第四十二話:対峙する悪夢
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
崩壊国家ダークリア城跡地。瓦礫の山を越えながら、五人はその中へと足を踏み入れる。空気が変わったような気がした。張り詰めた糸のような緊張感が、一歩進むごとに高まっていく。
「……気付いているか? 楽器使い、バーサーカー女!」
リンシェンが、神妙な声で話しかけた。その両手は、無意識のうちに腰の短剣へと伸びている。
「あぁ。中心部に近付くにつれて、俺たちの持つ四栄王魔神具が……反応してる」
アークが静かに続いた。アークの楽器、リンシェンの短剣、そしてカトリアの魔変刀暗器から、それぞれ淡い光が薄く放たれていた。
それは中心部へと近付く度に、脈動するように少しずつ強くなっている。
「あぁ。ビンビンきてんねぇ。あたしらを歓迎してんのか? それに……」
カトリアが忌々しげに呟き、後ろを歩くルーシェとコルネへと振り返った。
「う、ぐ……がぁ。う……」
ルーシェが頭を抑え、苦しそうに呻きながら、よろめいている。その横で、コルネが彼の身体を支えていた。
「ルーシェ、大丈夫!? ねぇ、ルーシェ!!」
「う……あぁ。だ、いじょうぶだ。ただ、何かが俺の中で暴れているような……」
ルーシェは絞り出すように答えるが、その瞳は焦点が定まっていない。
「まずいかもしれないな……一旦、ルーシェは城跡から離れた方がいいかもしれない……俺達で先行して調査しよう。コルネ、ルーシェを頼めるか?」
アークがルーシェとコルネのもとへと駆け寄り、焦ったように声をかける。だが、ルーシェは拒絶するように首を振った。
「アー……ク、いや、俺は大丈夫、だ……ァガァアアアア!」
言葉の途中で、激痛が走ったのか、ルーシェが絶叫する。
「無理すんじゃねぇ、おい、銀髪!」
「しっかりしな!」
リンシェンとカトリアも駆け寄ってくる。
「ア、アガァ……アァアアア!! ガハァ、アガァアアアア!」
「る、ルーシェ!!」
コルネの悲鳴がかき消されるほどの咆哮。
ルーシェの背中が弓なりに反り、血管が浮き上がる。
「ア、グ、グガァアアアアアアア!!!!」
ひと際激しい咆哮と共に、ルーシェの身体から赤黎い光の柱が、天高くに立ち昇った。大地が悲鳴を上げ、空気が歪む。
異様な程の力の振動と、身体を内側から蝕むような異質な違和感が、ダークリアの跡地全体へと広がった。
「きゃあっ!」
その衝撃波のような振動に、コルネや、近くにいた仲間たちが吹き飛ばされそうになり、バランスを崩す。
「グガァ、ガァアアアア!!」
続けてもうひとつの咆哮。ルーシェが顔を上げると、その額には、怪しく輝く宝石のような、赤い単眼がギョロリと浮かび上がっていた。
彼が暴走してしまう時に、何度も現れる不気味な、血のように赤い単眼。
それはまるで独立した生き物のように、ギョロギョロと目玉を動かしながら、周囲の空間全体を見渡し始める。
「おいっ! やべぇぞ、銀髪! 呑まれんなっ!」
リンシェンが立ち上がり、ルーシェを正気に戻そうと近付こうとする。
だが、今度はアーク、リンシェン、カトリアの持つ、それぞれの四栄王魔神具が共鳴し、激しい光を放ち始めた。
三つの魔具からも、同じような赤黎い光の柱が空へと立ち昇る。さらに、少し離れた瓦礫の山の奥、地下深くのような場所からも、呼応するように同じ光がもう一本、天を突くように立ち昇っていた。
五本の光柱が、ダークリアの空を焦がす。
「きゃぁあああ、なに、なんなの!」
コルネが叫ぶ。地面が激しく揺れ、立っていられない。
「悪魔の王の力と、あたしら四栄王の末裔が、魔具が……ここに全部揃ったってことかよっ!」
カトリアがぐらつく地面にしっかりと足を付け、強風に煽られながら叫ぶ。
「……悪魔王の力と、四栄王の四つの力……それが、何かが起きる鍵だった……てことかぁっ!」
アークが光を見上げ、確信めいた叫び声を上げる。
そう叫んだと同時に、ルーシェの額から、そして四栄王魔神具から立ち昇った赤黎い光の柱が、上空で絡み合い、ひとつにまとまっていく。
巨大な光の渦が生まれ、彼らの頭上へと降りてくる。
「グガァアアアアアア!!!!! アガァアアアアアア!!」
さらに激しくルーシェが咆哮を上げると、世界が赤く染まった。
その赤黎い光の奔流に、五人は瞬く間に飲み込まれていく。
ーー
「ぐはぁっ!」
光が収束し、ドサリという音と共に、アークたちは硬い床へと叩きつけられた。回転しながら転がり、ようやく止まる。
目を開けた彼らの目に映ったのは、先ほどまでの瓦礫の山ではなかった。
「いつつ、なんだってんだい? ここは?」
カトリアが頭を抑えながら、上半身を起こす。
そこは、とても広大で荘厳な広間のような場所。天井は見えないほど高く、壁には見たこともない紋様が刻まれている。
「おい、どこだよ……ここ」
同じく身体を起こしたリンシェンが、目の前の広大な広間の最奥に見えるものを見て唸った。とても巨大で異様な程の赤黎き玉座。
「……王の間、とでも言えそうなほどに広いな……巨大な玉座、左右に巨大な扉がひとつずつ、か」
アークが冷静さを取り戻し、周りを見渡す。
「ルーシェ、ルーシェ!」
コルネの声が響く。彼女は膝をつき、うずくまっているルーシェに必死で声をかけていた。
「あ、がぁ、ぐっあぁああ!」
ルーシェがのたうち回りながら、苦悶の声を漏らす。
瞬間、ボトッ、という湿った音と共に、ルーシェの額からあの赤き単眼が抜け落ち、床へと転がった。
転がり落ちた単眼は、生き物のようにその目をギョロギョロと動かすと、ブシュゥゥッと赤黎き煙のようなものを吐き出す。煙は渦を巻き、みるみるうちに巨大な形を成し、目の前の巨大な玉座へと集まっていく。
実体を持たない影のような存在。だが、その輪郭ははっきりとしていた。
ねじれた三本の角。全てを憎むかのように赤く輝く双眸。背中から広がる、漆黒と純白の非対称な翼。そして、全てを引き裂く破壊を司る悪魔の鉤爪と、奇跡の創造を思わせる天使の掌。
それは紛れもなく、ルーシェが暴走し変身した時の姿そのものだった。だが、そのスケールと放たれる威圧感は、桁違いに巨大だ。
巨大な影は、その赤い瞳を妖しく光らせ、玉座からルーシェたちを見下ろすと、ゆっくりと、魂を直接揺さぶり、全てを飲み込むような程に低く重い声で、語り掛けた。
第四十三話:『悪魔王と四栄王』に続く。




