第五十八話:第一防衛線:リルヴェニア空域(前編)
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
一方、激しい海上戦が行われているリルヴェニア海域上空では、ギルジエンドの特務飛行戦艦が悪魔領へと向かって進軍していた。
「……海上では戦闘が始まったみたいだねぇ。全くよくやるよ、泥臭い戦闘なんて僕には向いていないんだ……なぁ、お前もそう思うだろう?」
ひと際目立つ旗艦の操縦室。優雅にキャプテンズシートに腰掛けながら、片手に持ったワイングラスを軽く揺らし、キザな口調で話す指揮官のような男が一人。
長髪を撫でつけ、煌びやかな軍服を着込んでいるその男の名はジルガン。
「はっ。ジルガン様のおっしゃる通りでございます!」
ジルガンの前で、恭しく膝をつき、副官のような男たちが言葉を肯定した。だが、その目には覇気を感じない。
「悪魔の奴らは飛行戦艦を持っていないのだろ。さっさと攻め込んでぐちゃぐちゃにして、優雅に凱旋と行こうじゃないか……そして僕がギルジエンドの重鎮となった暁には、お前たちにも少しだけ褒美をやってもいい、少しだけだがなぁっ!! クハハ!」
空域を進軍しながら、いやらしい笑みを浮かべるジルガンに、副官は「……ありがたき、しあわせ……」と、上辺だけのような声を上げた。
ジルガン。かつてギルジエンド特務飛行戦艦第三号【クライシス】艦内の指揮を務めていた男だ。
だが、彼は【クライシス】にて、自治州コーストの捕虜の反乱を受けた際、持たされていた最新の軍用機械魔獣を破られたうえに、部下の兵たちを軽々と見捨て、自分だけ一人悠々と離脱していった過去を持つ。
今、この艦に乗っている兵たちも、ある程度だがその悪評を聞き及んでいる。故に、艦内の士気はお世辞にも高いとは言えない。
そんな中。突然、ドォォォォンッ!! っと前方を進む艦隊から突如爆発音が響いた。一隻の艦が爆炎を撒き散らしながら、バランスを崩して地上へと落下していくのが窓から見える。
「な、なんだっ! 何の音だっ! おい、早く調べろっ! さっさとしろっ無能どもっ!」
ジルガンがワイングラスを取り落としそうになりながら、大声で叫び散らす。やがて艦のメインモニターに映し出されたのは、真っ向から飛行戦艦に対峙する巨大な影の群れ。
鋭い爪と、空気を切り裂く巨大な翼。怪鳥の群れが、その大きな羽を揺らし、次々と前方の艦に取り付き、墜落させていく。
「な、な、な、なんだぁ! おいあの鳥はなんだ、軍用魔獣かぁ! 悪魔領にも軍用魔獣がいるのかぁ!」
モニターに視線を取られながら、分かりやすくうろたえるジルガン。
「お、落ち着いてください! ジルガン様! 我々もすぐに迎撃態勢に!!」
副官と兵たちが慌ただしく答えるが、ジルガンは金切り声を上げた。
「早くしろ! この艦に近づけさせるな! 僕を守れっ貴様ら、死んでも僕を守るんだ! これは、命令だっ! お前たちの命が尽きようとも僕だけは守れ! 分かったな!」
ジルガンが騒ぎ立てると、持っていたワイングラスを傾け、目の前の副官へと中身の赤ワインをぶちまけた。副官の顔が赤く染まり、滴り落ちる。
「……お、仰せのままに!」
副官は敬礼したが、その目には明確な殺意が宿っていた。兵たちはその姿に不信感と怒りを募らせながらも、しぶしぶ配置へと向かう。
「連携しながら一機ずつ確実に墜としていくぞ!」
巨大な怪鳥、フェザードラゴンの背に乗りながらアークが叫んだ。その的確な命令を忠実に守りながら、悪魔領空域軍がそれぞれのフェザードラゴンに乗り、アクロバティックに空中を駆け回る。
魔翔山の主たちとの交渉は成功した。彼らは侵略者を許さず、空の支配者として力を貸してくれている。
その中には、魔仭投三日月を構えるノインの姿もあった。
「ノインっ、君の魔仭投三日月は空中戦で大きな役に立つ! 手から離れてもある程度自由自在に操れるその魔具、存分に奮ってくれ!!」
アークの声に、ノインが頷く。彼の乗るフェザードラゴンが、風を切って回転しながら滑空し、前方の艦体へと急接近する。
「わかってるさ!」
そう叫ぶと、ノインは魔仭投三日月を空中へと投げ放った。手から離れたはずの魔具は、指先の動きに合わせてまるで操られているかのように複雑に軌道を変え、空中に光の紋様を描き出す。その形は三日月。
「これ以上、悪魔領を好きにはさせないっ!! 爆ぜろ! 空層断地日月!!」
瞬間、空気が強烈に振動し、極限まで圧縮された空気の塊が、まるで巨大な岩石の如く、上空から軍用艦へと降り注ぐ。
押し潰され、爆発し、黒煙を上げて墜落していくギルジエンドの軍用艦。 連携の取れていない艦隊は、フェザードラゴンの機動力と魔具の威力に翻弄され、あっという間にその数を減らしていく。
「行ける! どうやら相手さんは全く連携が取れていないみたいだ……指揮官に問題でもあるのかねっと!」
ジャァァァァァァァン!!
アークもすかさずフェザードラゴンの上で魔弦奏楽器を奏でた。激しく無数の音数ひとつひとつが実体を持つ刃に変わる。うねりを上げ、巨大な竜巻を形成し、密集した艦を飲み込んでいく。
「荒ぶる風の神よ、旋律となって舞い上がれ! 風神の旋律・渦巻風車!」
竜巻に巻き込まれた艦の装甲が剥がれ飛び、まるで紙細工のように簡単に空中分解していった。
そして悪魔領空域軍もそれぞれに魔力や武器を使い、フェザードラゴンの羽と合わせて艦を翻弄し、確実に仕留めていく。敵の戦列が崩れ、その向こうに見えてくるひと際大きいギルジエンド特務飛行戦艦の姿。
ジルガンの乗る指揮系統だ。
『どうやらあの艦が、指揮系統だと見るが……どうする、勇気ある青年たちよ』
アークの乗るフェザードラゴンの長が、低い声を響かせた。
「……行こう、もう少しだけ力を貸してくれ。フェザードラゴンよっ!」
アークの掛け声に、フェザードラゴンは『応っ』と短く答え、急旋回しながら敵の対空砲火をすり抜けていく。アークはその背で立ち上がる。
「ノイン、そして一部の戦士たちに告ぐ、討つは目の前の特務飛行戦艦! 侵入し、指揮官の確保と飛行戦艦の操縦系統を乗っ取る! いくぜぇええええ!!!」
そう叫んで、アークはフェザードラゴンの背から、何もない空へと身を躍らせ、特務飛行戦艦の甲板へと転がるように飛び降りた。
それに続いて、ノイン、一部の精鋭兵たちも次々と甲板へと飛び降りる。
「……さぁ、始めようかっ!! 空域戦の大詰めだ!」
アークが魔弦奏楽器を変形させ、弓のように構えながら掛け声とともに走り出し、ノインとその他精鋭兵たちも、武器を抜いて後に続いた。
第五十九話:『第一防衛線:リルヴェニア空域(後編)』に続く。




