第五十四話:始まりの狼煙
最終章:命動の戦場と信念の狂詩曲
ギルジエンド、王宮の間。その重厚な扉が、重苦しい音を立てて開いた。
黒鉄の玉座には、ギルシェが泰然と座り、その横には、巨体を誇る黒キ仮面の一人、ディビラが立っている。
「……戻ったか。トーキス」
ギルシェが玉座から、感情の読めない低い声を出す。
「おうおう、トーキスにしちゃあボロボロじゃねぇか、鼠にでも噛まれたのかぁ! みっともねぇ姿じゃねぇか!」
ディビラが下卑た笑い声を上げ、悪態をつきながら叫んだ。
トーキスはそんなディビラの嘲笑を無視し、無言で玉座の前まで歩を進めると、「ふんっ」と鼻を鳴らして膝をついた。
その顔に仮面はない。
スクロニアでの激闘により仮面は剥がれ、今は冷徹な素顔があらわになっている。身に着けている白銀と漆黒の鎧も、一部が砕け散り、煤けていた。
「トーキス、報告をあげろ」
ギルシェの静かで低い一言に、トーキスは顔を上げて話し出す。
「はっ。東の大国スクロニアは我らが支配下へと堕ちました。現在は、我が軍によりスクロニア城を統治、管理しており、今後領民に向けての支配体制を整えていく手筈となっております」
「あんたともあろう人が、力を抑えている黒キ仮面を破壊されるたぁ、随分スクロニアには手こずったみたいじゃねぇかぁ、あん!」
その報告に、尚もディビラが絡んでくる。トーキスはゆっくりと立ち上がると、氷のような冷たい視線をディビラへと向け、言い放った。
「ディビラ、そういうお前は未だ四つの結界塔全ての破壊ができていないと聞いている。随分とのんびり仕事をしているようだが……こんなところで油を売っていてもいいのか?」
皮肉が見え隠れする言葉。
「テンメェ!! 第一柱だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
ディビラが激昂し、一歩前に出る。両腕の鋼鉄の手甲を、ゴツン、と威嚇するように鳴らしながら、凄んだ。
「ふ、ディビラよ、血の気が多いのは結構だが、実力差を考えてから物を言うことを覚えるんだな……。吠えるだけではなく、な」
そのトーキスの黒キ仮面で覆われていない素顔の鋭き視線が、ディビラを射抜く。そこには絶対的な自信と、格の違いがあった。
「……ちぃっ! うっせぇよトーキス、結界塔は残り一つだ。さくっと破壊してきてやるよ!」
ディビラは気圧されたように視線を逸らすと、不機嫌そうに舌打ちをし、王宮の間を後にしようと歩き出す。
そこへ、慌ただしく聖騎士団兵の一人が転がり込むように走り込んできた。
「ギルシェ様、トーキス様、ディビラ様! 早急にご報告させて頂きたいことが……」
息を切らせながらすぐに膝をついて、話し出す。その顔は蒼白だ。
「……悪魔領唯一の城、ダークリアが復活した、と」
報告を聞いたギルシェが、ピクリと眉を動かし、興味深そうに聖騎士団兵へと問いかけた。
「あぁん! テメー、本気で言ってんだろうなぁ! 崩壊していた城が一瞬で元に戻っただぁ!! んなバカな話が……」
ディビラが怪訝そうに叫び、聖騎士団兵の胸ぐらを掴み上げようと凄む。それをトーキスが手で制した。
「まて、ディビラ! ありえない話ではないだろう……かの千二百年前の大戦時には、死したはずの悪魔王が蘇り、四つの結界塔を出現させたという伝承も残っている」
「だからなんだってんだ! 奇跡でも起きましたってか? ふざけんじゃねぇ!」
ディビラの割り込みを意にも介さず、トーキスは顎に手を当てて思考を巡らせる。
「冷静に物事を見極めろ! 千二百年の間、悪魔領には城も統治者もいなかった……その城が今になって突然に復活したとなれば……考えられるのは……」
「新たな悪魔の王が誕生した、ということか……ククク」
玉座に座るギルシェが、トーキスの言葉を引き取り、低く笑った。
「ククク、ハハハハハ! クク、そうか、悪魔の城が、復活……ククハハハ! 傑作じゃないか」
「あぁん、どういうことだよ……」
ディビラが混乱する頭で呟く。
「悪魔領に、新たな統治者が誕生し、かつての城が姿を取り戻した……」
トーキスが状況を整理するように話し出した言葉に続くように、ギルシェが声を上げる。
「ならば、その統治者はおそらく……我が弟、ルーシェ! ククク、そうか……どうりで、なるほど、あの力は悪魔の王の力か……ハハハハハ!!」
ギルシェが立ち上がり、狂気的に笑う。その異様な声が王宮の間に響き渡った。
「文字通りの戦争だ……」
その低い声に、すぐさまトーキスとディビラが再び膝をつき、命令を待つ。
「ディビラ! 早急に残り一つの結界塔を破壊しろ! トーキス、戦争の準備だ。我らギルジエンドは、残りの結界塔が破壊され次第、悪魔領ダークリアへと全勢力を持って進軍する」
空気が切り裂かれるような威圧感が王宮の間を支配した。
「戦争の始まりだ! 狙うはダークリアの王の首、そしておそらく同じ場所にいるであろう天魔神葬を宿した巫女の確保だ……」
その声は、この世の全てを暗闇に呑み込むが如く深く、重い。
「ダークリアを墜とし、悪魔領を手中におさめ、天魔神葬を使って世界を浄化する! 選ばれた人間のみがこの先の世界を、作っていくのだ!! 何人も抗えない、絶対的な神としてなぁ!!!」
「「はっ! 仰せのままに」」
その言葉に、即座に膝をついていたトーキスとディビラは、力強く声を上げた。混沌の闇が、世界を包もうとしていた。
ーー
悪魔領最大国家、ダークリア 玉座の間。
ルーシェが悪魔王の力を継承し、ダークリアの城と城下町が千二百年前の姿そのままに蘇ってから、すでに数週間が経過していた。
悪魔領各地に広がった、ダークリアの城復活の噂。ダークリアには、その噂を聞きつけた多くの悪魔族が連日やってきていた。
城下町に活気を与え、商人として住み着くもの、自ら城を守る兵に志願してくるもの、トリクのような町全体が被害にあって住むところを失くしたものたちが、希望を求めて移り住んでくる。
そして今日、ルーシェたちの旅立ちの地となったラクーメルからは、村長ジャイムを含む村のみんなが、長い旅路の果てにダークリアへと辿り着いていた。
「ルーシェ……いや、ルーシェ王。よくぞ無事にダークリアへと辿り着き……」
感極まるジャイムと村のみんな。ルーシェは玉座から降り、照れくさそうに笑いながらも、しっかりとジャイムの手を握り返した。
「ジャイム村長の言葉で、俺は復讐に囚われていた自分を変えることができたのだと思います。この王の力も、復讐ではなく、悪魔と人間が種族の関係なしに手を取り合える未来を作るために、その為に使っていくつもりです」
ルーシェの迷いのない言葉に、ジャイムは涙を拭い、深く頷いた。
「自分を……見つけられたようじゃな……」
コルネも久しぶりの村のみんなとの再会に、満面の笑顔を見せ、それぞれがそれぞれ、束の間の平和と再会の喜びを分かち合っていた。
城下町からは活気ある声が聞こえ、新しい国が生まれようとする息吹が感じられる。そう、この穏やかな時間が続くことを誰もが願っていた。
人間領と悪魔領を断絶する、四つの結界塔最後の塔。その防衛に向かっていたリンシェンとノインからの緊急連絡が入るまでは。
魔法石を通じ、玉座の間に緊迫した声が響き渡る。
『ルーシェ! みんなっ! 最後の結界塔が……破壊されたっ!』
嵐の前の静けさは終わりを告げ、運命のうねりの幕が、再び上がろうとしていた。
第五十五話:『最後の結界塔』に続く。




