第五十六話:狼煙が上がるまで
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
最後の結界塔が破壊され、悪魔領と人間領を断絶していた結界が全て消失してから数日後。
ダークリア城、玉座の間。ルーシェの元に、ひとつの重要な連絡が入っていた。それは、フレインが極秘裏に動かしていた旧スクロニアの残存兵と、黒魔導兵団の者たちからの斥候報告だった。
フレインとサティは、ルーシェと共に動くことを決意したその時から、人間領に散らばった旧スクロニアの兵たちへと魔法石を通じて連絡を取り続け、一部は人間領でのギルジエンドの動きを監視し、一部は結界が消失した場所から悪魔領ダークリアの地へと集まってきていた。
もちろん、全てフレインとサティが信頼できると判断した者たちばかりだ。
ダークリアの城内には、今や悪魔族だけでなく、スクロニアの人間たちも共に生活し、働いている。
最初こそ、人間と悪魔という種族の違いから、些細な衝突やいざこざが頻発したが、フレイン、サティ、そしてルーシェたちの揺るぎない志と、時間を共に過ごすうちに、その壁は徐々に薄れていった。
「おい、そこの荷物運ぶの手伝うぜ」
「ああ、すまない。助かるよ」
人間も悪魔も、同じ生き物だ。笑い、怒り、食事をし、家族を想う。種族の違いは些細なことなのかもしれない。
そんな想いが広がり、今ではルーシェ王の元、共同で城を守り、城下町では少しずつ人間と悪魔が同じテーブルで酒を酌み交わしながら食事をしている姿を見かけるようになっていた。
ダークリアは、ルーシェの目指す「共存」という志に、確実に一歩ずつ近づいてきていた。
「人間領と悪魔領を挟む海域、リルヴェニア海に、ギルジエンドの軍用艦が集まってきている……か」
ルーシェの座る玉座の横で、フレインが旧スクロニア兵からの伝達を、険しい表情で反芻した。
「はんっ、いよいよ戦争でもおっ始めようってかい!」
カトリアが好戦的に叫んだ言葉に、アークが腕を組みながら冷静に続ける。
「……準備が早いな。結界が全て消失してからまた数日だぞ」
「最初からすぐに戦争を仕掛けるつもりだったんだろう。私たちの態勢が十分に整う前を狙ってな」
サティが冷静に、しかし鋭く言葉を紡いだ。
「おそらくギルジエンドは、この城ダークリアを標的としているだろう。結界が全て消失した今となっては、この悪魔領唯一の城であるダークリア城さえ落とせば、悪魔領は簡単に支配ができる」
フレインが顎に手を置きながら思考を巡らせるように目をつむる。そして、軍略家としての顔で続けた。
「報告にあった海域への軍用艦の集まり具合、前もって準備していたとなれば、開戦となり得るのはおそらく最短で四日前後と見ておいていいだろう……向こうも全勢力に近い軍を投入してくることは確実。作戦の指揮系統や細かい部隊の調整、食料やルートの確保にはもう少し時間がかかるだろうからな」
「同意だ。だが、虚をついてくる可能性も考えると、こちらが準備できる時間は二日程度と見ておいた方がいい。相手はあのギルジエンドだ。常識的な用兵を行うとは限らない」
サティが補足し、場に緊張が走る。
「ねぇ、ルーシェ……どうするの? 城下町にはやっとみんなが平穏な時間を過ごせるようになってきたのに……」
コルネも心配そうに声を上げる。彼女の脳裏には、ようやく笑顔を取り戻したラクーメルのみんなや、子供たちの顔が浮かんでいる。
「城と城下町に被害を出すわけにはいかない……」
ルーシェが拳を握りしめて言いかけた言葉に、フレインが力強く続く。
「ならば第一防衛線はリルヴェニア海域。敵を陸に上げずに海上で叩く。第二防衛線は海域を抜けた先、ダークリア城との境にある雪原地帯……そして考えたくはないが、そこを突破された場合、最終防衛線としてダークリア城外壁で戦うしかないだろう」
フレインは地図を広げ、指し示しながら説明する。
「最終防衛ラインでもある城と城下町は、スクロニア黒魔導兵団でダークリア全体に障壁結界を展開し、民を守る」
「空域も防衛が必要だな。ギルジエンドのやつらは飛行戦艦も所持している」
サティが重要な懸念点を付け加えた。
「時間の猶予はない……ルーシェ王、決断と行動を」
フレインが片膝をつき、王としての決断を待つようにルーシェの目を見据える。ルーシェは深呼吸をし、玉座から立ち上がった。
「わかった……部隊の選定と、指揮者を早急に取り決め、相手の出方次第では、こちらから先制を仕掛ける……問題は空域か。悪魔領には飛行戦艦は存在しない、相手もそれは承知で、空からの奇襲を狙ってくるだろう」
「いや……空域の防衛は、俺がなんとかしよう」
ルーシェの言葉に、アークが一歩前に出て割り込んだ。
「アーク……何か策があるのか?」
「俺は今すぐ魔翔山へ向かう。この悪魔領で最も高い山、魔翔山。そこは昔から大量の巨大怪鳥フェザードラゴンの住処なんだ」
「へぇ、フェザードラゴンを使おうってのかい? だがあいつらは凶暴だ。乗りこなすにしても、こちらが喰われちゃあ元も子もないぜ」
カトリアが口を挟む。
「だから、俺がいく……」
アークは背中に背負った魔弦奏楽器を手に持ち、静かに続けた。
「魔弦奏楽器で、フェザードラゴンを抑制し、長への協力を試みる。……最悪、フェザードラゴンの意志は関係なく音で思考を操ることになるけどな……最善は長との話し合いを経て、協力体勢を組みたい。彼らもまた、この地の住人だ」
アークの目には、強い意志が宿っていた。彼は空域防衛のための一戸小隊を連れて、険しい魔翔山へと向かう決意をする。
「あたしは海域防衛線を引き受けよう。雪原や城のまわりでちまちま戦うのは性に向いてないんでね。初っ端でギルジエンドのやつらの鼻を明かしてやるよ!」
カトリアが豪快に笑いながら宣言する。彼女の魔具、魔変刀暗器の力の元素は雷だ。海上戦において絶大な威力を発揮するだろう。
「ああ。頼んだ!」
ルーシェは二人に頷き、フレインに向き直った。
「フレイン、今すぐこの玉座の前に、リンシェンとノイン、モッズ、そして精鋭陣を集めてくれ! 早急に部隊の選定と作戦、および防衛網を形成する!」
ルーシェの言葉に、フレインが「おまかせを」と立ち上がり、魔法石を通じて各所へ迅速な連絡を送る。
「これが……最後の戦いになるかもしれない。ギルシェを討たなければ、世界は闇のままだ。必ず、悪魔族も人間族も笑って暮らせるような世界を勝ち取るんだ!」
その力強い宣言は、その場にいた仲間たちの士気を上げ、続けて城や城下町の住人の心も奮い立たせる。
人間領と悪魔領の大戦、千二百年前の因縁が、再びこの世界を包もうとしていた。ただひとつ違うのは、その志。
ルーシェの抱く「共存」への志と、ギルシェの抱く「支配」への志。
相反するふたつの強大な意志が、全ての命運を分けるかのようにぶつかり合おうとしていた。
第五十七話:『第一防衛線:リルヴェニア海域』に続く。




