第四十五話:影との対峙
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
爆発音とともに、吹き飛んだ扉の先から広間へと転がり込んできたノインとテナ。二人は床を滑りながらも、素早く身を起こす。
だが、安堵している余裕もない。彼らの後ろを追うように、赤黎い靄を纏った影の戦士が広間へと入り込み、「Й〇Δ§Λ……!!」と認識できない不気味な唸り声を上げ、その手に持つ巨大な円盤状の武器を振り上げた。
その姿を見て、同じようにそれぞれの魔具から具現化された影と対峙していたリンシェンが、余裕のない表情で少年に向けて叫ぶ。
「おいっ、少年! 悪いが見ての通り、こっちも手一杯で助けることはできねぇ! だが、お前も四栄王の末裔なら、自力でその影をなんとかするんだ!」
リンシェン自身も、目の前の影が繰り出す氷の刃を弾きながらの言葉だ。
ノインは回転しながら影の攻撃を避けると、その手に持つ鋭利な三つの刃を持つ、円形の大きな手裏剣のような武器――魔仭投三日月を構え、声を返す。
「わかってる……最初からそのつもりだ! 僕だって、守りたいものが……あるっ!」
少年の瞳には、強い意志の光が宿っていた。
その言葉に、アークが口元を緩めて「ふっ」と笑うと、瞬時に状況を判断し指示を飛ばす。
「コルネ! 少年の隣にいる少女を頼む! 安全な場所へと下がってくれ!」
「……っ!! アーク、わかった!」
目の前で起きている現象に、コルネは一瞬アークの言葉への反応が遅れたが、すぐに我へと戻る。
彼女は戦場を駆け抜け、少年と同じく扉の先から広間へと転がり込んできた少女の元へと向かった。
「こっち! ここは危ない!」
コルネは駆け寄った少女――テナの手を掴むと、後方の柱の陰へと誘導しようとする。
「あ、待って……ノイン!!」
テナが心配そうに振り返り、戦う少年の名を呼ぶ。
ノインは影の攻撃を魔具で受け止めながら、ちらりとコルネとテナを見ると、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫……テナは安全な所に! お願いします!」
その力強い言葉に、テナは涙を拭いて頷き、コルネと共に後退した。
「Й〇Δ§Λ!!」
認識できる言語ではない、魂を削るような叫びを上げて、それぞれの影が一斉に襲い来る。
リンシェンと対峙する影は、その手に持つ影の短剣を構えると、力強く地面を叩いた。地面から無数の氷の塊が、まるで生きている蛇のようにうねり上がり、リンシェンへとその牙を剥けて襲い掛かってくる。
「くそがっ! そうかよっ! 同じ技を使うってことかよ!! 上等じゃねぇか!」
リンシェンは舌打ちをし、手に持つ二本の魔氷四双剣を懐にしまうと、背中から別の二本の短剣を素早く取り出し、地面へと突き立てた。
「氷層結界!」
次の瞬間、突き立てた短剣から強烈な冷気が迸り、瞬時に分厚い氷の壁が形成された。迫りくる氷の蛇は、その壁に激突し、砕け散る。
視界が氷の破片で遮られた一瞬の隙。
「ここだぁっ!!」
リンシェンは氷壁を蹴り、宙高く跳躍した。すでに手には、再び懐から取り出した最初の二本の短剣が握られている。
猛スピードで落下し、その短剣を影の脳天へと振り下ろした。
ガキィイイン!! 右手の短剣が、影の構えた短剣によって弾かれる。だが、リンシェンの動きは止まらない。
「甘いんだよっ!!」
弾かれた勢いを利用して身体を捻り、左手に持つもうひとつの短剣を逆手に持ち替え、空いた影の胴体へと向かって横薙ぎに振り抜く。
影は瞬時に後方に移動して致命傷を避けるが、刃は確かにその身体を捉え、浅く切り裂いた。
その傷口からは、血の変わりに紫色の煙が霧のようになって吹き出している。
「ちぃっ! 手応えがわかんねぇなっ! でもどうやらダメージはちゃんと入るみてぇじゃねぇかっ!」
着地したリンシェンが、霧を吹く影を見て叫んだ。
一方、少し離れた場所ではアークも苦戦を強いられていた。
「風の旋律・鼬!」
アークが魔弦奏楽器を激しくかき鳴らす。発生した突風が、不可視の刃となって影へと迫っていく。
「Й〇Δ§Λ」
だが、対峙する影もまた、身体の一部となっている実体のない影の楽器のようなものを振動させた。それは重低音のような衝撃波を発生させ、アークの風の刃を相殺し、弾き返す。
そして、影はすぐに音の鳴らない楽器を細かく振動させると、追撃を繰り出してきた。
「くっ!」
その振動の波を、アークはすんでのところで転がりながら避ける。地面が鋭利に切り裂かれる音が背後でした。
アークはすぐに体勢を立て直して影を見据えるが、表情は険しい。
「くそっ! 同じ技を使うのは仕方がないとはいえ、影の方は奏でられても音がしない……見極めるにはこちらが不利だ……」
音を司るアークにとって、聴覚からの情報は生命線だ。だが、相手の攻撃は無音の衝撃波。視覚と肌感覚だけで回避しなければならない。
「Й〇Δ§ΛΛΛΛΛ!!」
ケタケタと笑っているかのような声を上げて、影はアークへと高速で接近し、楽器のようなものを至近距離で振動させた。
「しまっ…………!! うわぁあああっ!!」
反応が遅れた。アークの身体を、無数の見えない風の刃が斬り刻む。
咄嗟に身を捩って直撃は避けたものの、アークの腕や足に無数の裂傷が走り、鮮血が滴り落ちる。
「アークっ!」
苦戦するアークの姿を横目に、カトリアもまた魔変刀暗器を構え、影と対峙していた。
だが、リンシェンやアーク、そして少年ノインとは違って、この戦場においてカトリアだけは異様な光景を生み出していた。遠目から見ても、カトリアが影を圧倒している。
「はんっ! ちょいと待ってな!! こいつはすぐ片が付く!」
カトリアと対峙する影は、同じ魔変刀暗器の影のような武器を構えている。距離を取り、武器の柄にある穴に魔力を込めようとする仕草を見せていた。本来の魔変刀暗器の使い方はこちらが正しい。
だが、カトリアの戦い方は全く違っていた。
「おらおらおらぁ!!」
カトリアは、魔変刀暗器を風車のように豪快に回転させ、遠心力を乗せた重い一撃と、蛇のようにしなる予測不能な連撃で、間合いを詰めて影へと殴りかかる。
どう見ても影の方は、この野蛮な近接戦闘への対処ができていない。
影が魔術を発動する隙を与えず、カトリアの攻撃が次々と影の身体を削っていく。
プシュウウウ……! 影はつけられた傷から、どんどんと紫色の煙を吐き、霧のように身体を縮めていく。
やがて、その胸の中心に、赤く輝くコアのような石が見えてきた。
「なるほどなっ! その石っころみたいのが急所ってことかよっ! 見えたぜ!」
カトリアはニヤリと笑うと、地面を強く踏み込んだ。
「砕け散りな!!」
叫びと共に、手に持つ魔変刀暗器の石突きを、そのコアへと向けて勢いよく突き込む。
瞬間、コアのような石は粉々に砕け散った。
「Й〇Δ§Λェェェェ!!!!」
影は認識できない断末魔のような叫びを上げて、霧散し、消え去っていく。
「悪いねぇ……魔具から具現化した影……魔変刀暗器の正しい使い方でなら、あたしも苦戦してたんだろうけどな」
カトリアは消え続ける影の方向を見ながら、鼻で笑った。
「魔変刀暗器は、知を司る四栄王の末裔の魔具。本来は近接用じゃなくて、柄の穴に魔力の玉をはめ込んで変幻自在の力を操る……どちらかと言えば遠距離用の、知略的な魔具なんだ。でも、あたしはちまちま考えるのが嫌いでねぇ、単純な力押しのが得意なんだよ」
ついには跡形もなく影は消え去り、赤黎い煙のようなものがカトリアの持つ魔変刀暗器へと吸収されるように戻っていく。
魔具が以前よりも強く輝き出した気がした。
「今までそんな使い方をする末裔はいなかったんじゃねぇか。だからあたしの攻撃を全く読めなかった。当てが外れたみたいだねぇ!」
カトリアは魔具を肩に担ぎ直し、すぐにまだ戦いを続けている仲間たちの方へと振り返り、声を張り上げた。
「アーク、リンシェン、少年! 待ってな、助太刀してやるよっ!」
頼もしい声が、苦戦する仲間たちに届いた。
第四十六話:『決着(四栄王の影)』に続く。




