魔神葬』を封じる巫女!!』

 少女の声が、世界中に響き渡る。それは、絶望に抗うための、最後の希望の始まりだった。

第七十一話:『決着』に続く。

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