第五十七話:第一防衛線:リルヴェニア海域
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
不可新暦千二百九年、栄冬の月。リルヴェニア海域。
夜明け前、うす暗き空の下、それは始まりの狼煙を上げた。
水平線の彼方から、薄い光を灯しながら、いくつもの巨大な影が音もなく近付いてくる。ギルジエンドの軍用艦隊だ。闇に紛れながら、静かに、だが確実に悪魔領陸地へと進軍してきている。
「おっと、動きだしてきたか……覚悟を決めな!」
沿岸の断崖に立ち、海上を見据える影。カトリアが隣に立つモッズ、そして率いる悪魔領の防衛部隊へと叫んだ。
「ちっくしょー、なんで俺がこんな前線に……勘弁してくれよぉ。俺ぁ戦士じゃねぇんだぞ!」
モッズが寒さと恐怖で震えながら、情けない声を上げて嘆く。 カトリアはその肩をバシッと軽く叩き、「あきらめろ。ここまできたら戦うしかない……じゃなきゃ死ぬぞ」と豪快に笑い飛ばした。
「……へいへい、分かってますよ。死にたくないんでね」
モッズは「はぁ~」と深い溜息をつきながらも、両手を自分の頬へと持っていき、パンッと強く叩いて気合を入れた。その瞳に覚悟の色が宿る。
「はんっ、お前の紫炎魔法は遠距離戦に向いている。力が尽きないよう抑えながら援護を頼んだぜぇっ! あたしは先陣を切る!」
そう言いながら、カトリアは愛用の魔変刀暗器を構え、崖から海へと向かって、恐るべき跳躍力で飛び出した。空中で魔変刀暗器を風車のように回転させ、切っ先を軍用艦に向けて振り抜く。
「雷槍陣招来!!」
瞬間、暗い空から雷が槍の雨のように降り注いだ。
魔変刀暗器の柄にある穴には、本来の魔力の玉である「雷鳴玉」がはめ込まれている。それは本来、遠距離用の武具である魔変刀暗器の真の力であり、本当の使い方だ。
「ぐわぁああああ!! な、なんだ、雷だと!! 何が起きたっ!!」
先頭を進んでいた軍用艦の甲板で、聖騎士団兵や白魔導隊が虚をつかれたように慌てだす。マストがへし折れ、甲板が焦げ付く中、カトリアは回転しながらその一隻に着地した。
「いらっしゃいませぇっ!!」
着地と同時に衝撃波が発生し、周囲の兵士を吹き飛ばす。カトリアは豪快に魔具を振り回し、群がる兵隊たちを薙ぎ倒していく。
それを合図に、沿岸の入り江から待機していた悪魔領軍の船が一斉に海上へと進軍した。砲弾が飛び交い、ギルジエンドの軍用艦と激しい海上戦が繰り広げられる。穏やかだったリルヴェニアの海域は、瞬く間に炎と怒号が支配する戦場へと変貌した。
「オラオラオラオラァ!! どしたぁ! ギルジエンドの犬どもがぁ!!」
カトリアは戦場を踊るように駆け抜け、魔変刀暗器を振り回し、軍用艦の兵隊たちを次々と屠っていく。動力機関を破壊して艦を沈め、飛び移ってはまた沈め、確実に数を減らしていく。
だが、ギルジエンド軍も精鋭揃いだ。虚をつかれたとはいえ、すぐに体勢を整え、反撃を開始してくる。
白魔導隊の補助魔法によって強化された聖騎士団兵が前線を固め、連携を構築すると、計算された軌道をもって砲弾が悪魔領軍の船を正確に狙い撃ち沈めていく。
乗り込まれた船上では、いくつもの剣閃が火花を散らし、激しい白兵戦が展開されていた。
「生物兵器魔獣を投入しろっ! 悪魔族とそこに味方する人間を一人残らず海に沈めるのだ!」
海上軍用艦を指揮するギルジエンド将校、ヨーゼフが旗艦のブリッジから叫び、指示が各戦艦へと伝達される。それと同時に、艦の船倉が開き、あちこちから響く獣の咆哮が明け方の海に響いた。
「あらよっと! そらよっ!」
一方、モッズも戦場の最中にいた。
聖騎士団の鋭い剣閃を、ひょうひょうとしたどこか掴みどころのない動きで避けながら、手の平から放つ紫炎魔法で相手の武器を弾き、確実に無力化していく。だが、そのモッズの背後から突然、牙を剥き、涎を垂らした獣の爪が襲い掛かった。
「ガァルアアアアア!!!」
「は、え、ちょっ、たんま!! おわぁあっと!!」
その爪をすんでのところで後ろに転がりながら避けたモッズ。だが、体勢を崩しているモッズに尚も獣の牙が襲い掛かる。
ガキィイイン!!
「だ、大丈夫ですか!!」
その牙を、旧スクロニア兵の一人が剣で抑え込んだ。だが、魔獣の圧倒的な力に押され、じりじりと牙が兵士の顔に迫り、男は苦痛に顔を歪めながら膝をつく。
「らぁあああああ!!!」
その後ろから、別の兵士が豪快な叫びとともに飛び込み、剣で獣の脇腹を抉り取った。獣の血しぶきが舞い上がる。
「ガルァアアアアア!!!」
獣が怯んだ隙を見逃さず、モッズが叫んだ。
「って、こんのやろぉおおおお!!!」
モッズが懐から滅紫の宝玉を取り出す。それを左手で強く握り締め、右の手の平をその横に添える。
「くたばりやがれってんだぁああああ!! こんの獣がぁああ!! 夢幻開門・一魔――嘴!」
モッズの魔力が具現化する。禍々しい気が巨大な怪鳥の嘴のような形へと変化し、空間ごと噛み砕くように、目の前の魔獣の身体を粉々に切り裂いていった。
「ギャガブゲガァルゲェガァアアア!!!」
獣の断末魔が響き渡る。
「あぁっもう、くそ! こうなりゃ力が持つまで徹底的にやってやんぜ!!」
モッズがやけくそな声を上げながら、立ちあがる。目の前は無数の獣とギルジエンド軍、悪魔領軍が入り乱れながら命を削り、争っている戦場。
そのモッズの後ろを、先ほど獣の牙を抑え込んでいた旧スクロニア兵の男が追いかけ、声をかけた。
「援護しよう!! 俺の名前はミックス! あんたが詠唱している間は、俺と、俺の隊が背中を守らせてもらう」
「……ミックスか、ありがてぇ! 同じ人間同士、死なない程度に勝ち残ろうぜ!!」
モッズとミックスは背中を合わせ、乱戦の中へと再び飛び込んでいった。
「うらぁあああああ!! オラオラオラァ!!!」
豪快な槍閃が艦内を破壊し、兵を屠り、獣を貫く。
「甘いんだよっ!! そんなんであたしらを支配しようってのかぁ! 舐められたもんだねぇ!!」
海に浮かぶギルジエンドの軍用艦を沈めては渡り、また沈めていく。
カトリアの勢いは止まらず、また魔変刀暗器の雷属性が、水に濡れた甲板や海面を伝って広範囲に感電を引き起こし、海での戦いを進めるうえで大きなアドバンテージとなっていた。
「くそぉおおお! あの女を止めろぉ!! 相手はひとりだ、囲んで殺せ!!」
兵の怒号が響き渡る。
「はんっ、人数ばっかりキリがないね! 最優先は、指揮の中心をとってる艦を沈めること! ってか!」
襲い掛かる聖騎士団の剣閃をひらりと躱して、カトリアは手に持った魔変刀暗器を振り下ろす。
「ぎゃああああああ!!」
兵士たちが吹き飛ぶ。だが次の瞬間、四方八方に散らばる聖騎士団兵が一斉に踏み込み、跳躍すると、カトリアへと同時に斬りかかろうと迫った。
「貴様ァアアアア!!!! 死ねぇ!!!!」
「暗器槍術・雷が啼く!!」
カトリアは魔変刀暗器の刃を空中に向け、咄嗟に叫んだ。雷光のように変則的で鋭利な槍閃が、天から降り注ぎ、大地を抉り取るように凄まじい勢いで周囲の聖騎士団兵を一掃する。
「ぐぎゃべぼぉがばちょごらぁあああ!!!」
「ひ、ひいぃいいいいいいい!!!」
生き残った白魔導隊の兵が腰を抜かし、後ずさる。そして一定の方向を向いて助けを求めた。
「ヨ、ヨーゼフ様あぁあああああ! お、お助けをぉおおお!!」
その視線の先には、他の軍用艦とは少し違う、重装甲の大型艦が水上を進軍している。
「なるほどねぇ! とりあえずの指揮系統はあの艦っ、てかぁっ!!」
カトリアが「はんっ」と不敵に笑い、腰を抜かしている白魔導隊の女を飛び越え、足場の船を経由しながら、標的である大型艦へと飛び込んでいく。
「ヨ、ヨーゼフ様ぁあああああ!! あの女、こちらへと向かっています!!」
旗艦の甲板で、将校ヨーゼフの横にいる聖騎士団兵が情けない声を上げる。その叫びを遮るように、ヨーゼフはニヤリと不気味な笑みを浮かべると、すぐ隣の艦まで迫っているカトリアへ向けて、その右手を振り上げた。
ドバァァァァァァァン!!
その刹那、海深くから波打つ巨大な飛沫とともに、獰猛な牙を剥き出しにした巨大なサメが、海面を割って海上へと飛び上がった。その巨体は軍艦すらも飲み込みそうなほどだ。
そしてその牙は、まさに跳躍し、ヨーゼフの艦に飛び乗ろうとして無防備に空中にいたカトリアを、下から喰い千切らんと大口を開けて迫ってくる。
「っ!! はんっ、うそだろっ!!」
咄嗟にその牙を、魔変刀暗器を横に構え、抑え込んだカトリアだったが、その巨大な質量の勢いは殺せず、弾き飛ばされてそのまま海へと投げ出された。
「クハハハハハ!! 巨大鮫型魔獣ナンバートゥエルブだ!! さあ、噛み殺せ! 跡形も残らない程になぁああああ!!」
ヨーゼフが高笑いをする。鮫型魔獣は、海に投げ出されたカトリアを確実に仕留めるべく、その巨体を再び水の中へと沈ませ、獲物を追った。
第五十八話:『第一防衛線:リルヴェニア空域(前編)』に続く。




