第五十三話:即位する王
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
悪魔領最大国家、ダークリア。
永きに渡って統治者が不在だったその城は、千二百年の時を超え、悪魔王の力を継承したルーシェの帰還を持って、今ここに完全なる復活を遂げた。
瓦礫の山だったその場所には、かつての荘厳な尖塔を持つ巨城が再び居を構え、埋もれていた城下町が、まるで時間を巻き戻したかのように、その美しい姿を現した。石畳は磨かれ、噴水からは水が湧き、枯れていた街路樹には緑が宿る。
何もかもがそう、千二百年前に崩壊する前の、栄華を極めた姿に戻っていった。
「おいおい、嘘みてぇじゃねぇかよっ!」
リンシェンが窓に駆け寄り、まるで何事もなかったかのように、崩壊なんて最初からしていなかったかのような城の内部と外の景色を見渡して声を上げる。
天井には美しいシャンデリアが輝き、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。
「……綺麗。これが、悪魔領最大国家ダークリアの本来の姿なのね……おじいちゃんたちにも見せて上げたいな……」
コルネもその荘厳で重厚な城の装飾と、窓から見える美しい城下町の風景に目を奪われながら、そっと呟いた。
それぞれが今起きた奇跡のような現象に戸惑いながらも、その圧倒的な美しさに目を奪われていると、再び、脳に直接語り掛けるような、荘厳な声が仲間たち全員の耳へと聞こえてくる。
『さあ、新たな王よ。その玉座へと座するがいい。そして、四栄王の末裔よ。王を守る剣として、再びその力を奮うがいい』
その声に、戸惑いを見せているルーシェの背中を、豪快にカトリアが叩いた。
「呼ばれてるぜ、さっさと玉座に座っちまいな!」
カトリアはそう言って笑うと、「んで、あたしらもだ!」と玉座の横へと歩き出す。
玉座の両脇には、四つの台座が現れ、そこには各四栄王の魔具の力の根源である元素の光が渦巻いていた。
アークの音の元素、リンシェンの氷の元素、カトリアの雷の元素、そしてノインの地の元素。
彼らは導かれるように、それぞれの定位置へと歩みを進める。
ルーシェはゆっくりと、中央の玉座へと向かう。
そして、その直前で足を止め、仲間たちの方へと振り向いた。その瞳には、確固たる信念の炎が燃えている。
「今、世界は兄、ギルシェによって人間も悪魔も蹂躙されている」
静かな声だが、よく通る。
「俺は兄、ギルシェを許さない。父や婚約者を殺された復讐の気持ちもある。それは消えない事実だ」
ルーシェは言葉を区切り、仲間たち一人一人の顔を見渡した。
「だけど、悪魔領に来て、アークやコルネに出会って、リンシェンやカトリア、たくさんの悪魔たちにも出会って……俺は大事なことに気付かされたんだ」
復讐だけが原動力ではない。もっと大切なものを見つけた。
「兄、ギルシェが絶対的な闇と恐怖の力で、人間も悪魔も全てを統治しようとするならば、俺は、人間も悪魔も種族の関係なしに手を取り合える未来を信じて戦いたい。俺の、継承した悪魔の王の力は、その為に使わせてもらう」
そして、ルーシェはそっとその玉座へと腰を下ろし、泰然と座った。城全体が微かに震え、主の帰還を祝福する。
「今より俺は、メルスキア第二皇子ルーシェ・バーライド・グリシェンとしてではなく、悪魔領最大国家ダークリアの王として、種族の争いのない時代を作る為の礎となろう」
そして玉座へと座ったルーシェの周り、それぞれの元素が渦巻く位置へと、アーク、リンシェン、カトリア、ノインがそっと立ち、前を向く。
四栄王と、新たな王の誕生だ。
「討つは、ギルジエンド現当主、ギルシェ・バーライド・グリシェン! 皆の力を……貸して欲しい」
その声は、悪魔領全体に宣言するかのように響き渡った。ルーシェの決意表明は、波紋のように悪魔領全土へと広がり、全ての悪魔族の耳へと届く。
温泉地ミネルヴァで復興作業に汗を流す住人たち。
トリクの町で新たな生活を始めた者たち。
そして旅立ちの場所、ラクーメルの皆にも。
「ルーシェ、お主はやはり……我らも急ぎ、ダークリアへと参ろう」
命を落とした村の住人の埋葬を終えて、雪道をダークリアへと向かっていたラクーメルの一行。村長のジャイムがゆっくりと空を見上げ、その声を聞き取り、小さく、しかし力強く呟いた。
「おいおい、なんか盛り上がっちまってるけどよ、俺たちゃどうするよ……」
ルーシェの宣言の最中、その広間の隅で様子を見ていたモッズが、隣のサティとフレインに向けて小声で問いかける。
サティもフレインもしばし沈黙し、何かを考えるようにしていた。
「なぁ、俺たちゃ人間だし……成り行きでここに来ちまっただけだしよぉ、このまま悪魔側についてもいいもんなのか? つか、話がでかくなりすぎて俺は正直降りたいんだが……」
モッズが尚も弱気な声を上げていると、フレインが沈黙を破り、はっきりとした声を出した。
「……いや、私はルーシェ王子を信用しよう。どちらにしろ、我らが敵はギルジエンド。スクロニアを取り戻す為には大きな力が必要だ」
フレインは迷いのない足取りで、ゆっくりとルーシェの座る玉座の前へと歩き出す。
「……そうだな。信用できるかどうかは、これから見極めていけばいい」
サティもフレインの後ろに付き、歩いていく。
「おおっいって! 力が必要なのはわかるけどよぉ……って待てって、俺だけかよ、迷ってんのはよぉ! 置いてくなよ!」
モッズも慌てて後ろを追う。サティは歩きながら、モッズにだけ聞こえるように囁いた。
「最初は復讐に囚われて、悪魔の王の力を欲したのかもしれないが、今の彼からはそれを感じない……彼なりの信念が心に一本、できたのだろう。そういう人間は、強いさ」
サティがモッズにそっと答えると、フレインも前を向いたまま口を開く。
「心配ないさ、私は彼と何度かの面識がある。兄、ギルシェには当時から心の内が読めないような不気味さを感じていたが、彼は、昔から裏表のないような信用できる人間だったよ」
「で、でもよぉ……」
言いかけたモッズをよそに、玉座の前まで歩いてきたフレインとサティは、その場に音を立てて膝をつき、恭順の礼をとった。
慌ててモッズも真似をして膝をつく。
「ルーシェ王子……いや、ルーシェ王。只今より、スクロニア皇子フレイン・カイリ・カイエン、並びに皇女、サティ・カイリ・カイエンもあなたの志に賛同します」
フレインが凛とした声で告げる。
モッズの番になり、彼は慌てて付け足した。
「おおっと、俺はモッズ・ラッツ・ソルティ。単なる中年のおっさんで……紫炎族のってこれはいいか、成り行き上……せ、世話になるぜ。よ、よろしくな!」
そのあまりにたどたどしい言葉と必死な形相に、テナの後ろで固まっていた子供達が「ぷっ」と吹き出し、笑った。
「おじちゃん面白い~!」
「緊張してる、緊張してるー」
「おおい、笑うなよ! おじちゃんはな、これでも一生懸命なんだぞ! 命がけなんだからな!」
モッズもその無邪気な笑顔につられ、自然と頬を緩ませて笑った。緊迫した場が少し和む。
「人間、か……信用できないが……」
警戒するキリリの横で、テナがそっと声を上げる。
「私も、そう……思うよ。だけど、こうして見てると、私たち悪魔と人間、何が違うんだろうって感じるんだ。同じように笑って、同じように悩んで……」
「……ま、その意見には一応同意だ……簡単には溝は埋まらないけどな。とりあえず様子見だ」
キリリが低く答えたが、その表情からは敵意の棘が少し抜けていた。
「ありがとう……フレイン王子、サティ王女、そして……モッズ、さん」
「ちぇ、モッズでいいっての……」
頭を掻きながらモッズが答える。
ルーシェは玉座から彼らを見下ろし、柔らかく微笑んだ。そこには王としての威厳と、一人の青年としての優しさが共存していた。
「一緒に、終わらせよう……ギルシェを討って、この無意味な戦いを」
ルーシェは力強く宣言し、前を見据えた。人間と悪魔。敵対していた二つの種族が、共通の敵を前に、一つになろうとしていた。
それはルーシェが目指す未来への第一歩。この場にいる仲間が、想いが、始まりの音となって優しく響いた気がした。
最終章:【命動の戦場と信念の狂詩曲】
第五十四話:『始まりの狼煙』に続く。




