第六十三話:戦いの行方
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
「さあ、悪魔の王よ! 存分に戦おうではないか! ここからが戦争の本番だ……ルーシェ・バーライド・グリシェン!!」
雪原の戦場に現れたギルシェが、天に向かって高らかに叫んだその声。それは魔力に乗って増幅され、不思議な力によって悪魔領全土へと響き渡った。
当然、ダークリア城玉座の間にも届き、城内や城下町を底知れぬ不安と恐怖の色で染めていく。
「ギルシェ……。くっ!」
玉座に座るルーシェは、その忌まわしい声を聞き、拳を力強く握りしめながら、そっと立ち上がる。
「ルーシェ……」
傍にいるコルネが、ルーシェの怒りに呼応するかのように震える声で彼を呼んだ。ルーシェは無言のまま、玉座からゆっくりと歩き出す。
一歩進むごとに、赤黎き力が全身をゆっくりと包んでいき、額の赤き単眼がギョロリと開こうとした、その時だった。
「あなたが……今ここで動くべきではない」
ルーシェの目の前に、フレインが毅然とした態度で立ちふさがり、その進路を手で制した。
「……フレイン。通してくれ……決着をつけなければならないんだ」
落ち着いた声で答えるルーシェ。だが、フレインも引かない。
「だからこそです……。あなたは今やここ悪魔領最大国家ダークリアの王である身。あなたが討たれれば、この戦争は敗北となり、悪魔領は……この世界から消えてなくなるでしょう」
「……だが、ギルシェを討てば、この戦争は終わる」
ルーシェも静かに、しかし強い意志を込めて言葉を紡いだ。
「あなたは言ったはずです。復讐の気持ちは消えない、だが悪魔と人間が種族の関係なしに手を取り合える未来を作るために、その実現のために……王の力を使うと」
「だからこそだっ! 俺はこの悪魔の王の力をもって、全ての元凶であるギルシェを討つ! それが……俺の、俺たちの目指す未来への第一歩となる!!」
「ならば尚のこと、あなたは今出るべきではないのですよっ!!」
淡々としながらも、確かな意思を持って、フレインがゆっくりと言葉を続ける。
「ギルシェは一人、戦場へと姿を現した……。その事実は、我々にとって好都合なのです」
「ど、どういうことなの? フレイン?」
隣で話を聞いていたコルネが、不安げに声を上げた。
「敵の総大将が単独で戦場に現れたということは……我々にとって討つべき存在が手の届く場所にいる。ということ。対して、こちらの総大将であるルーシェは、相手側からすれば未だ手の届く場所にはいない」
「……なるほどのぉ。我らは全勢力をもって目の前に現れた総大将ギルシェを討つことに集中できるが、相手側はそれができない。数の利でもこちらが有利となる……か」
フレインの言葉を引き継ぐように、同じく玉座の間にてやり取りを聞いていたジャイム村長が、老獪な笑みを浮かべて口を挟んだ。
「その通りです。条件としてはこちらが有利となる現状……ルーシェが同じように戦場に赴き、相手側に同じ条件を与えてやる必要はないということです」
フレインがジャイムの言葉に頷き、再び声を張り上げて続けた。
「我々はここから、全勢力をもってギルシェを討ちにいく! 魔法石を通じて各隊に通達! 最優先は敵の総大将ギルシェを討つこと! 雪原の映像も魔法石を通じてこちらに!」
フレインが、すぐさま的確な指示を周囲の兵たちに投げかけ、迅速な行動を開始する。
「……フレイン、しかしっ!!」
ルーシェは尚も何かを言いたそうだったが、その肩をジャイムの杖がトンっと柔らかく叩いた。
「……気持ちは理解できる、が……これは国同士の戦争なんじゃよ。時に王は、自身の気持ちよりも優先しなくてはいけないことがある。お主も理解できておろう……」
「……わかってます。ただ……仲間や民を、見殺しにはできません」
ルーシェの苦渋に満ちた言葉に、フレインがその場に膝をつき、そっと答えた。
「えぇ。私は何も民や仲間の命をないがしろにしているわけではありません。あくまで現段階での最善策を進言したに過ぎない……状況が変われば、私も……あなたとともに戦場へと命を懸ける覚悟です」
「フレイン……わかった。その時は、力を貸してくれ」
雪原の惨状が魔法石を通じて空中にホログラムのように映し出される中、ルーシェが戦況を見極めるように、もう一度玉座へとゆっくりと腰を下ろした。
ーー
「さあ! 始めようじゃないか! 本当の絶望を……聴かせてくれ! その美しき悲鳴が奏でる協奏曲を!!」
雪原の戦場にて、ギルシェが狂気に満ちた哄笑を上げる。彼が再び闇よりも深い漆黒の刀を振り抜くと、それに呼応するかのように、肩に浮かぶ漆黒炎の天使が舞い踊った。
それは豪炎の嵐のように、大地を呑み込み、木々を一瞬で炭へと変え、雪を蒸発させる。
「うぉああああああ!!!!」
「ギャガブゲガァルゲェガ!!!!」
その軌道上にいた悪魔領軍やギルジエンド軍、そして軍用魔獣までもが、お構いなしに消し炭となり、美しかった白銀の雪原地帯は、次々にマグマのような地獄の焦土へと変貌していく。
「……敵味方関係なしかよっ! どうする?」
その惨状を見据えながら、カトリアが顔を引きつらせ、サティへと問いかけた。
「どうするも何も……やるしかないだろう。相手はギルジエンド軍の総大将だ……討てばこの戦争も終わる!」
サティは立ち上がり、震える拳を強く握り返す。
「まっ、そうだろうな! どっちにしろ奴をこのまま行かせるわけにはいかないんだ。はんっ、気合が入るってもんだねぇ!」
カトリアも不敵な笑みで表情を取り戻し、魔変刀暗器を構え直した。
「行くぞ! 全力を持って、奴を、ギルシェを討つ!!」
サティが右足を踏み込み、雪を蹴散らして持ち前の俊足でギルシェへと飛び込んでいく。あっという間に間合いを詰めたサティは、右手の拳に気の波動を極限まで乗せて、全力でギルシェの顔面へと拳を撃ち抜いた。
「ギルシェェエエエエ!!!」
「ほう……」
その不意打ちにも近い神速の拳を、ギルシェは一瞬で見切り、わずかに首を傾けるだけでひらりと躱す。空を切ったサティの拳はそのまま地面を叩きつけ、粉塵と粉雪が舞い上がった。
その後ろから、砂煙を突っ切って飛び込んだカトリアが、魔変刀暗器を独楽のように高速回転させ、ギルシェへと変幻自在の槍閃を連続で叩き込む。
「オラオラオラオラァ!!! くたばりやがれぇえええ!!」
その槍閃を、ギルシェは手に持った闇の刀で軽やかに弾いていく。
その隙をついて、サティが転がるようにギルシェの後方死角へと移動すると、直後に右手を軸にアクロバティックに空へと舞い上がった。
空中で体勢を整え、両掌からありったけの高密度の気の波動を放つ。
「黎天流気功術、無明花月!!」
それはギルシェを直撃し、白光と共に爆発すると、凄まじい爆風が吹き荒れ、一瞬にして視界を遮った。
着地したサティは、カトリアの隣に立ち、その爆風の先を見据える。カトリアも「はん、やったのか?」と声を上げながら、魔具の切っ先を爆風の中心地へと向けていた。
やがて爆風が晴れて、ギルシェの姿が見えてくる。
そこには、悠然と立つ男の姿があった。ギルシェは身体全体を漆黒炎の天使の翼によって守られ、鎧に傷一つついていない。
「そんな簡単にはいかないってねぇ!」
カトリアが叫び、サティが「想定の範囲内だ……」と冷静さを保とうと呟いた。
ギルシェはそんな二人を見据えながら、口角を吊り上げる。
「面白いじゃないか……それに、人間と悪魔のタッグとは……実に面白い余興となりそうだ」
不敵な笑みと共に、ギルシェの周りの空気が、さらに重く淀み始めた。
第六十四話:『それぞれの想い』に続く。




