第六十一話:雪原の死闘(後編)
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
雪原の上で、三人の足音がミシミシと響き渡る。
「ガハハハハハァアアア!! 楽しいじゃねぇかああああ!!」
狂気に満ちた咆哮のような笑い声を上げて、ディビラが丸太のような剛腕を広げながら凄まじい勢いで回転した。
まるで竜巻のような風が天を衝くように渦を巻くと、その回転の勢いのままに拳を振り抜く。
「押し潰されるがぁいいいい!!」
ディビラが拳を突き出す度、まるで腕が伸びたかのように重い衝撃波の塊が発射される。雪の大地が抉り取られ、クレーターができる。
例えるなら空気の大砲。まともにくらえば骨はおろか、身体中がぐちゃぐちゃに押しつぶされるだろう。
リンシェンは次々と振り抜かれるディビラの拳の大砲を、持ち前のスピードで躱しながら、ジリジリと距離を詰めていく。
一方、ノインは重く積もった雪に足を取られながら、いつものように自由に動くことができず、その空気砲を避けるので精一杯になっていた。
「ガハハハハハァアアアア!! 死ね! 死ねぇ!」
笑いながら空気砲を撃ち抜き続けるディビラ。だがその隙を突いて、リンシェンが一気に間合いを詰めようと迫っていく。
彼は走りながらもその背から二本の短剣を抜き放ち、地面へと突き刺す。
「お生憎様、氷と雪は俺の専売特許なんでなぁあああ!!」
瞬間、雪が舞い上がり、地面から分厚い氷の壁がディビラの前にそそり立った。視界が塞がれ、ディビラの攻撃が一瞬止まる。
リンシェンはすぐさま突き刺した短剣を抜き、体勢を低くしながら手をついてブレイクダンスのように回転すると、氷の壁のすき間から、一瞬で跳躍した。
「ここだぁ!!」
空中でディビラの表情を捉え、叫ぶ。
「雪の上じゃあテメェもちったぁ動きづらいだろうよ!! ノインっ今だっ!!」
「わかってるっ!!」
瞬間、ノインが後方で右手を空へと振り抜いた。地面の雪の中から、隠されていた魔仭投三日月が勢いよく飛び出し、ディビラの上空で光り輝く三日月を描いていく。
「爆ぜろ!! 空層断地日月!!」
空気が強烈に振動し、極限まで圧縮された空気の塊が、まるで巨大な岩石の如く、上空からディビラへと降り注いだ。その空気の塊は、ディビラ自身が舞いあげた風圧をも取り込み、さらに強力な破壊エネルギーとなって襲い掛かる。
「小賢しいぃはあぁあああああああ!!!!」
「空気砲には空気の塊ってなぁああああ!!」
空気の圧が暴発し、地面を深く凹ませ、猛烈な爆風を巻き上げる中、リンシェンが叫んだ。
「全力でいってやんぜぇええええ!!!!」
リンシェンが両手に二本ずつ短剣を構えると、四本の魔氷四双剣を上空へと高く投げ放った。
「塵となりやがれぇええええ!! 四竜氷天直下・氷獄!!」
舞い上がった四本の短剣が四方向へと散らばると、切っ先を下に向け、互いに冷気の糸で繋がり合い、巨大な氷の円陣を作り上げる。
そこから、絶対零度の冷気が瀑布のように降り注いだ。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
超密度で形成された膨大な冷気の濁流は、全てを塵に返さんと圧縮され、範囲内の全てを破壊し、凍てつかせながら大地を呑み込んでいく。
「ぐおぉおおおおおおぉおおおおうおうおおう!!!!」
その濁流の中心で、ディビラが狂気的な咆哮を叫び散らす。氷の檻の中で、巨体が軋む音が聞こえた。
やがて、冷気の柱は収束し、深く抉り取られた大地が生々しくその姿を現した。一部の大地は地割れを起こし、第一防衛線でもあるリルヴェニア海域からの海水が、傷口に染み入る洪水のようにどっと流れ込んでくる。
「っはぁ、はぁ! どうだよっ……」
荒い息を吐きながら、リンシェンが膝をつく。力を使い果たし、手足が震えている。後方からノインもリンシェンの元へと近付いた。その手元には戻ってきた魔仭投三日月が握られている。
「今度こそ……やったのか!?」
ノインが低く呟いた。あの直撃だ。無事で済むはずがない。
「はぁ、はぁ……どうだかな、とにかく奴の姿を確認できるまではゆ、油断……できねぇ」
リンシェンが言いながらもふらつき、雪の大地に倒れ込む。
流れ込んでいる海流の音がゴオオオオっと不気味な音を立てながら鳴り響き、抉られた大地に海と繋がる川のようなものを形成し始めていた。
「やっぱキツイぜ……少年、奴の……化け物の姿を……確認、できる、か?」
ノインはそっと抉り取られた大地を見渡す。水しぶきと氷の欠片が散乱しているが、ディビラの姿は確認できない。
「海域から流れ込んだ水に流されたのか……」
確かに大地の一部は裂け、そこへリルヴェニア海域からの海流が激しく流れ込んできてはいるが、ディビラが立っていた場所まではまだ届いていないように見えた。
「けっ、今度こそ、粉々、にでもなってくれたのかねっ……」
リンシェンが言いかけた、その瞬間だった。
ボコォッ!! と抉り取られた大地の土が不自然に盛り上がる。
「……オラァアアアアア!!!!」
地の底からのような叫びとともに、泥と粉塵を舞い上がらせながら、その場にディビラが立ち上がった。全身傷だらけで、血と泥にまみれている。
「ふぅ……ふぅ……はへぇあぁ!」
深い息を吐きながら仁王立ちしているその表情には、先ほどまでの余裕はなくなり、焦りと怒りが混在していた。
「う、嘘だろ……あれをまともにくらって……」
ノインが戦慄し、咄嗟に魔仭投三日月を構えた。
「く……そが。冗談じゃねぇぞ……」
リンシェンも限界ギリギリの身体をなんとか起こそうと、震える全身に力を入れる。
「ふぅひぁあ……やって、くれるじゃねぇか。ふひぃ、ふぉはあ」
ディビラが充血しきった据わった目で二人を睨みつける。
「……正直イラついてるぜぇよぉ!! 虫けら二人に、ここまで追い込まれたことになぁあああああああ!!! 殺してやるよぉ!! 散々苦しめて苦しめて苦しめてからなぁあああああああ!!!」
ディビラが狂気の咆哮を上げながら、抉り取られた大地を超えて跳躍した。
「拷問の始まりだぜぇええええええ!!!」
ディビラの巨体が空を舞い、二人へと拳を振り抜こうとしたその時。
キシャアアアアアアアア!!!
この世のものとは思えない、金切り音が耳をつんざいた。流れ込んできていた海流が不自然にうねり、水底深くから巨大な飛沫が巻き上がる。
次の瞬間、海面を割って海上へと飛び上がったのは、獰猛な牙を剥き出しにした巨大な鮫――その巨大な魔獣の背に乗っているのは、カトリアだ。
カトリアは、巨大鮫の背中から回転しながら飛び降りると、空中で叫んだ。
「はんっ! 餌の時間だっ! じっくりと味わいなぁあああ!!」
鮫型魔獣は獰猛な牙を剥き出しに、空中に無防備に飛び上がったディビラの巨体を、その巨大な口で丸呑みにしようと迫る。
「なぁあああああああんだとぉおおおおおおおお!!!!」
完全に不意をつかれたディビラは、空中で回避することもできず、巨大鮫の口腔へと吸い込まれる。鮫型魔獣はディビラを飲み込み、食事を味わうかのように、その巨体を再び水の中へと沈ませていった。
水しぶきが高く上がり、波紋だけが残る。
あまりの出来事に、リンシェンとノインが言葉を失った。そこへゆっくりとカトリアが近付いてくる。
「どうやら、間に合ったみたいだねぇ」
カトリアが倒れているリンシェンへと手を差し出した。
「へっ……規格外すぎん、だろ……バーサーカー女……」
リンシェンも苦笑しながらその手を掴み、上半身を起こす。
「な、なにがどうなって……ってあの巨大鮫、なんなん……」
ノインも戸惑いながら声を上げた。
「あぁ。安心しな。あの巨大鮫はあたしの言いなりだ! ギルジエンド軍海上戦の切り札だったみたいだけどな」
カトリアは背中から魔変刀暗器を手に取ると、話を続けた。
「簡単だったぜ。水の中ならあたしの魔変刀暗器は無敵なんだよっ! 海に落ちた時に、ちょちょいっと鮫の頭に突き刺して、思考を電流で操ってやったのさ。この穴にはめ込まれた雷鳴玉のおかげで自由自在ってね」
「ち、まじでチートじゃねぇか……」
リンシェンが憎まれ口を叩いたが、その表情には感謝の色があった。
「ノイン、あんたはリンシェンを連れて一旦城へと戻りな! あたしは取り逃したギルジエンド軍を、この第二防衛線で食い止める」
「リルヴェニア海域はどうなってる?」
「あぁ、指揮を取ってたヨーゼフって男は沈めた。ある程度艦隊もぶち壊してやったんだけど数が多くてね。いつくかの小隊を地上へと進軍させちまってる。海域にもまだ艦隊の残党は残ってるが、そこはうちの悪魔領軍が抑えてくれててよ、あたしは判断としてこっちに来たんだが、正解だったみたいだねぇ」
カトリアが魔変刀暗器をくるりと回し、担ぎ直した。
「あたしはサティと合流して、このまま進軍してきている軍隊を叩く! あんたたちはまずは回復に専念しなっ!」
そう言ってカトリアは雪原の奥、サティたちが戦っているであろう方向へと走り出した。
「ち、情けねぇ、な……」と嘆くリンシェンの肩をかかえて、ノインが城へと向かって歩き出す。
「いや、あの化け物を食い止めたんだ……情けなくなんか、ないよ」
「……ち、少年、テメェも生意気言うようになったじゃ、ねぇか」
ノインとリンシェンは、互いに支え合いながら、雪の中、確かな足取りで城への道を急いだ。
「……まずは回復に専念しよう。まだ、戦争は終わっていない……」
第六十二話:『ギルシェ・バーライド・グリシェン』に続く。




