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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

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第七話:平穏と争い

第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

 夕刻。燃えるような茜色の太陽が西の山稜に沈み始めると、日中の熱気はすうっと引いていき、心地の良い涼やかな風が頬を撫でていった。


 ラクーメル村の広場には、畑仕事や狩りを終えた住人たちが、家族や友人と連れ立ってぞくぞくと集まってくる。広場の中央には大きな焚火が用意され、その周りを囲むように並べられた長テーブルには、昼過ぎから準備をしていた調理担当の婦人たちが、湯気の立つ美味しそうな料理を次々と運んでいた。

 肉の焼ける香ばしい匂い、果実のパイが焼ける甘い匂い、スパイスの効いたスープの食欲をそそる香り。

 誰もが穏やかな笑みを浮かべ、思い思いの場所に腰を下ろしては、今日の収穫や他愛もない話に花を咲かせていた。

 やがて、村長のジャイムがゆっくりとした足取りでやってきて、広場の中央に設けられた小さな木台の上に立った。ざわめいていた村人たちが、一斉に静まり返り、彼に注目する。


「皆の者、集まっておるな」

 ジャイムの厳かな一言に、村人たちの顔が一気に綻び、今日一番の歓声と拍手が沸き起こった。

「今日は、年に一度の収穫を祝う恵みの祭じゃ! 今年も一年、大きな災いもなく、こうして皆で平和に過ごせたこと、この土地の恵みに感謝し、大いに盛り上がろうではないか!」

「いえぇーい!!」

「村長、最高!」

「始めようぜー! 目の前にこんな美味そうな料理が並んでたら、もう我慢できねぇよ!」

 村人たちは、テーブルに用意された木製のジョッキを手に取り、口々に叫ぶ。ジョッキの中には、芳醇な香りを放つリモの実の果実酒や、子供たちのための甘い果実ジュースがなみなみと注がれていた。

「うむ。それでは、皆の者、今宵は存分に飲んで、食って、騒ごうではないか! 恵みに、感謝を!」

 ジャイムが高々とジョッキを掲げる。村人たちが一斉に「乾杯!!」と叫び、その一言を合図に、恵みの祭は華々しく始まりを告げた。


 アークが率いる楽器隊の陽気な演奏が広場に鳴り響き、大人も子供も、皆が絶品の料理に舌鼓を打ちながら、満面の笑みを浮かべて語り合う。

「ほら、ルーシェ! こっちがさっき採ったリモの実のパイ包みで、こっちは新鮮な野菜のサラダ! スープもまだ温かいわよ!」

 コルネが、手際よくルーシェの皿に料理を取り分けてくれる。

「美味しそうだな。この匂いも食欲をそそる」

 ルーシェはパイ包みを一口齧り、続いてスープを口に運んだ。

「……美味しい。どれも絶品だ。パイはサクサクの食感なのに、中はトロリと甘酸っぱい。スープは野菜の旨味が溶け込んでいるのに、雑味が一切なくて味が澄んでいる……」

 その料理の美味しさに、ルーシェは手を止めることができないほどに次々と料理を口に運ぶ。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。どうじゃ、美味いじゃろうて。お主は本当に運がいい。なにせ、この恵みの祭の朝に目を覚ましたんじゃからな」

 いつの間にか、ジャイムがルーシェの隣に腰を下ろしていた。

「ルーシェよ……お主、酒は飲めるクチか?」

 ジャイムの問いに、ルーシェは少し考えた後、答えた。

「歳は二十四なので飲むことはできます。ですが、目覚めたばかりの身ですので、今日のところはこちらの果実ジュースをいただきます」

 彼は木製のコップに注がれた、美しい赤色のジュースを一口飲んだ。濃厚な甘みが口に広がる。

「へえ、ルーシェって二十四歳なんだ。私より五つも年上だね」

 隣でコルネが意外そうに呟いた。

「私はまだ十九だから、果実酒には興味あるけど、飲めるのは来年までおあずけかな」

 軽快な音楽が流れ、焚火の炎がパチパチと爆ぜる。誰もが幸せそうに笑い、語り、飲んでいる。穏やかな時間。


 やがて、コルネはシッポら子供たちに「一緒に遊ぼう!」とせがまれ、笑顔で子供たちの輪の中へと消えていった。ジャイムも「少し年寄り連中と話してくるわい」と、村の老人たちが集まるテーブルへと向かう。

 一人になったルーシェの周りには、ムニルをはじめとした村の青年たちが代わる代わるやってきては、「人間領土はどんなところなんだ?」などと他愛もない話を投げかけ、共に食事を楽しんだ。

 数時間が経過し、夜空には満月が煌々と輝き始めた頃、祭はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。


「さあさあ、みんな! 宴もたけなわ! ついに来ました、恵みの祭のメインイベント!」

 アークがステージ中央に立ち、リュートのような楽器をジャランと一つ掻き鳴らして叫ぶ。

「我らがラクーメル一番の踊り手、コルネの舞踏の時間だぁっ!!」

 ウォーッという地鳴りのような歓声が上がり、村人たちの盛り上がりは最高潮に達した。

 その万雷の拍手と期待を一身に背負い、コルネがステージの中央へと進み出る。

 彼女はいつの間にか、祭りのために用意されたであろう、華やかで美しい踊り子の衣装に着替えていた。その手には、昼間と同じ、美しい装飾が施された儀礼用の剣が握られている。


 アークが奏でる弦の音が、始まりを告げた。静かで、どこか神秘的な音色から始まり、やがて情熱的なリズムと旋律が夜空に響き渡る。

 その音に合わせて、コルネが舞い始めた。

 見る者を惹きつけてやまない、しなやかで優雅なステップ。観衆の心を揺さぶる、憂いを帯びた表情と、力強い眼差し。完璧に計算された美しい所作。誰もが息を呑み、ステージ上の彼女に釘付けになっていた。

 柔らかな音から始まり、やがて激しさを増していく音楽。クライマックスに向けてテンポは上がり、踊りの複雑さとキレも増していく。 そして、全ての音と動きが一体となり、舞を締めくくる最後の一瞬――。


 ヒュッ、と。空気を切り裂く音が、複数、村の外から響いた。

 次の瞬間、村に投げ込まれた複数の火炎瓶が、木造の家屋を、畑を、穏やかに回り続けていた水車を、次々と爆炎で包んでいった。

 ゴォォォォッという音と共に、平和な村は、一瞬にして灼熱の地獄へと変貌する。

「きゃあああああっ!!」

「うおぉおおっ!? な、なんだ!?」

「火事だ! 家が燃えてる!」

 村人たちは、何が起きたのか理解できないままパニックに陥り、阿鼻叫喚の渦が広場を支配した。


 同時に、村を囲む森の奥から、複数のランプの光がこちらへ向かってくるのが見えた。それはあっという間に村の入り口まで到達し、燃え盛る炎を背に、その姿を村人たちの前に現した。

「ククク……我らは運がいい。大陸間を隔てていた忌々しい結界が砕け、この悪魔領に上陸して早々に、悪魔の集落を見つけるとはな」

 集団の先頭に立つ、一際体格のいい男が、満足げに村を見渡し、歪んだ声で言った。

第八話:『悪魔と人間』に続く。

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