第五十二話:悪魔領最大国家ダークリア復活
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
「はぁはぁ……」
全ての光が消え去り、静寂が戻った広間で、ルーシェが折れた黒魔石の剣を地面に突き立て、荒い息を吐きながら片膝をついた。
全身は傷だらけだが、その瞳には安堵の光が宿っている。
その周りに、すぐに仲間たちが集まった。
「ルーシェっ!!」
真っ先に駆け出し、ルーシェの身体に勢いよく抱き着いたのはコルネだ。
彼女は本当に心配したのだからと言わんばかりに、大粒の涙を流しながらルーシェの背中を強く抱きしめる。
「よかった、本当によかった……っ!」
その横で、コルネとともに後方で隠れていたテナが、ノインの元へと駆け寄り、その無事に安堵していた。
「ノイン、良かった……」
「へっ、心配かけちゃったな、ごめん」
テナの涙混じりの言葉に、照れ臭そうに鼻の下を擦って笑うと、ノインはすぐに表情を引き締めた。
「キリリや子供達が心配だ。すぐに戻らないと」
そう言って立ち上がろうとした、その瞬間だった。
右側の巨大な扉の奥から、様子をう伺うようにしてキリリと、小さな子供達が顔をひょっこりと覗かせた。
「ノイン、テナ! 良かった、無事だったんだな!」
「キリリ! みんな!」
キリリが子供達とともに近づいて来る。子供達も皆、泣きながらノインやテナへと抱き着いた。
「ノイ兄ちゃん! こわかったよぉ!」
「テナ姉ちゃん!」
再会を喜び合う少年少女たちの姿。
サティはモッズとフレインとともに、一歩下がったところでその光景を静かに見つめていた。
「やっと俺たちも戦い地獄から解放ってか? もうこのまま美味い飯でも食って温泉にでも入りたいわな」
モッズが両手を広げながら、全身の力を抜いて安堵し、大の字になって床へゴロリと倒れ込む。
「人間と……悪魔か、こうしてみていると種族の違いなんて些細なものなんだなと認識させられる……」
サティが冷静に、しかし感慨深げに呟いた。
フレインは無言で頷くと、一歩ずつルーシェへと近付いた。そして、そっと手を差し出す。
「メルスキア第二皇子、ルーシェ・バーライド・グリシェン。死んだと聞かされていましたが……」
「あぁん、なんだテメーは? 偉そうに」
リンシェンがあからさまに怪訝そうに声をあげる。その横でアークが「おいっ! 誰にでも喧嘩売るんじゃねぇ」と慌てて小突いた。
カトリアはフレインの纏うただならぬ雰囲気を感じ取り、「へぇー、なかなかにやりそうじゃねぇか」と面白そうに笑っている。
ルーシェは差し出された手を掴み返し、その助けを借りて立ち上がった。二人の王子の視線が交差する。
「……フレイン、王子。なぜ、スクロニア第一皇子のあなたがここに……」
「……やはりそうでしたか。この場所であなたを見かけた時、すぐにわかりました。何度かお会いしたことがありましたから」
少し離れた場所でふたりのやり取りを聞いていたモッズが、驚いてガバッと上半身を起こす。
「おい……メルスキアの王子って、なんだぁ、あの銀髪の坊ちゃんがそうなのか?」
サティがモッズの肩をそっと叩き、冷静に答えた。
「ああ。私も面識がある……ま、私の場合はまだスクロニアにいた頃のとても幼い時にだが……」
その声に、ルーシェはサティの方へと視線を向けた。記憶の片隅にある少女の面影と重なる。
「サティ・カイリ・カイエン……名前を聞いた時には、まさかとは思っていたが、じゃあ……君は、スクロニア第一皇女、サティ……」
サティはその言葉に軽く会釈をすると、「お久しぶりです。数十年ぶりでしょうか……メルスキアが第二皇子、ルーシェ様」と答えた。
「おいおいおい、じゃあ何か、今この場所に人間領の二大大国の王子と王女が揃ってるってことかよ!」
モッズが大声で叫び、その言葉に、ノインとテナ、キリリがビクリと身構えた。
「僕たちを襲った……人間領の王子たち、だと!」
ノインは、子供達を背に庇うように後ろへと下げ、警戒心を露わに魔仭投三日月を構える。人間への不信感は、そう簡単には拭えない。
だが、その手をカトリアがそっと制した。
「ルーシェはあたしらの敵じゃない」
続けてリンシェンがノインの頭をポンっと軽く叩くと、へっと笑った。
「安心しな、見ただろう? 銀髪は悪魔の王の力を継承してんだっ! ま、その力もさっき倒しちまったけどな。って、そいやぁ悪魔王の影の野郎、最後に『我を飼いならしてみろぉ』っとか言ってなかったか?」
「ルーシェ、何か変わったところは?」
アークも思い出したように問いかける。
その刹那だった。
床に転がっていた、あの赤い単眼が、ギョロリと目玉を動かしたかと思うと、まるで磁石に吸い寄せられるかのように宙を飛び、物凄いスピードでルーシェの額へと飛来した。
「うあぁあっ!!」
それは、水面に石が沈むように、ルーシェの額へとめり込むと、怪しき赤黎い光を放った。ルーシェの瞳から理性の光が消えていく。
「グガァ、グ、グゥ……」
「グガァァアアアアアアアアアアアッッ!!」
瞬間、凄まじい魔力の波動が空気を震わせ、ルーシェが激しい咆哮を上げた。その衝撃波で、その場にいた仲間たちが吹き飛ぶ。
ノインは子供達を庇いながら後ろへと下がった。
「おい、楽器使い! この現象はまたっ!!」
リンシェンが叫び、短剣に手をかける。
「……ルーシェの身体の中に、悪魔王の力が戻ったんだ! また暴走するのかっ!!」
アークも身構える。
「はん、こいつが悪魔化ってか! あたしは初めて見るねぇ!!」
カトリアも叫び、魔具を構え、サティやモッズ、フレインも状況が読めないまま、警戒態勢をとる。
そしてルーシェの姿は、赤黒い光の中でみるみるうちに変貌を遂げた。額から伸びる、ねじれた三本の角。背中から広がる漆黒と純白の非対称な翼。そして、破壊を司る悪魔の鉤爪と、奇跡の創造を思わせる天使の掌。
それは、さきほどまで死闘を繰り広げた、悪魔王の姿そのものだった。だが、ひとつだけ違っているところがあった。
「……大丈夫だ」
悪魔と変貌したルーシェの口から、驚くほど冷静な声が響く。
「あんっ?」
リンシェンが素っ頓狂な声を上げ、その姿を見据えた後、「ち、脅かすんじゃねぇよ」と安堵のため息をついて武器を懐へとしまった。
「そうか。そういうことか……」
アークも警戒を解く。そして仲間たちへと振り返った。
「安心してくれ。こいつはルーシェだ」
そのアークの言葉に誰もが怪訝な顔を覗かせたが、続くようにルーシェがゆっくりと話を始める。
その瞳は、以前のような全てを憎むかのように赤く輝く瞳ではなく、ルーシェ本来の、穏やかで強さのある蒼い瞳をしていた。
「……不思議な感覚だ。この姿なのに、燃えるような憎しみや復讐の心が前に出てこない……穏やかだ。力が、身体の一部になったような気がする」
その敵意のない眼差しと言葉に、全員が完全に警戒を解いた。
それどころか、ノインの後ろに隠れていた子供達が、恐る恐る顔を出したかと思うと、目を輝かせ近づいて来る。
「かっこいい!」
「なぁなぁその羽触らしてよ」
「角、角すごーい!」
子供たちは無邪気にはしゃぐようにルーシェの周りへと集まり、興味津々で触れようとする。ルーシェは困ったように、しかし優しく微笑んでそれを受け入れている。
「よく分からないけど、悪い人じゃないみたいね……あ、この場合悪い悪魔じゃないみたいね、のがいいのかな」
テナも呑気にそんな言葉を口にする。
「どーなってるんだよ……悪魔に人間、こんな光景見たことないぜ」
ノインがはぁっとため息をつくようにその場に座り込んだ。だがその顔には笑みが浮かんでいる。
「悪魔の王の……力を、本当にルーシェが引き継いだんだ……」
そう言って、コルネがゆっくりとルーシェへと近付いた。
「あぁ、そうみたいだ。それに……」
ルーシェはスッと力を抜いてみる。すると、変貌していたルーシェの姿から角や翼が光の粒子となって消え、元の人間の姿へと戻っていく。
「自由自在ってか? 急に便利になったな」
リンシェンがいつものように軽口を叩いた。
そして、数秒後。それは突然に起こった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!! という振動と共に、広間全体が急に大きく揺れ始める。
「おおっいと、今度はなんだ! もう何がきても驚かねぇぞこの野郎!」
モッズが悪態をつきながら、再び揺れる床にバランスをとる。
「きゃ、なになに!」
コルネや、仲間たちも突然の揺れに戸惑いを隠せない。
地面から、何かが盛り上がってくるような、あるいは浮上していくような浮遊感と轟音。同時に、ルーシェの額の単眼が開き、目玉がギョロリと動くと、光の柱があたり一帯を包むように光り輝いた。
そして脳に直接語り掛けるような、荘厳な声が仲間たち全員の耳へと聞こえてくる。
『統治者のご帰還』
『永きに渡り、お待ちいたしておりました』
『我らの想いはあなた様とともに』
脳に響く声、そして光が収束していく。
光に慣れてきた目を開けると、そこは先ほどまでの閉鎖的な地下空間ではなかった。フロアそのものが、かつての残骸を押し退け、上昇し、地下に埋もれていた時には気付けなかった壁面の窓から、眩しいほどの光が差し込んでいる。
そこに見えるのは、澄んだ青空と、眼下に広がる城下町のような景色。
声は、悪魔領全体に宣言するかのように響き渡った。
『悪魔領最大国家、ダークリアの復活を、今ここに』
それは、伝説の巨城が、永きに渡る眠りから覚め、再び大地にその威容を現した瞬間だった。
第五十三話:『即位する王』に続く。




