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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲

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第四十七話:総力戦

第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲

『ククク……ハハハハどうした我が半身よっ! まるで逃げ惑う小虫ではないかぁ』


 赤黎き広間に、巨大な悪魔王の影の哄笑が轟く。

 右腕の悪魔の爪が大地を抉り取り、左手の天使の掌から迸る魔弾の雨が、広間の柱を粉々に砕いていく。

 ルーシェは、対峙する巨大な影に近付くこともできないまま、その殺意の波動と荒れ狂う無数の攻撃を必死で掻い潜り、回避するだけで精一杯だった。


『クククハハハッ!! 所詮我の力がなければただの人間! さぁ恐怖して逃げ惑え、追いつめて追いつめて絶望に呑まれた表情を情けなく見せるがいい』

 その巨大さからは想像もつかないほどのスピードで振り下ろされる鉤爪。同時に、全方位へと撒き散らされる魔弾。反撃はおろか、近づくことさえ許されない絶望的な攻防。

「くっ! これが悪魔の王の力……」

 ルーシェが黒魔石の剣を構え、飛び散る瓦礫や魔弾を身を捩りながら避け、弾く。圧倒的な力の差。呼吸をする暇さえ与えられない。

『どうしたぁっ! その程度で我に勝とうと息巻いていたとは笑止!!』

 瓦礫を撒き散らすように悪魔の爪が大地を抉る。だが、それは囮だった。

 無数の瓦礫を紙一重で避けていたルーシェの目の前に、容赦なく悪魔王の影が近付くと、天使の掌をルーシェの腹に押し当て、至近距離で魔弾を撃ち放つ。


「ぐっはぁああああがぁあああ!!」

 咄嗟に黒魔石の剣を横にし、自身の腹を庇うが、ルーシェの身体は木の葉のように吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられる。背中から激痛が走り、口から鮮血が溢れた。

 だが、悪魔王の影は止まらない。すぐにルーシェを見据えると、その頭にあるねじれた三本の角を突き出し、串刺しにしようと突進してくる。

「くっ、早い!!」

 ルーシェが身体を動かすよりも早く、死の凶器が眼前に迫る。間に合わない――そう思った瞬間だった。


「そうはさせねぇぜっ!!」

 刹那、リンシェンが投げた短剣が地面に突き刺さり、そこから瞬時に分厚い氷の壁がルーシェの前へと形成される。悪魔王の突進は氷壁に阻まれ、ルーシェは串刺しを免れた。

 そして、そのリンシェンの作った隙を見逃さず、すぐさま踏み込んできたのはカトリアだ。

「暗器槍術・雷が啼く(いかづちがなく)!!」

 雷鳴の如く変則的で鋭利な槍閃が、大地を抉り取るように凄まじい勢いで悪魔王の影を捉えた。

 だが、まだ止まらない。続いて回転しながら空中を舞う円盤状の魔具が、空中に六芒星を描き出すと、大地が揺れ、吸い上げられたエネルギーの塊が悪魔王の影へと向かって牙を剥く。ノインだ。

地脈六芒陣(ちみゃくろくぼうじん)!!」

 そしてその後ろから響き渡るは、アークの魔弦奏楽器。

渦巻風車(うずまきかざぐるま)!」

 巨大な竜巻が舞い上がり、風神の如く怒りが、悪魔王の身体を包んでいく。


「ルーシェっ!!」

 仲間たちが一斉に叫んだ。全員が作った、最大の攻撃のチャンス。

 壁際で体勢を立て直したルーシェは、瞬時に姿勢を低くし、弾丸のような速さで一直線に悪魔王の影へと向かっていく。

 その手には黒魔石の剣が強く握られ、蒼い瞳はただ一点、悪魔王の身体の中心、コアがあるべき場所を見据えていた。

「メルスキア剣術が一刀・虚空二式(こくうにしき)――月髭露(つきしろ)!」

 仲間たちが切り拓いた道。その正確無比な剣閃は、悪魔王の身体を貫いたかと思われた。


 ガキィイイン!! 甲高い、不吉な金属音が響き渡る。次の瞬間、宙を舞ったのは――折れた剣先だった。ルーシェの振り抜いた黒魔石の剣が、根元から真っ二つに折れたのだ。

 ルーシェはその勢いのまま弾き返され、地面へと叩きつけられて転がった。

「ぐはぁっ! がはっ、くっ!」

『ククハハハハハ! 何をしている。言ったであろう……万が一にも主らに勝ち目はないとな』


 悪魔王の影が嘲笑う。

 仲間たちの怒涛の連続攻撃、そしてルーシェの渾身の一撃は、確実に悪魔王の身体を捉えていた。だが、目の前の悪魔王の影には、傷ひとつついていない。

「……紫色の煙も上がってねぇ……本当に無傷ってことかよ」

 リンシェンが低い声で呟く。

「四栄王の影とは……次元が違うのか」

 アークも呆然と呟いた。

『ククク。四栄王の影は朽ちたか……ならば全員で全力を持ってかかってくるがいい。どうしようもない絶望があることを、主らに思い知らせてやろう』

 再び、悪魔王の天使の掌が光り、無数の魔弾が放たれる。

「はん、やっかいな飛び道具だねぇ!!」

 カトリアが魔弾の軌道を掻い潜り、再び魔変刀暗器を悪魔王の身体へと突き立てる。だが、まるでどんな攻撃さえも通すことがないような、薄く強固な見えない壁に阻まれているかのように刃が通らない。

 リンシェンも続いて魔氷四双剣を振り抜くが、結果は同じ。

 その横を抜けて、吹き飛ばされたルーシェの元へとアークとノインが駆け寄る。

 コルネとテナは遥か後方の柱の陰で、祈るように戦況を見守ることしかできなかった。


「はぁ……はぁ。く、これが悪魔王の力……」

 ルーシェが折れた剣を地面に突き立て、ゆっくりと立ち上がる。

「まずいな……態勢を立て直したいが……ノイン、君がやってきた右の扉の先はどこに繋がっている?」

 アークがノインに尋ねる。

「陥落した結界塔だ……おそらくまだギルジエンドのやつらが、いると思う」

 その言葉に、アークとルーシェが表情を強張らせた。

「……ならば左の扉か。どこに繋がっているかは賭けになるが……」

 アークが静かに話を続けた。

「逃げるってことか? だけどそう簡単には……それに、右の扉の先には、僕たちの仲間がまだ隠れているんだ!」

 ノインが首を振る。子供たちを置いてはいけない。

「だが、俺たち全員が全力でかかっても、あの悪魔王の影に傷一つつけることができていない。それに、ルーシェの剣は折られてしまった。一旦離脱しなければ……全滅もあり得る」


 アークが唇を噛みながらも真剣な表情で説得する。後方ではリンシェンとカトリアの「ぐはぁっ!」という声とともに、壁や柱に叩きつけられている音が聞こえていた。決断をしなければならない。

「どうにか隙を作って、全員で……」

 アークが言いかけた瞬間だった。アークと向かい合っていたルーシェの瞳孔が開く。

「あぶないっ!」

 ルーシェが叫び、咄嗟にアークとノインを力任せに左右へと突き飛ばした。ルーシェの頭上には、振り下ろされる悪魔王の巨大な爪。逃げ場がない。

『終わりだあぁぁああ! 喰らってやろうぞぉおお!!』

「ルーシェぇえええええ!!」

 仲間たちの絶叫。そして、同時に左側の巨大な扉が、軋む音を立てて開いた音が微かに耳に入ってくる。

 響き渡る俊足の足音。何者かが、ルーシェの身体を瞬時に抱きかかえ、コマのように回転して死の軌道から離脱する。

 直後、振り下ろされた悪魔王の爪は、空を切り、ルーシェがいた場所の床を粉砕した。


「……随分なものと戦っているな?」

 ルーシェをすんでのところで助けた人物は、着地と同時にルーシェを下ろすと、静かに声を出した。

「君は……?」

 ルーシェがその姿を見て問いかける。

 端正で美しく凛々しい容姿と、ブラウンのショートカットの髪を振り乱す彼女。その額に角はない。人間だ。

「……サティだ。サティ・カイリ・カイエン」

 少女が名乗ったと同時に、開いた左の扉付近から強烈な力の流れを感じた。どす黒い気が渦を巻くようにどんどんと集まり、膨れ上がっていくのが見える。

「安心しろ。仲間だ」

 サティが冷静に答えた瞬間、広間に枯れた声が響いた。

夢幻開門(むげんかいもん)八魔(はちま)――天照(あまてらす)!」

 灰色に差し掛かった髪と、浅黒い肌。深く刻まれた頬の皺が印象的な、ひょうひょうとした中年の男がそう叫ぶと、光とも闇とも違う、深淵の紫色の輝きが悪魔王の身体全体を包み込んだ。


 瞬間、悪魔王の身体全体を包んでいた、あの「傷一つつかなかった」結界のような膜が、音を立てて砕け散る。

 その中年の男の隣で、真っすぐな瞳をした育ちの良さそうな青年が、拳を握りしめて「よしっ!」と小さく声を上げていた。

『グォオオオオオ!!! 黒紫(こくし)黒紫魔法(こくしまほう)ダトォオオオオオ!!!』

 悪魔王が広間を揺らす強烈な咆哮を上げながら、苦しそうに呻き、よろめく。絶対的な防御が崩されたのだ。

 悪魔王は体勢を立て直すと、もう一度ひと際強烈な咆哮を上げ、新たに現れた侵入者たちを睨みつけた。


『ユルサヌ、ユルサヌゾォオオオオオオ!!!! 忌々しき黒紫の術者めぇええ!!』

 憎悪と怒りを露わにした悪魔王の影。だが、絶望的だった戦況に、確かな風穴が開いた瞬間だった。

第四十八話:『サティルート(スクロニア大戦 前編)』に続く。

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