第三十七話:カトリア・イリス・リコネード
第四章:響動の証明と共動の輪舞曲
シルグの家、客間には重苦しい沈黙が漂っていた。
元凶がカトリアの持つ「怨嗟の玉」であることは判明したが、具体的な解決策はまだ見えていない。
「怨嗟の玉を破壊する……でもどうやったら……」
コルネが不安げに呟いた。
「そうだな。カトリアの周りには常に町の住人たちが集まっている……そして、カトリア自身も相当な腕前だ。四栄王の末裔として、その実力は折り紙付きだよ」
シルグの言葉に続いて、アークが苦々しげに答える。
「あぁ。なるべく町の住民を傷つけたくない……」
「だがよぉ、今の町の住民たちは俺らが出てけば確実に襲い掛かってくんだろ! 交戦は避けられないぜ」
リンシェンが現実的な視点で指摘する。
「あ、いっそ誰かが裏切ったふりして、俺らをあのバーサーカー女に連行するか? 近づけりゃチャンスもあるだろ。敵の懐に飛び込んで、隙を見てドカンだ」
リンシェンが軽口を叩くように、しかし真剣な提案をする。
「それなら、連行される役は俺が受けよう。俺は人間だ。うってつけだろう」
ルーシェが即座に応じた。その瞳に迷いはない。
「でも危険なんじゃ……」
コルネが心配そうに声を上げ、ルーシェの袖を掴む。
「……確かにリスクは高いが、正面突破よりは勝機があるかもしれない。動くなら夜か……それならカトリアの周りも比較的警戒が薄いはずだ……。闇に紛れて接近し……」
シルグが作戦を組み立てようとした、その時だった。
窓の外、夕闇が迫る空の色が変わるように、リンシェンの表情が一変した。
「…………!?」
彼は会話を止め、耳をそばだてる。
「どうした? リンシェ……!?」
アークの問いかけに、リンシェンはゆっくりと立ち上がった。その全身から、リラックスした雰囲気が消え失せている。
「……いや、その必要はねぇみてぇだ。囲まれてる」
リンシェンは音もなく窓際まで向かうと、壁に張り付き、影をひそめながら外の様子を確認した。
そして、チッと舌打ちをする。
「いるんだろぉおお! 人間! 大人しく投降し、あたしらに殺されな!」
女――カトリアの、理性をかなぐり捨てたような荒々しい声が、外から大きく響き渡った。
それを合図にしたかのように、建物の周囲から怒号のような雄叫びが一斉に上がる。
「うぉおおおお! 人間を捕らえろ!」
「裏切り者にも制裁をぉおお!! 今すぐ切り裂いてやる!!」
「シルグも同罪だぁあああ! カトリア様からの制裁をぉおお!!」
数十、いやそれ以上の殺意が、この小さな家に集中していた。
「な、どうしてバレた!」
アークたちも慌てて窓際へと身を隠す。
「私の周りにも見張りが付いていたか……気付けなかった私の落ち度だ。すまない……!」
シルグが悔しげに嘆いた。
「ど、どうしよう……大人しく出てったら……」
コルネが震える声を上げる。話し合いが通じる相手ではないだろう。その横で、ルーシェが無言で自身の纏っていた外套を脱ぎさった。
そして、手だけを伸ばして、窓の枠へとその外套をひらりと見せる。
ヒュンッ! ヒュヒュヒュンッ!!
その瞬間、外套が見えた窓に向かって、外からいくつもの弓矢が一斉に放たれた。
あっという間に窓ガラスは粉々に砕け散り、ルーシェが掲げた外套は無数の矢で貫かれ、布切れのようにぐちゃぐちゃになって床へ落ちる。
「殺す気満々ってこった!」
リンシェンが「ちっ!」と舌打ちをして、両手に魔氷四双剣を構える。
「おいっ! リンシェン、どうするつもりだよ、町のみんなには……」
「殺しゃしねえよっ! ただ、ちったぁお灸が必要だろ!」
叫ぶと同時に、リンシェンは目にも止まらぬスピードで身体を捻り、砕けた窓枠をくぐり抜ける。
「うらぁあっ!!」
獣のような咆哮と共に、外の包囲網へと飛び出した。
「!! 殺せ! 裏切り者の悪魔だ!」
住民の怒号が飛び、リンシェンに向かって四方八方から矢の雨が降り注ぐ。
「テメぇら、おいたが過ぎんだよ!」
リンシェンは止まらない。向かってくる矢の嵐を、回転し、身体を捻り、両手の短剣で超高速の斬撃を繰り出して弾き落としていく。
金属音が連続して響く。だが、数は圧倒的だ。避けきれず、頬や肩を掠める矢がリンシェンの身体を傷つけ、鮮血が舞う。
それでも彼は、痛みなど感じていないかのように、住民たちの隊列へと突っ込んでいく。
「くそ! なんだこいつ! もっと討て、動きを止めろ!」
住民たちが恐慌状態になりながら叫び散らかし、矢の数がさらに増える。
さすがのリンシェンも、このままでは押し切られる――そう思われた瞬間だった。
「風の旋律! 鼬!」
リンシェンの背後、いつの間にか窓から飛び出していたアークが、魔弦奏楽器を激しくかき鳴らした。
発生した突風が、不可視の刃となって空間を裂く。それはリンシェンに向かう矢の嵐を横から殴りつけ、軌道を強引に変えさせる。
「でかしたっ! 楽器使い!!」
リンシェンはニヤリと笑うと、風の勢いを利用して一気に身体を回転させ、高く跳躍した。
空中で両手の魔氷四双剣を交差させ、眼下の群衆へ向けて叫ぶ。
「しばらく大人しくしてなっ! 鳳仙氷柱!」
ズドドドドドドッ!!
その刹那、地面から巨大な氷の柱が勢いよく弾け出した。
それは鋭利な壁となって町の住人たちの前に立ちはだかり、彼らを分断し、閉じ込める檻となる。
「うわぁあああ! なんだ! くそ!」
「動けねえ!」
慌てふためく住人たちは、突如出現した氷の迷宮に囲まれ、その動きを完全に封じられた。
住人たちの動きが止まった、その一瞬の隙。
リンシェンとアークが作った道を、一陣の風が駆け抜けた。
ルーシェだ。彼は姿勢を低くし、弾丸のような速さで一直線に、包囲網の中心に立つカトリアへと走り込む。
その手には黒魔石の剣が握られ、瞳はただ一点、カトリアの持つ魔具の中心を見据えていた。
「メルスキア剣術が一刀・虚空二式――月髭露!」
ルーシェの叫びと共に、剣先から鋭い閃光が放たれる。
それは一切の無駄を削ぎ落とした、神速の突き。狙いは正確無比に、カトリアの魔変刀暗器にはめ込まれた「怨嗟の玉」を貫こうと迫る。
だが――ガキィイイン!
甲高い金属音が響き渡り、火花が散る。
ルーシェの必殺の突きは、カトリアが回転させた魔具の柄によって、寸前で弾き返されていた。
「面白いじゃねえか! それなら、あたしが自ら制裁を加えてやるよ!」
カトリアは獰猛な笑みを浮かべると、その異形の薙刀のような魔具を風車のように回転させ、変幻自在の槍閃を仕掛けてくる。
遠心力を乗せた重い一撃と、蛇のようにしなる予測不能な連撃。
「くっ!」
その連続した槍閃を、ルーシェは黒魔石の剣で弾き、身体を捻り躱し、反撃の糸口を探る。
剣閃と槍閃が、目にも止まらぬ速さで交錯し、壮絶に弾き合う。
互角の攻防。数秒の打ち合いの後、ルーシェとカトリアは互いの力を測るように、それぞれ大きく後方へと飛び退いた。
夕闇の中、二人の視線がバチバチと火花を散らしてぶつかり合う。
カトリアの瞳は狂気に赤く濁り、ルーシェの瞳は冷静な蒼い光を宿している。
ルーシェの背後に、リンシェンとアークが、武器を構えて並び立った。
「へっ、さすがは四栄王の末裔ってか。簡単にはいかねぇな」
「カトリア……!」
後方の家の中では、壊れた窓越しに、シルグとコルネがその様子を固唾を呑んで見守っていた。
第三十八話:『ルーシェ vs カトリア』に続く。




