第三十八話:ルーシェ vs カトリア
第四章:響動の証明と共動の輪舞曲
「カトリア……正気を取り戻してくれ! こんなことしたって何も!」
アークは魔弦奏楽器を構えながら、目の前のカトリアへと必死に声をかけた。記憶に残る彼女は、乱暴だが情に厚い、頼れる姉のような存在だったはずだ。
「アーク……はは、あはは。いつの間に人間側についたんだい? 傑作だな……」
カトリアは肩を震わせ、狂気に満ちた笑いを漏らす。
「裏切り者か。幼い頃からの付き合いだ。せめて苦しまずに終わらせてやるよ」
カトリアは不敵な笑みを浮かべ、殺意に満ちた視線をアークに突き刺す。
「やめとけっ、楽器使い! 今のアイツに話は通じねぇよ」
リンシェンが冷静に言い放つ。「くっ」とアークは表情を苦くし、唇を噛み締めた。言葉が届かないもどかしさが、胸を締め付ける。
「どうだいっ人間? ここはあたしと一対一の勝負といかないか? あんたとは楽しい死合ができそうなんでね」
カトリアが、アークたちの中央に立つルーシェへと、挑発的な視線を向けて提案した。
「ルーシェ、乗る必要はないぜ。俺たち三人で……」
そう言いかけたアークを、ルーシェが静かに手で制した。
「知り合い……なんだろ。幼い頃からの……。互いに戦いあっても空しいだけだ」
アークとカトリア、そしてシルグ。彼らの関係性を傷つけたくないという、ルーシェなりの配慮だった。
「だ、だけどよ……」
尚も食い下がるアークに、めずらしくリンシェンが「いや、てめぇは止めとけ」と声をかけた。
ルーシェが一歩前に出る。
「いけんだろな? 銀髪!」
リンシェンの問いかけに、ルーシェは背筋を伸ばし、力強く頷いた。
「あぁ。もとはと言えば、人間への憎悪が原因だ。同じ人間として、責任を取って……カトリアを、元に戻す」
それは贖罪であり、同時に未来への希望を掴むための戦い。
リンシェンはその横顔を見て、ケッと短く笑った。
「……安心しろ。どうしてもやばそうだったら、俺が隙をついて怨嗟の玉を破壊する。背中は受け持ってやるよ」
リンシェンはそう静かに呟くと、勢いづくアークの肩を掴んで制しながら、戦いの邪魔にならぬよう後ろへと下がった。
「あんっ! 話はまとまったかい? 安心しなよっ人間、あんたを殺ったら裏切り者の悪魔たちもすぐに同じ場所へと行かせてやるからよ。アークもシルグも、例外じゃないさ!」
カトリアが魔変刀暗器を構え、切っ先をルーシェに向ける。その中心で、怨嗟の玉が不気味に脈動した。
ルーシェも黒魔石の剣を正面に構え、深く呼吸をする。
「カトリア……憎しみや復讐の感情は、時として自分自身の足元をすくい、昏い闇を生み、本来の自分を見失うことになる。俺自身も、何度もそれで傷付いた……傷付けてしまった」
「それ……ラクーメルを旅立つ時に、ジャイム村長が言っていた……」
アークがその言葉を聞き、静かに呟いた。
「……何言ってんだい? 念仏でも唱えてんのか? 死ぬ前に懺悔たぁ殊勝な心がけだねぇ!」
カトリアは嘲笑う。だが、ルーシェの瞳は揺らがない。
「……だから、今のお前の感情も少しは分かるつもりだ……だからこそ、俺の手で、お前を必ず元に戻す! カトリア!!」
その言葉と同時に、空気が弾けた。
ドンッ!!
ルーシェとカトリアが、示し合わせたように一気に踏み込む。
中央で、黒魔石の剣と魔変刀暗器が激突し、火花を散らして弾け合った。
ガキィイイン!!
その始まりの重い一撃から、ルーシェは止まらない。弾かれた反動を利用し、右足を軸にしてもう一歩踏み込む。狙いは一点、怨嗟の玉のはめ込まれている中心部だ。
連続して繰り出される鋭い剣閃。だが、カトリアもまた、四栄王の末裔としての技量を見せつける。
「甘いんだよっ!」
カトリアは手首を返し、器用に魔具を回転させると、ルーシェの剣を全て弾き返し、回転の勢いを殺さず、流れるような動作で反撃に転じる。
変幻自在の軌道を持つ槍閃が、蛇のようにしなり、ルーシェの身体へとその刃を向けてくる。
「おらおらおら、どうしたぁ! 人間、テメーらは群れねぇと悪魔ひとり倒せねぇのかぁっ!」
耳に響くカトリアのハスキーな声が、荒々しく舞い踊る槍閃とともに、ルーシェを追い詰めていく。
かわしきれない刃が頬を掠め、腕を切り裂き、鮮血が飛び散った。
「……ルーシェっ!!」
後方の家の中から、コルネが悲鳴を上げて飛び出そうとするのを、シルグが必死で止めた。
「待て! 今行けば足手まといになるだけだ!」
「でもっ!」
コルネは涙目で戦況を見つめるしかない。
「知を司る四栄王の末裔……名前に偽りがありすぎだろ……」
その戦いを少し後方で見守りながら、リンシェンが油断なく呟いた。あの野性味と戦闘センスは、間違いなく一流のものだ。
「ルーシェ、カトリア……くそ、どうしてこんなことに……」
その横でアークが苦しそうに呻く。
氷の壁に阻まれている村人たちも、その凄まじい戦いに言葉を失い、いつの間にか息を飲んで見入っていた。
「暗器槍術・雷が啼く!!」
カトリアが高く跳躍し、魔変刀暗器の刃を地上に向け、叫ぶと、雷光のように変則的で鋭利な槍閃が、大地を抉り取るように凄まじい勢いで降り注いだ。
「ぐあぁあああ!!」
ルーシェは、地面を転がり、受け身を取りながら回避を試みる。だが、その無数の閃光をすべて避けきることは不可能だった。
肩が、脇腹が裂け、身体から鮮血が舞う。
「終わりだぁああ!! 朽ちろ! 人間ェエエン!!」
カトリアが着地と同時に踏み込んだ。とどめと言わんばかりに、ひと際力の入った一撃が、ルーシェの心臓を貫こうと迫りくる。
「ッ!」
だが、ルーシェは寸前、持っていた黒魔石の剣を空へと高く放り投げると、まるでワープするかの如く、一瞬のスピードで、放り投げた剣の柄を掴む位置まで身体を移動させる。
その位置は、カトリアの背後。さらに上空。
「なんだとっ!!」
殺気を感じ、カトリアが驚愕の表情ですぐに振り返る。だが、体勢を崩した彼女に、防御の暇はなかった。
ルーシェはその一瞬の隙を、見逃さない。
「これで決める!! メルスキア剣術が一刀・虚空三式――雨霰!!」
上空から振り下ろされる剣閃は、雨の如く、細く、鋭く、そして無数に分岐し、標的へと殺到した。
「くっ……そがぁあああああ!!」
カトリアの絶叫が響く。
正確無比な剣閃の嵐は、魔変刀暗器の中心部、はめ込まれた怨嗟の玉のみを一点集中で貫き、硬質な破砕音と共に、禍々しい紫色の玉が砕け散る。
「やるじゃねぇかっ! 銀髪!!」
リンシェンが叫び、拳を突き上げた。
衝撃でカトリアの身体は宙を舞い、そのまま地面へと激しく叩きつけられた。
「ぐっ! がはぁ!!」
カトリアは回転しながら地面を転がり、砂煙を上げて静止した。手放された魔具が、虚しくカランと音を立てて転がる。
「カトリア!!」
アークが真っ先に駆け出し、後方の家の中にいたシルグとコルネも、堰を切ったように仲間たちの元へと走り出してくる。
着地し、ふらつきながら膝をついたルーシェ。
その元へ、リンシェンが歩み寄り、無言で肩を貸して支え起こした。
「……お疲れさん! やるじゃねえか」
「あぁ。これできっとカトリアも、町の住民たちも……」
ルーシェは荒い息を吐きながら、カトリアの方を見つめる。
全身傷だらけで満身創痍ながらも、その表情には安堵の色が含まれていた。
第三十九話:『新たなる仲間』に続く。




