第五十一話:決着(悪魔王の影)
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
「ハァハァ……嬢ちゃん、俺はもうここまでだ、後は……頼んだぜ」
渾身の黒紫魔法を放ち、悪魔王の身体全体を覆っていた絶対防御の結界を破壊したモッズは、魔力を使い果たし、荒い息を吐きながらその場にへたり込んだ。
「おっさん! 誰だが知らねぇが、いい仕事だっ!!」
モッズのその肩をトンッと軽く叩いて、リンシェンがいの一番に疾走する。狙うは、防御を失った悪魔王。
「はんっ面白くなってきたじゃないかっ!!」
その後ろをカトリアが、好戦的な笑みを浮かべて同じように追いかける。
『ユルサヌ、ユルサヌゾォオオオオオオ!!!!』
悪魔王の影は、結界を破られた屈辱に震え、尚も怒り狂ったように咆哮を上げている。その怒号だけで広間の空気が常に揺れ、ピリピリとした殺気が肌を刺す。
「人間と悪魔が共闘してるのか……」
その様子を見て、ルーシェの傍らで彼を支えていたサティが小さく呟く。ありえない光景。人間と悪魔が協力している姿など、今の世界では見かけることはない。人間と悪魔は敵対しているのだ。理由もなく、種族の違いというだけで。
だが、彼女はすぐに表情を真剣な物へと変化させると、何かを決心するかのように声を上げた。
「いや、話は後だな。まずは目の前の脅威を討つことが先決だろう」
そして、ルーシェへと視線を向ける。
「……いけそうか?」
その視線を真っすぐに見つめ返して、ルーシェは剣の柄を握り直し、「ああ。ありがとう」と答えて、立ち上がる。傷だらけだが、その瞳に宿る闘志は消えていない。
サティはふっと笑い、「上出来だっ!」と叫ぶと、すぐざまその持ち前のスピードで、悪魔王の影へと走り出した。
「おらよぉおおっ!!!」
リンシェンが空中で回転しながら、悪魔の爪を紙一重で掻い潜り、魔氷四双剣を悪魔王の背中へと突き立てる。
今度は弾かれない。刃は深々と影の肉体に食い込んだ。
間髪入れずに、カトリアが魔変刀暗器をしなやかに振り回し、変幻自在の連撃を繰り返す。
「オラオラオラァ! 効いてるじゃねぇか! どしたぁっ」
『グガァアアアア!!! ユルサヌ、ユルサヌガァアアアアア!!!』
悪魔王が叫び、のたうつ。先ほどよりも激昂し、無茶苦茶に腕を振り回すが、その動きはあきらかに鈍くなっている。
「へっ、完全無敵のバリアが破られて動揺してんのかっ! 王にしちゃあ肝が小せぇなぁっ!」
リンシェンが挑発しながらも、そのスピードで翻弄している中、もうひとつの俊足が勢いよく目の前で跳躍した。サティだ。
彼女は空中で勢いよく回転し、遠心力を乗せた強烈な正拳を、悪魔王の後頭部に叩き込む。
「はあぁああ!!!」
その勢いのまま着地すると、すぐに両掌から高密度の気の波動を放った。
「黎天流気功術・双掌波!」
爆風が舞い上がり、影の背中で爆ぜる。
『グガァアアアア!!!!』
悪魔王の影はひときわ大きな咆哮を上げると、反撃の如く天使の掌から魔弾を無差別に撒き散らした。 その弾道は柱を壊し、天井を砕き、瓦礫を落とし、広間全体を破壊するかのように無数の連弾となって降り注ぐ。
狙いなどない。軌道はぐちゃぐちゃで、かえって攻撃を読みづらい。
「おぉおおいっ! 待てって! こっちもかよ!」
その弾道のひとつが、流れ弾となって座り込んでいるモッズを捉えた。
ドガァアアアア!! 爆煙が上がる。
「うおぉっい!?」
だが、煙が晴れた先、フレインが瞬時に展開した魔法障壁が、魔弾を弾き、モッズを守っていた。
「た…助かったぜ、坊ちゃん」
モッズは安堵の息を吐き、フレインは無言で前を見据える。
悪魔王の魔弾で爆炎に包まれている広間、視界の悪くなったその場所で、勢いよく回転しながら飛んでいる円盤状の魔具が見えた。
ノインの魔仭投三日月だ。
その刃は、自由自在に軌道を変え、煙幕を裂いて進むと、悪魔王の頭部に生える三本角を的確に捉える。そして次の瞬間、その刃は真ん中の一本を根元から真っ二つにへし折った。
そこから紫色の煙が霧のように吹き出し、中にあった赤く輝くコアのようなものが砕け散る。
『ギャガアアアアアアアアア!!!! 虫ケラドモメェェエエエ!!!』
だが、コアが砕けたにも関わらず、悪魔王の影は動きを止めない。むしろ狂乱が増したように見える。
「おい、コア砕けてんだろがぁっ! なんで動ける!?」
リンシェンが叫んだ。
「はん、ひとつだけじゃないってことだろっ!」
カトリアが跳躍したと同時に、反対方向からサティも跳躍していた。二人の影が交差する。
「おらよっ!!」「はぁああっ!」
カトリアの魔変刀暗器が右の角を、サティの黎天流の拳が左の角を、それぞれ同時にへし折った。
『ギャアアアアアアアアア!!!!』
悪魔王の絶叫と咆哮が広間を揺るがす。同時に左右の角の中にあった赤く輝くコアがふたつ砕け散った。
その刹那、悪魔王の影が赤黎く激しく輝くと、胸の中心にひときわ大きな、真のコアのようなものが脈打つように浮かび上がる。
「出番だぜっ! ルーシェ!!! 風の旋律・鼬!!」
アークが叫び、魔弦奏楽器を激しく奏でた。巻き起こった暴風がルーシェの背中を押し、音速の加速をつけていく。狙うは悪魔王の心臓部、あの大きなコア一点。
折れた黒魔石の剣を構え、ルーシェの絶叫が響き渡る。
「俺たちの勝ちだぁああああ!!!」
それは勝利への確信と、未来への誓い。
「メルスキア剣術が一刀・虚空七式皆伝――絶落迅円!!」
ルーシェの身体が光となり、円を描くような剣閃が空間そのものを切り取る。その範囲の全てを一瞬同時に、塵になるまで粉々に斬り刻む神速の連撃。まるで空気全てが刃となったかのように。
「らあぁあああああ!!!!」
剣閃の嵐は悪魔王のコアを正確に捉え、打ち砕いた。
巨大なガラスが割れるような音が反響し、悪魔王の影が赤黎い煙を大量に吐き出しながら、形を保てずに崩れていく。
『ガァアアアアア!! ガァオアア! グガァアアアア! マサカァァ!! 我ガ人間ゴトキ二ィィイイ!!』
悪魔王の咆哮は止まらない。それは敗北の叫びであり、認められない現実への怒り。
『力ヲ貸シタ半身ニィイイイ!! 力ヲ呑マレルトイウノカァアアアアア!!!!』
やがて悪魔王の影が跡形もなく消え去ると、最後の咆哮を残して赤黎い光が爆発するように広間全てを包み込んだ。
『我ガ半身ヨォオオオオオオ!!!! ナラバ我ヲ飼イ慣ラシテミルガィイイ!!!』
光が視界を白く染め上げる。
最後の赤黎い光が瞬き終わると、広間には静寂だけが残った。
床には、巨大な玉座の前に転がった、怪しく輝く宝石のような、赤い単眼がひとつ。それはまだ、ギョロギョロと不気味に目玉を動かしていた。
第五十二話:『悪魔領最大国家ダークリア復活』に続く。




