第六十二話:ギルシェ・バーライド・グリシェン
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
「はあぁあああああ!!!」
サティの気合とともに、鋼鉄の装甲が紙屑のようにへしゃげた。特車の装甲が、サティの拳に打ち砕かれ、破片が四散する。
第二防衛線、雪原の中では、いくつもの剣閃が火花を散らし、激しい白兵戦が展開されていた。前衛のギルジエンド聖騎士団兵は、後衛の特車に位置する白魔導隊の補助魔法によって強化され、人間離れした速度と腕力で悪魔領軍を翻弄する。
さらに同じ前衛には、狂暴化された魔獣も入り乱れ、その激しい牙を、爪を、獰猛に掻き立てながら咆哮を上げ、雪原をどす黒い血に染めていた。
「いけぇ!! 我らギルジエンド軍の恐ろしさを、愚かな悪魔たちに思い知らせてやるのだ!!」
特車の中でもひと際目立つ最後尾の陸上軍用艦。その中から全体へと指示が飛び、魔法通信で伝達される。
悪魔領軍も、戦士と黒魔導兵団とで役割を分け、必死にギルジエンド軍に対抗するが、白魔導隊の補助魔法によって強化されている聖騎士団兵と、痛みを感じない魔獣相手に、戦の流れは徐々にギルジエンド軍に向き始めていた。
「補助魔法か……やっかいだな。前衛の兵隊たちとの消耗戦は避けて、白魔導隊を討つのが先決かっ!」
サティは瞬時に戦況を分析する。彼女は、振り抜かれる聖騎士団兵の重い剣閃を、体勢を低くしながら紙一重で避け、瞬時に後方へと回り込むと、その無防備な首元に強烈な裏拳を撃ち込んだ。
兵士が崩れ落ちるが、すぐに四方八方を別の聖騎士団兵に囲まれ、その刃が一斉にサティの身体に襲いかかってくる。
「っく!!」
しかし、サティは持ち前のスピードで、剣の嵐を軽やかに躱すと、あっという間に兵士との間合いを詰め、しなやかで強烈なハイキックを叩き込み、重い拳を次々と振り抜いた。
「もたもたしてる暇はないっ!! 先手必勝だ!!」
そのまま兵のすき間を縫って疾走し、勢いのまま高く跳躍すると、空中で身体を回転させながら拳に闘気を込め、高密度の気の波動を雪原へと叩き込む。
「黎天流気功術・双破点穴!!」
叩き込まれた一点から気の波動が噴水のように溢れ出し、周囲を大爆発させた。降り積もった雪が猛吹雪のように舞い上がると、特車が次々と破壊され、まわりの兵隊たちが吹き飛ぶ。
「うぉおおおお! 視界がぁあああ!!」
さらに周囲の兵隊の視界を舞い上がった雪が狂わせると、その隙を逃さずに、サティは単独で指揮官が乗っていると思われる陸上軍用艦へと一直線に走り抜けた。
「ここを叩くっ!」
勢いのまま軍用艦の横へと肉薄すると、迎撃のために放たれた砲弾を回転し、側転するようにアクロバティックに避け、着地と同時に両掌からありったけの高密度の気の波動を放つ。
「黎天流気功術、無明花月!!」
強大なエネルギーの塊が、白い魔弾となって軍用艦へとうねりを上げて迫った。
「な、なぁんだとぉおおおおおお!!!」
軍用艦の中から響く、指揮官のような男の断末魔じみた叫び声。瞬間、軍用艦は白光に包まれ、内側から爆ぜた。
周囲の地面が抉られ、爆風が空気を揺らし、積もった雪が吹き荒ぶ。
「よし、指揮官は討った! このまま連携を打ち砕く!!」
すぐさま体勢を整えたサティは、混乱に乗じて白魔導隊の特車を次々と破壊し回る。補助魔法の切れた聖騎士団兵と魔獣は、急激に力を失い、勢いを取り戻した悪魔領軍に徐々に打ち取られていった。
このまま戦況は悪魔領軍に有利に進んでいく。誰もがそう思い始め、士気がどんどんと上がっていく中だった。
ゾクリ……。
その場にいる悪魔領軍、ギルジエンド軍全てに、言いようもしえない恐怖が突然に襲い掛かった。例えるなら心臓を鷲掴みにされたかのような感覚。
そのどす黒き負のオーラのようなものは、瞬く間に雪原全体へと蔓延し、両軍の動きがまるで目に見えない黒い荊に絡み付かれたように重くなる。
「な、なんだ……この悪寒のような……」
サティもその異様な力の流れに、足が凍り付いたように思うように動かない。それでも重くなった足で、力の発生源を見据える。
雪原の奥、海域から続くその場所から、天使のような姿をした巨大な漆黒の炎がゆらりと立ち昇るのが見えた。
その漆黒炎の天使の下に、悠然と歩く人の影――。
「あ……あいつは……」
サティが口を開きかけた瞬間には、既に目の前に漆黒の炎が渦巻いていた。距離など無視したかのような速度。その巨大な渦のような炎は、雪を、大地を、全てを溶かし、喰い荒らすかのように暴れ狂う。
「しまっ……!!!」
気付いた時にはもう遅かった。漆黒の炎はサティを焼き尽くそうと迫る。その耳に、俊足の足音が響いた。
燃やし尽くされる寸前の所で、サティの身体を何者かが瞬時に抱きかかえ、コマのように回転して死の軌道から強引に救い出す。
その影は、サティを抱きかかえたまま雪原をゴロゴロと転がり、勢い余って後方の大樹へと激突した。
瞬間、暗闇が全てを呑み込むように、サティがいた場所の大地は抉り取られ、雪は一瞬で蒸発し、その直線上にいた悪魔領軍、ギルジエンド軍両軍の兵士たちは、悲鳴を上げる間もなく消滅した。半数以上が、たった一撃で壊滅する。
「がはぁっ!」
サティが大樹にぶつかった衝撃で、口に入った雪を吐き出す。
「……危機一髪ってのはこういうことを言うのかねぇ……」
すんでのところでサティを救い出した影、カトリアが冷や汗を流し、余裕のない表情で呟くと、抉り取られた大地を見据える。
直撃を受けた両軍の兵隊、特車は跡形もなく灰となり、地面は大空洞のように底知れぬ闇を覗かせていた。
そして、その闇の中から、ゆっくりとした足取りで戦場へと歩いてくる男が一人。闇よりも深い漆黒をした細く長い刀身の剣を携え、全身を禍々しき暗黒の鎧で固めている。
その肩には、ゆらめく漆黒炎の天使が、守護者のように浮遊していた。
「ククク、ハハハハハ!! 虫けらどもにしては楽しませてくれているようじゃないか。千二百年ぶりの王の帰還に慢心でもしているか……だが、それもいい……それも絶望のスパイスになる」
男は言葉を区切りながら、高らかに叫ぶように声を上げる。
「はんっ、なんだってんだい……この身体の底から縛り上げてくるような嫌な感覚はよ……」
その様子を見ていたカトリアは、震えそうになる手を抑え、サティへと問いかける。
「み、自ら戦場へと……立って、くる……か」
その顔に見覚えのあるサティが、小さく、絶望を滲ませた言葉を漏らした。
男は大げさに両手を広げると、天を仰ぎ、高らかに叫ぶ。
「我はギルジエンドが王にして、人間領の統治者!! ギルシェ・バーライド・グリシェン!! 否、この世界全ての絶対的支配者となり、この世界を浄化する神!!」
その声は戦場だけでなく、不思議な力に乗って悪魔領全土、ダークリア城の奥深くまで響き渡る。
「さあ、悪魔の王よ! 存分に戦おうではないか! ここからが戦争の本番だ……ルーシェ・バーライド・グリシェン!!」
ギルシェの傍らに浮遊する漆黒炎の天使が、主の狂気に呼応するように、いやらしく笑ったように見えた。
第六十三話:『戦いの行方』に続く。




