第六十六話:ルーシェ vs ギルシェ(後編)
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
「ククク、ハハハハハ!! ルーシェ! お前の力はそんなものか? 悪魔の王となったお前の力はその程度なのか?」
ギルシェが不敵な笑みを浮かべながら、空中で攻撃の糸口を探るルーシェを見据えた。
「ギルシェ……その力は一体……」
言いかけたルーシェに向かって、浮遊していた漆黒炎の天使リザメリアが、黒い炎の羽をはためかせながら、高速で間合いを詰めてくる。
リザメリアは、残像を残すほどの速さで瞬時にルーシェの背後へと回り込むと、耳をつんざく甲高い絶叫とともに、その漆黒炎の羽を何倍にも大きく広げ、ルーシェの身体全体を覆い尽くさんと振り下ろした。
「リザメリア黒炎術、第五獄! 円炎地獄!!」
「しまっ!?」
ルーシェが咄嗟に叫ぶも、その瞬間には、数メートルの空間が、ルーシェごとリザメリアの漆黒炎の身体に完全に包み込まれていた。
それはまるで巨大な炎の繭のように空間を切り取ると、その繭の内部で地獄の業火が荒れ狂い、全てを焼き尽くす咆哮を上げた。
「クク、ハハハハハッ!!! どうした? ルーシェ、そのまま身体ごと炭と消えるかぁ!!」
「グガァアアアアアアアアアア!!!」
炎の繭の中心から、ルーシェの断末魔のような絶叫が響き渡る。
「リザメリアの炎に燃やし尽くせないものなどない! 骨くらいは拾ってやろう!」
ギルシェが高らかに叫ぶ。炎の繭の中、ルーシェは全身を地獄の業火に焼かれながらも、その額の赤き単眼をギョロリと見開いた。
目玉が開いた瞬間、赤黎き力が爆発的にルーシェの全身を駆け巡る。
「グガァ……ガァアアアアアアアアア!!!! まだだぁあああ!!」
炎の繭を内側から突き破るようにして、ルーシェがリザメリアの炎に大穴を空けると、そのままギルシェへと一直線に間合いを詰め、悪魔の爪を喉元へと突き立てんと迫った。
ガキィイイン!
だが、ギルシェの闇の刀にそれは寸前で弾かれる。
「そうだ、そう来なくては面白くない。ルーシェよ!」
爪が弾かれた瞬間、ルーシェは左手で次のモーションに入る。天使の掌に高密度のエネルギーが迸った。
「炭になるのはお前だぁあああ!! ギルシェェエエエ!!」
だが、そのルーシェの左手から迸る魔弾に合わせて、ギルシェも闇の刀を持たないもう一方の左手から、圧縮された高密度の炎弾を練り上げた。
ゼロ距離で、ルーシェの白き魔弾と、ギルシェの黒き炎弾が重なり合う。
それと同時に、ルーシェの爪が、ギルシェの闇の刀が、お互いが同時に相手の心臓を貫かんと切っ先を全力で振り抜いていた。
視界が真っ白に染まる。
大地が裂ける程の衝撃と、天をも焦がす熱波が、ルーシェとギルシェの立つ位置を中心に、地上を呑み込むように大爆発を起こした。
「ちょ、ちょ、ちょっ待てぇえええええ!!!!」
その衝撃波で、雪道を急いでいたモッズも、隣を歩くミックス、そして雪原地帯の端に位置していた悪魔領軍、ギルジエンド軍の兵隊たちが大きく吹き飛ばされる。
爆心地の大地は粉々に砕け散り、半壊した。そこへ、地割れによってリルヴェニア海域からの海水が一気に流れ込んでくる。
広大だった雪原地帯は、瞬く間に海水に浸食され、小さな島のようになってしまったいくつもの大地の残り端が、浮島のようにぷかぷかと浮かぶ異様な光景へと変わった。
「ぷっはあぁあああっ!!」
冷たい水の底から、モッズが勢いよく顔を出し、大きく息を吸い込む。その横でミックスも、水から顔を出した。
「ま、まじかよあいつら……ほんもんのバケモンかよ!! 地形変えちまったぞ!」
モッズは体勢を立て直すと、すぐに近くの小さな浮島まで泳ぎ、陸へと上がった。その後をミックスも続く。
「ル、ルーシェ!!」
ダークリア玉座の間で、その惨状をホログラムで見ていたコルネが悲鳴のような声を上げた。彼女はそのまま玉座の間を飛び出そうとするが、フレインがその前に立ちふさがり、そっと引き留める。
「なんで、フレインさん! なんで止めるの! 私に行かせて! ルーシェの元へと行かせてよ! ルーシェが……ルーシェが死んじゃう!」
コルネの瞳からは、大粒の涙が落ちていた。フレインは無言のまま、苦渋の表情で俯く。コルネがその制止を強引に振り切ろうとした時、玉座の間の入口から荒々しい声が響いた。
「はん、やめときなっ! コルネ、あんたが行ったところでどうにもなりゃしないよ!」
重傷のサティを抱え、カトリアが玉座の間へと走り込んでくる。カトリア自身も体のあちこちから血が滲んでいた。
「サティが重傷だ! すぐに治療班を用意してくれ!!」
カトリアは叫ぶと、フレインがすぐに奥の部屋を指し示す。
「奥だ! 奥の部屋のベッドに寝かせてくれ! リンシェンもノインも、アークもそこにいる! 腕のいい治療班が既に待機済みだ! 急いでくれ!」
その言葉を聞いたカトリアが、「コルネ! 手伝ってくれ! 泣いてる場合じゃないよ!」と声を掛けると、すぐさまサティを抱きかかえて奥の部屋へと歩き出す。
コルネもその声に涙を拭ってカトリアの傍まで行くと、サティの肩を支え、一緒に歩き出した。
玉座の間に残されたフレインは、再びホログラムに映る煙に包まれた映像を見ながら、何かを考えるように思考を巡らせる。眉間の皺が深くなる。
「……何か気になることでもあるみたいじゃの?」
その様子を見ていたジャイム村長が、そっとフレインへと声をかけた。
「はい……。何かは分かりません。ですが、先ほどから強烈な違和感が消えないのです」
フレインは尚もじっとホログラムの映像を見据えながら、独り言のように思考を言葉にする。
「……ギルシェの、目的はなんだ? 単純に悪魔領の王となったルーシェを殺し、悪魔領を支配下に置く。それ以外の何かがあるように感じてならない」
「やつがわざわざ単身で戦場に現れ、ルーシェをおびき出し、一対一の戦いをしている理由……ということか?」
ジャイム村長が鋭く問いかける。
「……えぇ。まるで、一対一の戦いをすることこそが目的のような、一対一をしなくてはいけない理由が、ギルシェの真の狙いの中に隠れているような……そんな気がしてならないのです」
フレインの懸念が深まる中、ホログラムの映像が変化を見せた。
やがて爆風が晴れ、もうもうと立ち込める煙の奥から、ルーシェとギルシェの二人の姿がゆっくりと視界に入ってくる。
「グファオアッガハァ……グフゥ、ゲホォ!」
誰かの荒い咳と、血を吐く音が響いた。
煙が完全に晴れ、見えてきた光景――。
ギルシェの握る漆黒の闇の刀は、ルーシェの首元、皮一枚というギリギリのところで止まっている。そして、ルーシェの悪魔の爪が、ギルシェの心臓を、その暗黒の鎧ごと深々と貫いていた。
第六十七話:『この世界の真実』に続く。




