第三十九話:新たなる仲間
第四章:響動の証明と共動の輪舞曲
「あ、れ……俺達、何を……」
武器を構えたまま硬直していた悪魔の一人が、呆然とした声で呟く。まるで長い悪夢から覚めたかのように、周囲を見渡しながら。
「た、しか……頭の中で、声が響いて……」
別の住人も、同じように戸惑いの声を上げた。
「あぁ。に、人間を殺せ、人間に味方する同胞も殺せ……みたいな」
「な、何を……していたんだ……」
その様子を見ながら、リンシェンに肩を貸してもらっているルーシェも、家から出てきたシルグたちも、深い安堵の息を漏らした。
「カトリアっ! 大丈夫か? カトリア!」
地面へと倒れているカトリアの傍で、アークが膝をつき、必死に声をかける。
カトリアが小さく呻き、ゆっくりと瞼を開いた。
「いつつ……なんだ、どうしちまってたんだ、あたしは……」
その瞳は澄んでおり、先ほどまでの深い憎しみや、狂気の色は完全に消えていた。昔のままの、少し乱暴だが真っ直ぐな彼女の瞳だ。
「魅入られてしまっていたんだよ……禍々しき、玉に……」
シルグも横で膝をつき、肩に手を置きながら、落ち着いた声でカトリアへと語りかけた。
「……はは。あたしもまだまだ半端もんだな。ぼんやりと……覚えてる」
カトリアは自嘲気味に笑い、上半身を起こす。
「ルーシェ……大丈夫? 深い傷とか……」
一方、ルーシェの傍ではコルネが心配そうに声を上げていた。あちこちから血を流しているその姿は痛々しい。
「大丈夫だ……かすり傷程度、だよ」
ルーシェは気丈に振る舞うが、リンシェンがすかさず口を挟む。
「そうは見えねぇがな。ま、致命傷はなさそうだ」
リンシェンは軽口を叩きながらも、安堵の表情を浮かべていた。
カトリアは、ゆっくりと立ち上がると、傍らに転がっていた愛用の武器、魔変刀暗器を拾い上げる。もちろんその中心の穴には、もう何もはめ込まれていない。
彼女はそれを握りしめ、ふらつく足取りで静かにルーシェの前まで来ると、スッとその魔変刀暗器の切っ先をルーシェの喉元へと突きつけた。
「テメェ、まだやるってのか?」
リンシェンが低い声を上げ、再び短剣に手をかける。
「カトリア、なんで、もう終わったんだよ!」
アークが慌ててカトリアの後ろから声をかけた。だが、カトリアの視線は鋭くルーシェを射抜いたままだ。
「人間の……あんたたちが、どうしてアークや、そこの赤髪のやつと一緒に行動してる?」
カトリアがルーシェとコルネを見据えて、擦れた、けれど真剣な声で問いかけた。
「もうやめろって!」
アークが追い付いて、カトリアの腕を掴もうとするが、カトリアはそれを視線だけで制した。
「理由があるのは……わかってる。だけどよ、あたしら悪魔は、人間を簡単に信用、できないんだよ……」
「…………」
その言葉に、ルーシェもコルネも返す言葉が見つからなかった。
「それだけ……悪魔と人間の間には、溝があるってことだ。今に始まったことじゃない、この世界の歴史で、悪魔と人間はずっと争いを続けてきた」
シルグが静かに歩み寄り、落ち着いた声で話始める。
「根付いているんだよ。悪魔の中にも、人間の中にもそうだろう。お互いに嫌悪を示し、憎しみあう心が」
その言葉に、カトリアが続いた。切っ先は下ろさない。
「千二百年前の大戦以来、四つの結界塔の力で、悪魔領と人間領は完全に分断された。今生きているあたしらのような悪魔たちは、そもそもほとんどが人間を知らない」
「カトリア……」
アークが横で、悲しげに小さく呟いた。
「知らねぇんだ! おまけに人間は悪魔領を蹂躙しにくる存在って教えられててよ。知らねぇもんは怖ぇえだろ! それに、現に今、結界塔が壊されて、人間が悪魔領に攻めてきてる。あたしらは立ち上がるしかねぇんだよ!」
カトリアは悲痛な声で叫ぶ。
その言葉は、ルーシェたちにも、そして周りにいる正気を取り戻したばかりの悪魔族たちにも、深く突き刺さった。
沈黙が落ちる。それを破ったのは、ルーシェだった。
彼はゆっくりと右手を上げると、自分に向けられている魔変刀暗器の刃を素手で掴んだ。血が滲むのも構わず、グイッと自分の喉へと切っ先をさらに近づける。
「おいっ! 銀髪!」
リンシェンが驚いて声を上げる。カトリアも意表を突かれて目を見開いた。
だが、ルーシェは一歩も引かず、しっかりとカトリアの目を見て、静かに、しかし力強く語りかけた。
「……ならば、見極めてほしい。確かに……今、悪意のある人間たちが悪魔領に攻めこんできている。酷い被害をいくつも見てきた」
「ルーシェ……」
コルネも俯きながら、その様子を見守る。彼女もまた、その現実を目の当たりにしてきた一人だ。
「だけど、その全てが人間の総意なんかじゃない。一部の人間が、そう仕向けている。今の人間も、悪魔のことをほとんどが知らない……怖いんだよ。だから悪意のある人間に扇動されてしまっている」
ルーシェの言葉に、周りの悪魔たちが顔を見合わせる。人間もまた、自分たちと同じように恐怖しているのだという事実。
「お互いをもっと知ることができたら、きっと少しずつかもしれないけれど……分かり合える未来がやってくるかもしれない……」
「……銀髪」
リンシェンが小さく声を出した。
「元凶を知っているんだ……俺は、そいつを止めなくちゃいけない。俺がやるべきことなんだ!」
ルーシェの脳裏には、兄、ギルシェの姿が浮かぶ。冷酷な瞳で父を殺し、国を奪い、人間領も、悪魔領をも支配しようとしている憎き兄の姿。
「復讐……じゃなくて、分かり合える未来を創るための戦い、だろ」
アークが、ルーシェの肩にポンと手を置いて、柔らかい笑みを浮かべる。
「……アーク。あぁ、そうだったな。俺も、まだまだだな……」
ルーシェも表情を和らげ、その言葉に答えた。
復讐に囚われていたルーシェの心は、コルネ、アーク、リンシェンと出会って少しずつ意味を変えてきていた。
「…………」
カトリアは無言のまま、ルーシェの真っ直ぐな瞳を見つめ返す。やがて、彼女はふっと息を吐くと、武器を下ろした。
「はんっ! 青臭いやつらだねぇ。……でも、アークやそこの赤髪が共に行動してる理由が、ちょっとはわかった気がするよ」
カトリアは、少しだけ緩んだ表情で、ルーシェたちを見渡した。
「だったら、あたしもあんたらについていってやるよ! その綺麗ごとが、ほんとに実現できんのか見極めにな」
カトリアはニヤリと笑い、力強く宣言した。
「カトリア、お前!」
アークの表情がパッと綻ぶ。
「ち、めんどそうのが増えやがったぜ!」
リンシェンは頭を掻きながら憎まれ口を叩くが、その口元は笑っている。
ルーシェは手を差し出す。カトリアは一瞬ためらった後、ルーシェの手の平をバシッと力強く掴んだ。
「あぁ。見極めてくれ。歓迎するよ」
「はん、せいぜいあたしに斬られないよう気を付けな!」
カトリアは、少しだけ照れ臭そうに憎まれ口を叩き、すぐに視線を周囲へと向けた。
「さて、まずは町の復興だ。あたしらがぐちゃぐちゃにしちまったからな。拘束してたやつを解放し、謝罪だ。んで、シルグ、あんたん家も修理してやんよ。壁に風穴開けちまったからな」
カトリアらしい、さっぱりとした切り替えに、場に温かな空気が戻る。
「やれやれ。それじゃ手伝ってもらおうかな」
シルグが苦笑しながら肩をすくめた。
その様子を見て、コルネもまた、パッと明るい表情を取り戻していた。
第四十話:『ノイン、テナ、キリリ』に続く。




