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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第四章:響動の証明と共動の輪舞曲

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第三十五話:魔変刀暗器

第四章:響動の証明と共動の輪舞曲

 森の芝生に寝転がり、荒い呼吸を整える四人。

 木漏れ日が眩しく、先ほどの水路の淀んだ闇が嘘のようだったが、身体にこびりついた悪臭と疲労感は現実そのものだった。


「ったく、とんでもねぇ目にあったぜ……」

 リンシェンが上半身を起こし、芝生の草を払うようにしながら呟いた。

「あんな生物、昔はいなかったんだけどな……」

 アークも複雑な表情で立ち上がり、森の奥を見つめる。

 その独り言のような問いかけに、ルーシェが疑問を口にした。

「あのアナコンダが、やたらと興奮状態だったのが気になる……まるで今のミネルヴァの町の人達と同じように狂気的というか」

「何かに、操られてる……みたいな」

 コルネも不安げに続いた。

 町の人々の憎悪に満ちた叫びと、あの大蛇の血走った眼球。二つの光景が、不気味なほどリンクしているように思えた。

「……感情を増幅させるような何かが作用しているのかもしれない。……行こう。早く、事情が知りたい」

 アークはそう言って立ち上がると、決意を固めた顔で周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んでいく。

 その後ろをルーシェ、コルネ、リンシェンも続いた。


 森は静かだった。鬱蒼と茂っている植物をかき分け、獣道のような細い坂を登っていくと、少し小高くなった丘の上に、一軒の建物が見えてきた。

 石と木材を組み合わせた、温かみのある外観。手入れはされているが、今はどこか寂しげに見える。

「俺の家だ……周りは、大丈夫そうだな。そこの裏口から入るぞ」

 アークは建物の裏手、薪が積まれた陰に見えている白い扉へと向かって、忍び足で歩いていく。

「シルグ兄ィ、いてくれたらいいけど」

 そう言って、アークはそっとその扉に手をかけた。


 カチャリ、と小さな音を立てて扉が開く。

 中は静かで、人の気配が感じられない。アークを先頭に、一行は炊事場を通り抜け、奥にある客間への扉を開けようとする。

「誰だっ!?」

 その瞬間、客間の部屋の中から鋭い声が飛んだと同時に、殺気にも似た圧力が扉越しに伝わってくる。

 アークは慌てて扉を開け放ち、自身の顔を見せた。

「俺だ! アークだ!」

 部屋の中央で、短剣のようなものを構えかけていた男――シルグの目が見開かれる。アークとよく似た顔立ちだが、より線が細く、理知的な雰囲気を漂わせる青年だ。

「シルグ兄ィ、いてくれたか!」

 アークも警戒を解き、懐かしい兄へと声をかけた。

「……アーク、なんでお前っ!」

 シルグは驚愕に声を震わせ、武器を下ろしかける。だが、アークの後ろから次々と入ってくるルーシェ達を見て、再びその顔に強い警戒の色を灯した。


「……人間、か?」

 フードを目深に被っていたにもかかわらず、その体格や立ち居振る舞いから、シルグは一瞬で人間だと見抜いたようだ。

 今のミネルヴァにおいて、人間を連れ込むことが何を意味するか。その緊張が部屋を支配する。

 ルーシェとコルネは顔を見合わせ、ゆっくりとそのフードを取った。

「突然申し訳ありません。ルーシェと申します」

「コルネです」

 二人は敵意がないことを示すように、深々と頭を下げた。リンシェンだけは、「よぉ」と片手を挙げて軽く挨拶をする。

「どういうことだ……アーク」

 シルグは、まだ短剣を手放さないまま、険しい表情で弟へと問いかける。

「こっちも色々と話を聞きたい。……ミネルヴァが、どうしちまったのか……」

 アークもまた、真剣な表情で答えた。

 兄弟の視線がぶつかり合い、やがてシルグが小さく息を吐く。

「理由がありそうだな……長くなる。座ってくれ、お茶くらいは入れよう」

 そう言うと、シルグは武器を懐にしまい、炊事場へとゆっくりと歩き出した。


ーー


 ルーシェたちが、アークの家に着いてから、数十分が経過していた。


 四人は客間のソファーに座り、湯気の立つカップを手にしている。対面にはシルグが座り、じっとルーシェを見つめていた。

「……大体の事情はわかった。伝承に聞く悪魔の王の力を持つ、人間……か。嘘をついているようには見えないし、本当の事なんだろう」

 シルグは目の前のお茶を一口飲んで、静かに呟いた。

「俺にも、わからないんです。人間領で捕らえられていた時に、牢獄で見つけた赤い宝石。それを手にした時から……その力を」

 ルーシェが静かに、けれど重みのある声で続ける。

「なぜ、人間だった俺が、その力を受け継いだ……のか」

「……ダークリアを目指して、その理由を、か」

「あぁ。俺とリンシェンはかつて悪魔の王を支えた四栄王の武具、四栄王魔神具を持ってる」

 アークが静かに会話に割り込む。

「魔弦奏楽器と、魔氷四双剣、か。四栄王の末裔として、その行く末を見守ることは真理。結界塔が一つ壊され、悪魔領に悪意を持つ人間が少しずつ入り込んできている。なにかが始める前触れなのかもしれないな……」

 シルグは険しい表情を崩すことなく、淡々と話していく。


「次はこっちの番だぜ。教えろ、この町の住人はどうしちまってる? 恐怖に支配されておかしくでもなっちまってんのか?」

 一通りの事情を話したんだから、今度はこっちが聞く番だ。とでもいうように、リンシェンが身を乗り出して声を上げた。

「ちょ、リンシェン。失礼でしょ」

 コルネが横で小さく呟き、袖を引くが、リンシェンは止まらない。

「教えてくれ、シルグ兄ィ。ミネルヴァのみんなは、それに、あの見た事ない女は誰だ?」

 アークも身を乗り出して、声を上げる。

 シルグは「はぁ……」と深く重いため息をつくと、天井を仰ぎ、ゆっくりと話しをはじめた。

「タイミングの悪い時に戻ってきてしまったな。町の現状を見たかい? 誰もが人間への憎しみに囚われ、疑心に支配されている。同じ町の住人同士でさえ、疑い、密告し、目に見える敵を作り出しては、みんなで寄ってたかって責め立てる」


 その言葉は、ルーシェたちが先ほど目撃した光景そのものだった。

「……地獄だな。なんでそんなことになっちまった?」

 リンシェンが核心を突くように問いかけた。

「あの女が、主導してるのか?」

 ルーシェも疑問を口にした。広場で演説していた、あの一本角の女。彼女の言葉が、狂気を扇動していたのは間違いない。

「あぁ。彼女……いや、彼女の持つ薙刀のような魔具と言った方がいいかもしれない」

 シルグの言葉に、一同に緊張が走る。

「もしかして……」

 コルネがハッとして思わず声を漏らした。

「多分、想像している通りだ。あの魔具は、四栄王魔神具のひとつ、魔変刀暗器(まへんとうあんき)雷覇(らいは)

「刃の根本、魔具の中心に空いている穴に、魔力の玉をはめ込むことで、幾重にも変幻自在の力を操ることができるという、四栄王魔神具の中でも最高クラスの武具だ」


 その言葉を聞いたアークが、思わずソファーから立ち上がって声を上げる。顔色がさっと変わっていた。

「そんなっ! じゃあ、もしかしてあの女は……」

 アークの脳裏に、ある人物の面影がよぎる。だが、あの狂気に満ちた女と、その人物がどうしても結びつかない。

「……詳しく話そう。もしかしたら、お前たちなら……彼女を、カトリアを止めることができるかもしれない」

 シルグは意を決したように、四人の顔をまっすぐに見据えた。

 その瞳には、絶望の中にわずかな希望を見出したような光が宿っていた。

第三十六話:『怨嗟の玉』に続く。

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