第五十九話:第一防衛線:リルヴェニア空域(後編)
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
上空を吹き抜ける風が、甲板の上で荒れ狂っていた。
フェザードラゴンの背から飛び降り、甲板に降り立ったアーク、ノイン、そして悪魔領精鋭兵たちは、一瞬の躊躇もなく、艦の中枢である操縦室を目指し走り出す。
「し、侵入者だぁ、止めろ! 急げ!」
慌てふためいた聖騎士団兵たちが甲板へと殺到するが、その動きには全くと言っていいほど連携が取れていない。
彼らが剣を構える間もなく、アークが変形させた魔弦奏楽器――魔弦奏楽弓から風の矢を放ち、正確無比に急所を撃ち抜いていく。
同時に、ノインの変幻自在の魔仭投三日月が宙を舞い、悪魔領精鋭兵の魔法と斬撃が重なって、敵兵たちはバタバタと倒れていく。
甲板から艦内へ続く重厚な扉を蹴破ると、尚もアークたちは迅速に作戦遂行に向けて進んでいった。
「明らかに敵の部隊はまとまっていない。緊急時に対する動きも稚拙だ」
アークが走りながら跳躍し、目の前の聖騎士団兵二名を、その風の矢で撃ち抜く。
「ぐぎゃぁああああ!!」
「げぼらぁあああ!!」
その後ろから、尚も鎧をガチャガチャとさせて混乱しているだけの聖騎士団兵を、ノインが魔仭投三日月で薙ぎ払った。
「どうなってるんだ! こいつら警備の配置も、役割も何にも決まってないかのようにバラバラだ……」
ノインも艦内のその様子を見ながら、指揮系統の艦としてはあまりに低すぎるレベルに、不信感を募らせる。
そのままアークたちはいとも簡単に艦内を走り抜け、中枢である操縦室の扉の前にたどり着いた。
扉を蹴破り、転がるように操縦室へと侵入すると、すぐに魔弦奏楽弓を構える。
「動くな!」 だが、返ってきたのは、予想外の金切り声だった。
「ひ、ひいぃいいいい!! おい、僕は、この艦の指揮官だぞ! 僕を守れ! 早くしろ!」
キャプテンズシートに座っていた長髪の男、ジルガンが、シートから滑り落ちそうになりながら、情けない悲鳴を上げている。
「……お前が飛行戦艦部隊の指揮官……なの、か?」
アークが呆れを通り越し、ジルガンを見据えながらゆっくりと問いかけた。
「おい、ぜ、前回のこともあって……今回は軍用魔獣が準備されていないんだぞ! ぼ、僕を守るのはお前たちの役目だろっ! さっさと盾になれよ、ウスノロがっ!」
アークたちの問いかけを無視し、慌てふためくジルガンは、尚も叫び散らかしながら、自分の前に立つ聖騎士団兵たちを背後から蹴り飛ばし、足蹴にする。
「……とびきりのクズのようだね。なんでこんな奴が指揮官なんてやってるんだ?」
ノインが吐き捨てるように声を上げた。
「ぼ、僕は離脱する! 専用の小型艇でっ、それまでお前たちが命をかけて盾になるんだぁっ! それくらい役に立てよ無能どもがぁ!!」
ジルガンが立て続けに罵倒を繰り返し、キャプテンズシートの下に隠されている離脱スイッチを押そうと手を伸ばす。
「僕は逃げ……ぐごばげごぉぐげばぁああああああ!!!」
その瞬間だった。鈍い音が響き、ジルガンの身体が不自然に「く」の字に折れ曲がりながら、壁まで吹き飛んでいく。
その自己中心的で傍若無人な振る舞いに我慢の限界を迎えた聖騎士団の副官が、その剛腕でぶん殴ったのだ。
壁に打ち付けられたジルガンは血だらけの姿で床に転がり、尚も状況を理解できずに声を張り上げる。
「きぃ、きぃはまぁあああ!! なにを、なにをするぅ! 殺す、いはすぐ副官を殺せぇ、早くしろぉぉ!」
まわりの聖騎士団兵に命令を下すジルガンだったが、その場にいる誰一人としてその命令に従おうとはしない。全員が冷ややかな目で、床を這う憐れな男を見下ろしている。
「おひ、おひぃ、聞いてるのかぁ、む、無能どもぉ……はやぁ、ははくしぼぉ……」
誰一人としてその場を動かない沈黙の中、副官がゆっくりと、静かな足取りでジルガンへと向かって歩き出す。
そしてジルガンの目の前まで行くと、腰から聖騎士団兵の重厚な剣を抜いた。
「お、おひぃ!! なぁ、なあいをするふもりぃだぁ……」
恐怖に引きつるジルガン。
その刹那、罵倒を続ける口を永遠に封じるように、副官はその剣を無慈悲に振り下ろした。
「ぐぎゃあああぁげぼらぁあごぐぎぇがぁああああ!!!!」
ひと際甲高い断末魔と共に、その身体から鮮血が舞い散り、ジルガンはその場で絶命した。
「……どういう結末だよ」
その様子を黙って見ていたアーク、ノイン、そして悪魔領軍たちが、唖然として声を漏らす。
ジルガンを斬った副官は、血のついた剣を捨てると、アークたちへとゆっくり振り向き、両手を挙げた。
「……見ての通りだ。指揮官は死んだ。我々は……降伏する」
その言葉に呼応するように、操縦室にいる全てのギルジエンド特務飛行戦艦部隊の人間たちが、同じく武器を捨て、両手を挙げた。彼らの顔には、敗北感よりも、厄介な主から解放された安堵の色が浮かんでいた。
「ど、どうするんだよ、アーク」
ノインが戸惑ったように問いかける。
「……わかった。これよりこの艦は俺たち悪魔領軍の指揮下とする。……副官、悪いが残りの全艦への通達を行ってもらう。そして、残りの兵隊たちは拘束させてもらおう」
アークの言葉に、少しの沈黙をおいて副官が「いいだろう」と小さく呟いた。
敗北の通達が、残る飛行戦艦へと無線で送られる。意外にもその副官の言葉を、飛行戦艦部隊の兵隊たちは素直に受け入れた。それほどまでに、ジルガンへの不満は全艦隊に蔓延していたのだ。
そのまま空域での戦闘は、悪魔領軍の勝利として終わるかと思われた。
その矢先の出来事だった。
ドォォォォンッ!! 突然の轟音が特務戦艦の甲板から鳴り響くと、艦が揺れるほどの異常な振動が操縦室にまで伝わり、警報が大きな音を立てた。
「な、なんだ! 何が起きた!」
操縦室に一部の悪魔領軍を残して、アーク、ノインが甲板へと走る。そして、破壊されている扉から甲板へと飛び出すと――
そこには、一人の巨漢が立っていた。不気味な『黒キ仮面』で顔全体を覆い、丸太のように太い腕に鋼鉄の手甲を嵌めた、あの男。
巨体から闘気を立たせながら、「ふぅひいいいいいい!!」と獰猛な笑みを浮かべ、筋肉を隆起させている。
「ア、アイツ……やっぱりまだ生きていやがったのか!」
ノインが睨みつけ、武器を構える。アークもその恐ろしい空気に、すぐさま魔弦奏楽弓を構えた。
「おうおう、だからぁ言ったんだ! ジルガンみたいな小物に艦を任せたら終わりだってなぁあああ!!」
威圧的な空気が甲板に広がる。その力は、踏み込むだけで甲板の床をボコボコォっと凹ませていく。
「さぁあああ! 二戦目と行こうじゃねぇかあああ!!! 俺はギルジエンド黒キ仮面が第二柱、破壊王のディビラ!! ちったぁ楽しませてもらおうかぁああああ!!!!」
ディビラが両手を広げ、闘気を解放する。
「うわぁああ、おい、まさかっ!」
アークが叫んだと同時に、ノインもバランスを崩しかける。グラつく甲板からはミシミシと嫌な音が立ち、艦そのものが悲鳴を上げているかのように亀裂が入っていく。
「ぐらぁああああああああ!!!!」
ディビラが咆哮とともに拳を甲板に叩きつけた。亀裂の入っていた甲板は、衝撃波でいとも簡単に砕け散り、艦体そのものがへし折れるように崩壊していく。
足場を失ったアーク、ノイン、そしてディビラも空中へと投げ出される。
「ちぃいいいい、くっしょお!!」
風に煽られるまま、地上へと落下するアークたち。落下直前、地面へと叩きつけられる二人を、危機一髪でフェザードラゴンが急降下し、その背で受け止める。だが、衝撃は殺しきれず、アークとノインは雪原地帯へとゴロゴロと転がった。
瞬間。ドォオオオン!! と隕石が落ちたような轟音とともに、ディビラが雪原地帯へと二本足でしっかりと着地する。雪煙が舞い上がる中、その巨体は獰猛な笑みを浮かべた。
勝利に終わるかと思われた空の戦場は、第二防衛線である雪原地帯へと舞台を変えていく。
第六十話:『雪原の死闘(前編)』に続く。




