第四十一話:崩壊国家ダークリア城跡地
第五章:鳴動の邂逅と宿縁の幻想曲
ルーシェたちが温泉郷ミネルヴァを発ってから、数時間が経過していた。
あの激闘の後、ルーシェたちは町の住人たちに交じり、半壊させてしまったアークとシルグの家を修理した。人間であるルーシェとコルネに、最初は警戒していた住人たちも、その態度を次第に軟化させていく。
そして夜は、カトリアの提案で、町全体での宴が催された。
カトリア曰く、「迷惑をかけた詫びだ。あたしの責任を持って、町全体でもてなしてやる! 飲んで食って、全部水に流しちまおうぜ!」と豪快な号令と共に始まったその宴では、もはやルーシェやコルネを「人間だから」という理由だけで嫌悪するような素振りを見せる者はいなかった。
酒を酌み交わし、楽器を奏で、共に踊り、料理を食べる。
誰もがその時だけは、種族の壁を超えて笑い合っていた。
「ラクーメルに……戻ったみたい」
夜風に当たりながら、コルネがしみじみと呟いていた横顔を思い出す。それは、種族を超えて分かり合うことができる未来への希望を、確信として感じることができた一日だった。
宴の最後には、温泉郷の名に恥じぬ極上の露天風呂を楽しみ、その傷を、疲れを完全に癒やし、眠りにつく。星の光が、束の間の平穏を演出しているかのようだった。
そして明くる日の早朝。シルグや町の人々に見送られ、ルーシェたちは最終目的地、崩壊都市ダークリア城跡地へと、旅を再開する。
ダークリアまでは、あと数時間の距離。
穏やかな思い出を胸にしまいつつ、ルーシェたちの心には、期待と不安が入り混じった緊張感が走り始めていた。
道なき森を進む中、周囲の風景が徐々に荒涼としたものへと変わっていく。かつては栄えていたであろう街道の跡、朽ち果てた石畳が歴史を物語りながら顔を覗かせている。
「もうそろそろ見えてくるはずだ……っても、城は崩れ落ちてる。ただの瓦礫の山のような場所だけどな」
先頭を歩いているアークが、低い声で言った。
「ダークリア、今じゃ辛気臭い墓場のような場所だな。あたしらでも滅多に寄り付かない」
最後尾を歩くカトリアが、大きな魔変刀暗器を肩に担ぎながら、「まさか目的地がダークリア跡地だったとはねぇ」とでも言わんばかりに続けた。
「ルーシェのこと、何か……分かるかな?」
コルネが小さな声で、控え目にルーシェに話しかける。
「ジャイム村長が言っていたんだ。きっと何か手掛かりがあるはずさ。俺も、コルネのことも……」
ルーシェは自分に言い聞かせるように、穏やかな中にも少しの緊張感を含んだ声で答えた。
「ま、いい噂は聞かねぇ場所だ。千二百年前の亡霊が出るって話もあるくらいだしな。夜には近付きたくねぇ」
リンシェンが、わざとらしく肩をすくめておどけて見せる。
「え、リンシェン、もしかしてそういうの……苦手だったりする?」
コルネが小首を傾げ、目をぱちくりさせる。
「ち、ちっげーよ! そういう噂があるって言ってるだけだ! 変に勘繰るんじゃねぇ!」
慌てて否定するリンシェン。その過剰な反応に、コルネが「ふふっ」と、からかうようないたずらっぽい笑みを向ける。
「なんにせよ、もう何も残ってなんかいないはずだ。瓦礫の下に隠し階段でもないかぎりなっ!」
カトリアが「はんっ」と両手を広げながら言葉を締めた。
「……いや、カトリア……俺もそう思ってたんだ」
アークが立ち止まり、先を見据えたまま言葉を続ける。
「崩壊したダークリアの跡地には、表向きにはもう何もないただの城跡だ。千二百年の間に、宝や金目の物、武器や宝石なんかも盗り尽くされている」
「残ってるのは文字通りガラクタばかりってことか。夢も希望もねぇな」
リンシェンが呆れたように答えた。
「……それでも、ジャイム村長は、ダークリアに行けば俺のことを知る何かが、手掛かりくらいはあるはずだ……と言っていた」
「ルーシェ……」
コルネが小さく彼の名を呼ぶ。
「あぁ。だからこそ、俺は崩壊したダークリア跡地のどこかに、きっとまだ見つかっていない場所が眠ってるんだと思ってる。そしてそれはきっと……ルーシェの持つ悪魔の王の力に、反応するんじゃないかって……」
アークが振り返り、真剣な表情で続けた。
「王の力を持つ者にだけ反応する。そんな仕掛けがあってもおかしくない」
「……あたしはまだ聞いただけだから、ルーシェの力の事、にわかには信じられないけどさ……アークが言ってることはあながち間違いなんかじゃないと思うぜ」
カトリアが真面目な声で話に入ってくる。
「ダークリアは、最後の悪魔領の統治者がいた城だ。一度死んだのに奇跡的に蘇って、四つの結界塔を出現させたなんて伝承も残ってる。あんたの持つ力が、本当に悪魔王のものなんだとしたら、きっとその最後の地で何かが起こるんだろうさ」
カトリアの言葉が、ルーシェの背中を押す。
「ま、行って見りゃあわかるだろ! 見えてきたみたいだぜ」
リンシェンが前方を指差して声を上げた。
だんだんと霧が晴れていく。そして、その先に現れたのは、言葉を失うほどの光景。遠くの方からでも、その存在感を示すような巨大な瓦礫の山。
堅牢な城壁は崩れ落ち、その残骸の一つ一つが、かつての最大国家の名残を強烈に映し出している。その姿は、崩壊しているのにどこか荘厳さを感じさせ、見る者を圧倒する程だった。
そして何より、異様なほどの異質感と、身体を震わせるような威圧感が、ルーシェたちを待ち構えていたかのように、強く強く流れ出していた。
風が止まったように感じた。
「行こう。……目的地、崩壊国家ダークリアだ」
アークの声が低く、鋭く胸に響いた。
第四十二話:『対峙する悪夢』に続く。




