第六十八話:コルネット・アンゼリカ・メイデン
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
「キヒヒヒヒィ! ヒャァアッハッハッハァアアアア!! 復活した! 復活したぞぉおおお!!」
ダークリア城、玉座の間の奥に位置する治療室でトーキスが狂ったように雄叫びを上げている。
「史上最悪の災厄『天魔神葬』! いよいよ人類の選別が始まるのだ!!」
この世に具現化した『天魔神葬』の圧倒的な力の圧迫感。
声にならない根源的な恐怖に、ダークリア城内も例外なく支配され、その場にいる全ての者が金縛りになったかのように身体が動かない。呼吸さえ忘れるほどの絶望がそこに充満している。
「……ざけ、ざけ……んじゃ、ないよ!」
その重苦しい空気の中、膝をつきながらも、どうにか声を絞り出すカトリア。だが、指一本を動かすのもやっとだ。
「な、なぜ……貴様は、動くことができる……」
続くフレインが、まるでこの声にならない恐怖の影響を全く受けていないかのように動いている目の前のトーキスへと声を掛けた。
「キヒヒィアァアア!!! 教えてやろうかぁ……私は天魔神族。外側の世界からこちらの世界にやってきた選ばれし種族だからだよ!」
トーキスが高らかに声を上げ、嘲笑う。
「ま、まて……よ」
その言葉に、かすれた声を絞り出したのは、ディビラとの死闘で力を使い切り、治療室のさらに奥で回復に専念していたはずのリンシェンだった。
リンシェンは寝ていたベッドから震えながら立ち上がると、ゆっくりとした足取りだが、確実に前に進み、トーキスの前まで歩いてくる。
「……ほう。この恐怖の中、天魔神族以外で、そこまで身動きが取れるやつがいるとは……」
トーキスが興味深そうに目を細める。
「へっ……生憎、だな。俺は一度この感覚を経験してるん、で、ね……」
「……なるほど、トリクの街の生き残りか」
トーキスが納得したように頷き、リンシェンが荒い息を吐きながら続けた。
「テメェらが天魔神族って……やつで、この恐怖の影響を受けないってんなら、あの黒キ仮面の女は……なぜ飲み込まれた……」
あのトリクの町での惨劇で、同じ黒キ仮面の女、ミアムは『天魔神葬』に喰われた。同じように恐怖に縛られ、動けないままに。
「……ハハ、キヒャアッハッハッハ!! 何かと思えばそんなことか」
「な、にが……おかしい」
「単純な話さ。黒キ仮面のミアムも、そしてディビラも、あの二人は天魔神族ではないのだよ! 奴らは私がその力を与えてやったにすぎない」
トーキスがいやらしく笑いながら続ける。
「もはやこの世界に純粋な天魔神族は極少数! 長い歴史の中で、人間どもはいつしか天魔神族を紫炎族と呼び、忌みの対象として迫害した。どれだけの同胞が無慈悲に殺されてきたか! だからこそ次は我々天魔神族が選ぶ番なのだ! 本当に必要な者たちだけで、世界を生まれ変わらせる為になぁ!!」
トーキスは手に持った死神の鎌を構え、その瞳に狂信的な光を宿す。
「人間族も悪魔族もこの世界には必要ない! 我らがこの世界を正しく浄化してやろう!」
トーキスが死神の鎌を回転させ、その切っ先をリンシェンの首へと狙いを定めて振り抜いた。
「さあ、始まりだ! 我ら天魔神族の新たな世界の為にぃいいいい!! 死ねぇ!」
ブシャアアアアアッ!!
肉を裂く音と共に、貫かれた身体から大量の血が噴水のように飛び散り、治療部屋を赤色に染める。
「グ……ハァ、ア、ガァ……なぁ、なぁんだとぉおおおおぉ!!」
カランコロンっという乾いた音を立てて、床へと死神の鎌が転がった。
「き、きききき、きさまぁああああ、な……なぜだぁあああああ!!」
トーキスが自身の胸を見下ろす。そこには、背後から突き出された小さな手が、まるで鋭利な刃物のように心臓を貫いていた。
引き抜かれた傷口から尚も大量の血を吹き出しながら、トーキスが膝をつき床に倒れる。絶命する寸前、彼はその背後の人物を見た。
その後ろに、顔を返り血に染めながら立っている影。コルネ。
先ほどトーキスの死神の鎌に心臓を貫かれ、死んだはずのコルネがそこに立っていた。
その瞬間、空気が変わった感覚を覚える。
「な、なんだってんだい……」カトリアが驚愕の声を上げ、続いてノインが「し、心臓を貫かれたはずじゃ……」と震える声を出す。
「大丈夫なの……かって、おい、これっ!」
言いかけたリンシェンは、自身の身体の違和感に気付き、そこへフレインが「……あぁ。先ほどまで縛り付けられていたかのように重かった身体が、今は普通に動かせる……」と続いた。
得体のしれない恐怖に縛り付けられていた身体は、まるで憑き物が落ちたかのように軽く、自由に動かせるようになっている。
「コルネの……力なの、か……」
重症を負い、意識を失っていたアークさえもが目を開けて、ゆっくりと上半身をベッドから起こした。その顔色には色が戻っている。
その横で、カトリアもサティの異変に気付き、声を上げた。
「ま、まてよ……サ、サティの傷口が、治っていってる。ど、どうなってんだい……」
サティの腹部の致命傷が、光の粒子となって徐々に塞がっていく。
「あぁ……俺の身体も、まるで何もなかったかのように力が戻ってる」
続けてリンシェンも、自身に戻った力を確かめるかのように拳を握りしめ、呟いた。
その場にいる全員が、不思議な現象に戸惑いながらも、視線をコルネへと向けていく。コルネ自身の身体も、まるでトーキスに貫かれたのが嘘だったかのように、傷ひとつない完全な状態へと戻っていた。
だが、その纏う雰囲気は、以前のコルネとは似ても似つかない、神々しくも冷徹なものだった。
『まさか……わらわが再び意識を持つ日がやってくるとはの』
その声は、コルネの口から聞こえてはいるが、コルネの声ではない。どこか古風で、威厳に満ちた別人の声色。
「コ、コル、ネ……?」
アークがおそるおそる声をかけた。少しの沈黙が流れる。
『……久しいの、その名で呼ばれるのも。呪いを身勝手に押し付けられた憎き名前よ……。まぁ愛着がないとも言えぬがな』
そう言いながらも、コルネはゆっくりと歩き出す。その足取りには迷いがない。
「あ、あなたは一体っ?」
フレインがその背に慌てて声をかけた。
『天魔神葬とホムンクルス。そんなものが誕生した時から、この世界は混沌の渦の中をずっとぐるぐるとしてきた。飲み込まれぬように蓋をして、気付かないように見ないふりをしながら』
コルネは問いには答えず、独白のように語りながら、尚も足を進めていく。
『……今日は良き日じゃ。その鎖をほどく絶好のな……』
そう言い残すと、コルネはその身体をまばゆい光に包んだ。
彼女は重力を無視してふわりと宙に浮き上がり、壁をすり抜けるようにして、『天魔神葬』が具現化している雪原地帯へと向かって、一直線に飛んで行った。
残された者たちは、ただ呆然とその光を見送ることしかできなかった。
第六十九話:『ルーシェ・バーライド・グリシェン』に続く。




